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俺、吸血鬼になったってマジ?  作者: 紅茄子
個人特訓編
35/64

第30話 リズ

編集追記した。一回投稿したら消せないのね…

 




 病室のネームプレートには何も書いていなかった。

 名前が分からないからか、誰がいるのか伏せなくてはならないからか。



「話をする前に注意しておかなくてはいけない事がある。どうやら彼女には呪いのようなものがかけられていて、何か特定のものに関して話せないようだね。恐らく核心部分には触れられないだろう」


「その呪いっていうものは破るとどうなるんです?」


「そっちは軽く見ただけなのだが、死ぬ可能性が高い」



 …何かを話しただけで死ぬかもしれない呪い。

 吸血鬼の能力なのだろうか?だとしたらリズは誰かの支配下、少なくとも部下ではあったことになる。

 吸血事件の犯人が彼女だとしても他の犯罪組織に関わっている可能性が高くなってくる。



「あまり話そうとしない事に深く追求しないってところだけ覚えてくれていれば問題無いさ。僕は外にいるからね」


「分かりました」




 名前の無い病室をノックした。



「どうぞ」



 リズの声だ。

 まだ衰弱してるのか前に対峙した時と印象が少し違う。

 俺は覚悟を決めて扉を開いた。


 個室で色んなコードに繋がれベッドに横たわっていたのは大量の吸血鬼を操った凶悪犯ではなく、ただの少女だった。



「あ……来て、くれたんだ…」


「……!」



 驚いたのはその少女は笑顔だったからだ。

 まるで、来ないと思っていた大切な人が急に来てくれた時みたいな安堵と感謝の笑み。

 こんな微笑みができる悪人など俺は知らない。



「リズ、なのか?」


「そうよ。…夜来遥斗、 でいいんだよね」


「ああ。呪いとかいうのは大丈夫なのか?」



 自然とベッドの傍らに腰掛ける。

 本当にただお見舞い来ているだけのような錯覚。

 もっと憎悪が湧き上がってくると思っていた。

 俺は逆に心配している。

 …これもリズの能力だったら怖いが。



「核心について言わなければ…大丈夫」


「そうか…」


「…事件について聞きたいんでしょう?」



 これにも驚いた。

 まさか、リズから事件のことを切り出すとは。

 文字通り人が変わったみたいだ。



「…じゃあ、聞こう」


「吸血事件の真相はね、単純に私がやらせた。それだけ。……でも、もう一つあなたは事件を解決した」


「…吸血鬼用の麻薬の取引か?」


「そう。私はそれを取り仕切る立場にいた。だから、報復の為に調べさせてもらった。最近吸血鬼にされたんでしょ?紅姫もどきさん?」



 彼女の前で複数能力を使ってしまっているのだから紅姫かもしれないというのにはリズも気づいているだろう。

 だが、紅姫もどきという言葉は何だろうか。

 紅姫ではないという確実な根拠がリズにはあるのだ。そして今の俺の状態を俺よりも知っているんだ。



「一応、秘密なんだけどな。それ」


「裏社会って怖いのよ。個人情報なんて金で買えるもの。で、あなたをおびき出して襲ったと。その上でここからが大事な話」


「大事な…?」



 リズは静かに頷くと、大きく深呼吸した。

 比較的小さな彼女の体が強張っている気がする。

 瞳には決意が宿っていた。



「私の意思は、記憶は、この島に来てから封じられていた」


「どういう事だ…?」


「私が麻薬組織を立ち上げたのも、それを邪魔されて報復したのも、私の意思じゃない。誰かの意識が私の体を使ってやらせていた」


「…急に嘘をつき始めた…訳じゃないよなあ」



 その感覚を知らない訳じゃない俺には荒唐無稽な話とは思えなかった。

 心の中に閉じ込められ、表層意識で別の誰かが自分の体で動く。

 俺は深層心理まで沈んでしまったから何をしていたか分からなかったが、リズはもう少し浅かったということだろうか。



「……だが、それはかなり核心的な事じゃないのか。何故呪いが発動しないんだ」


「正直私も賭けだった。発動条件がこっちだった

 ら全部を伝えられずに死ぬところだった」



 …命まで懸けていたのか。

 だが、発動しないということはそれ以上に核心的な事柄を隠しているという証明にもなってしまっている。

 全部を伝えるってどういう事だ。

 既に命を賭けて一つ伝えたということはまさか──。



「リズ。早まるなよ。君の話が本当ならやっと意思が帰ってきたんだろ?」


「そう、これは私の意思。だからあなたは気にしないで。ただの犯罪者の最期だと思って」


「そこまでしなくてもいい!」



 気付けば俺は必死に止めていた。

 相手が病人だという事も犯罪者だという事も忘れて。


 リズは俺の言葉に静かに首を振ると、口を開いた。



「今から言う言葉をよく覚えておいて」


「リズ…」


「人工……っめ、計……く、あなた……こうしゃ」



 顔色が変わった。文字通り真っ青に。

 単語一つすら聞き取るのに苦労した。

 聞き逃せない。刻一刻と消えていく命を振り絞った言葉。


 リズの目の焦点はもう合っていない。

 何かを求めて虚空に差し出された手を力強く掴む。


 苦痛に歪んだ彼女の顔が急に優しく緩んだ。



「やっと、会えた。…兄さん」



 俺の手の中からするりと抜けた手は力無くベッドの反発力に揺れた。

 俺を見ているようで見ていなかった…“兄さん”を重ねて逝ってしまった目には一杯の涙がたまっている。

 そっとまぶたを閉じさせ、改めてリズを見つめた瞬間。

 心電図が横一直線になった。



「おい、まさか!!…こんな事に……!」



 柏原先生が飛び込んできてリズの様子を確認すると、たくさんの看護師を連れて彼女を連れて行ってしまった。

 俺は騒ぎに乗じて病院を後にする。


 リズは被害者だった。

 この島に来た時点で意識が無かったのなら、それを仕組んだ誰かがいるはずなんだ。

 そして、リズ自身が誰かの尖兵となり吸血鬼用の麻薬を流通させる事になってしまった。


 そして、何とかとりとめた命を散らせる結果となってしまった。

 どうして俺のためにという疑問は残るが、人工なんとかという単語とリズを利用していた麻薬組織について調べなくてはならない。



 まずは公安局でも捜査している麻薬に関してからだ。







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