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転校してきてしばらくたったため、すでにクラスの一員となっている総司。仲良くなったクラスメイト玲奈や衣里とだけではなく、やはり男子同士の友情もしっかりと築けている。
「おはよう間宮。今日も夫婦漫才やるのか?」
「夫婦漫才ってお前……。まあ、俺もここ最近結構楽しく聞かせてもらっているけどな?」
「深夜のラジオ番組じゃないんだけど!?」
ただまだしっかりとクラスでの立ち位置を確立できていないためか、結構頭がヤバイ人に思われつつある。このクラスのことを思うと、それは仕方がないとあきらめ始めていた。
「なあ、何か面白い話無いか?」
「面白い話? 結構無茶苦茶なこと要求してくるな」
「いや、蘇摩さんとの会話に使わせてもらおうかと思ってな? 例えばで言うと……学校の七不思議とか?」
総司に尋ねられて考えるクラスメイト男子。どの学校でも学校の七不思議は存在する。総司の元いた学園でもあったが、この学園でもあるだろう。そう思って尋ねた。共通の話題は結構話が続いたりする。
「あー、そう言えば聞いたことはあるな」
「やっぱりどの学園でもあるんだな」
想定内だったためあまり驚かなかった総司。クラスメイト男子が「聞くか?」と尋ねてきたため頷いた。
「1つ目は、ありきたりだけど夜になると誰もいないのになるピアノ」
「あぁ。よくあるやつだな」
「2つ目は、スターターピストルが暴発して腕が吹きとび、自殺した先生の霊が運動場に出るとか」
指を1本ずつ立てながら男子生徒が話す。2つ目で結構物騒なものが出てきた。というより、スターターピストルは暴発するものなのかと内心驚く総司。そんな総司をよそに話をしながら指を立てていくクラスメイト男子。
「3つ目が短距離の陸上選手だったけど事故で死んだ生徒の霊が校庭に出る話で、4つ目が騎馬隊の霊が校庭に出る話」
「校庭多いな」
「あ、ちなみにピアノ演奏は聞いたことがある奴がいるらしく、『トランペット吹きの休日』を引いているみたいだぞ?」
「ん? その曲って運動会で流れる曲じゃ……」
聞いたことのある曲名が出てきてふと気が付いた総司。それに気が付いたクラスメイトの男子がニヤッと笑った。隣にいる別のクラスメイト男子も同じ。
「お、知っているのか。じゃあもう分かると思うけど、うちの学園の七不思議って、全部集まれば運動会が出来るんだぜ?」
「え? 幽霊たちが集まって運動会でもするのか?」
ネットにある他の学園の七不思議一覧でも聞いたことのない話。そんな話に総司が興味を示す。
2人の男子生徒が頷いて肯定する。気が付けば近くにいた男子生徒達も集まってきていた。
「みたいだな。校長先生が七不思議を作ったからじゃないか、なんて噂があるからな」
「作ったのバレちゃってるじゃんか!」
「でもまあ、こうやって地道に継承していけば数年たった時にそれっぽくなるんじゃね?」
「七不思議ってそういうものなのか……」
見えたくないものが見えた総司だった。この後も他の男子生徒に面白そうな話題を聞く総司だったが、よさそうな話は出てこなかった。何しろ話の内容が、分かり切っている校内美少女ランキングとか、友達同士で行われたジ〇ジョ立ち選手権の話だとか。聞くにつれてしょうもないないようになっていく。
さすがに衣里との会話に使えなかったが、そんなしょうもない会話はそれでとても楽しい物だった。
いつも通り授業を受け昼休みの開始を告げるチャイムが鳴る。
挨拶は終わったが先生がまだいる。にもかかわらず、衣里が逃げないようにとチャイムが鳴ると同時に、総司は隣の席の衣里へと突撃をした。
「おっしゃ蘇摩さん! 今日も昼食の時間がやってきたぞ!」
「あーはいはい。分かった分かった。一緒に食ってやるから静かにしろ」
ここ最近ずっと突撃してくる総司に、どこか諦めた表情を浮かべつつも慣れた手つきで準備を進めていく衣里。
「うぉー!! 何それ! 見たことねぇ! そのおかず美味しそう! 俺のつくねの串と交換しようぜ!」
「ああ――って待った、串なんて食えるわけねぇだろ! せめて食える奴寄こせ!」
「じゃあ、このパセリやるから、そのハンバーグ寄こせ!」
「食えるけどもう少しマシな奴寄こせ! 割に合わないだろ!」
そんな感じに本日も総司と衣里はギャアギャアと言いながら昼食を食べていく。
総司がやってくるたび、今日もか。そんな表情をしていた衣里だが、最近はそんな表情をすることもなく、4時限目が終わるころにはどこかソワソワする衣里の姿が見られた。それが楽しみからくるものなのかどうかは本人のみぞ知る。
ギャアギャアいいつつも途中から落ち着いて食べ始める2人。
「そういえば蘇摩さん。蘇摩さんって少女マンガ見るの?」
「グフッ!」
想定外の話だったのか、変な音を出す衣里。幸いにも、口の中に入っていた物は飛び出なかったが、飲み込む最中で喉を詰まらせたのか水を飲む。ハァハァと呼吸を整えてから総司を睨む衣里。
「なんだよ急に」
「いや、なんとなく?」
「なんとなくってなんだよ!」
どうやら最初から最後までこの2人の会話はうるさいになりそうである。クラスメイトも少しではあるが、2人の会話を聞きながら楽しく昼食を進めていった。
そんな感じで総司が昼食時に衣里へ突撃して早くも数週間がたった時、ちょっとした変化がクラスに訪れた。
ある朝、総司が授業準備をしているとき、自分の机の中に1枚の手紙が入っていることに気が付いた。差出人は驚いたことにクラスメイトである1人の女子生徒。
書かれていた内容は、放課後とある教室で待っている。
もしかして告白か? いやそんなわけないか。
そう考えた総司だが、それでも手紙に書かれている内容は告白するから来て欲しいととらえることが出来るものであった。
結局その日、総司は授業に集中できないまま過ごすこととなった。もちろん衣里との昼食はしっかりと済ませた。
そして迎えた放課後。総司は指定された教室へと向かった。ドキドキして仕方がなかった総司。数分だけだったと思うが、すごく長く感じてしまう。
そしてようやく女子生徒がやってきた。なんとかクラス全員分の名前を覚えられた総司。もちろん目の前に立っている女子生徒の名前も憶えている。同じクラスの女子の立林六華。無茶苦茶可愛い子と言うわけではなく性格も活発的という子でもない。
「ごめんね間宮君。呼び出したりなんかして」
「いや、大丈夫」
「で、さっそく要件を話したいんだけど……」
そういって話を切り出した女子生徒。結果だけ言うと、告白ではなかった。
話というのは、女子生徒とその他数人の友達と一緒に衣里と昼食をとるにあたって、いくつかの質問をしたいとのことだった。
「間宮君も知っていると思うのだけれど――」
やはり1番気になることが、蘇摩さんと一緒に昼食をとっているが怖くはないのか。それだった。やはり噂が影響しているようだった。総司は知っているが、気を利かせてくれたのか女子生徒が衣里の噂話を離す。そしてその噂話というのはほとんど総司が知っているもの。もちろんほとんどと言うだけあって、聞いたことがない噂もたっていた。
「――っていう噂があって」
「ああ。その噂ね。その噂なんだけど――」
いい機会だと思った総司は、噂はあくまでも噂だったということ。そしてその話は稚奈先輩に聞いたというと、その女子生徒は納得した。
少し会話して分かったが、どうやら稚奈にも相談していたらしい。それでも怖い物は怖く、結局踏み出せずにいた。それが今では総司の行動によって稚奈の話が本当であったと伝わったとのこと。
それでもやはり、昼食の時以外は怖いままの衣里。それが引っかかるのか心配だと告げられた。
「大丈夫だ。あいつ案外いいやつだぞ? 一緒に食べていて怖くないな。逆に楽しい」
「フフッ、それって間宮君があんなことしているからだよね?」
真剣な表情から一変して、楽しそうに笑う女子生徒。
遠巻きではあるが、そのクラスメイトの女子は一緒に昼食をとっていたクラスメイト達と共に、衣里と総司の会話を聞いていた。だが総司は衣里との会話に必死で気が付いていなかった。
「まあ、それもあるが、蘇摩さんだってみんなと同じ。ちょっと怖い奴かもしれないけど」
「そうだよね。わかった。それじゃあ――明日は私を含めて数人の友達で蘇摩さんと一緒に昼食を食べたい。だからできれば遠慮して欲しいな」
その続言葉を聞いた総司は嬉しく感じた。
衣里をいじることが少し楽しく感じていたが、クラスに溶け込めるようになるためには俺1人だけと話していてはいけない。きっとこのクラスメイトの女子がさらに大きなきっかけになる。そう感じた総司。だから送り出す。
「じゃあ、蘇摩さんのこと頼んだよ」
ただその言い方が、まるで衣里の親のような言い方であったため、女子生徒は笑った。だがすぐに真剣な表情になる。
「頼まれました」
女子生徒――立林六華と2人で話したその翌日からその少女と数人の友達が衣里と共に昼食をとり始めた。総司とは最近嫌な顔せず食べていたが、いざクラスメイトとなるとやはり総司の時のように渋っていた衣里。それでもいざ食べながらの会話が始まると、楽しそうに食べている。
そんな衣里の姿を総司は1人離れたところで昼食を食べながら見ていた。少し寂しく感じていたが、それと同時に嬉しく感じていた。近くから聞こえてくる会話。その会話は確かに衣里について。クラスの女子が衣里と一緒に食事をしている。そんな会話だった。
総司だけではなく普通の人でも蘇摩さんと一緒に食べれる。それに話してみたが怖くはなく、普通のどこにでもいる少女だ。
この認識の変化は大きく、少しずつだが、昼食の時だけではなく、休み時間中にも衣里に話しかけに行く人が増え始めた。
気が付けば、これまでの時間を取り戻そうとするかのように、衣里の席の周りには常に人が集まるようになった。
総司がこの学園に来て最初の小さな変化――それでもクラスにとっては、ようやくもう1人のクラスメイトがクラスに溶け込むという大きな変化の瞬間であった。