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ショートショート6月~2回目

ラッキーの印

作者: たかさば

「ねーねー、なんか爪に変なものがあるんだけど!!!」


マッタリ猫をのばして遊んでいたら、娘がどすどすとこちらにやってきた。

なんという傍若無人の歩み、足もとでへそを丸出しにしていた猫が瞬時に丸くなって……ソファの上に飛び乗ってきたじゃん。


「ほら、これ見てよ!!やばい病気じゃないよね?!」


でかい全身の割にずいぶん華奢でかわいらしい指先…を差し出されたので、少々目を離して凝視する。


……おかしいな、私はいつから手元を見るのに目を近づけずに遠く離すようになってしまったのだ。

近眼で、近づかねばものが見えなかったはずなのに、老化とは摩訶不思議な現象を実に華麗に巻き起こし……。


「うん?ああ、これはラッキースポットですね、いいことあるよ。」

「ラッキースポット?」


「うん、ラッキーの印ってね。この白いのが出てる間、いいことがあるんだって。で、その白い部分を切る時に、願いごとをすると叶うらしいのさ。」


あれは小学校六年生の秋だったか、友達から借りたおまじないブックにラッキー特集が載っててさ。

そこに、幸運の印ってのがたくさん紹介されてたんだよね。


爪に白い点が出る、一本だけ長い毛が生えてくる、一本だけ白髪が生えてくる、手の平にほくろができる、太陽が昇る夢を見る、二重に架かる虹を見る、カギを拾う、割った卵が双子だった、モンブランに二つ栗が入っていた、十円拾う、ええとそれから何だったかなあ……?


かなり眉唾情報ではあったものの、割と本気にしていた自分がいたのだな。

くそバアアとクソ家族に囲まれて、いかに怒られずにいかに目をつけられずにいかに無関心でいられるか気を張っていたあの頃、ずいぶん助けられたのだな。


爪に白い印が出てるから、いつもよりは幸せに過ごせるはず。

腕に長い毛が生えたから、これが生えてるうちは怒鳴られないはず。

一本だけ生えてる白髪があるうちは、机の奥に隠した日記は見つからないはず。

手のひらにほくろができたから、今年はお年玉を取られないはず。

太陽の夢を見たから、きっといいことがあるはず。

二重に架かる虹を見たから、きっと嫌なことを忘れることができるはず。

鍵を拾ったから、きっと何かが変わるはず。


実際どうだったのかは置いておいて、幸せの印に助けられた自分がいたのは事実なのだな。


「ええマジで!!!なにいいことあるんだろ!!あたし昨日ズボンのおしり裂けちゃってさあ、ついてないって思ってたんだけど!!」

「さっき新しいの買ったじゃん!!買ってあげたじゃん!!ついでにお昼ごはんも外食したじゃん!!めっちゃついてる!!!何言ってんだ!!!」


そう、人の財布でドでかいズボンを買い、心行くまで昼間っからステーキを貪り!!!デザートにコンビニでアイスとクレープまで買った奴はどこのどいつだ!!!


ここの、この!!陽気な娘だよ!!!


おかげで私の金運が吹っ飛んで―――!!!


「ありがとう!!!」

「どういたしまして!!!」


くそう、地味に財布の中が寂しいことになってしまった。

だってまさか昼間っからあんなにがっつりと食べるとは思わないっていうか。

若者の留まるところを知らぬ旺盛な食欲を見せつけられた老いた身を持つものとしましてはですね、実にこう、げっそり感がですね。


「ねーねー爪ってどれくらいで伸びるのかな、あたし宝くじ当たるようにお願いしたいんだけど!!」

「さあ?一か月か二ヶ月くらい?君小さい爪してるから、もっと早いかな?まあ、気長に願い事を考えつつ伸びるのまったらどお!!」


そういえば自分はいつ爪を切ったかな、そんなことをふと思い、指先を確かめる。

それをのぞき込む、実にでかい娘の影……。


「うわ!!お母さんめっちゃ白い点あるじゃん!!」


娘が何やら騒いでいる。

人の指を一本一本確認し、顔を近づけ目を見開き!!


「はい?!薬指も中指も人差し指もある、ちょっと待って、これもう切れる位置にある!ねえ、何お願いするの、もう叶うじゃん!あたし夜は牛肉が食べたいんだけど!!!肉出てこいって願ってよ!」


目を凝らしてみてみると、左手の人差し指と中指と小指、右手の親指と薬指と小指に白い点がある。


……いつ頃からかなあ、私の爪には、常に白い斑点が存在するようになっていてですね。

……そうだなあ、気が付けばもう髪の毛は真っ白だしなあ。

……そう言えば、手の平にほくろが、いつの間にかできてたんだよねえ。


……実家にいるころは。


斑点を実にありがたがり、爪を切れる日を心待ちにしつつ願い事を厳選したものだった。

白髪を見つけてはありがたがり、願いを託して抜いていたような。

手のひらにほくろができることを願って、マジックペンで落書きもしたなあ。


……そうだ、実家を出てから、こういうことしなくなったんだった。


斑点なんか気にしないくらい、平穏な日々が続いたんだよね。

願いたい事なんかまるで思い浮かばないくらい、穏やかな日々を手に入れたんだよね。

ないものを求めなくてもいいくらい、自分にあるもので満足できる日々が過ごせるようになったんだよね。


「別に願い事なんかないよ、普通でいいし、晩御飯は質素でいいや。そばにしよ。」

「ええー!!!やっぱあたしついてないじゃん!!夜はがっつり行きたいのに!!!」


朝からモーニングバイキングに行き、昼にイタリアンを散々堪能し、デザートまでたらふく食べて、この上夜もがっつり希望だとう……?!


「いくら何でも食べすぎだ!!!君もう晩御飯水だけにしといたら。」

「絶対やだ!!めっちゃ不幸じゃん!!白い点あるのにー!!!」


……なんだもう、うるさい人だな。

……仕方ないなあ、もう。


「ほーら、こんなかわいい猫が降ってキター♡幸せでしょ!!!よかったね。」


私は自分の膝の上でマッタリしている猫を、隣でソファに沈み込んでいる娘の太ももの上に移動させて……立ち上がった。


「なにそれ!!!かわいいけど!!!えーい、のびろ、のびれ!のびーのびー!」


大喜びで猫をのばす娘をしり目に、キッチンへと向かう。


……旦那の秘蔵の牛かたまり使って、ローストビーフっぽい物でも作って差し上げますかね。


毎日働いてるし、休みの日ぐらいは、ねえ。


……甘いかな?甘いかも、甘くてもいいじゃんってね。


ま、食べた後は、二時間くらい散歩に連れ出すかな。

自分は自転車に乗って、娘は走らせよう、よし決まり。


まずは牛肉を解凍して、付け合わせのマッシュポテトの仕込みにサラダの準備、お米も炊かないといけないな、キノコのソテーも作るか……冷蔵庫の扉を開けて、計画を練り練り……。


私は手を洗って、夕食の準備にとりかかったのであった。


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[良い点] >>>そう、人の財布でドでかいズボンを買い、  まてまてこれはきつい。金かかるやつ [気になる点] 愚痴はわかります。くそおや [一言] 白い点ができたり無くなったり
[一言] >おかしいな、私はいつから手元を見るのに目を近づけずに遠く離すようになってしまったのだ。 おかしいですね〜。おかしいですよね〜。 爪に白い斑点ですか。幸運の印ですか。いいですね。 私、黒い…
[良い点] ふふふ、ニャンコ癒やし…。
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