第4話 挨拶
「ここよ」
「なんかデカくない?」
「そんな事ないでしょ。まあ確かに部屋は余っているけれど」
玲奈の家と思わしき建物は一人暮らしにしては大きかった。
もしかして実家暮らしか?いや、だとしたら娘が男と同棲したいって連れ込まれた事になる。
マズイ。非常にマズイ。甘い期待が早くも崩れそうだ。
「とにかく入るよ?ついてきて」
「お、おう」
緊張なのか期待なのか分からない何かで胸が一杯だ。
玄関を開けた玲奈に続いて家に入った俺を迎えたのは、
「あ、おかえりー」
というやや年下気味の女の子からの帰宅の労いだった。
黒髪に、小さめの背丈。胸も小さい。目にかかる前髪をヘアピンで留めているみたいだ。
「……妹?」
「なっ!違うもん!玲奈ちゃんとは同い年だし学年も一緒だもん!!」
マジ?って目で玲奈を見る。
この反応は予想通りだったようで玲奈も困り顔で頷いた。
小さな同級生はフーーッと威嚇していたが、一つ咳払いをして改めて口を開いた。
「あなたがさっき連絡があった入寮希望者?私が寮長の鏑矢碧渚。小さいとか思ってたみたいだけど、私が1番偉いのです」
「それについては悪かった。全面的に俺が悪い。俺は夜来遥斗。で、玲奈これはどういう事なんだ?」
「どういう事も何も家がないから私達の寮で一緒に暮らさない?って言ったじゃない。一言も2人暮らしとは言ってないわ」
騙された………!
ニヤニヤしながら流し目でこっちを見るな玲奈。
期待し過ぎた俺も悪いけど落胆くらいしたっていいだろう。
「うん?とにかく入寮希望なら、他の寮生に許可取ってきてね。不審者を入れる訳にはいかないから」
「ってことは鏑矢さんはおっけーって思ってくれたのか?」
「正直、第一印象は悪いけど、謝る時にちゃんと謝れる人なら私は大丈夫だよ。悲しい事にそう思われるのも慣れたし…。はは……」
「…本当にごめんな」
小さな背中で背負うには大きすぎる哀愁が漂っている。
今まで散々言われてきたんだろうな…。
寮生という事はあと数人会わなくちゃいけない人がいるみたいだ。
「美優は部屋にいる?」
「いるんじゃないかなあ?咲良ちゃんはまだバーから帰ってきてないはずだよ」
「そう。なら、美優に挨拶してからバーに行きましょう。碧渚も一緒にお願い」
部屋にいるらしいのが美優。バーにいるのが咲良。
あれ?もしかしてここの寮女性しかいない?
…またしても別の期待と別の不安がよぎる。
そりゃ女の子ばっかり、しかも少なくとも玲奈や鏑矢さんは可愛い所に住めるかもしれないという期待。
だが、女の子に囲まれた男の肩身の狭さといったらない。男のくせに、なんて罵られたら立ち直れる自信が無い。
「なにボーッとしてるの?遥斗。行くよ」
「お、おう」
玲奈が美優のものであろう部屋のドアをノックした。
ドサッという何かが落ちた音がして、数秒後。
「なに〜?れな、あおな?2人してどうしたの」
「新しく入寮希望者がいてね、美優ちゃんに挨拶しておいてほしいなって」
どこをどう見ても寝起きだ。絶対ベッドから落ちただろ。
今度は髪の色素が抜けた、茶髪よりは金髪と言った方が近い髪色で長い髪の少女だった。
眠い目を擦る仕草から少しおっとりしているような印象をうける。
「俺は夜来遥斗。最近吸血鬼に……」
ここで玲奈にスッと睨まれた。
そうだ、俺が吸血鬼にさせられた、という事実は口外してはいけない。
柏原さんにも玲奈にも言い聞かせられた事だ。
「…吸血鬼としてこの島で暮らす事になったんだ、よろしくな」
「うーん、はると?私はう、つ、せ、み、み、ゆ、だよ。じゃあ、ぎゅー」
自己紹介もそこそこにうつせみ…空蝉か?空蝉さんはぎゅーっと抱きついてきた。
肩に顎が乗るほど背が高くない彼女は余りにも自然な動きで俺をホールドしてしまった。
近くからする女の子の香りとか、柔らかさとか、何も感じていないぞ。俺は無だ。邪な考えは持つな。これは多分彼女なりの挨拶だ。多分。
「はると、おいしそうな匂いがする」
「まさかの被食者になるの俺?」
「はい、美優ちゃん!ハレンチですからね、そこまで!」
鏑矢さんが引き剥がしにかかる。
ホールドしてた割に簡単に離れた彼女はにへーと笑った。
おっとりしてるだけではない不思議な雰囲気の子だ。
「で、美優?遥斗は合格?」
「うん、はるとは良い人だよ。ちゃんと自制心もある」
「そうだね。美優ちゃんの事襲うような人だったらどうしようかと思ったよ」
おっとりしてそうとか言ってすいませんでした、めっちゃ考えあってスキンシップしてました。
改めて俺の自制心には感謝しなければならない。
ヘタレと言えばそうだが、少なくともここで白い目で針のむしろにならずに済んだ。
「よろしくね、はると」
「ああ。と言ってもまだ1人残ってるんだけどな」
「そうね。咲良への挨拶ともう一つ、大事な事をついでに済ましちゃいましょう」
「大事な事?」
「……実際の吸血と、能力の確認よ」