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俺、吸血鬼になったってマジ?  作者: 紅茄子
水上の楽園編
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第5話 幻覚

 


 咲良さんが働いているというバーは繁華街の端に建っていた。

 隠れ家的という訳でもなく、カジュアルな飲食店という印象だ。



「ここが、バー『バックサイド』。名前の由来は知らないけれど直訳は裏側って意味よ」


「急に怪しげな店になったな」


「もう、失礼な事言わないの!入るよ!」



 カランカランという涼しげなドアベルの音に店内の目がいくつかこちらを向く。

 大体の人が自分の席に集中を戻す中、メイドのような服装の少女がにこやかに近づいてきた。



「いらっしゃいませ!玲奈さん!碧渚さん!それと、入寮希望の方、ですか?」


「夜来遥斗だ。よろしく頼む」


「私は西宮咲良です。取り敢えずお席にどうぞ」



 クリッとした大きな目が特徴的な子だ。

 華奢な体型にセミロングくらいの髪をポニーテールにしている。

 長めのスカートの和風メイド服も相まって可愛らしい雰囲気だ。



「注文はどうしますか?」


「俺、酒とか詳しくないんだが」


「じゃあ遥斗にはスピリタスをお願い。私はピーチフィズで」


「私はオレンジジュース!」



 スピリタスってなんだ?

 玲奈に勝手に頼まれた気がするが、まあ冗談好きな彼女でも酒でイタズラはしないだろう。



「お待たせしました!」


「ありがとう」



 スピリタスというお酒を一口含み、飲み下してみる。

 喉がピリッとして少し甘い?

 なんか微妙な感じだが、これが酒というものの味なんだろうか。



「遥斗、スピリタスってどういうお酒か知ってる?」


「知らないけど…なんだ、マムシ酒とかそういう系か?」


「違うわよ。スピリタスは度数90を超える世界最高純度の蒸留酒。普通の人じゃ口に含んだら咳き込むくらいにはキツイ」



 思わず手にしたグラスをまじまじと見てしまった。

 これが、度数90以上?ほぼアルコール飲んでるようなもんじゃないか。

 それでも喉がピリつくくらいなんて、まるで…。



「そう、吸血鬼はアルコールでは酔えない。ちなみにニコチンも麻薬も分解できてしまう」


「だからと言って世界最高純度の酒を頼むなよ」


「分かりやすい方がいいかなってね。咲良、飲み終わったら裏の道場使っていい?」


「いいですよ!千夏さんがいると思いますけど」







 俺たちは道場まで移動してきた。

 木刀や竹刀が壁に立てかけてあり、道場の中心では道着を着て坐禅を組んだ女の子が瞑想していた。

 


「千夏!ごめん、ちょっと使わせてもらうね!」


「……玲奈。分かった」



 驚く様子もなく坐禅を解いた千夏さんは目の前に置いてある刀を手に持って壁に寄りかかった。

 表情が少ないものの、非常に整った顔立ちをしている。

 ショートカットにした髪と切れ長の眼、そして隙のない立ち姿に少し怖い印象を持ってしまう。



「さて、遥斗。これからあなたには吸血をしてもらう」


「吸血、か。避けては通れない道なんだよな。分かってはいたが……」



 鏑矢さんが覚悟を決めた顔で首元の服をはだけさせている。

 状況が示すのは、人間である鏑矢さんから血を吸えと言われているってこと。

 改めて自分が人間でなくなったことを実感させられる。



「あんまり緊張すると碧渚まで緊張しちゃうから。リラックスよ、遥斗」


「玲奈ちゃんあんまりそういうこと言わないでよ!私だって男の人に吸血されるの初めてなのに!」


「え゛っ」



 すっげえ情報ぶち込んできやがった。

 そんな事言われたら緊張するなって方が無理だ。

 意識するな。初めてとか、なんか距離近いなとか、意識してたら保たない。

 俺は、鏑矢さんから血を分けてもらう。それだけだ。


 グッ、と牙が押し込まれたのを感じる。

 鏑矢さんの肩がビクリとした気がするが努めて気にしないようにする。

 刺さった箇所から滲み出る血液を慎重に吸う。



「うわ、なんだこれ…力が漲るみたいな…!」


「それが吸血鬼にとって吸血するという事。じゃあ能力も解放してみよう」


「と言ってもどうやるんだ?」


「なんか、こう…やりたい事を頭に浮かべてみたり、力を溜めて解放してみたりするといいかな」



 やりたいことを頭に浮かべる、か。

 能力で具体的に見たのはあの幻覚の大火事と玲奈が銃弾を止めていたところくらいだ。

 大火事と思って本当に起きたら大変なので両手に収まるくらいの火をイメージしてみる。



「…できた、のか?」


「これは…発火、じゃなくて幻覚能力?だから、あの日すぐに火が幻覚だって見抜けたんだ」



 熱も煙も出さない火が俺の両手の中に収まっていた。

 例の犯人の血で吸血鬼になったから能力も共通なのだろうか。


 俺の能力は幻覚で確定みたいだ。

 調子が良すぎるかもしれないが、どうせ得る能力ならもう少し特殊なのが良かったな。



「さて、あとは学校寄って通学路を通って寮に帰りましょうか」


「…やっぱり学校あるのか」


「当たり前でしょ?本島では学生じゃなかったかもしれないけどガーデンでは普段の学校が短い代わりに義務教育が長いの」



 本島でも学生だったしそこはいいんだが、何故かあると言われると嫌な気持ちになるものだ。

 俺たちはいそいそと服を整えた鏑矢さんを連れて道場を後にした。




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