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俺、吸血鬼になったってマジ?  作者: 紅茄子
水上の楽園編
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第10話 開発地区

 

 翌日、授業が終わってすぐに公安局へ向かう。

 工作班の作業待ちのようで、今日のところはまたパトロールだ。

 昨日とは違い繁華街ではなく開発地区に行こう、と玲奈が進言していた。



「繁華街地区で吸血事件を起こしたにしては情報の集まりが遅すぎる。目撃情報が集まらないって事はきっと、透明になる能力を使っていたからだと思う」


「だが、吸血しないと能力は使えないだろう?」


「そう。だから他に『透明化』の能力をもった協力者がいるのだと思う。そして、篠崎さんによると自分だけならまだしも他の生体まで透明にする能力者は島で申告されていない」


「…なるほど。秘密裏に吸血鬼にされた、もしくは取引で吸血鬼になった奴がいるんだな」



 そうなると、普通に生活していた人が豹変して襲いかかったような事件ではない。

 最初から襲うつもりの計画的な犯行で、しかも役所に届けるような住所を持っている可能性は低い。

 潜伏場所としての開発地区をパトロールしようという意見なのだ。



「分かった。それが沖田の考えなら行ってこい。…ちょうどいいな。夜来も連れて行け。後の人選は任せる」


「では、遥斗に慣れているという理由で碧渚を」


「よし、工作班から情報が上がり次第連絡する。無理はするなよ」










 開発地区。

 繁華街のキラキラした感じとは裏腹に、まだ工事途中の建物や倉庫が並ぶような夜は閑散としている地区だ。

 ガーデンの掲げる人と吸血鬼の共生、という考えに反発している層や法外な商売をしていたりする層などの根城になる事もある。



「昨日とはだいぶ雰囲気が違うな」


「そうね。でも向こうも基本的には公安局と事を構えたくないからあまり襲われる事はない。さすがに現場を抑えたら私達が踏み込むけど」


「普段証拠を残さないようにって頑張ってるのに暴行とか局務執行妨害なんかで捕まったらお間抜けさんだしね」



 吸血鬼の眼のおかげで夜の闇はそこまで暗くない。

 それだけで不安感はだいぶ和らいでいる気がする。

 …鏑矢さんは怖くなったりしないのだろうか。


 そう思い振り返ると、彼女は怖がる様子などまるでなく寧ろ俺と同じ視界を得ているかのように周囲を観察していた。

 かなり瞳孔が開いていて少し怖い。…瞳に何か模様のようなものが写っている気がする。



「あ、あの、夜来くん?何かついてるのかな?」


「いや!あ、ごめん、ボーッとしてただけだ」


「このロリコン」


「私はロリじゃないですけど!!」



 考え込むと時間を忘れてしまう癖は直した方がいいな。

 とにかくロリ、じゃなかった鏑矢さんは途轍もなく目が良いようだ。

 上手いという射撃もそれを利用しているのだろう。



「…あれ?車が止まってる」


「どれだ?ああ、あの黒い車か」


「怪しいとは思うけど不用心過ぎる。…一応側には寄ってみましょうか」



 開発地区には基本的に住居が無い。故に乗用車は止まっている事がかなり少ないのだ。

 違法所有の車をわざわざ目につくところに止めておくとも考えられないので、不用心な犯罪者か忘れ物を取りに来た倉庫の従業員の車ということになる。



 近くにあった倉庫に近づいていく。

 公安局を出る前に吸血はしているので多少の事態には対応できるはずだ。



「……あれを早くだせ。金ならある」


「慌てんなって、これだよこれ」


「なるほど、こんなものが…」


「俺も危険なものとしか聞いてないからな。疑っても無駄だぜ」



 吸血鬼の聴覚を集中させて壁越しに会話を盗み聞きする。

 ところどころ脳内で補完したが、何かの取引である事は間違いない。

 違法であるという確証もないが今のこの状況が怪しすぎる。何かはすべきだ。



「どう?」


「何かの取引中だ。……この場合はどうするのが最善なんだ?」


「相手の人数が分からず、こっちは3人。チーフに応援を呼んでから現場を抑えて時間を稼ぐ。危険だけど見かけちゃった以上取引を見過ごすわけにはいかない」


「分かった。鏑矢さん、陽動を頼む。なるべく公安局である事をアピールしてくれ。俺は不意打ちと幻覚で追い詰める。玲奈は裏口を抑えてもらって誰も来ないようなら挟み撃ちにしよう。どうだ?」



 必死に考えた作戦を伝えた時、2人とも目を丸くして俺をみていた。

 了承も拒否もされない状況が何とも虚しくて俺は更に言葉を続けた。



「なんだ?何かおかしかったか?」


「夜来くん、現場の指揮なんて出来たんだなあって」


「とても考え無しに女の子を助けに行って捕まった人と同じとは思えないわ」



 立案能力を褒められたのか過去の失敗をイジられているのか分からない。

 なんとも釈然としない気持ちだが少なくとも2人とも頷いてくれたので作戦はこれで行こう。

 チーフに連絡を入れてから俺達はそれぞれの役割の為に動き出した。







「特別公安理事局です!!大人しくしてください!」



 中から話し声がピタリと止んだ。

 一瞬緊張した空気が流れたものの、徐々に弛緩していく。

 それはそうだろう。

 公安局と聞いて見てみれば小さな女の子ただ1人が声を張り上げているのだ。



「おやぁ、こんな所に1人っきりかい?」


「正義感だけじゃ何もできないってことを教えてやろうか?お嬢ちゃん」



 鏑矢さんが倉庫の入り口の脇に隠れた俺にアイコンタクトをしてくれた。

 近づいてきている。

 後は鏑矢さんの演技力と相手の警戒次第だ。



「こ、こないでください…!それ以上来るなら撃ちますよ…!」



 ジリ、と鏑矢さんが下がっていく。

 俺からも足音が聞こえるようになってきた。

 一足で殴れる範囲に来なければ不意打ちはできない。

 射程圏内まで後少し……。



「捕まえるなら下がっちゃダメだろお嬢ちゃん」



「まず1人目!!」



 俺は思い切り踏み出し、目の前に居た男をぶん殴った。

 吸血状態の吸血鬼の腕力は凄まじく、男は数メートル吹っ飛び…気絶したようだ。


 振り抜かれた右手の勢いを殺さずに、左足を軸に隣の男も蹴りつける。

 同時にタァン、と乾いた音が響いて視界の端で1人倒れた。

 残りの人数は3人。驚きから体制を立て直しつつあるが、ここでまた銃声が1つと男が倒れる音。


 鏑矢さんの銃撃が正確無比に男の眉間を撃ち抜いているのだ。

 一応非殺傷用の弾丸なようだが相当痛い事には変わりない。


 体制を整えた彼らが選択したのは逃走だった。



「『幻覚』!」


「わああああッ!急に燃えた!?」



 裏口は玲奈が固めてくれているはずだが、念の為退路を幻覚の炎で塞いだ。

 驚いて足を止めた彼らを襲ったのは一撃昏倒の銃撃だった。

 …鏑矢さんの銃撃は本当に凄いという事を実感させられる一瞬だった。


 確認できる限り、倉庫に人はもういない。

 これで玲奈と合流できれば制圧は完了する。

 はずだった。



「ぅあっ!?」


「玲奈!!」



 玲奈の悲鳴──!

 俺は裏口に向かって駆け出した。






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