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学校が終わった放課後。
まだ学園祭まで多少なりとも余裕があるということで、残ってまでやっている生徒はほとんどいない。それでも文化部に所属している生徒は近づいてくる文化祭へ向けてそれぞれの部活で頑張っていた。
そんな中どの部活にも入っていない総司は一度家へ帰ったのち、着替えている間に行く気が失せることがないよう制服のままスーパーへ向かっていた。夕飯の食材を買うために。
ただ残念ながら目的の物がスーパーには売っていなかったため、そのままショッピングモールへと向かうことに。少し遠いが歩いて行けない距離でもない。そのためのんびりと歩いて行く。
ショッピングモール近くの交差点で信号待ちをしていると、後ろから聞きなれた声が聞こえてきた。
「あら? 間宮君かしら?」
「え?」
振り返ると制服姿の稚奈が立っていた。
この場で知り合いに会うとは思ってもおらず、そのうえ遭遇したのが全生徒の憧れの人である稚奈だとは思っていなかった総司は驚きのあまり声が出なかった。
その間にも稚奈がすぐ近くまでやってくる。
「お疲れ様。制服ということは学園祭の飾りつけの買い出しかしら?」
「お疲れ様です。いえ、夕飯の買い出しです」
「あら、自炊するの? 偉いわ」
笑顔の稚奈を見て癒され、1日の疲れが取れるような感覚がした総司。そんな感覚を感じつつ、総司も稚奈に尋ね返した。
「先輩は生徒会での買い出しですか?」
「ええ。ちょっとした買い物をね」
「もしよければご一緒してもいいですか?」
「え?」
驚く稚奈。実はと言うと言った本人である総司自身も驚いていた。気が付けば言葉が口から出ていたのである。実際、総司ではなく他の生徒だったとしても同じように言ったであろう。
最初は申し訳なさそうにしていた稚奈だが、僅かに何か思いついたような表情をしたのち、了承するのだった。
モール内を2人並んで歩いていると、稚奈の容姿に目を引かれているためか、男女問わず――時間帯が夕方というためか大半が主婦と思わしき人達――道行く人を何人も振り返らせる。
「ちょっと見て。すごい美人じゃない?」
「本当。あの髪の毛すっごく手入れされているんだろうな」
普段はこのような視線を感じない総司はどこか居心地が悪かった。対する稚奈は慣れているのかは分からないが、目的の場所へ歩いていく。
「もしかして、隣にいるのが彼氏か?」
「いや、ないない。釣り合わないだろどう見ても。荷物持ちだろ」
大半が稚奈の容姿について話しているが、中には総司と稚奈についての話声も聞こえるため、さらに居心地を悪くさせる。そんな総司の様子に気が付いたようで、稚奈が心配そうな表情をした。
「どうかした?」
「いえ。それよりも先輩はよく買い物に来るんですか? 目立つから大変じゃないですか?」
「ふふっ、私だって普通に買い物くらいするわよ。でも……そんなに目立っているかしら?」
心配そうな困ったような表情をする稚奈。実際こうして話している間も周りの人からは視線が向けられている。
「それはもう、女神さまがこの世界に降臨してきたかのように!」
「もう、大げさすぎ。そんなこと言って。お姉さんをからかわないの」
総司の例えに稚奈はクスリと笑った。だがすぐに視線を前に向けると何かに気が付いたようだった。
「あっ、着いたわ。ちょっとだけ待っていてくれる?」
「はい。いくらでも待ちますよ!」
そんなに待たせないわよと微笑むと、稚奈は目的の店だったらしい店内へと入っていった。
総司も店内へと入るが、稚奈の邪魔をしないように少し離れたところで待つ。ただじっと待つのもあれなので棚に並んでいる物を眺める。
「あらいらっしゃい。電話で言っていた品だけど、全部揃えておいたわよ」
「ありがとうございます。それでは領収書だけ確認させていただいてもよろしいですか?」
「はいよ」
入り口からのぞくと店の奥、カウンターの前では中年女性らしき人と稚奈が何やらやりとりをしていた。あまりじっと見るのもいかがなものかと思った総司は近くの柱に寄りかかり、僅かに聞こえてくる会話を耳にしつつ待つ。しばらくするとやり取りを終えたらしい稚奈が荷物を持って戻ってきた。
「早かったですね」
「ここのお店には、いくつか前の生徒会長の人の時からお世話になっているの。だからってわけでもないのだけれど、連絡を入れておいたから、店長さんが全部準備しておいてくれてたみたいで」
店の中で品定めする必要すらないことに驚く総司。以前に両親から『田舎では横のつながりが大事だぞ』と言っていたな。そんなことを思い出していると稚奈が歩き出した。
「買い物はそれで終わりですか?」
「ごめんなさい。もう1店舗寄りたいのだけれどいいかしら?」
「大事ですよ。あとその荷物、俺が持ちますよ」
「そう? ありがとう」
総司は稚奈から荷物を受け取る。思ったより重たく少しばかり驚いてしまう。それと同時に付いてきてよかったと思いつつ、次の店へと向かう稚奈に総司は遅れないようについていった。
「まいどあり!」
この店も先ほどの店と同じようにすでに注文していたようで、商品の確認のやりとりをしたぐらいですぐに出てきた。先ほどの店で購入したものは多かったが、ここではあまり買わなかったのか量は少ない。それを確認しつつ総司は尋ねた。
「これで終わりですか?」
「そうね。買い物は終りね。間宮君の持っている荷物、少し量が多いのだけれど大丈夫?」
「このぐらい大丈夫ですよ」
少し心配そうな表情をする稚奈に、総司は下げていた荷物を肩の近くまで持ちあげてアピールした。
「買った荷物はこれから学校に置きに行くのですか?」
「ええ。生徒会室に持って行くわ」
総司の問いに稚奈が頷く。荷物を生徒会室に置いたら買い物はそれで終了。
最初こそ緊張したものの、もうもう少し一緒に回ったり、いろいろ話せると思っていたため少し残念に感じている総司。
そこに手を差し伸べるかのように稚奈からの誘いがあった。
「終わったより早く終わったし、その分時間も出来たから、もしよければ少し寄り道して行かない?」
「いいんですか?」
「ええ。買い出しのお礼にお茶をおごるわよ」
「よっしゃ!」
思わずガッツポーズする総司をみて、稚奈がクスッと笑った。
「いらっしゃいませ……って、あれ? 稚奈?」
「あら、藍那。こんにちは。今日はアルバイトだったのね」
モール近くの小さな昔ながらの純喫茶店に入ると出迎えた店員が少し驚いた顔をする。お互いの様子からして友達らしい。
「うん、そうそう。そういう稚奈はデート……じゃないよね?」
「うーん。どうかしら? でも付き合って貰ったの」
「え、何? まさか本当に付き合ってるの?」
視線を稚奈から総司に移動させながら尋ねる女性店員。そんな女性店員を見ながら稚奈がフフフッと笑った。学園では生徒達からの人望が厚い。そんな稚奈と一緒にいられるというだけでうれしく感じていた総司だが、稚奈の言葉に変な声が出そうになった。
確かに付き合ったがそれは買い物に付き合ったというだけで、恋愛的なものではない。だがそんなことを知らない女性店員は驚いている。
「藍那と話すのは楽しいのだけれど、それよりも案内してもらえるかしら」
「っと、ごめん! 入り口で話しちゃだめだよね。それじゃあ席までご案内します!」
「ふふっ、教室以外でクラスメイトとあったら、そうなっちゃうわよね」
元の性格がそうなのか、店員として振る舞っているだけかは分からないが、ハツラツとした女性店員が席に案内してくれた。その店員に総司と稚奈はついていく。
また夜にでも電話するから詳しく教えて。女性店員は小さな声でそう言うとテーブルのメニュー表とお冷を置いて立ち去った。
「好きなものを選んでいいわよ」
「えっと……じゃあブレンドで」
「遠慮しなくてもいいのよ? 手伝ってくれたお礼に支払いは私がするわ」
お金はどこから出るのかなとそんな風に思っていた矢先、稚奈の奢りであると知り、余計に恐縮する総司。
「たいしたことやってませんし、まだ腹減ってませんから。それに……」
「それに?」
こうして向かい合っているとデートみたい。なんて言葉が脳裏を横切った。そのまま口に仕掛けて思い留まったため変なところで止まる。
よくよく考えると、明らかに調子に乗っているような言葉。さすがにそんなことは言えなかった。中途半端に言葉を止めてしまったため慌てて答える総司。
「先輩といっしょにいられるだけでも、ご褒美みたいな物ですから」
「もう、口が上手なんだから。年上をからかうものじゃないわよ?」
焦りすぎて口から出た言葉に焦ったが、稚奈のちょっと困ったような表情をする様子を見て、総司は少し安心してしまった。
そこに先ほどの女性店員がやってくる。
「イチャイチャするのはいのだけど、ご注文はお決まりになりましたか?」
友達に話すような、客に話すようなそんな中途半端な言葉に総司は驚いていた。ちょうど総司達のクラスはメイドと執事喫茶をする。ここの喫茶店は純粋の喫茶店と言うことで多少は接客の仕方が違うと思っていたが、ここまで違うと驚くしかなかった。
「わたしはアールグレイホットティで。彼はブレンドで」
「承知しました。あと稚奈。初めて男を連れてきたところ悪いのだけれど、私のためにもあんまりイチャイチャしないでね。それじゃあ少しお待ちください」
注文を取り終えると女性店員がカウンター席の奥にあるキッチンに注文を伝えに行った。
男とここに来たの初めてなのか。これって何気に凄い情報じゃね? そんな風に思いつつ、注文を終えたため、周囲を見回す余裕がちょっとだけ出てきた総司。
モールの近くにあるためか狭い店内はちらほらと席が埋まっている。放課後と言うこともあって学生のカップルらしい男女が座っていたり、友達で来ているらしい学生。そして買い物終わりの主婦ぽい人もいたり。そしてそんな席に座っているほとんどの客は、気になるのかちらちらと見ている。
「あの子、凄くね?」
「たまに見かけるけどすげー美人だよな」
「ところで、一緒にいる男は?」
「どう考えても荷物持ちかなんかだろ」
喫茶店なら流れているであろう心落ち着く静かな音楽は、この喫茶店では流れていないと言うことで、小さな声での内緒話はわずかだが総司の耳に入ってきた。
「ご注文の品お待たせしました」
それとほぼ同時に、先ほどとは別の女性の店員が注文した品を持ってくる。
「ふう……」
2人がのんびりコーヒーを飲んでいたらいつのまにか結構時間が経っていた。
夏と比べるとまだまだ短いが、それでも冬と比べると長く顔を見せるようになった太陽。そんな太陽から差し込む西日の様子が窓際なのでよく分かる。
日差しが稚奈の髪や頬を少しずつ赤く染めて芸術品のように見える。その様子を見ながら、高嶺の花ってのはこの人みたいなことを言うんだろうな。その中にレーちゃんも入るのだろうか。
総司はぼんやりと考えていた。
「難しい顔してるけれど、どうしたの?」
「え? そんな顔してました?」
「ええ、してたわよ。何か悩み事? もしよければ相談に乗るわよ?」
さすがに、先輩のことを考えていました。とは言えず、総司がどう説明するかなやむ。
「もしかしてだけれど……」
「え?」
「玲奈のこと考えていた?」
当たってはいないが、外れてもいない。
なんて答えようか考えていると、稚奈が話し始める。
「義理の姉だけれど、玲奈ってかわいいわよね。私と義理の姉妹になる前から案外しっかりしているし――もちろん今もしっかりしているわよ。それに案外面倒見もいいわよ」
「は、はあ」
突然玲奈の話になり、ポカンとする総司を置いて、稚奈は続ける。
「時々料理を作っているのだけれど、凄く上手で、とっても美味しいの」
「そう言えば、学校に持ってきているお弁当、あれレーちゃんの手作りみたいですね」
「そうなの。私の友達にも好評で。毎日みんなが自分のお弁当に入っているおかずと交換してって言ってきて困ってるの」
総司が時折聞こえてくる玲奈達の会話を思い出していると、稚奈が困ったわと言いながら頬に手を添える。夕日も相まってものすごく絵になる。
「そんな可愛くて料理上手な玲奈は実は今フリーで……どうかしら?」
「いや、あの、どうかしらって言われましても」
話の流れからして稚奈の言った「どうかしら」が恋人にどうかという意味を持っていることに気が付いた総司何とも言えない表情をする。
ここに玲奈がいれば止めただろうが、生憎本人はいない。
「あら、間宮くんは嫌なの?」
「俺は……じゃなくて、レーちゃんの意識はどうなんですか!?」
「あの子は……いえ、止めましょうか、この話」
稚奈はそう言うと、口元にカップを近づけ傾けた。中途半端な話で続きが気になって仕方がない総司。それでも稚奈が話を止めようと言ったため最後まで聞けなかった。
喫茶店で休んでいたら予想外に遅くなってしまったため、慌てて生徒会室に戻り荷物を置いて帰宅する総司と稚奈。生徒会室についたときには、日はあと30分もあれば完全に沈むかもしれない。そんな時刻になっていた。
本来なら稚奈のどちらかの親が迎えに来るところだが、あいにく2人とも仕事が忙しいようで夜遅くなるみたいだった。
そのため稚奈は歩いて帰らないといけなくなる。本人は大丈夫と言ったり迷惑になると言ったが、さすがに女子を1人で帰らせることが出来ない。そのため総司は栗生家の家の近くまで付き添うことにした。
「よかったわね。第1候補の喫茶店が出来て」
「はい。抽選待ちの時にクラスメイトは第2候補のお化け屋敷でも楽しそうだなって話だったんですけど、やはり第1候補になってよろこんでいます」
学園祭が近づいていると言うこともあって自然と会話の内容は学園祭になった。生徒会会長の稚奈は全クラスが何をするか分かっているらしい。そのためどのクラスが何をするか特別に聞かせてもらっていた。
「でも驚いたわ。間宮くんのクラス、第3候補が『デ〇・スターの建造』なんですもの」
全クラスの希望は知っているだけでなく、どうやらいくつかの希望も覚えていたらしい。そのため総司のクラスの第3候補もしっかりとバレていた。
「私のお父さんが海外の映画をよく見ているから知っているのだけれど、あれを作るのはさすがに学園としてはねぇ~。対応に困ったわ」
そう言いながら眉尻を下げる稚奈。荷物を持っていない方の手は頬に当てている。
「やっぱり困りますよね。明日、実行委員の八重柱に注意しておきます」
「あら。八重柱くんは貴方が言い出したって言っていたのだけれど」
浩太に責任を押し付けようと思った総司だが、すでに浩太に責任を押し付けられておりズッコケそうになった。浩太に押し付けるのは難しそうと感じた総司は話を逸らす。
「俺のクラスは喫茶店になったのですが、先輩のクラスは何をするのですか?」
「当日は生徒会でバタバタするからあまり参加できなさそうなのだけれど、『記念撮影館』っていう物をするみたいよ」
「セットありですか?」
名前から用意に想像できるが会話を続けるために内容を掘り下げて話せるよう振る。
「ええ。美術部の子がいるからその子の指示の元、3つほどパネルを作るの。それを使って撮影できるようにしたり、あとはプロのカメラマンに来て貰って撮影してもらったり」
結構本格的だなと思いつつ総司が聞いていると、稚奈は「実はもう1つあって」と続け話す。
「『運命の人』っていうものもやるのよ。これは学生向けで――」
そう言いながら稚奈は嬉しそうに説明を始めた。
学園祭初日の朝。登校してきた生徒全員に箱の中の紙を1枚取ってもらう。この箱は男女で別。
そしてその箱の中の紙にはそれぞれ番号が書かれており、紙に書かれた同じ番号の異性同士が運命の人という単純な物。
「毎年どこかのクラスがやっているのだけれど、受けがいいのよ、これ。何組かは分からないのだけれど、カップルも出来ていたりするみたいだし」
「そうなんですね」
そんな話をしているとあっという間に学園の生徒会室にたどり着いた2人。荷物を置くとそのまま学園を後にする。すでに辺りは暗くなっているということで、総司は稚奈を栗生家の近くまで送った。治安はいいとはいえ、やはり夜道を女性1人で歩かせるのは心配だったため。
稚奈を自宅近くまで送り届けるときも去年の学園際の話を聞け、まるで去年から同じ学園に通っていたような、そんな感覚になっていた。気が付けば栗生家の近くまで来ていた2人。さすがにここからは大丈夫だろうと言うことで別れることとなった。
「悪いわね。わざわざ送ってもらっちゃって」
「男性としては、稚奈先輩をひとりで返すわけにはいきませんでしたから」
「ありがとう。これ以上はあなたが帰るのが遅くなっちゃうわ」
「俺のことは気にしないでいいですよ」
笑顔で総司がそう言うと、稚奈が困った表情をする。
「だめよ。貴方がいくら男の子でも危ないわ」
「……不思議に思っているんですが、先輩と話していると素直に『はーい』って言いたくなっちゃいますね」
「ふふっ、言っちゃっていいのよ」
「はーい」
稚奈が目を細めて微笑む姿を見ながら総司が返事をする。それを聞いた稚奈の表情は普段の物へと戻った。
「それじゃ、気を付けて帰ってね」
「はーい」
それを聞いた稚奈は小さく、ふふっと笑うと家のある方向へと歩みを進めた。学校終わりから今まで、たった数時間だけではあったが稚奈と一緒に買い物をしたりお茶をしたり。それだけで総司はすごく心が満たされた。
稚奈の姿が完全に見えなくなったところで、総司は家へ帰っていった。帰る道中、稚奈先輩と買い物が出来たことに嬉しく軽い足取りで家へと帰っていった総司。
玄関のカギを開け、靴を脱ぎ、部屋の電気をつけた瞬間――
「やっべ! 夕飯の食材買い忘れていた!」
思いっきり叫んだ。稚奈との買い物が楽しく、出かけた目的を完全に忘れていた。
結局その日の夕飯は大きく変更することとなった。