第37話 遥斗vs遥斗
斬られた脚が痛む。
力量が互角の相手にそのまま勝負を挑んだら負けてしまうだろう。
だが、俺にあって奴にないもの。
記憶と思考。
いくら記憶までコピーしたからと言ってもそれは〝思い出すもの〟で〝体験したもの〟ではない。
能力を発動した時点までの俺しか知らない朱里の意表を突くには、今俺が知らない型を覚えるか作ればいい。
千夏との訓練をこの身で経験した俺なら出来るはずだ。
「もう終わりか?拍子抜けだな」
「そんなわけ、ないだろ」
震える脚を踏ん張り立ち上がる。
一太刀入れるまでのプランを練り上げろ。
逆算しろ。今何をすべきだ。何を防ぐべきだ。
「最後は君の技で首を斬ってやるよ」
「くそ!」
銃声。
朱里が刀に手をかけたのを見て俺が速射したのだ。
「二の型“焦燥”」
朱里は慌てずに防御寄りの型で受け流す。
“焦燥”は刀を抜き切らずに攻撃を防ぎ、すぐに次の行動へ繋げる技。
だが、朱里が次に移る前に俺は駆け出した。
太腿からさらに血が吹き出す。
朱里は落ち着き払って膝をつき四の型の構えを見せた。
確かに走りながら放つ型は先程の三の型しかない。
だが、俺が使うのは──
「神威流三の型!」
「ヤケになるとは呆れたね。四の型」
走る勢いのまま抜刀。
それと同時に朱里の刀も俺に迫る。
しかし、抜刀された俺の刀は朱里自身にではなく朱里の刀目掛けて斬り抜かれた。
互いの刀が弾き合う。
一瞬の間。
俺と朱里の間にはあるはずのない次の攻撃の一手が既に打たれていた。
俺の左手が鞘を刀のように朱里に向かって振るっているのだ。
「改!“雷光”ッ!」
朱里の目が動揺する。
予想外の攻撃。
元々隙の大きい四の型を弾かれた上に精神的な空白も生まれてしまった。
かわす術はない。
確かな手応えと共に俺の身体をした朱里が吹っ飛んだ。
いくら刃が無いとはいえ吸血鬼の全力の打撃をモロに食らったのだ。
ダメージは十分に入ったはず。
「ぐ……こりゃ、いいのもらった……」
壁に打ちつけられた身をぐぐ、と持ち上げようとしながら話す朱里。
意識があるならちょうどいい。
ここからは尋問タイムだ。
朱里の上に馬乗りになり、拳銃を突きつけた。
「いくつか聞きたい事がある」
「……なるほど」
「人工紅姫計画とはなんだ」
「人、というか吸血鬼の手で紅姫を作ろうって計画さ」
「詳しく言え」
「詳しくも何もそれが全てだ。協力者は少なくないが確実な方法が確立されたわけでもない」
「…俺は成功例なんだろ?どうやって吸血鬼を紅姫にする」
「紅姫の血を一定期間摂取し続ける事。まあ、吸血鬼化と一緒だ。どうやら適性が個人で違うらしくてね、適性がないとさっき君が戦った失敗作のようになる」
一定期間摂取し続ける?
俺はそんなことをした覚えがない。吸血鬼化の際の異常にも関連しているのだろうか。
「俺はそんなもの飲んだ覚えはないが」
「もちろん管理が難しい血ではないのものを開発した。それを知らずに摂取していたんだろう」
そう言って胸ポケットに手を入れ、小袋を取り出した。
小袋の中には少し赤い粉末状の物が入っていた。
粉状、という所がある物を連想させる。
「…それが今回の麻薬事件の正体ってわけだ」
「まあ確かにこの粉末には少量の紅姫の細胞が含まれている。摂取した吸血鬼が興奮状態になっても不思議は無い」
「そんなもの流通させたら大変な事になると思わなかったのか?」
「知らないし興味ない。上の意向だ。……さて、そろそろ時間だ」
急に朱里が話しを切り上げ俺を見つめてきた。
口元には少し卑屈な笑みが浮かんでいる。
こいつ、まだ何かする気なのか。
「どうして素直に質問に答えていたと思う?あぁ、答えなくていい。もちろん時間稼ぎだ」
「……何をする気だ」
「逆だ。何もしない。俺の能力の本当の力はここからだ」
「なっ──」
急に。
俺の視界が暗転した。




