第42話 他に道は無い
身体が動かない。
辛うじて頭と指くらいは動かせるが立ち上がる為の力が入らない。
このままじゃ玲奈が、鏑矢さんが危ないのに。
…『瞬間移動』が使えたのなら恐らく俺は失敗作のあの驚異的な回復もある程度使えるはず。
そして『透明化』もまた使えるはずだ。
「『自然、治癒』」
少しだけ痛みが引いていく。
さすがに滅鬼弾すら上書きするような回復力は無いが打撲や外傷くらいなら回復できそうだ。
未だ動けない俺の視界では玲奈と鏑矢さんが何とか朱里をいなしていた。
玲奈の『念力』は空間に壁を作る事で近接戦にも応用が効く。
だが、いくら燃費が良いからと言っても吸血したのは鏑矢さんに牙を突き刺した時の僅かな量。
血が尽きるか朱里が遊ぶのをやめて本気になられたら反応すらさせてもらえないだろう。
「そろそろ動けはするか。…『透明化』」
折れた骨が手足じゃなくてよかった。
何故か呼吸が少し苦しいが気にしている場合じゃない。
動けたとしても今の俺にあの朱里に対する有効打は無い。
だが、滅鬼弾なら。
失敗作には効かなかったが今のアイツは能力を使っていない。つまり発動前に撃ち込めれば有効打足り得るかもしれない。
「今の俺にできる最強の攻撃は五の型だ」
最高の状態の五の型で朱里を斬れれば隙はできるはずだ。
鏑矢さんならそれに合わせてくれる。
高笑いしながら玲奈の壁をまた1つ壊した朱里の背後に忍び寄る。
刀に手をかけ息を吐いた。
「ハハハハハ!!死んでもらっちゃ困るぞ!実験材料なんだからな!」
「──神威流五の型」
柄をやや下向きに構える。
下に向かって刀を抜きながら、身体の捻りを使って上方向への力を加え空気を斬るように斬り上げた。
「“昇龍”!!」
「な!?」
「…!滅鬼弾!」
案の定俺の全力の“昇龍”でも朱里の身体に切り傷を作ることしか出来なかった。
だが、生まれた隙に鏑矢さんの滅鬼弾が容赦なく心臓を貫く。
傷口からは煙が上がり、治る気配が無い。
「………あぁ、『透明化』か。小賢しいことをするね、君も」
「心臓に当たったはずなのにどうして…!?」
「確かに心臓は止まった。それでもヒトの血で細胞は生き続ける」
さすがの鏑矢さんも焦りを隠せていなかった。
心臓を滅鬼弾で撃たれて死なない。
…そんなのもう生物としての理から外れている。
「どうやら夜来遥斗もそこらにいるようだし本番といきますか」
朱里の姿が消えた。
『瞬間移動』だ。
「碧渚っ!!」
「あ、ぅ……うっ」
朱里は鏑矢さんの頭を鷲掴みにしていた。
宙に持ち上げられ、弱々しく足をばたつかせている。
「この人間を潰されたくなければ薬を飲め。寧ろ飲まないと俺を倒せないのは分かっているんだろう?」
「碧渚を離せ!」
玲奈が『念力』でそこら中の石やコンクリートを投げつける。
だが、それも鏑矢さんを見せびらかすかのように前に突き出すだけで止まってしまう。
…どうする。
飲めば何が起こるか分からない。
でも、このままじゃ鏑矢さんも玲奈も殺される。
強くなったつもりでもまだ力が要る。
みんなを守れるような圧倒的な力が。
俺なら、人工紅姫計画の成功者なら。
この薬を制御できるんじゃないか。
飲みさえすれば朱里にも隙が生まれるだろう。
俺も力が手に入る。
そうすればみんな守れる。
俺が制御さえできれば。
「やっぱり『透明化』か。出てきたって事は飲む気になった?」
「…ああ」
「遥斗!!」
「遥斗……くん、ダメだよ…!」
2人の制止を意図的に無視して足元にあった袋を手に取る。
中にあったのは赤い錠剤が数個。
俺は少しの逡巡の後に一粒摘み出した。
「さあ、見せてくれ。その効果を!」
「………」
「遥…斗…」
玲奈も力尽くでは止めようとしなかった。
もうこうする他に俺達が助かる方法が見えていないのだろう。
俺はその錠剤を一息に飲み込んだ。




