第16話 精神支配
北園さんは後ろにいたはずの玲奈に一足の跳躍で飛びつこうとしていた。
距離的には玲奈の能力の発動には間に合いそうにない。
たしか玲奈の能力は『念力』。最初に見た銃弾を止めるような物体制御と、それの応用で空間に障害物を作る能力だ。
俺ではなく玲奈を狙ったのが予想外であったこと、そして少しはあったはずの距離を一瞬で詰められたことが玲奈の反応速度に遅れをもたらせていた。
「『幻覚』!!」
反射的に『幻覚』で玲奈ごと炎の壁を出現させた。
少しでも反応してくれれば玲奈の能力発動までの時間が稼げるはずだ。
だが、またしても予想は裏切られることになる。
何の躊躇も、反応も示さずに火の中に飛び込んでいったのだ。
北園さんの能力は『金縛り』。発動条件は聞いていないがさすがに触れられれば発動してしまうだろう。
「くそ、玲奈!!」
今度は『脚力強化』に切り替えて再び地を蹴った。
能力を切り替えた事で幻覚の炎がはれ、北園さんに捕まっている玲奈の姿が露わになる。
北園さんを敵と認識するには早いかもしれないが、とにかく玲奈から引き剥がすしかない。
「すいません!北園さん!」
全力で右腕を振り抜く。
強化された脚力が乗った拳は北園さんを隣のコンテナごと吹き飛ばした。
そのまま玲奈を振り返るが、能力は発動してしまったらしい。
「玲奈!大丈夫か?」
「あ……ぁ、く」
言葉すら発することがままならないようだ。
だが、見る限り金縛りというよりもスタンガンのように電気で麻痺している状態に近い。
玲奈が必死に体を動かそうとしているのは伝わってくるが、中々動かないようだ。
…罠の可能性は考慮していた。だが、北園さん自身が襲ってくるというのは予想外だった。
北園さんが公安局を裏切ったとは考えにくい。
首元にあった吸血痕。
幻覚の炎とはいえ一切見せなかった反応。
まさか…『吸血を条件に他人を操る』能力。そんなものが存在するのだとしたら。
その能力を使って吸血鬼を操る事が目的だとしたら。
「だとしたら、まさか最初から吸血鬼を狙って…」
「あら、気付いちゃった?」
北園さんが倒れかかっていたコンテナの上から声がした。
薄水色のワンピースに長い銀髪。一見清楚で上品そうな少女が座っていた。
「誰だ、お前は」
「うーん、リズって名乗っておこうかな。それとも名前じゃなかった?」
「……北園さんに何をした」
「何って、今気付いたんじゃないの?私の能力」
リズはクスクスと笑いながらコンテナから飛び降りた。
それと同時に背後から複数の足音が聞こえる。
チーフ達ではない。統率の取れていない動きだ。
リズから意識を外さずにチラリと様子を確認する。
数は20弱。全員目の焦点が合っておらず、ふらりふらりと歩いていた。
「これだけの数、どうやって集めた」
「私の能力はね、感染するの。私のしもべとなった吸血鬼が噛んだ相手もまた私の『精神支配』の影響を受ける」
「なるほどな。増えれば増えるほど更に増えやすくなっていくってわけだ。それで遂に公安局にも手を出したと」
「まさかクスリの流通拠点に入ってきてくれる吸血鬼がいるなんて思ってなかったけどね」
不揃いの足音は会話の最中にも近づいてきている。
金縛りにあっている玲奈を連れて背後の吸血鬼を突破するのは難しい。
ならば、チーフ達が駆けつけるまでの時間を稼ぎつつ玲奈を守るしかない。
「更に吸血鬼を集めて何をするつもりだ?」
「何もしないよ。ただ私の取引の力にはなってもらうかもしれないけどね」
「だとしたら申し訳ないな。少し減らさせてもらう」
玲奈に迫っていた3人を『脚力強化』の右回し蹴りで弾き飛ばす。
そのまま回転し少し奥にいた1人に拳を、隣のやつにもう1回回し蹴りを今度はかかとからお見舞いする。
「おーおー、すごいね」
リズの声が真後ろから聞こえた。
首にぞわっとしたものが走り、続いて冷たい感触が広がる。
何が起きたか確認もせずにその場から飛び退いた。
振り返ると、リズがニヤニヤと俺を見つめていた。
…どうやら首を舐められたらしい。
「『精神支配』の発動条件は吸血すること。だけど、ある程度の接触があれば感覚の支配くらいはできるのよ」
「…へえ、今やったのがそうってことか?」
「そう。たとえばこう」
首筋からゾワリとしたものが広がっていく。
これは……快感だ。脳内麻薬のようなものが舐められた箇所から全身に広がる。
痛みなら耐えればいい。だが、この恍惚感への対処が分からない。抑えなければ更に求めてしまいそうな衝動にすらかられてしまいそうだ。
「どう?気持ちいい?」
「…知らねーよ」
「ふーん?」
全身に広がっていた甘ったるい感覚がスッと消える。
代わりに満ちたのは苦痛だった。痛みなのか?苦しみなのか?その区別が分からなくなるほどのそれが一気に流れ込んできたのだ。
「が……ァ」
「痛い?痛いねえ?辛いねえ?苦しいねえ?」
つらい。くるしい。
リズのクスクスという笑い声が耳から頭の中に響いていく。
膝をつきそうになるのを何とか堪えながらひたすら耐える。
だが、次に瞬間にはその苦痛は快感に変えられていた。
「く、…!」
思わず力が抜ける。というよりも力が入らない。
膝が折れたものの辛うじて手をついて倒れこむのは防いだ。
恐らく倒れてしまったら2度と起き上がるほどの力を入れさせてもらえはしないだろう。
だが、またしても快感は激痛へと変換される。
「う、ぐ……」
「結構頑張るんだねえ?もう頭がおかしくなっても不思議じゃないよ?」
最早リズの言葉も耳に入らなかった。
俺を支えていたのは倒れ込んだ事で視界に入った玲奈の姿。玲奈を守るという意思だった。
玲奈を、操られせるわけにはいかない。
「玲……奈…!」
「玲奈…?なぁるほどぉ〜」
ただでさえニヤニヤとしていたリズの口が更に開いた。
何か良くないことを企んでいる。
阻止しなくてはならないのは分かっているのに体に力が入らない。
「君はちょっと大人しくしててもらおうかな」
背中に岩が落ちてきたかのような衝撃が走った。
背後の操られた吸血鬼に殴られたのだ。
衝撃のせいでついに倒れ込んでしまった俺に更に追撃が重ねられる。
背中から、何度も何度も落石のような拳を喰らい続ける。
正直苦痛の感覚のせいで痛みはそこまで無かったのだが問題はそこからだった。
体が重いのだ。さっきまでのように力が入らないのではなく、物理的に。重力が大きくなったかのように。
「それは殴りつけた物の重量を倍にしていく『重量倍加』の能力。ちょっと大人しくしててね」
リズの口が、俺の首に迫っていく。
逃れなくては、逃れなくては俺までコイツの尖兵にされてしまう。
『脚力強化』でも『幻覚』でもこの状況から脱する術はない。
チクリ、と首が痛んだ。
リズの舌が動き回るのを感じる。
「ふふ、ご馳走さま。君を壊すのは後にして、余興を始めましょう」
リズは俺から離れ玲奈の方へ歩いて行く。
そして、金縛りで動けない彼女を足蹴にしながら宣言した。
「処刑タイムっ」
それはリズが初めて見せた、見た目に見合った可愛らしい満面の笑顔だった。




