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「――っていうことがありまして」
「そう」
放課後、いつ振りか総司は再び稚奈と生徒会室で話していた。総司がひと通り話し終えた時、稚奈がコーヒーカップに入った紅茶を一口飲む。
帰宅しようと廊下を歩ていると稚奈とばったり出くわした。女子生徒がいたらすぐにかけよっただろうが、周りには誰もいなかった。そのためばっちり稚奈と目が合った総司。
さすがに挨拶もせずに帰るのもどうかと思い近づいたところ、総司が何か悩んでいるのではないか。稚奈がそのように聞いてきたため、内容が内容だけに場所を生徒会室に移して総司は正直に話した。
玲奈とは義理とはいえ今は姉妹になっている稚奈。会話で衣里のことが出ていればそこから衣里について調べているのではないか、なんて都合の良すぎる考えの元、衣里について尋ねた総司。
結果を言うと稚奈は答えなかった。代わりにどのような考えでそのようなことを尋ねてきたのか聞かれた。朝によく女子生徒たちに囲まれている稚奈先輩。その時に見せる笑顔はなく、ただ真剣な表情で聞かれたたため総司は学校での衣里の態度と、モールであった出来事を話した。
「それで総司君はどんなふうに思っているのかしら?」
「どんなふうに思っているとは?」
「クラスの子の話を信じる? 信じない?」
そこで総司は稚奈が入れた紅茶を一口飲む。その間にこれまでクラスメイトから聞いたり、自分の目で見てきたことを自分なりに再度整理し考えをまとめる。
「確かに蘇摩さんの見た目では噂が本当と言う可能性は捨てきれないですね」
「そう。それで?」
総司の言い方からして続きがあることを理解していたようで促す稚奈。
静かに待ってくれていることに感謝をしつつ、総司は言い間違えがないよう言葉に気を付けながらゆっくりと話す。
「ただ人は見た目では決めていけないと思います。これは前の学校の話ですが、俺にはまあそれなりの数の友達がいました。見た目は内気な感じでも結構ぐいぐい来たり、逆に見た目は勝気なやつでも静かな奴はいたり」
その友達たちの顔を思い出しているのか総司は赤く染まっている窓の外を見ていた。前の学園の記憶が甦る。なんやかんやバカなことをしてきたなと。
そんな懐かしい記憶を思い出していたが、10秒ほどして稚奈の方へと視線を戻す。今はこちらが優先である。思い出はまた時間があるときにでも浸るつもり。
「ですので、蘇摩さんについては何とも言えません」
「そうね」
何かを考えるかのように目を閉じて紅茶を飲む稚奈。その動作に品があり、いいところのお嬢様に見える。
「それであなたは一体どうしたいのかしら?」
「どう……したい……」
「ただ噂が本当かどうかを知りたいだけかしら?」
その言葉を聞いて総司は考え込んだ。
周りが言っている噂は結局のところ噂でしかないのではないのか。確かにそれは知りたい。ただもしその噂が噂だけだったら。
俯いて考える総司の姿を見て稚奈が微笑んでいたが本人は気が付かなかった。
しばらくして顔を上げると、紅茶のお代わりを自分のコップに入れる稚奈がいた。
「決まった?」
「はい。俺は噂が本当か知りたいです。知って蘇摩さんがクラスになじめるようにしたい。例え噂が本当だったとしても」
総司の目は本気だった。稚奈はそれを見つつ紅茶を飲んでいたが、カップを口から離して伝える。
「彼女の噂はただの噂よ。私が調べたわ」
「え……?」
まさかの言葉に総司の動きが止まる。そんな総司に構わず稚奈は話し続けた。
「彼女、病気だったの。前の学校ではそれが原因で1年時の時の出席日数が足らず留年。その時は同じ学校で過ごそうとしたようね」
稚奈はコップに入った紅茶を見ながら話す。夕日が稚奈の背後から差し込み、幻想的な空間を作り出す。
大事な話だとすぐに気が付く総司。背筋が自然とまっすぐになって姿勢を正した。
「当初は病気が原因で留年したとクラスの人たちは知っていたけれど、それを知らない誰かが勝手にあることないこと――まあほとんどないことだらけの話を広めたの。彼女は不登校で休んでいたから留年した、喧嘩をしてけがをしたから家で休んでいたなど、こうではないかという話を知らない者同士で勝手にしていたみたいね」
そこで一度話すのをやめ紅茶を1口飲む稚奈。遠くからどこの部活かは分からないが、部活動に精を出す男子生徒達の掛け声が聞こえてきた。
その声を聞いたと言うわけではないが、一呼吸おいて再び話し始める。
「でも知らない間にそれがまるで本当だったかのように広まり、病気のために留年したという情報は消えていった。そこから虐め……に近いことが起きて再び彼女は休みがちになり、再び留年しそうになったの」
稚奈はそういいつつ、まるで自分のことのように寂しそうな顔を見せた。
「心配した両親は通信校を進めたけれど、やっぱり学園に通いたいと言ったそうよ。でもさすがに前の学園で平凡な生活を送るのは難しいってことで、この学園に転校してきたの。この話は気になった私が独断で彼女の両親から聞いた話」
そこで再び紅茶を飲む稚奈。総司は話を聞き洩らさないように身動き1つ取らない。そのため稚奈がカップをソーサーに戻した時になった音が部屋の中にしっかりと響いた。
「妹が心配していたから調べたけれど、どうやらこちらでも同じようなことになっているみたいね。実際、蘇摩さんの噂話は私の耳にも届いているもの」
そこでふと思い出したような表情をした稚奈。
「あ、そうそう。こっちに転校してきたのは去年の秋頃。体育祭が終わった当たりよ。噂話が出始めたのは11月ぐらいかしら?」
そう言って稚奈は締めくくった。話は終わったと判断した総司が尋ねる。
「もう一度確認しますが、噂は噂にしか過ぎなかった。それで合っていますね?」
「ええ」
「そうですか。わかりました。相談に乗ってくださりありがとうございます」
「いいのよ。学生の悩みを聞くのも生徒会長のお仕事だから」
そういって柔らかい天使のような笑みを浮かべた玲奈。その表情からは、相談を聞くことを面倒臭く感じているようには見えなかった。
総司は入り口の前で再度、稚奈の方を向き礼をする
「それでは失礼します」
「はーい。気を付けて帰ってね」
ひらひらと笑顔で手を振ったのを確認した総司は扉を開けて出ていく。
静かに扉を閉めた時には、どうするのが良いのかを考え始めた総司だった。
「玲奈が言っていた通り、彼はお人好しなのね」
遠ざかる足音を聴きながら稚奈はつぶやいたが、ここにいるのは稚奈1人だけだったため、そのつぶやきは誰も聞かなかった。