2-6
翌日。いつも通りホームルームが終わった後に登校してくる衣里。クラスメイトの対応もいつも通り。そんないつも通りの日常は昼休みの開始を告げるチャイムが鳴って切り替わる。
昨日と同様チャイムが鳴ると同時に、総司は隣の席の衣里へと突撃した。その速さはまさしく、ピストルの音が鳴ると同時に走り出す選手のよう。昨日とほとんど同じだが、今日の総司は一味違う。
「蘇摩さん蘇摩さん何そのお弁当! なんか美味そう! 超美味そう!」
「弁当の包みさえ開けていないのにお前は何を言っている?」
本人の言う通りまだ包みさえ開けられていないお弁当箱。それを美味しそうという総司に衣里は若干引いていた。
クラスメイト達は「今日もか。また始まったぞ」と遠巻きに見ているだけ。一部の生徒は衣里の堪忍袋の緒が切れるのではないかと内心ハラハラして見守っていた。人によってはここのクラスから出ていくものもいる。
「だって美味そうじゃないか! そのお弁当を包んでいる布! 可愛いリンゴ柄だし!」
「いや、お前は何を言っている?」
「なあせっかくなんだし一緒に食おうぜ! な?」
「いや話聞けよ!」
「良いだって! 最初見た時怖かったが、お前いい奴だな!」
「いや勝手に進めるなよ! 弁当広げるな!」
衣里の話を無視して強制的に机を占拠して容赦なく弁当を広げる。
どこか諦めた表情をした衣里はカバンから弁当を取り出して席を立とうとする。だがそれを総司が阻止しにかかる。
「え? 一緒に食べないの?」
「何でお前と一緒に食べなきゃダメなんだよ……」
「いいの? 蘇摩さんはそれでいいの? 後で大変なことになるよ?」
「……どうなるんだよ」
不安そうな表情を見せる衣里を見て、総司は稚奈から聞いた、衣里の過去を思い出す。
私のいない間に私物に何かやられるのではないか。そのように衣里が考えているような気がした総司。短いとはいえ、何も話さない時間ができるのは良くないと思い、慌てて話しかける。
「俺泣いちゃうよ? 小さい子がデパートで母親を困らせるために通路で寝転がって『買って買って』っていうように泣いちゃうよ? 『一緒に食べて食べて』って大声で泣いちゃうよ?」
これには衣里だけではなくクラスメイト全員がドン引きした。全員と言うだけあってもれなく玲奈も。もちろん必死な総司。クラスメイト達が引いているなんて分からずどうにかして衣里と一緒に食べようと必死である。そんな総司に衣里が呆れた表彰を向けていた。
「お前には羞恥心ってものがないのか?」
「安心しろ! 転校してくる前に、いらないごみと一緒に捨ててきた!」
「捨ててくるなよ! それが本当なら今すぐ拾ってこい! もしくはデパートに買いに行ってこい!」
何なんだよこいつと言いたそうな表情の衣里とどこか必死そうな表情の総司。
そんな2人の様子を少し離れている場所から、一緒にお弁当を食べている女子達と話しつつ心配そうに玲奈が見ていた。今の所、総司からの助けを求める声がかからない。助けを呼ばれたら助けるつもりだった玲奈だが、約束を反故にするべきか真剣に考えていた。
「わ、わぁ! 凄いね間宮くん。蘇摩さんのあんな表情初めて見たよ。頭はちょっとあれな子になっているけれど」
「ほんと凄いよね。頭はちょっとあれな子になっているけれど」
「あ、あはは……」
一緒にお弁当を食べていたクラスメイトに苦笑いを浮かべてしまう玲奈。
総司くん、昔より……面白くなって帰ってきたな。
心の中でオブラートに包みつつクラスメイトを見渡す玲奈。固まって食べている男子の方も総司と衣里の方をチラチラと見つつお弁当を食べていた。
幼馴染が自分のことを心配しているとは露知らず、総司は尚も衣里と一緒に食べようと奮闘している。
その努力が功を奏したのか、1つため息をついた衣里は自分の席に着席した。総司が驚いていると、「今日だけだからな」と言って衣里が弁当の包みを開け始める。
ただせっかく一緒に食べるのにお互い黙ったまま食べるわけにもいかない。お弁当を広げた衣里に総司はさらに話しかける。
「何それ美味しそう! そのお肉美味しそう!」
「ただのつくねだ。お前はいつもそんなふうに大げさにしないと生きていけないのか?」
そう言いながら弁当の中身を箸でつつく衣里。ご飯以外すべて冷凍食品。なんならご飯もパックライスの物の可能性がある。
「そのつくねくれよ! 俺にくれよ!」
「なあお前、羞恥心と一緒にデパートで遠慮ってものを買ってこい」
そんな騒がしいやりとりをしつつ総司と衣里はお弁当を食べた。騒がしいやり取りをしていたために、昼食を食べ終えたのは昼休みがもう少しで終わると言った頃合いだった。
1日だけだが一緒に食べることが出来た。だからきっと満足しただろう。
そう思ったのは衣里だけではなくクラスメイトもだろう。
だがまさか明日だけではなくその次の日も、今日みたいなやり取りで一緒に昼食をとるとは衣里は考えもしなかった。それはきっとクラスの大半の人も同じであった。
始めて衣里と総司が一緒にお弁当を食べてついに数日が立った。本日も昼休みの開始を告げるチャイムが鳴る。それと同時に総司は自分の弁当を持つと速攻衣里の席へと向かった。席が隣と言うこともあって、チャイムが鳴っている最中に声をかける。
「よし食おうぜ! 弁当箱食おうぜ! 弁当箱だけ食おうぜ!」
「一緒に食ってやるから落ち着け」
初日以降、あの手この手を使われて結局ズルズルと連日、総司と一緒に昼食をとることとなっている衣里。それでもやはり一緒に昼食をとるのは嫌なのか、あまり乗り気ではないのは誰の目から見ても明らかだった。
「黙っていてもつまらないし、何か話せよ」
「いや、お前から誘っておいてそれはないだろ」
「それじゃあ、学園祭何したいか話そうぜ」
「もうそろそろだな」
本当に総司とただ一緒に食べるだけのつもりか、会話にはあまり乗り気ではなさそうな衣里。そんな衣里とは対照に楽しそうに総司は話す。
総司の通う今の学園では学園祭はテストが終わってからである。先にテストに集中しないといけないが、終わった後の学園祭を目指してテストに集中するのも悪くはないだろう。
そしてテストはすでに終わった。学園祭はすでに目の前に来ている。そろそろ準備が始まる頃合いだ。そのためかチラホラとではあるが、学園祭の話がクラス内で上がるようになり始めている。
「で、何したいって?」
「クラスの出し物だよ。なんかないか?」
「なんもない」
何でないんだ。総司はそう尋ね返しそうになったが、衣里が以前までろくに学校へ行っていないことを思い出した。
実際は衣里に考えるつもりがなかったからそのように答えただけである。だがそんなことを知らない総司。会話の流れにはあまり影響しないため良かったと言えばよかった。
「じゃあこんなやつやりたいっての無いか? ほら、アニメでやっている中からでもいいし」
「アニメ見ないしな……特にないな。というよりこの学園で何をどこまで出来るかわからないから案が出せない」
「じゃあ何でもできるとして」
どうにか話しを続けながら食べようとする総司。それが伝わったからなのか察したからなのかは分からないが、衣里は渋々話す。
「喫茶店とかそんな感じか? あ、メイド喫茶はなしな」
「お前そんなので良いのか? 世界征服とか、宇宙にデ〇・スター建造とかじゃなくていいのか?」
「お前は学園祭で何がしたいの? なんでもの範囲デカすぎないか? 学園祭を何だと思っているの? いろいろ大丈夫かお前?」
とんでもないことをいう総司にどこか慣れてしまった衣里。クラスメイトもなんだかんだ慣れ始めていた。慣れという物は怖いものである。
「じゃあ、俺が提案したより規模が小さくなりすぎるけど、喫茶店するとして、蘇摩さんはどこ担当がいい?」
お前の案と比べるなよと呟く衣里だが、実際の光景を思い浮かべているのか考える様子を見せる。
「……接客とか?」
「メイド服姿で? それとも世紀末のコスプレか?」
「いや、メイド服姿はまだいいとしても、なんで世紀末のコスプレが出てくるんだ? そこは普通の服装でいいだろ。ともかく接客もだけど、あとは調理もやってみたいかも」
「蘇摩さんって料理……出来るのか?」
「……多少はな」
衣里の持ってきている弁当を見てつぶやく総司に衣里は目を逸らした。多少という言葉もかなり怪しい衣里のお弁当。おかずはすべて冷凍食品。なんならご飯も怪しい。
ちなみにだが、総司の自作の弁当には冷凍食品がいくつか入っている。それでも前日の晩に作ったポテトサラダを入れるなど、男子の割には料理が出来ると言った印象である。
そんな感じで話を続けつつ、2人は昼食をとり終えても、チャイムがなるまで話し続けた。
総司のぶっとんだ会話に衣里は呆れつつも、時々見せるどこか楽しそうな表情。そんな衣里の表情に気が付いた総司はこれで間違っていなかった。そう確信したのだった。