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プロローグ 勇者の転生

 白い雲の上。

 白い天井。

 見渡す限りの白。

 神秘的な殺風景の中、俺は浮かんでいた。


(ここは?)


 疑問は声にはならなかった。

 俺は、どうやら口も耳も無いようだ、ということは理解した。

 それどころか手足もないらしい。


 ただ、おそらく目もないのであろう自分が、周りの空間を認識できているのはどういう理屈なのだろうか。


 ……そういえば、この状態になるまでの記憶もハッキリしない。そもそも俺は、誰だ?

 まるで霞がかかったように不明瞭な意識の中で、俺はぼんやりと考えていた。



 しばらく、何もすることもないままふわふわと漂っていると、


「ごきげんよう、勇者アデル」


 唐突に意識の中に流れ込んできた思念の声が、俺の疑問を解決してくれた。


 そうだ、俺の名前はアデル。

 人々からは『勇者』と呼ばれていた。


 自分の名前を思い出したことがきっかけで、これまでの記憶が洪水のように溢れ、蘇ってくる。


 まずは……そうだ。俺はこの思念の主を知っている。

 すごくすごく、苦手な相手。


(……なんだ、クレリアか)


 女神クレリア。

 国を問わず、大陸全土で崇められる神々の一柱。

 多くの神の中でも特にクレリアは人気が高く、クレリア単独を崇拝する聖女神教会は、現在大陸で最大勢力の宗派である。

 ……まったく、実に残念でならない。こいつがどんなやつか知っていたら、教会はおろか像すら立たないだろうに。


「なんだとはなんですか。態度の悪さは死んでも直らないようですね」


 なんと、俺は死んでたのか?

 まだ直近の記憶がハッキリしないが、死んだのなら身体の無い今の状況も一応理解できる。

 あくまで一応、だが。


「ここは、神の導きの元、その生を失ったものが行き着く場所。神の世界の入り口のようなものです」


 そうか、あの世の一歩手前か。

 徐々に実感が湧いて……こないな。

 当然だが死んだのは初めてだし、死んだ理由すらまだ思い出せない。


 智の神とも呼ばれる女神クレリアは、この場に姿を現す様子は無かった。思念で会話を続けるつもりのようだ。


 そういえば、この女神とは長い付き合いだが、一度も顔を見たことがない。


 地上世界では透明な羽根の生えた少女の姿で描かれることが多いが……こんな性悪女、ツノやらキバやら第三の目やらがあっても俺はまったく驚かないだろう。

 もしかしたら女神というのは真っ赤な嘘で、髭の生えたゴツいおっさん神かもしれない。


「……アデル?今なにか失礼なことを考えていませんでしたか?」


(いいや、別に?)


「……まぁいいでしょう。

 さて、勇者アデルよ。貴方の尽力により、魔族は魔界へと全面撤退。魔王は滅び、魔界と地上とを繋ぐゲートも消滅しました」


(魔王?……そうか、そうだったな)


 クレリアの言葉を引き金にして、何故忘れていたのかわからないくらい鮮明に、記憶が蘇ってきた。


 つい先ほどまで行われていた、魔王との激闘の記憶。



 魔王。名も知らぬ魔王。

 俺が二十二歳になった時、突如空を切り裂くように出現した『ゲート』を通り、魔族の軍団が地上へと侵攻を開始した。


 それを率いていたのは、暴虐の魔王、アゼザル。


 俺は、エルヘブン王国における第二次王都防衛戦の際に直接アゼザルと衝突し、寒気を覚えるその容貌と凶悪なまでの魔力を、ハッキリと記憶している。


 ……だが、三年にも及ぶ、魔王打倒の旅の終着点。

 ゲート内部に築かれていた魔王城。

 その玉座で俺を待っていたのは、まったくの別人だった。


 人間でいえば十七歳くらいだろうか、若い女性の姿。

 薄暗い空間にあっても黄金に光り輝く髪と、宝石のような紅い瞳。

 纏った漆黒のローブから僅かに覗く、白く透き通った肌。

 左右対称の完璧な造形に、深い威厳と僅かな憂いを感じさせるその表情は、魔性の、と言うには余りにも神々しい美しさだった。


 不覚にも一瞬意識を奪われた俺は、なんとか気持ちを立て直し、その女魔族にアゼザルの居場所を聞いた、のだったが。


 返事は、ただこれだけだった。


「妾が、魔王じゃ」


 言い終わるや否や、以前戦ったアゼザルを遥かに凌ぐ、強烈な闇の波動が女魔族の身体から噴き出す。

 俺は咄嗟に聖剣を引き抜くが、それを待つことなく、無数の魔法弾が雨のように降り注いできた。



 ……それが、実に七日間にも及ぶ激戦の幕開けだった。



 幾度となく交錯する聖剣技と闇系統魔法。

 激突する光と闇の波動に、周囲の空間は歪みを増し、魔王城は廃墟へと姿を変えていく。


「お前、名前は?」


 激戦の最中、俺は相対する敵に一度だけ名前を尋ねた。

 彼女からの返答はこうだった。


「貴様に名乗る名などないわ、ド阿呆」



 ……回想の終わりに、俺は自分の放った最後の奥義が、魔王と名乗った女魔族の身体を貫いた時のことを思い出していた。


 最期の彼女の表情には、不思議と憎しみや怒りの感情は窺えず、どこか満足げな様子に感じられた。





 ……まるで俺の回想を覗いていたかのようなタイミングで、女神が状況を付け加えてくる。


「魔王消滅と同時に、貴方は聖剣の力を使い、内側からゲートを消滅させました。自らの生命と引き換えに」


 女神からの思念がほんの僅か、揺らいだのを感じた。

 俺を死なせてしまったことへの悔恨か、それとも別の感情か。まぁ、死んでしまった俺には、いまさらどうでもいいことだが。


「アデル。あなたは今、地上の概念でいうところの魂のみの状態です。あなたのこれからについて、ですが」


 女神はそこで一旦言葉を切る。

 てっきり、あの世での生活について説明でも始まるのかと思ったが。


「なにか、望みはありますか?」


(望み?)


 望みなんて聞かれるとは思わなかった。思わず質問をオウム返ししてしまう。


「ええ。これまであなたには、幾度も地上の危機を救う役目を担って頂きました。

 ……あなたが十五の時に聖剣を授けてから丸十年、それはもう、ちょっとやらせ過ぎたかな?と心配するくらいに」


 ……死んだ後なのに妙な話だが、かつての戦いの記憶が走馬灯のように駆け巡る。


 長い眠りから目覚めて超絶不機嫌な古龍の討伐から始まり、闇組織の作り出した超巨大ゴーレムの破壊、異世界から召喚された魔神退治に、悪魔に誘惑され隣国中に戦争を仕掛けた某国王との戦い、などなど。

 極めつけが、魔界から侵略してきた魔王軍の撃退だった。その結果、俺は肉体を失い、ここにいる。


 ちょっとやらせ過ぎたかな?ねぇ……。うん、ちょっと、か。

 仮に百歩、いや一万歩譲っても。


(全然ちょっとじゃないわ!このポンコツ女神!)


「……だれが、ポンコツですって?」


 あ、ヤバい。うっかり思念が漏れていだだだだだだだだだ!!


 痛みを感じる身体は無いはずだが、頭を万力で締め上げられたかのような激痛に襲われた。


「で、なにか?」


(なんでもない!!いやぁ、もっと働きたかったなぁ!あははははは!)


 フッと痛みが消える。

 くそ、魂の状態だとこっそり悪態つく加減が難しい。


「そうですか。実はあのあと魔王城周辺を漂う大怪獣と邂逅したり、異世界に流れ着いてひと騒動あったりする予定だったのですが残念です」


 死んでて良かった。


 ……いつもこんな感じで無茶振りを引き受けさせられていたんだったな。全くとんでもない話だ。


 魔族を追い返したら、今度こそ死ぬ気でこの女神と縁を切る!と思っていたのだが、実際死んでもまだ関わってくるとは一体何の呪いなのか。



「それはそうと」

 女神が話を元に戻す。


「再びアデルとして受肉させることは叶いませんが、新しい生命として転生させることはできます。なにかやり残したことはありませんか?」


(やり残したこと?……そうだな)


 色々あるな、と俺は思った。


 なにせ、青春時代を全て闘いに費やし、そして死んだのだ。

 勇者として絶大な名声を得たとはいえ、完全に満足した人生だったかと言われれば、そんなことはなかった。


 しばらく考えて、ふと俺は半ば独り言に近い返事をした。


(新しい人生が歩めるなら)


(気の合う仲間たちと、ゆっくり世界を旅してみたいな)


 勇者として、俺はかなりの距離を旅している。だが、道中は案内人がいる場合を除き、ほぼ一人きりだった。世界を襲う脅威がその都度強大すぎて、ついてこれる人間がいなかった、というのが一番の理由だ。

 常に死と隣り合わせの旅路にあって、孤独は本当に心を蝕んだ。


 心から分かり合える仲間たちを見つけて、一緒に平和になった世界をのんびりと見てまわりたい。

 それは確かに、俺の偽らざる本心だった。


 その希望を歓迎するように、穏やかな気配を纏った思念が俺の中に流れ込んできた。


「わかりました。気心の知れた仲間たちと共に旅、ですね」


 白い空間の一点に、眩い輝きが生まれる。


「その願い、叶えましょう」


 輝きは徐々に強度を増していき……




 それを眺める俺の中で、大音量の警鐘が鳴り響いた。




 ……しまった!


 即座に俺は後悔した。


 ……この女神は、ヤバい。ヤバいのだ。


 何がヤバいって、数々の無茶を近所に買い物にでも行かせるようなノリで振ってくる図太く能天気な頭の構造も相当ヤバいが、この女神が何かやる気になったときのやらかし具合がそれはもう壊滅的にヤバい。


 神の加護を与えると言って加減を誤った魔法を撃ち込まれ丸一ヶ月寝込む羽目になったり、

 超巨大ゴーレムの弱点として教えてくれたコアが実は大暴走を引き起こすトリガーだったり、

 そもそも寝てた古龍をうっかり起こしたのはこの女神だった。

 その他、数え出したらキリがない。


 聖剣を託されたことだって、後から考えればまさにロクでもないことへの入り口だった。

 最終的には聖剣の力で俺の肉体は滅んでいる。


 本人に悪気は全くない(はずだ。多分。そうだと信じたい)のだが、起こすことのほぼ全てが俺にとって(たまに世界にとって)迷惑千万だった。

 智の神だなんて詐欺もいいところだ、と常々思っている。


 今回の迂闊な願いが、転生先でどんな恐ろしい事態を引き起こすのかを想像して、俺は肉体を失っているにも関わらず血の気が引く錯覚に陥った。


(やっぱり今のなし!このままあの世に……)


 文字通りの魂の叫びが女神に届くことはなく、俺の意識は周囲の空間よりもさらに深い白に塗りつぶされていった。

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