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第四話 異界

「これは?」

「なんだ?急に真っ暗になったぞ?」


 突然暗闇に閉ざされた食堂内に、生徒たちの喧騒が広がっていく。


 〈蒼龍の宴〉亭は、屋根に沿って斜めに大きな窓を複数取り付けているため、日中、人工の灯りは必要ないのだろう。しかし今やその窓は採り入れるべき光を根源から失っていた。


 店の誰かが魔石による設置型魔法を発動させたようだ。店内のランプに一斉に明かりが灯る。


 食堂内部はおおよそ見渡せるようになったが、窓は黒く塗り潰されたキャンバスのごとく不気味に佇み、外の様子を窺い知ることは出来なかった。


「お前の仕業か?」

「阿呆が。いつそんな素振りがあったと言うのじゃ」

「魔法詠唱しておいてよく言うな」

「アレはほんの戯れじゃろうが。この気配は、結構な大魔法ぞ」


 俺もそれは分かっていた。問題は、この気配が明らかに、魔族の象徴たる闇系統魔法のものであるということだった。


「これは魔族しか使えないんじゃないのか」

「どこに魔族がいるのじゃ」

「俺の目の前に」

「妾は人間じゃと言っておろうがド阿呆」


 あれだけ強烈な闇の波動を放出する人間はもはや魔族と呼んで差し支えないのではないか、と口にしかけたが、今の状況ではあまり生産的ではないので内容を変えた。


「だが闇系統魔法は使えるんだろう?」

「使えぬ」

「は?」

「使えぬと言っておる」

「何故?」

「ふん。まぁ、ずっと人間やってるお主が知らぬのも無理はないが」


 魔王による説明は、こうだ。


 闇系統魔法。死と退廃、変化と拡散を属性に持つ魔法群であり、特に破壊を目的に行使される場合、人類の間で用いられる四大系統魔法とは、一線を画する威力を持つ。

 しかしながらその代償として、闇系統魔法を使用した術者には、その威力に応じた「呪い」が襲いかかる。魔法の司る属性が、生命単体とは根源的に相容れないため、生命体である術者に対して起きる拒絶反応が「呪い」であるとされる。

 低レベルの魔法でも「呪い」の強度は凄まじく、そのため、魔族のように闇に馴染んだ強靭な肉体を持たない人間にとって、闇系統魔法の使用は文字通り自殺行為である。


 ……だそうだ。魔族とは長いこと刃を交えたが、闇系統魔法にそんな代償があったとは初耳だ。


「つまり、人間となった妾には使えない、ということじゃ」

「本当か?」

「信じぬなら勝手にせい」


 魔王の言うことをそう簡単に鵜呑みにはできない。

 ……だから、ここで誰かの鋭い悲鳴が聞こえなければ、もう少し押し問答を続けていたかもしれない。


「何事だ!?」

 中年の隊長が叫ぶ。皆の視線が悲鳴の発生元に集中する。

 〈蒼龍の宴〉亭の入り口の方を指差しながら、腰を抜かしたのか、その場にへたり込んでいる生徒がいた。

 指差す先には、闇に閉ざされた外の空間からこちらを伺う、不気味に赤く光る目、目、目。


「騎士総員、生徒たちを中心に置き、方陣展開!建物ごと囲まれているぞ!入り口以外も警戒せよ!」


 王女(魔王)の指示に従い、生徒を中央に集め円状に陣形を組み立てる騎士たち。

 方陣の中心には生徒および食堂の店主と従業員合わせておよそ百名、それを騎士五十名が囲う。

 魔王は方陣内部で、〈蒼龍の宴〉亭入り口に向かって仁王立つ。俺もその近くで警戒モードに頭を切り替える。

 隣にいた中年の隊長の顔が少し赤かったのは、隊長の役どころを王女に取られたのがやるせなかったからだろうが、まぁ、そんなことはどうでもいい。


 闇の中から、赤い目の持ち主たちの姿が露わになる。

 姿形は人型だが、肌の色はくすんだ灰色で生気はなく、ところどころ破れた皮膚からは黒いガス状のものが漏れ出し異形の周囲を覆っている。

 爛々と光る瞳孔の無い赤目の下にある、裂けて崩れたような口元からは、絶えずくぐもった呪詛のような音が聞こえてくる。


 魔王は軽く舌打ちをした。

「スペクターか。なかなか厄介なものが出てきたな」

 スペクターだって?魔素の濃いところを好み、人間の生活圏では滅多に出くわすことのない化け物が、何故こんなところに。


 複数のスペクターが、半開きだった入り口のドアを破壊して、ゆっくりと食堂内に侵入してきた。女子生徒たちが悲鳴を上げる。


 それからすぐに、食堂の周囲の壁という壁を、外からがりがりと砕くような異音が聞こえはじめる。

 魔王の認識の通り、食堂の建物はすでに化け物たちに包囲されているようだ。


「ここは私めにお任せを!」


 方陣の中から、威勢の良い声が聞こえた。ウルドのやつだ。


「あんなゾンビごとき、私めの魔法で消炭にしてご覧に入れましょう」


「あれはゾンビではないぞ?」


 魔王の言葉を聞いてか聞かずか、ウルドはまたも芝居がかった動作で、仰々しく詠唱を開始する。


【ウル・バーダ・デ・ソルダ 燃えよ 落ちよ 地に還れ】


「【地爆業焔(デルスパーダ)】!」


 地爆業焔(デルスパーダ)。火及び地の系統混成魔法。足元から間欠泉の如く熔岩を吹き上げ対象に熱と打撃のダメージを与える。

 なるほど、この歳で混成魔法を操るとは、大口叩くだけのことはありそうだ。その割に魔王の闇の波動に気付かないのが不思議だが、「畏怖すべき王族の高貴なオーラ」とでも思っているのかもしれない。


 轟音と共に食堂床を裂き、吹き出した熔岩は、スペクターを直撃した。


 ……かに見えたが、吹き出し続ける熔岩の中から、ダメージを受けた様子もなくゆらりとスペクターが現れる。


「な?!ば、ばかな!この魔法が効かぬゾンビなど、いるはずが」


「人の話を聞けぃ愚か者」


 今度はよく聞こえたのか、王女(魔王)による愚か者発言にたじろぐウルド。


「あれはゾンビではない。スペクターという悪霊じゃ。あの体は実体のように見えるが、半分ほどそうではない。四大系統魔法やただの物理攻撃はほぼ効果がないのじゃ」


「そ、そんな相手、一体どうすれば」


 先ほどまでの威勢は何処へやら、ウルドは急に怯えた様子を見せる。


「まずは熔岩を止めよ。熱い」


 制御を失いダダ漏れ状態で室温をかなり上げていた熔岩を、ウルドは慌てて鎮める。かろうじて建物自体に引火する事態は防げたようだ。


「さて、どうするか、のう?アデ」

「リンネです、お姫様」

「ふん。どっちでもよかろうに」


 被せ気味に、かつ慇懃無礼に訂正した俺は、先ほどから心底ゲンナリしていた。


 転生した魔王との邂逅、闇系統魔法によるものと思われる突然の闇、そして現れた化け物の群れ。これだけで、すでにお腹いっぱいのフルコースである。

 それに加えて、胃もたれしそうな強烈なプレッシャーを放つ何者かが、食堂の真上、遙か上空からこちらを窺っていることに気づいてしまった。


 今世こそは面倒ごとには巻き込まれまいと思っていたんだがな。だからこそ転生した勇者であることもずっと隠してきたというのに。実にため息を禁じ得ない。


「わかっておるな。時間がなさそうじゃぞ、リンネ」

「姫様はご静観ですかね?」

「やかましいわ。スペクターには四大系統が通じんのじゃ。闇系統魔法が使えれば彼奴等の存在そのものに干渉して木っ端微塵にしてくれるのじゃがなあ」

「つまり俺がやるしかないと」

「可憐な姫を悪から救うのは昔から勇者の役どころと決まっておろうが」

「可憐の意味知ってる?」


 山ひとつ簡単に吹き飛ばす魔力を持つ女を可憐とは言わないのだが、これ以上の反論は時間の無駄だと察した俺は入り口付近のスペクターの群れに向き直る。


 すでに十体ほどが食堂内部に侵入し、ゆっくりとこちらへ近づいて来ていた。


 ふと、一斉にスペクターたちの歩みが止まる。


「なんだ?」

 生徒の一人が小さく声を上げるが、それはすぐに悲鳴へと変わった。


 スペクターたちの裂けた口が、さらに大きく開けられ、その奥に、目の色よりもさらにおどろおどろしく赤暗い光を放つ球体が現れる。


「な、なにかを撃ってくるぞ!!」

「助けてー!」


 余りに不気味な光景と、明確な敵意に、生徒たちはパニックに陥った。

 断末魔の様な金切音と共に、スペクターたちの口から濃厚な死の気配を纏う怪光線が放たれた。

 射線上の床は音を立てて裂け、砕け散り、その破壊力の大きさを物語る。

 騎士たちの作る方陣を直撃した光線は、瞬時に爆発へと転化され、一帯を爆音と共に薙ぎ払った。

 食堂の天井は無残に砕かれ、無数の破片は床に激突すると同時に多量の粉塵を巻き上げ視界を奪う。


 実際中々のものだ。無抵抗の人間を数十人蒸発させるには十分な威力だっただろう。



 だがこの程度では、俺の結界は抜けない。



 殆どの人間が身を竦ませ、目を閉じていたようだった。だが、何事も無かったかのように無傷である自分たちと、目を開けてすぐに飛び込んでくる聖なる輝きに、一様にどよめきが生まれていた。


「半透明の、輝く球体……これは結界?なんだこの範囲と強度は?!」


 ウルドが驚きの声を上げている。

 まぁ無理もない。

 授業で習う結界とは、地系統魔法による物理的な土の防御壁や、火に対し水、水に対し火の様な、属性の相性を利用した対消滅によるもの程度だ。

 詠唱を行う以上、咄嗟の防御としては大変に使い勝手が悪く、進んで学ぼうとするもののいない価値の薄い魔法群。これが、世間一般の魔導士やその卵たちの結界魔法に対する共通認識だろう。


 だが、それはあくまで四大系統魔法の話だ。


聖護印方陣(レガリア)か。無詠唱でこれとは、相変わらず防御だけは反則レベルじゃな」


「そりゃどーも」


 聖護印方陣(レガリア)

 生と繁栄、不変と収斂を属性に持つ、「光」系統魔法のひとつ。

 聖印によって増幅した魔力により、物理、魔法双方に対して強固な結界を形成する。特に相反する属性を有する闇系統魔法に対して極めて効果が高い。

 初速、強度において並ぶ魔法はなく、また術者がある程度離れても効力を維持できることから、最上級の護衛魔法とされる。


「姫様、今、聖護印方陣(レガリア)って仰らなかった?」

「それって古典魔法の授業でならったぞ!確か光系統魔法じゃなかったか?!」

「光系統魔法って、神様の祝福を受けた人しか使えないんじゃあ」


 生徒、そして騎士たちの視線が、結界を発動している術者に集まる。

 胸元で印を結んでいる術者、つまり俺からは、光の帯が何本も、光のドーム全体に向けて立ち昇っている。超高密度の魔力であるそれは、あまり魔法の才能がなくてもハッキリ見えただろう。


「あ、あいつが光系統魔法だと!?そんな、魔法は使えないんじゃ……」


 ウルドが俺の後方で呟くのが聞こえた。


「ふふん、思い知ったかたわけ者。此奴こそ、かの有名な勇者アデもごごごご」


 魔王の口を片手で思いっきり塞ぐ。


「秘密だと言っただろう!」

「ふん。面倒臭い奴め」


「き、貴様!姫様に対してなんたることを!前代未聞の無礼、万死に値するぞ!」

 中年の隊長が憤慨して詰め寄ってくる。お、ちょうどいい。

 突然ぶんっと振られた俺の手に驚いて体勢を崩した隊長は、俺の手に握られた剣と、自分の空になった手を見て愕然とした表情を見せる。


「ちょっと借りるよ」

「そ、それは我が愛剣!国王陛下より特別に賜った、我が忠義の証ぞ!返せバカもの!」

「うるさい。貸してやるのじゃ」

「持っていけ若造ぉぉぉおお!!」


 ……色々苦労してるのだろうな。

 少しだけ隊長に同情する。そして俺はすぐさま頭を切り替え、先ほどとは別の印を結んで詠唱を始める。


 さあ、反撃開始だ。

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