第40話 吸血作戦
学校はすぐに見えた。
始業はまだなのか、まばらながら生徒が登校している。
「確かに鏑矢さんから吸血させてもらうなら学校だが、さすがに危険じゃないか…?」
「大丈夫。考えてある」
さすがに怪しまれないようスピードを落とした玲奈は、俺を背負ったまま器用に携帯を取り出した。
淀みなく何かを打ち込み、校門から少し離れた路地に俺を降ろす。
ここまで俺が気づかれた様子は無い。
だが、学校には朱里がいる。
俺が吸血する前に察知されれば終わりだ。
「碧渚に連絡した。今私は吸血鬼の麻薬中毒者を発見した事になってる」
「なるほど、それで吸血させてほしいって頼むわけか」
「そういう事。無許可吸血になっちゃうから罰則は覚悟しといて。私も幇助で一緒よ」
「また謹慎になったら2人でお留守番だな」
冗談を言い合っている間にも少しずつ俺の体は消えていく。
幸い、そうかからずに鏑矢さんが小走りで校門から出てきた。
「玲奈ちゃん、一先ず無事で良かった。私も援護に行かなくていいの?」
「大丈夫。それより、このままじゃ見失っちゃう」
「分かった。チーフには言っておくね」
鏑矢さんが首元を晒し出す。
玲奈が牙を突き立て、俺を見て頷いた。
後ろからなら誰が吸血しているのか分からない。
騙すようで悪いが、ここで俺が吸血する。
「ごめんな、鏑矢さん」
小声で謝ってから玲奈の後から傷口に口をつける。
滲んだ血を舐めとる度に何かが体中に染み渡っていく感覚。
自分という存在も力も蘇ってきた。
「んっ、ぅぁ……なんか今日の玲奈ちゃん吸い方えっちじゃない?まるで遥斗くんみたいな……」
「それで覚えてるのはどうかと思うんだが」
「え?わ、わあ!?遥斗くん!あれ?さっき学校に…あれ??」
グルグルと渦巻く鏑矢さんの瞳。
もう懐かしく感じる。俺がどのくらい蹲っていたのか分からないが、一度死を覚悟した俺にとって日常の一欠片はこの上なく暖かいものだった。
「遥斗は今2人いる。学校いる方と、今ここにいる方。どっちかが本人でどっちかが朱里の偽物よ」
「…じゃあ何で玲奈ちゃんはコイツといるの。吸血させたの。学校にいる遥斗くんはあの事件の日からずっと一緒だよ」
「そうね。私はもうあの時には入れ替わってたんだと思ってる。こっちの遥斗が本物だって思うから」
鏑矢さんがジリ、と距離を取る。
眼に浮かぶのは敵意ではなく警戒。
迷っている?それとも玲奈の様子を見ているのか?
玲奈があくまでも冷静に語りかける中、校門からもう1人俺達に向かって歩いてきていた。
見覚えのある──あり過ぎる顔。
そいつは鏑矢さんと俺達の間に割って入ると、ニッと笑った。
俺も思わず同じ表情で口を開く。
「「よう、俺」」
2つの声は1つだった。
決着をつけねばならない。
俺は力の戻った両足でしかと大地を踏みしめた。
「来ると思ってたよ」
「玲奈、そんなヤツと一緒にいちゃダメだ!そいつは捕縛対象だぞ!」
まずは様子見か。
玲奈がどこまで確信を持っているのか揺さぶりをかけようというらしい。
「私は知ってる。こっちの遥斗が本物だって。だから、容赦しないわよ」
「玲奈ちゃん!目を覚まして!このままじゃ私達戦う事にになっちゃう…!」
「そのつもりよ。いくら言葉で説明しても分からないと思うから」
冷たく言い放つ。
玲奈はもう覚悟を決めたようだ。
言われた鏑矢さんも子供じゃない。顔つきが変わった。
説得できないのなら力づくでも止めるのが仲間。
「…と言っても本気で相手できない鏑矢さんは厄介だ。先に俺が動くから援護を頼む」
「分かった。遥斗、能力使う気?」
「今まで何回か能力を使ったが暴走の気配は無い。鏑矢さんを能力込みで迅速に無力化、そっからは刀で戦うさ」
『瞬間移動』を使えばリスク無しに鏑矢さんの所まで潜り込めるだろう。
だが、燃費が悪く多用できない上に今の俺は血が切れたら存在が消えてしまう。
ここは『脚力強化』の超加速で肉薄、意識を狩る。
これで朱里戦にも能力を使う余裕ができるはずだ。
玲奈にはああ言ったが正直能力がないと厳しい戦いになるだろう。
新しい型を作るなんて奇策は通じるのは一回だ。
そうなると純粋な剣技は互角。能力の介入がなければ長期戦になってしまう。
「──行くぞ」
『脚力強化』を発動。地を蹴りだした。




