第48話 パーティー!
俺が帰ることを伝えると、今までできていなかった任務お疲れ様パーティーをやる事になったらしい。
咲良に話した事とは無関係だが、都合がいい。
非番になっていた、というか俺が頼んだらチーフが苦虫をダース単位で噛み潰したような顔で了承してくれた玲奈と一緒に放課後を過ごす。
「あのさ、遥斗」
「なんだ?」
「私の事いつから好き?」
「なっ」
思わず隣を歩く玲奈を振り返ってしまった。
玲奈は瞳だけを動かして俺を見つめていた。
聞きながら照れているらしい。
「最初から可愛いとは思ってたよ。ちゃんと分かったのは消えかけた時かな」
「え、本当にキスで惚れちゃったの?」
「違うよ。消えかけた時、玲奈ならもしかしたらって思った。次に玲奈にすら分からなかったらって怖くなった」
「そこで頼られるのってちょっと嬉しいね。それで?」
「玲奈にだけは忘れられたくないって思った。俺自身が一緒に居たいって思った。その辺かな」
そっかー、と言いながら嬉しそうに頬を緩ませる。
正直に言って可愛い。
こんな人が俺を好きと言ってくれているのがまだ信じられない程に。
「玲奈は?」
「私はね、秘密」
「ずるくないか?朱里の入れ替わりよりは前って事だよな?」
「そうね。…正直最初に助けに来てくれた時から憎からず思ってた」
「最初って俺が吸血鬼になる前か。そりゃあ、俺も捨てたもんじゃないな」
ほとんど一目惚れに近いではないか。
容姿に自信があるわけではないが何かが玲奈に刺さったのだろう。
出会いも含めて多少無鉄砲な性格で良かった。
「もちろん見た目でって訳じゃないけどね。今じゃ見た目のタイプも遥斗に寄ってきちゃったけど」
「もちろんってなんだよ。別に自信があるわけじゃないからいいんだけどさ」
「ねえ、もし遥斗と私の命どちらかを選べって言われたらどうする?」
急に方向性が変わった。
玲奈の表情は変わらない。
恋人っぽい会話だなあと染み入っていた俺は冷水をかけられたかのように現実に引き戻された。
あり得ない話ではない。
いや、仮定の話でお互いを大切にしているんだと確認する会話のタネであることは分かっている。
だが、俺たちの境遇ではその状況があり得てしまうのだ。
そうさせないために鍛錬しているのだが。
「もし…本当にどっちかしか救えないのなら俺は玲奈を優先すると思う」
「…そっか。ううん、遥斗ならそう言うって思ってた」
「そんな状況にさせない為に強くなりたいんだけどな」
目立った会話はそのくらいだった。
その後俺たちはいつものような冗談の応酬や千夏とは何もなかったのかなどの会話をしながら寮へと着いたのだった。
◇
「ということで」
「寮長として私が挨拶するよ!みんな、色々と…。本当に色々とあったけど。任務は無事達成!なんと遥斗くんは昇進!おめでとう!乾杯!!」
「「かんぱーい!」」
〝色々と〟の部分で思わず碧渚と一瞬目が合ってしまった。
今となっては終わった事だが、朱里の件は本当に大変だった。
大変だったからこそみんな集まって騒いでいるこの空間が何ものにも代え難く感じる。
「はると、これ、私が作ったの。食べてっ」
「料理できたのか。勝手にそういう細かいのやらないのかと思ってた」
「花嫁修行ってやつ?まずは胃袋から掴めってね!」
箸でつまんだ料理をグイグイと推してくる美優。
不可抗力で触れそうになる柔らかい部分をどうにか避けつつ紙皿で受け止めた。
あーん、なんてこんな目のある所でやったら恥ずかしくて死にそうだ。
「ちぇー。いけず」
「その、本当に身体的な危機感を持ってくれ。頼むから。当たるって」
「当、て、て、ん、の!避けてるくせにぃ」
その豊満な胸をどうにか避ける。
碧渚が自分の身体を見下ろして乾いた笑いを浮かべていたがどういう意味が込められていたのかは碧渚のみぞ知る、だ。
避けていった先では千夏と咲良が料理について話していた。
「お料理は切るだけじゃないんですよ!」
「切るだけなら得意。調味料とかは分からない」
「調味料は塩と醤油と砂糖が分かれば何とかできます。あと、とっておきがあるんですよ」
「なに?」
「愛情、です!」
ふふん、と得意顔になっている咲良と無表情で首を傾げている千夏が対照的だ。
どうやら千夏は料理ができないらしい。
切るのは得意だというのも彼女らしいと言えばらしい。
「愛情だけじゃ料理は美味くならないだろ」
「そんなことありません!例え不恰好なおにぎりでも愛情がこもっていれば美味しいのです」
「愛情を込めれば私の野菜スティックもおいしい?」
「ああ、この大量の野菜は千夏が切ったのか」
切ったと言うより斬ったかのように鮮やかな切り口の野菜達は千夏の作品らしい。
野菜の味そのままなので普通に美味しいが、何か足りない感が否めない。
心がマヨネーズを欲している。
だが、既に多少千夏の表情を読めるようになった俺は彼女のささやかな期待を読み取ってしまっていた。
「美味しいよ。愛情込めたのか?」
「愛情かは分からない。でも遥斗の刀に負けないつもりで斬った」
「それは料理じゃありません!!」
料理については思うところのある咲良が説教じみた話を始めてしまったので目立たないように退散。
そんな皆の様子をホットミルクを飲みながらニコニコ見つめていた碧渚の隣に腰を下ろした。
玲奈の姿が見えないがどこに行ったのだろうか。
「碧渚。さっきまで玲奈と話してなかったか?」
「電話来たから席外すって。多分私も早上がりしちゃったからチーフが大変なんだろうね」
ごめんなさいチーフ。でも俺は玲奈と恋人っぽい帰り道が堪能できたので後悔してません。
今度ちゃんと働いて返します。
「ここまで融通してくれたチーフに感謝だな」
「チーフにとっては災難だろうけどね。改めて昇進おめでとう。夜来小隊長?」
「やめてくれ。でも何で玲奈や碧渚じゃなくて俺なんだ?」
1番疑問だったところだ。
確実に勤続年数も実績も違うのに昇進したのは俺だけ。
いくら俺が主軸で今回の事件を解決したと思われていたとしても役不足だろう。
「チーフ曰く、遥斗くんは指揮向きだって。悪く言うと現場に出ると周りが見えなくてなるタイプだってさ」
「……はあ。ため息が出るくらい反論できないな」
「でもチーフの言う事だから。きっと頼りにしてるんだよ。部下を3人も持って行動できるんだし」
基本的に小隊規模は4人。
俺達は特例で3人だったが、本来は最低吸血鬼を1人含む4人の小隊で捜査にあたるのだ。
つまりそのうち俺も3人の部下を持って動くことになる。
碧渚はともかく玲奈と一緒には動けなくなるかもしれない。
「あ、玲奈ちゃんと一緒に働けなくなるなあって考えてるでしょ?」
「…バレたか。顔に出てたか?」
「分かるよ。遥斗くんの事だもん。もう間違えたりしない」
「ありがとう。頼りにしてるよ。碧渚」
瞳に宿るのは強い決意だった。後悔や悲壮感ではない。
あの出来事をもう乗り越えたんだ。
対する俺は碧渚の強い瞳の奥に千夏に向けられた怪訝な瞳を幻視してしまっている。
「…俺は弱いな」
「弱いって自覚できる人は強くなれるって誰かが言ってたよ。遥斗くんがそう思ってるならまだまだ伸び代だらけだね」
否定をしない碧渚らしい励まし方だ。
たしかにこの壁を打ち破れれば精神的に一回り強くなれるような気がする。
俺の弱点はメンタルと負け方が下手なところ。…あと、現場に出ると回りが見えなくなるところ。
改善点はいくらでも見えてきた。
「あら、暗い顔してるじゃん。遥斗」
「玲奈、遅かったな」
「野暮用よ。断ってもしつこいから長引いちゃった」
申し訳程度に用意してあった酒を仰るように飲む。
酔えないのだからそんな飲み方をする必要すらないのだが電話先でストレスでも溜まったのだろうか。
「落ち着けって。なんかあったのか?」
「まあね。ほら、油断してるとどんどん料理盛られるわよ」
いつのまにか手元の紙皿には美優が作った中華がてんこ盛りになっていた。
グッと親指を突き出す美優。
「……美優?」
「全部食べてくれたら添い寝してあげちゃう」
俺は最後のひとかけを残して断固として食べきらない事に決めた。
盛られた料理自体は意地でも食べる。
美味しい料理には、きっと咲良の言う通り愛情がこもっているのだろうから。
◇
パーティーが終わり、千夏が帰宅。
美優は欠伸をしながら部屋に戻った。
碧渚と玲奈は共用ルームの片付けをしていたがソファでウトウトしているみたいだ。
必然的に俺と咲良で洗い物を片付ける事になっている。
「あの、遥斗さん?」
「なんだ?」
「今日の話…用意しましたけど、遥斗さんの分まだありますよ?」
「いいんだ。それ自体に意味がある」
俺は咲良に話してあるものを用意してもらっていた。
それは俺が辿りついた紅姫化の原因。
最も疑わしい物を用意した。
俺が日常的に摂取するもの。
さらに、俺が違和感に気付きにくいもの。
それは俺がこの島に来て初めて口にしたものならば成り立つ。
人工血液だ。




