第22話 米騒動
この島の買い物は基本的に中央部にあるショッピングモールに行くことになる。
超巨大な複合商業施設で、外には噴水広場までついている。
それ自体が観光名所になるほどにこの島の中でも目立つ存在だ。
「はるとー、あっちのデザートも欲しいー」
俺と美優はお米のついでに色々なものを買い物カゴに放り込んでいた。
8割方美優のワガママなのだが、なんとも断りにくい頼み方をしてくる。
西宮さんはあれでお金の管理には厳しいので恐らくお米以外は俺の負担だ。
……それでも少しずつカゴの中身は増えていく。
「あの、美優?そろそろ俺の手持ちが無くなりそうなんだけど」
「でも、甘いもの食べたいの…。だめ?」
可愛い子って本当にずるい。こうして上目遣いで見られるだけで良いよって言ってあげたくなってしまう。
だが、本当に今の手持ちが無くなると貯金を切り崩すしかなくなってしまう。
それは非常にマズイ。
「……やっぱ、そっか。ごめんね。私がワガママ言って困らせちゃったね……」
「あーーもう!買ってはあげられないけど何かして欲しいことするから!それで勘弁してくれ!」
「やったあー何でもしてくれるんだあ」
シュンとしてしまった美優に耐えきれず、未来の自分に託す風呂敷を広げてしまった。
ニッコニコになった彼女を見るに俺がそういう態度に弱いのを見抜いてわざとやっているのだろう。
「じゃあ、ね。手を──」
美優の頼み事が聞こえたか聞こえてないか、という時だった。
広場の近くで大きな音が聞こえた。
爆発か…?
「美優、ちょっと離れよう。ここは危険かも──ぐっ!?」
後頭部に大きな衝撃。
吸血鬼でなかったら気を失っていたであろう鈍痛に耐えながら一瞬見失ってしまった美優を探して振り返った。
「お前…こいつに死なれたくなかったら大人しくしろ」
男が美優を拘束して銃をこめかみに突きつけていた。
先程の威力から察するにこいつは吸血鬼だ。
吸血していない今ではあまり下手に抵抗できない。
「……美優」
「私は、大丈夫だから」
男が美優を連れたまま広場の方へ歩いて行った。
俺は今動いて男を刺激するわけにはいかない。
確実に助けられる状況を作るまで耐えるんだ。
「ありったけの金を用意しろォ!こいつの命が惜しけりゃな!!」
広場の男が大声で叫んでいる。
爆発で騒ぎを起こし、人質をとり、金を要求する。
非常に安易な計画だ。
そんなのを実際に行動に起こせばすぐ捕まるのは目に見えている。
それでも実行したということは、余程のバカか確実に成し遂げられる何かしらの確信を得ている…つまり組織的犯行、もしくは精神錯乱状態かのどれかだ。
俺は男が金に夢中になっている隙にチーフへと電話を繋いだ。
《夜来か。なんだ》
「商業区にて爆発が発生、人質をとり金を要求しています」
《お前、謹慎は…。まあいい。同様の通報は受けている。既に部隊は派遣済みだ。他に追加しておきたい事はあるか》
「…犯行があまりにも短絡的過ぎます。何か裏がありそうな気がするのですが」
《恐らく最近出回っている薬の影響だ。お前が前に潰した取引に関わっていたアレだ》
「ですが、今回の犯人は吸血鬼です」
《…吸血鬼にも効いてしまう薬だから問題なんだ。詳しくは謹慎明けに話す。じゃあな》
美優からは片時も目を離していなかったが、思わず思考が持っていかれそうになる話だった。
薬物にすら耐性がある吸血鬼にも効く薬。そして話を聞くに今回のような事件が中毒者の手で頻発している。
いや、そんな事よりも本当にこの犯人が薬物中毒者で理性が半ば無い状態だとしたら美優の安全は保障されない。
前の事件で俺は情報が無い事、不利な状態での戦闘では守れるものも守れなくなる事を知った。
だからこそ美優が捕まっても、銃を突きつけられても努めて冷静でいようとすることができた。
だが、冷静に考えた結果安全が保障されない時どうすればいいのか。
俺の足が思わず一歩踏み出された時。
サイレンが聞こえた。
「公安局です!大人しく人質を解放しなさい!」
…鏑矢さんだ。
改造銃を構えて犯人を威嚇している。
あまり高圧的な態度で犯人が本当に錯乱してしまったら美優が危ない。
俺は短時間での制圧をすべく犯人の死角になるように回り込んだ。
ちょうど鏑矢さんとは犯人を挟んで逆側に位置することになる。
「…指示に従ってさえくれれば手荒な事はしません!なので…」
鏑矢さんは目が合っただけで俺の意図を汲んでくれた。
彼女が注意を引きつけて、俺が犯人の背後から…銃を持った手を思い切り上にずらした。
驚いた犯人の手元から銃声が1つ。
……いや、2つ。
鏑矢さんの拳銃からも硝煙が立ち昇っている。
犯人の眉間に麻酔弾が刺さっていた。
直後、そいつは大きなドサッという音と共に倒れた。
吸血鬼用の麻酔弾にはごく僅かに吸血鬼の活動を抑える物質を含んでいる。麻酔というよりは気絶させている方が近いだろう。
俺は自由の身になった美優の肩を掴み、顔を覗き込んだ。
「美優、無事か?すぐに助けられなくてごめんな…」
「大丈夫。ありがと、はると」
少しだけ声が震えているのが分かる。
怖い思いをさせてしまった。
鏑矢さんが来てくれなかったら俺に助けられただろうか?
「確かにね、ちょっと怖かった。だけど、はるとが気に病むことはひとつもないんだよ」
美優がいつもよりも少し控えめにハグをしてきた。
ぎゅーっという感じではなく包み込むように。
震えている体を隠しながら。
俺は思わず彼女を抱き寄せていた。
「…ごめんな。美優は優しいんだな…」
「へへ、ちょっと苦しいよ。けど安心する」
美優が普段のにへーっとした笑顔を浮かべてくれている気がする。
体の震えも幾らかおさまった。
彼女が安心してくれたという事実が俺を安心させてくれる。
そして、ここが広場の中心だという事も思い出させてくれる。
「あ、あの、美優。ちょっと離れよう」
「えー?けちー」
「いや、ここ広場の中心だから」
「……あっ」
人質救出劇からの熱い抱擁は格好の注目の的にされていた。
いつのまにか鏑矢さんもいなくなっているし、とても気まずい。
「退散するぞ!」
俺は少し名残惜しそうな美優を引き剥がし、寮へと走るのだった。
寮の近くまで来てようやく一息つく。
「思い返したら結構恥ずかしい事しちゃったな…」
「私はスッゴいドキッてしたけどなー」
またにへーっと笑ってくれる美優。
この笑顔が見れるなら多少のことは構わないというものだ。
「今日のところはさっきのハグとこれで満足してあげようかな」
右手が少し締め付けられる。
走り帰るときにいつのまにか手を繋いでいたらしい。
意識したら急に恥ずかしくなってきた。
「…そういえば、そもそも私達ってなんで外に出たんだっけ?」
「…………あっ」
「お米、忘れた……」




