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俺、吸血鬼になったってマジ?  作者: 紅茄子
裏切り編
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第46話 合宿準備

 



 翌日、笑顔が戻った碧渚を見て美優がニッと笑いかけてくれた。

 あまり目立たないようにサムズアップで返す。


 寮の雰囲気が元に戻った事で俺が入院中に考えていた計画に集中できるようになった。





「お疲れ様です。高橋チーフ」


「…おう。ちょっと来い」



 俺は学校も公安局も何食わぬ顔でいると決めていた。

 みんなに事情を説明しても混乱するだけだろうし、朱里の身柄という証拠が無い以上信じてもらえるかも怪しい。

 ただ、チーフにだけは報告した。

 玲奈と碧渚の証言と共に。



「詳細は聞いた。柏原のヤツからも錯乱の心配は無いと聞いてる。その、なんだ。すまなかったな」


「いえ、応援に来てくださったチーフに落ち度はありません。俺が不注意だっただけです」


「そう言ってくれると助かる。体の具合は大丈夫なのか」


「…実はしばらく休暇を頂きたいんです」



 チーフの眉がピクリと上がった。

 麻薬事件の元凶は解決しても出回ってしまった薬の影響でまだまだ人手不足なんだろう。

 だが、ここで折れては始まらない。



「…今回の事件の功労者として昇進が決まってたんだが」


「それは…ありがとうございます。しかし…」


「ああ、いい。何も言うな。どうせどんな理由であろうと俺は反対する。だが、今お前に頭下げられて断れるほど面の皮厚くねえんだ」



 ほら、と手帳のような物を投げよこしてチーフは休憩室を後にした。

 局員証だ。小隊長という肩書きがついている。

 公的組織ではない公安局は法的拘束力を持たない。

 なので、末端の局員には局員証を持つ意味が無いのだが、肩書き持ちは公安局という組織を代表するという意味で持つ事を許されるのだ。


 つまり、俺はチーフから公安局を代表しての言動を許されるほど信頼されているという事だ。



「素直に嬉しいな、これは」



 ムズムズするような喜びと共に今日の任務を終わらせる。

 次は明日からの相談にバックサイドに行こう。



 ◇



「…あら、そろそろ閉めちゃうけどお姉さんにお話ししに来てくれたのかしら?」



 ガランとしたバーにいたのはホールの掃除をする千夏と篠崎さんだけだった。

 …そういえば色んな事情を説明すると言ってそれっきりだった。

 朱里がここに来たとも思えない。

 嫌な汗が背中を伝う。



「あれからずっと音沙汰無いんだもの。放置プレイは趣味じゃないんだけど?」


「はい、すいませんでした。捜査が忙しくて」


「千夏ちゃーん?ちょっと来てー。遥斗くんってば女の子の笑顔にすぐコロッと…」


「ごめんなさい!言い訳もしてすいませんでした!」



 かき消すように大声でペコペコ頭を下げた。

 どうしてこの人俺が昨日気付いたばかりの俺の好みを知ってるんだ?

 やっぱり怒らせちゃいけない。

 玲奈とは違った意味で。



「……?遥斗、篠崎さんを怒らせると良くない」


「今身に染みたよ」



 声をかけられキョトンとこちらを見る千夏の目は優しい。

 あの時の目じゃない。

 だが、心に楔を打ち込まれたかのようにあの記憶は消えなかった。


 感情が俺の表情に出ていたのか、篠崎さんは呆れたようなため息を1つつく。

 もう怒った顔はしていない。



「なんてね。冗談よ。本当に大変だったのは知ってるわ。玲奈ちゃんも遥斗くんを探してここに来たし」


「脅かさないでくださいよ…。あの、千夏にこの話は」


「してないわ。千夏が玲奈ちゃんに〝遥斗〟と名乗った人物が来たって話をしたら飛び出して行ってね。…察しちゃったのよ」



 きっと朱里にバレないよう限られた時間で探してくれていたのだろう。

 玲奈にはいくら感謝しても感謝し足りない。


 物憂げな篠崎さんの表情は黙々と掃除を進める千夏を見つめていた。



「篠崎さん、お願いがあるんです」


「なに?アナタに薬を仕込んだ人に心当たりは無いわよ」


「違います。それはそれで残念ですけど、道場をしばらく使わせて欲しいんです」



 さりげなく重要情報が飛び出した。

 篠崎さんですら追えない相手が俺を狙っている。

 しかも、島に入ってすぐから。



「それならいいわよ。千夏ー?やっぱりこっち来て〜」



 千夏がモップを持ったままパタパタと駆けてくる。

 冗談で呼ぶ時と本当に呼んでる時の違いが分かるのだろうか。



「遥斗くんがしばらく道場使いたいらしいんだけどいいかしら」


「問題ない」


「ちょうど良かった。千夏にもお願いがあるんだ。剣術をもっと教えて欲しい」


「それも、問題ない」


「あと、できれば寝泊まり出来るところとかってありますか?」


「道場の脇に余り部屋あるから使うといいわ。寝具はここの緊急災害用のを出しちゃおうかしら」


「……合宿でも、するの?」



 寝泊まりの心配となると当然帰結はそこだろう。

 合宿だ。

 活動の拠点を道場に移し、休暇を使って腕を磨く。



「ま、学校は行くけどな。公安局は休みもらってきた」


「分かった。時間の余裕ある時、教える」


「そろそろ朝になっちゃうわよ。今日は寮に帰るんでしょ?」


「そうするつもりです。じゃあまた明日来ます」




 ◇




「合宿ぅ!?」


「千夏ちゃんと???」


「寮にはしばらく帰ってこないって事ですか?」



 翌日の夕食の時間に俺はみんなに今日からの事を打ち明けた。

 一様に寂しそうな顔をしてくれるのが嬉しく感じてしまうのは歪んだ感情なのだろうか。



「一切帰らないとは思わないけどしばらくは頻度が減るかな」


「なんかコソコソ動いてると思ったらそんなこと準備してたのね。私達を置いて千夏と2人っきり?ふーん?」



 玲奈は私達と言っているが主に自分の事だろう。

 せっかく想いが通じたのにまともなデート1つできていない。

 それなのに置いていくのかと。私より千夏を取るのかと。



「俺、さ。やっぱり強くなりたいんだ。どんな事が起きても全部守る力が欲しい。自分の力が足らずに大切な人達が傷つくのはもう嫌なんだ…」



 思い出すのはリズに拘束された玲奈を眺める事しか出来なかった自分。

 朱里に渡された薬を飲む事でしか打開策を考えられなかった自分。



「はあ…空気が重くなるでしょ。適当に冗談で合わせてくれればそれでいいのよ」


「あっ…すまん」


「遥斗くんの気持ちは伝わったから!しばらくって言っても数ヶ月もとかじゃないんでしょ?」


「多分2週間くらいだ。俺がどれだけ剣術を吸収できるかと、チーフの采配の限界に依るかな」



 日常を過ごしてきた寮を出て生活する。

 これはもちろん俺の鍛錬の為でもあるが真の目的は違う。




 俺が日常的に薬を摂取できる環境として1番可能性が高いのがこの寮だからだ。







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