3-2
先日のロングホームルームに続き、ホームルームを使って文化祭のクラスの出し物について詰めていくことになった総司たちのクラス。というよりも、このホームルームの時間はどこも学園祭について話し合いが行われている。
それを証明するかのように、隣の教室から聞こえてくる声もクラスの出し物についてだし、上の教室では何やらドタバタと音がしている。
ちなみにだがクラスの出し物は浩太の引き運によって『メイド(と執事)喫茶』に決定した。もちろんのことではあるが、デ〇・スター建造にはならなかった。
「よし。それじゃあ最初にぱぱっと役割を決めるか。そっちの方がみんな後々集中できるだろ」
「そういう建前だが結局は誰がメイド姿になるのか気になるんじゃねぇの?」
浩太が進めようとするが、テンションの高さから席に座っている男子が茶々を入れる。だが浩太はフッと鼻で笑った。
「すまんな。俺の彼女可愛いから興味ないわ」
「ふっざけんなよッ! これだから彼女持ちはッ!」
「それじゃあ、接客したい奴は手を上げてくれ。もしそれでも足らなかったら強制的に接客になるから気を付けろよな」
なんとか進行しようとする浩太だが、やはりほとんどのクラスメイトがやりたかった喫茶店。それが出来るとなったためか全員のテンションは高い。それは先週のロングホームルームの後、帰りのホームルームと同じぐらいだ。
今の光景を見つつ、総司は先週のホームルームのことを思い出していた。
先週のロングホームルームがあった日。ホームルーム前には生徒会室に向かった浩太が戻ってきた。聞けばその日の内にくじ引きが行われ、案を出し合った当日に決まった。
「さて諸君。我がクラスメイトの出し物が先ほど決まった」
「テンションおかしいぞ浩太! お前そんなキャラじゃねぇだろ!」
そんなクラスメイト男子の声を無視したままゲンドウポーズを取りながら話し続ける浩太。茶化していたクラスメイトを含め、浩太の言った「出し物が決まった」という声でクラス全員が浩太の次の言葉を待つ。
「出し物だが、やはりメイド喫茶はあった。それも我がクラスを含め3クラス。だが……俺は勝ち取った! さあ、我を崇めよ!」
「え、本当!?」
「浩太いいぞ!!」
ノリのいい浩太の友達がハハーッ! と崇めるように土下座して両手を万歳する。また別のところでは女子たちが集まってキャアキャアと声を上げて喜んでいた。
そんな時、一度職員室へ戻っていた担任の先生が教室へと入ってきた。
「ほら、ホームルーム始めるから自分の席に戻りなさい」
「「「はーい」」」
先生の言葉に従ってそれぞれが自分の席へと戻っていく。そのため浩太は1人壇上に取り残された。
「ちょ、お前ら! 俺を崇めよ!」
「八重柱くんも早く席に戻りなさい」
「俺を……あがめ……ぐすっ」
先生の言葉で全員が着席し、浩太も席へ戻っていく。
ほんの1時間ほどだけではあるが、なんやかんや楽しいクラスだなと改めて感じることのできたのは記憶に新しい。
あの日から約1週間後の今日。着々と学園祭が近づいてきているため、男子の興奮度合いはすごかった。
学年人気1位の玲奈がいることはもちろんだが、パッと見てその他にも見目整った女子はいる。そういう女子たちのメイド服姿に期待しているのが分かる。
もちろん総司も喜んではいたが、そこまでテンションが高くなると言うわけではない。
一方の女子も男子の執事服姿には期待しているようで、男子ほどではないが、休み時間中の話し声が聞こえてきたときにはそう言う話題もあった。また接客に回るかどうするかの話も上がっていた。
そうして接客担当を決め始めたが思いのほか難航する。男子はまだどうにかなったが、女子の方はそうもいかない。
普段着ることのないメイド服。着たいという意思はあるが、着て人前に出る。しかも接客をすると言うことで踏み出せないでいたようだ。それは総司の横にいる衣里もそうだ。
最近はクラスに溶け込めてきている衣里だが、こういうところは躊躇するみたいである。
「ねえねえ衣里。衣里はメイド服着ないの?」
「オ、オレが着ても可愛げないだろ……」
「そんなことないと思うよ? 衣里って結構可愛いし」
「うんうん。私も着るから一緒に着よ?」
最近よく一緒に昼食をとっているクラスメイトの女子に誘われる衣里。
いくら一緒に着ると言っても恥ずかしいようで、はためらっている衣里。
男子の方はすでに決まって席についていたために席に座っている総司をチラチラ見つつ衣里の説得を試みる女子生徒。
ため息をついた総司が話しかける。
ちなみにだが総司は裏方に回ることとなったため、執事服は着ない。
「せっかく誘って貰っているんだし、着たらどうだ?」
「じゃあお前も執事服着てくれるか?」
「メイド服諦めたらどうだ?」
「諦めるの早っ!」
あまりのあきらめの速さに、諦めるよう提案された女子生徒が若干引いている。
だがその少女は何か思いついたらしく、前の席の方に向かうと再び戻ってきた。隣には連れてきた玲奈がいる。
「玲奈。言っちゃえ!」
「え、えっと……」
少し戸惑いを見せる玲奈だが、決心した表情をする。
「わ、私もメイド服着るから……ソ、ソウ君も執事服着てくれないかな?」
「よし、俺も執事服着るから、蘇摩さんもメイド服を――」
「お前手首大丈夫か? クルクルしすぎて外れないか? 何ならオレが外してやるぞ?」
総司と衣里のやり取りを少し遠くから見ていた問うこともあって、手首クルクルに苦笑いするしかなかった玲奈だった。
そんな玲奈を置いて、「ともかくだ……」と渋る衣里。
「オレみたいな見た目の奴が接客しても、みんな怖がるだろ?」
「……え?」
着たくないなどの個人的な理由で断っていたと思っていた総司は衣里が断っている理由を聞いて驚いた。まさかそこまで考えていたとは思ってもいなかった。衣里を誘っていたクラスメイトの女子に視線を向けると、同じく驚いた表情をしており、総司の方をちらちらと見ている。
どうにかしろ。そう訴えかけていた。
必死に頭を動かす総司。
「蘇摩さんは分かっちゃいない!」
「は? 何を?」
「確かにメイドをするのなら、レーちゃん見たいな清楚な人の方が似合う!」
突然力説を始める総司に此奴何っているのと言いたげな目をしつつ、総司から若干距離をとり始めたクラスメイト。
対して、清楚な人と言われた玲奈は顔を赤くして照れていた。
「だが世の中には色々な男性がいて、いろいろな需要があるんだ! そして中にはヤンキーがメイド服姿というものにも需要があるんだ!」
それを聞いて一部の男子がさっそく調べ始めた。普段は校内でのスマホの使用は禁止されているが、文化祭準備に必要だろうとのことで、この時間は使用の許可が下りている。
「あ、俺この子タイプだわ」
「確かにいいな」
目の前にいる人より画面の中にいる女性を見て盛り上がる男子の様子に女子が冷たい視線を向けているが、画面の中の女の子に集中している男子は気が付かない。
「だから俺はやるべきだと思う! そうだよな!!」
「「「おうよ!!」」」
無駄に連携の取れた総司とクラスメイト男子。
サムズアップするクラスメイト男子を確認した総司は衣里に視線を移した。
「分かった! 分かったから、とりあえず落ち着け!」
総司の力説に押された衣里が逆に落ち着くべきだが、総司に押されて誰も言えなかった。
結局は玲奈と総司、衣里がメイド服を着ることになった。 驚いたことに浩太が自ら進んで執事服を着て接客することに驚いた男子だが、「彼女からの要望で……」と声は悲しそうだが表情は嬉しそうだったため男子が暴動を起こしかけたのはまた別の話。
そして、玲奈がメイド服を着て接客すると言うことに男子が喜んで暴動が鎮静化したのもまた別の話であった。
「よし。接客担当は決まったし、喫茶店の飲食メニュー決めるぞ。今日中にメニューはあらかた決めて、調理が可能かどうか最終判断をするようにするぞ」
楽しむことはきちんと楽しむが、それでもしっかりとやっていく浩太がてきぱきと指示を出していく。それにしっかりと付いて行くクラスメイト達。このあたりしっかりできているよなと総司は感心させられてしまっていた。
「とりあえずナマモノは不可。当たったりしたら怖いからな。調理室を借りられる日程や時間にも限りがあるし日持ちの関係や衛生上の観点から基本提供するのは焼き菓子と飲み物になるがそこには異論ないな?」
「おう」
「はーい」
これも前の学園と同じだなと思いながら総司は見ていた。
やはり食あたりがあれば学園としては困るし、何より来年から厳しく取り締まらないといけなくなる。そうなれば生徒が楽しめないためこの辺りが妥協点だと決めているようだ。
「肝心の飲み物だけど、まあ喫茶店だしコーヒーと紅茶を。あと適当にジュースでいいんじゃないかと考えている。飲食物で他に案があるなら今のうちに出しとけよー。俺定番の物しか知らないからな」
「サンドイッチとかの軽食は?」
「それも考えたが、作る手間と作り手のことを考えると勧めない。やっぱ、出来てるものを提供するのと作るものを提供するのとでは結構手間が違うからな。それに軽食って言ってもしっかり加熱して作れそうなのがホットドッグとかホットサンドになる」
浩太の言葉を聞いてなるほどと頷くクラスメイト。視線が再び集まったことを確認して、浩太が続ける。
「ただホットドッグは他のクラスがやるらしい。こっちはメイド喫茶店ということで人が流れてくるだろ。そうなればシェア奪うことになって、流石に睨まれるぞ。ついでに手を伸ばしすぎると収拾がつかなくなるな。だから強い希望がない限り俺としては却下なんだが、みんなはどうだ」
「それなら仕方ないよねえ」
「睨まれるのはちょっと……」
浩太の話を聞いてクラスメイトが再び頷いた。
浩太が前に立ってサクサクと進めていくため、結果としてすべてがあっというまに順調に決まって行くのであった。