89-ディーバとオタク
大本営のテントでは、いろいろな作戦が練られていた。最前線を突破された場合や上位魔族が多数出現した際の対応、はたまた補給路が途絶え場合や魔族とは関係なく、感染症や流行り病が発生した場合まで、徹底的に議論し対応策を準備した。白檀が口を開く。
「考える事はいくらでも出てくる。とりあえず昼でも食おうぜ!」
「では、たまにはみなさんで食べましょうか」
環が返答し皆で食事をとりに行くこととなった。梔子が口を開く。
「なんか、騒がしくない?」
「お店の方から歌が聴こえます」
花が答える。葵も耳をすませる。確かに女性の歌声が聴こえてくる。
「麻衣達か?」
近づくにつれて、歌声もはっきりと聴こえ、姿も見えてきた。出店や飲食をする広場の中央で、麻衣が歌っている。麻衣の後で数人が一緒に楽器を演奏している様子から、麻衣とアマナが飛び入り参加したようだ。アマナは麻衣の横で横笛を吹いている。麻衣の歌はオーシャンガーディアンやフォレストダンジョンの歌のようで、アクアノイドやエルフの騎士や兵士が特に盛り上がっている。次に歌い始めたのは、大陸全土で歌われている曲で聴衆が賑わい始めた。マノーリアが感想を漏らす。
「彼女は本当に歌が好きなのね!」
「そうですね、まるで人魚の歌声のようだ」
隣にいたカトラスがそれに答えた。マーレがカトラスへ声をかける。
「カトラスさんの感じたのは正解かもしれませんね。彼女には、アネモネ姫の力が宿っていますからね」
「アネモネ姫の力…」
「確かに綺麗で惹き付ける歌声ですね」
環もそう感想を漏らして、皆テーブルに座りメニューを見る。メニューといっても、5品程度しかないのですぐに決まる。ステージを見ると麻衣が1度水分補給をして何かしゃべっている。
「みんなありがとう!次の曲はみなさんは聞いたことないんだけど、是非聞いて!あたしの曲です。この曲を好きになってくれるとうれしい!」
演奏がはじまり麻衣が歌いだす。楽器が違うが聞き覚えのある曲に葵の耳にはすんなりと入ってきた。なんとなくステージを見る。麻衣の歌声に意識を奪われる。葵は気づく。
「MAIだ!本物のMAIだ」
「葵くんどうしたの?麻衣さんがどうしたの?」
隣に座っていたマノーリアが疑問を口に漏らす。
「やたらと歌が上手いのは、そう言うことか」
葵は、はっきりと思いだす。あちらの世界で世界中でヒットチャートに顔を出す、アーティストのMAIだと。葵は隣のテーブルで食事をしている信治に声をかける。
「信治!あの娘、歌手のMAIだよ!」
「マイ?」
「そうだよ、お前だって聞いたことあるだろ?」
「あー、リア充の教祖みたいなあの歌手ね」
信治はあまり興味がなさそうに答える。麻衣は歌手だけでなく、その整った顔とスタイルの良さから、化粧品のCMやファッション雑誌にも引っ張りだこであった。葵も元カノや妹達が読んでいる雑誌の表紙で何度も見ている。麻衣はアーティストとしてだけでなく、麻衣のファッションやヘアスタイル、メイクにまでもが注目され、麻衣が表紙を飾る雑誌は、紙媒体が不調の今の時代に、販売部数を引き上げたのだ、それだけのカリスマがあり、10代20代の女性から圧倒的人気をはくし、19歳とは思えない大人びた、その美貌と艶かしいダンスで男性を虜にしていた。梔子が葵に尋ねる。
「彼女は葵達の世界で有名な娘だったの?」
「うん、ここ2年くらいで超有名な歌手だね。あっちの世界の時よりも、もっと人を惹き付けるような気がするけど…」
周りで聞いている、騎士や兵士が心を奪われたのかステージに群がっている。カトラスが麻衣のダンスを見て口を開く
「彼女のあの歌の躍りは何かの武術か?」
「フツーにダンスだと思いますよ、彼女が何かやっているかはわかりませんが」
「しなやか動きだ。機会があれば護身術程度には教えてかまわないだろうか?」
麻衣のダンスも人気のひとつのだ。歌いながら踊る姿を見てカトラスは何かを感じ取った。環がカトラスに答える。
「本人がここにいたいと言っているので、条件として学んでもらうのも良いかもしれませんね」
麻衣の歌を聞きながら食事をしていると、麻衣とアマナが満足気にステージを降りる。聴衆からは拍手がまきおこる。アマナが葵達に気がついたようで、麻衣を連れてくる。アマナが皆に尋ねる。
「麻衣の歌すごいでしょ!」
「本当に凄い!」
「聞き惚れました!」
皆が麻衣を褒める感想を返していると、葵が麻衣に尋ねる。
「麻衣ってあのMAIだったんだな!」
麻衣がウインクしながら葵に言葉を返す。
「せーかい!葵はあまりあたしの曲に興味なかったのかな?気づくの遅すぎる!」
「さすがにこの世界に来て有名人と会うとはね!でも、あそこにあなたのファンじゃないのが1名いますけどね」
葵はムシャムシャと食事を食べている信治を指差す。自分の事を話されているのに気づいたのか?信治がこちらを向く、麻衣が信治に声をかける。
「信治!あたしの曲どう?」
信治は麻衣から目を反らして答える。
「ぼ、僕に、き、聞かれても流行りとか良くわかんないし、アニソンとかじゃないと乗れないし…リア充な曲に興味ないというか?僕に感想を聞かなくても良いんじゃないというか…」
信治は麻衣みたいなタイプがかなり苦手のようだ。麻衣が少しムッとしたような表情に変わり、麻衣が信治に声をかける。
「こっちの世界なら関係ないから、あなたのリクエストに答えてあげる!あっちじゃ事務所とかうるさかったからね!信治!あたしの歌を聞きなさい!」
麻衣はその場で、あっちの方の銀河な妖精さんみたいな発言をして、その妖精さんの歌を歌い始める。信治は最初は無視して、食事をしていたが、途中で手が止まり聞き惚れる。麻衣は歌い終わると信治のところに来て再度信治に尋ねる。
「これで、あたしの歌があなたにも届いたかしら?」
「人気な曲歌ったってコアな僕にはね。いるんだよね~たいしてアニメ好きじゃないのに、市民権得たアニメとか、ハリウッドで映画化して『全米が熱狂』とか聞くと受け入れちゃう人…」
信治は素直でない、意味のわからないオタクのプライドみたいなものを語り始めたので、葵が信治を諭すように言う。
「信治さ、せっかく、麻衣が歌ってくれたんだ。ありがとうくらい言えよ!麻衣も気を悪くするなよ、信治はこじらせてるからさ、けっこう信治も聞き入っていたからさ!」
麻衣は少しムッとしていたが、深呼吸するように息を深く吸いはいてから返答した。
「べ、別に気にしないわ!せっかくサービスしてあげたのに!あたしがアニソン歌うの滅多にしないんだから!ありがたがりなさい!」
麻衣は、そう言って葵達のテーブルへ座り食事を注文している。葵は麻衣がそのうち信治にキレるんじゃないかと肝を冷やすのであった。
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