92-魔法的人工高気圧作成
普通に考えれば、自然災害を防ぐことができても、それをどうにかできるとは考えない、馬鹿げているからだ。それを今からここにいる、15万人の力を集結させて行おうとしている。本人達も半信半疑だが、このまま上陸を許せば、甚大な被害が出ることは容易に想像がつくのだ。全高50メートル全長1キロの巨大な防壁は、更に延長されて、海に500メートルほど突き出した。更に国、部隊の垣根を越えて、魔法適正ごとに組分けされる。光魔法の隊が闇を照らし光の結界を作り出す。水魔法の隊が氷河の壁と魔海島へ強制的な海流を作る。火魔法の隊が大気を暖める。土魔法の隊が退避壕を各所設置する。闇魔法の隊がスモークで気流が計画通りか確認して、全体に精神安定の魔法を施す。そして風魔法の隊が強制的な下降気流と魔海島への気流そして風の壁を作る。そこにエルフ達が精霊術で風魔法を援護し、海洋人種が水流術で水魔法を援護する。各神の代行者達が重ねて結界を作る。こうして人工的な高気圧を作り出し、その前線が魔海島へと進路を変えるように作られた。信治がぼやく。
「他の異世界なら、天候操作の上位魔法があったりするんだけどね…葵くんがそんなチートな魔法とか能力持ってないの?」
葵は肩をすくめて軽くため息をつきながら信治にやれやれという感じに答える。
「信治、みんなつかれてるんだ。軽口はほどほどにな、そんなこと言うなら、お前のそれであの大嵐を吸い込んでくれよ、嵐だけにさっ!」
葵は信治が背中にたすき掛けで背負っている。掃除機…いや、マジックバキューマーをめんどくさそうに指差す。信治は苦い顔をしつつ軽口で答える。
「残念ながら、見た目はそっくりだけどサイクロン掃除機じゃないんでね、嵐は吸えませんね~」
「じゃ、得意の錬金術で作ってくれよ!」
「既に、15万人の人を動かしてるんだよ、今さら作ってどうすんのよ」
「これが成功するかだってわからないんだから、備えても良いんじゃない?お前の妄想力で…天候操作の魔法なんて、この世界の誰もが見たことないんだからさ」
葵はテキトーに答える、軽口の延長しているだけだったが、信治が何かを思いついたのか、明るい顔をして葵に返答する。
「なるほどね!さすがに魔法を作るのは無理だろうけど、魔法具として作ればできるかな?試してみるか、ありがと、葵くん」
信治はそう言うと自分のテントに引きこもりはじめる。
「信治持ち場離れんなよ!おい!」
「葵さんわたしが見てきますね」
柊がそう言って、信治の様子を見に行ってしまった。
「もう、暴風域に入るって時に!」
既に大嵐の影響で風が強くなっている。雨はまだ弱いがいつ豪雨になってもおかしくない、後、2時間もすれば上陸する距離まで来ている。各隊ごとに最後の食事を順番に持ち場でとりはじめている。魔力量が少ない紫炎武術の隊や新米の若い兵士が、その手の雑用にかり出され、携帯食と飲み物を配っている。葵も受け取りかじりながらしばし休憩をとる。白檀とマノーリアが戻って来るのが見えた。
「葵、他の連中はまだ各適正魔力の班でギリギリまで続けるだろうからな、食ったら俺達はあそこだ!」
白檀が防壁の上を指差す。
「環達守らねぇとまずいからな、しかし、葵はやっぱり、おもしれヤツだよ!大嵐の軌道を変えるとか思いついても、口にするやついないわな」
「まあ、ダメ元ですけどね、でも団長だって反対ではないんでしょ?」
「これで動かしたらネタになるしな!」
白檀はそう言ってウインクする。葵は男にされてもねと思いつつ、白檀のいつもの話術のひとつだなと理解する。しかし、となりで聞いていたマノーリアはその辺には気がつかない。
「白檀お兄様!そんなこと言わないで下さい!団長の威厳がなくなります!」
「マニー、威厳って俺にあったか?」
「はぁ~副団長の気持ちが痛い程にわかります」
マノーリアは深くため息をしている。
「マニー、団長はあえてこうしているんだから、気にしなくて良いんだよ。団長が不安丸出しだったり、固い顔してたら、兵士の人たちの気持ちも萎えるからね。鳳凰白檀は常に強く余裕でいる姿を見せているのさ」
「あ、葵くんがそう言うなら良いけど…」
「まあ、そう言うことで」
「なんか、そう言われると恥ずかしいな…」
白檀が珍しく照れている。葵はふといつもは気にしていなかったが、たぶんそうなんだろうなっていう推測を白檀にぶつける。
「環さんも最前線で頑張っているんだから、団長も環さんの力になりたいんでしょうから…」
「なんで、環が出てくる!」
白檀が向きになって被せるように返答する。
「違うんですか?団長モテるのに特定の相手いないし、環さんが皇女を引き継ぐまでは、お店で我慢しているんですよね?」
「べ、べ、別にそう言う訳でもあったりなかったり?」
葵の推測通りだ。女神の代行者である環は男性と性的関係を持てない為、白檀は待つしかない。
「な、なんでわかったんだよ!」
「そりゃーね。ふたりの関係性とか団長の好みとかそういうの見ればだろうなくらいには…」
「環には言うなよ!」
「そんな、子供のようなことしませんよ!案外団長一途なんですね」
「う、うるせー!」
白檀は自身の支獣のオーレを出現させて先に防壁の上へ向かった。
「あんな、白檀お兄様はじめて見たわ!」
「鳳凰白檀をいじる人なんてそうそういないでしょ」
「でも、白檀お兄様と環さんお似合いだし応援したいな!」
「俺達と同じくらいお似合いかもね」
「最近、葵くんズルい!」
マノーリアが少し子供のように口を尖らしてそっぽを向く。
「じゃ、行きますか!」
葵は気にせず、マノーリアに声をかけ、マノーリアもにこりと笑い、防壁の上へ支獣のエールとアリスで向かうのであった。
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