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「――と、まあ、こんな感じですが満足な回答を得られたでしょうか?」
放課後。総司の目線の先には窓を背にして生徒会長の稚奈がパイプ椅子に座っていた。生徒会室の窓から差し込む夕日が、紅茶を口にしつつ総司の話を聞いていた稚奈を照らす。髪や頬を少し赤く染められた稚奈の姿は、整った容姿も相まって相変わらず芸術作品のようだ。
この場にいるのは稚奈と総司の2人だけ。どうやら本日は生徒会の仕事はなかったらしい。
昨日の夜、玲奈経由で「放課後に少し話せるか」と尋ねられ、本日こうして総司は生徒会室へと来ていた。なんやかんや転入してから生徒会室へ頻繁に来ている。悪いことをして呼ばれたわけではないが、なんだか落ち着けないでいた。
どのよう話をするのか気になっていたが、内容はいたって単純なものだった。玲奈から衣里がクラスに溶け込み始めたことを聞き、総司とも話をしたいと言われたため。
別に隠すようなことではなかったため、稚奈の入れてくれた紅茶を飲みつつ、昼食のことを話した。ある程度のことは稚奈も知っているようで話はすんなり進む。最後に無事にクラスになじめた現在の衣里の様子とクラスの様子を話し終えたのが冒頭部分である。
残念ながらクラスになじめたと言えど衣里は未だにホームルームが終わってから登校してきている。ただ1限目の授業は最初から出ているので多少なりともよくはなった。
総司が衣里に聞いたところ有耶無耶にされた。それでもやはり解決してやりたい総司はしつこく迫ると起きれないからといって、結局有耶無耶のまま。こればかりは衣里の気持ち次第で、どうしようもなかった。
「ええ。ありがとう」
ソーサーにカップを置きながら微笑む稚奈。丁寧にカップを置いたために2つが接触する音はすごく小さい。そんな姿を眺めながら今度は総司が稚奈に尋ねた。
「先輩。1つ質問よろしいですか?」
「あら、どうしたの?」
「く――玲奈さんから話を聞いたりはされていないのですか?」
一瞬「栗生さん」と呼びそうになったが、稚奈の姓も栗生のため慌てて下の名前で呼ぶ総司。
「別にレーちゃんって呼んでいいわよ。玲奈からはある程度聞いていたのだけれど、やっぱり本人から聞くのでは違うのよ」
やはり妹から話を聞くことと行動した本人から話を聞くのでは違うようだ。レーちゃん呼びでいいんだと思っている総司に今度は稚奈が質問してくる。
「それよりも間宮君。貴方のクラスでの立ち位置は大丈夫かしら? やり方がその……へんてこりんな子にとらえられてもおかしくないのだけれど」
「へんてこりんな子、ですか……」
変な子扱いされて何とも言えない気持ちになる総司。面と向かって言われてはいなかったが、裏では玲奈にも変な子扱いされているのではないかと少し心配になっていた。
それが現実味を帯びてきていて焦るが、今は目の前の稚奈との会話のことだけを考えることにする総司。
「別に俺の立ち位置が危なくなったとかはないですよ」
「ならいいのだけれど」
総司の言葉を信じたようでほっとした表情をする稚奈。
再びふと気になることが出来た。ただ稚奈と総司だけではなく、他者も関わってくることのため聞くのは憚れる。その疑問を頭の隅に追いやろうとするが、それよりも早く稚奈が疑問点を言うように促してきたので尋ねることにした。
「やはりこの学校でも、他にも虐めってあるのですか?」
「あら、かなり踏み込むのね」
「すみません」
「いえ、別にいいの。確かに私の知るところでは小さないざこざはあるわね。人が集まれば必ずそういうものは生まれる。そんな人達に手を差し伸べたいのだけれど」
「やっぱり難しいですか」
総司の言葉に稚奈が頷いた。総司が通っていた学園でもあったが、やはりそういうのはどこでもあるようだ。そんなことを考えていると稚奈が少し悲しそうな表情を見せる。
「私が手を出すのは簡単なの。でもそれじゃあ完全な解決にはならないかもしれない。だから何かいい案があればいいなと思っているの。間宮君に聞いたのは、貴方のやったことを他にも使えないかなと思ったからでもあるわ」
「なるほど。すみません、俺の案使えなくて」
「気にしなくていいわよ。ところで間宮君」
「なんですか?」
暗い話は終わりと言うかのように稚奈は話を切り替えた。それは総司もしっかり分かったので返事をする。
「1か月ほど学園生活送ってどうだったかしら? 何か気になった点とかある? この学園をよくするためにも意見聞きたいのだけれど」
「と言われましても、クラスの人達はいい人達ばかりですし、先生もいい人達ばかりですし。学園もきれいなので気になった点はないですね」
「ありがとう。そう言ってもらえると嬉しいわ」
お日様のような柔らかい微笑みを総司に向けると稚奈は紅茶を口につけた。
お互い無言になる。聞こえるのは部屋にある時計の針の音とグラウンドで掛け声を出している運動部の声だけ。そんな時間をしばらく楽しんでいた総司に稚奈が再び尋ねた。
「そろそろ学園祭だけれど、クラスで何をするか話が出ていたりしているのかしら」
「いえ、まだ何も。来週ぐらい決めるんじゃね? ってクラスの友達が言っていたぐらいでしたね」
「確かに来週のロングホームルームで全クラス決める予定になってるけれど、その子凄いわね」
よく時期を覚えていたなと、時期を覚えていたクラスメイトに内心で賛辞を送る。あとついでに稚奈の子の言葉を言えば喜ぶんじゃないかと思い、後ですることにした。
「こんな案を出そうなんて考えているの?」
「いえ。まだ特に何も考えていませんね」
「あらそうなの? てっきり世界征服を案に出すのかと思ったのだけれど」
「勘弁してください」
まさか衣里との会話をここでされるなど思っていなかった総司は苦笑の混じったような複雑な力のない笑みを浮かべる。そんな総司が面白かったのか稚奈が楽しそうに笑った。
「うふふ、ごめんなさい。貴方と蘇摩さんの会話があまりにも楽しそうだったからつい」
その後も軽い雑談を交わした総司と稚奈。まだ太陽は山の向こうに消えそうではないが時間を見て帰路についたのだった。