第1話
「……ここは」
「おや、目が覚めたかい?」
真っ白な天井だけだった視界に茶髪の優男がヌッと顔を出した。
白衣を着ている。ということは、彼は医者でここは病院なんだ。
「えっと、俺は一体…?」
「ふむ。そうだね、細かい話をする前に自己紹介といこうじゃないか。僕は柏原祐樹。もちろん医者さ」
「夜来遥斗です。ただの観光客…だったはずなのですが」
「まあ、悪いけど入島記録は確認させてもらったよ。遥斗くん、君は現状をどこまで把握しているんだい?」
現状。
ガーデンに入ってからの記憶を辿っていく。
誘拐事件と、巻き込まれて人質にされたこと。そして謎の大火事と血の匂い。
「そして、俺は体中が熱くて、意識が朦朧としてきて…」
「そこまででいい。単刀直入に言うけど、病状は軽くない」
「……はい」
「君の身体は吸血鬼に変化してしまっている。申し訳ないが治す、つまり人間にする方法はまだ我々には無い」
吸血…鬼。
ドラキュラとかヴァンパイアとかいう、あの?
信じられないどころか理解ができない。しかも、治せないってどういうことだ?
「まず大前提に、吸血鬼は実在する。君も昨晩血を吸われたのを覚えていないかい?」
「確かに首筋から血を啜られたような感触はしました」
「そう。そしてこんな話を聞いた事はないかい?……吸血された人間は吸血鬼になってしまう」
背筋が寒くなった。
ニンニクに弱いとか銀の武器に弱いとかああいう伝説の中にあった気がする。
吸血を通して眷属を増やすバケモノの姿が脳裏にチラつく。
「知っているみたいだね。正確には、ある程度の期間吸血鬼の血を摂取し続けた場合に感染する。だから、君の場合は特殊なケースと言える」
「飲んだ、というより口に含んだだけのはずなんですが」
「そうだ。たったそれだけで完全に吸血鬼化してしまうなんて本当に聞いた事がない。だから、少しだけ検査が長引いてしまうかもしれないんだ」
いいかな?と、聞きたげに様子を伺う柏原さんに曖昧な表情のまま頷いた。
正直少しも実感がわいていないのだ。
結局、吸血鬼ってなんなのだろうか?という質問が喉まで出かかった時、病室のドアが重々しく開いた。
「失礼しま…あ、夜来さん!起きたんだ、良かった!」
「おや、沖田くん、ちょうど良かった。吸血鬼の基本事項について彼に説明しておいてくれないかい?僕は検査の準備があるからね」
吸血鬼、という部分で少し沖田さんの目が伏せられた。
もしかして、責任を感じてくれているのか?ただ俺が首を突っ込んだだけだというのに。
「遥斗くん。君は吸血鬼になってしまった。これは変えられない。だから、彼女の話を聞いてから一つ決断してほしい事があるんだ」
「何ですか?」
「本島に帰るかどうか。もちろんどちらにしても僕達は最大の支援を約束するけれど、どちらが良いのかしっかり考えて欲しい」
意味深な微笑みと共に柏原さんは病室から出て行くのだった。