86-幻流水精励術
全体に線が白く細く長い手足が延び、可憐という言葉が良く似合う、戦場であるこの場には、似合わないたたずまいをしている。しかし、彼女は屈強な冒険者の男達に囲まれても、おびえるどころか相手にしようとしている。海から流れる潮風が彼女の濃い青いストレートの髪をサラサラとなびかせる。彼女はその髪をかき分け右耳に指でかける。隙と判断した冒険者の男の1人が飛びかかる。
「顔がいいからって調子になるなよ!女!」
男の拳が彼女の腹部を捉え、手加減無しの拳が確実に入ると思われたその瞬間、何が起きたかわからないが、男が腕をひねられて悲痛の悲鳴をあげている。
「イテ、テテ…」
「開戦前に、怪我したら意味がないじゃないか?気を失うだけにしておいてやる」
彼女は手刀で男を無力化する。彼女に2人も仲間が倒された冒険者の男達が感情的に襲いかかる。
「このあま~」
「もう、手加減しねーからな!」
「その程度の自制心で、この戦いに挑むなど呆れるな!街に帰って、その辺りゴブリンでも駆除していろ!」
「生意気なこと言えない様にしてやる!」
男たちは武器をかまえはじめる。マノーリアが葵に声をかける。
「葵くんそろそろ止めよう、彼女強いけど…」
「そうだね」
ふたりは、野次馬をかき分け前に出て、声をかけようとしたら、先に彼女が気がつき制止の声がふたりに投げられる。
「騎士殿止めるな!無用だ!ここでやめれば、彼らに言い訳を許す!」
「ふざけやがって!」
男が剣を振りかぶり、彼女の左肩に入ると思った瞬間、男は剣を落として腹を抱えてしゃがみこんでいる。彼女はいつの間にか刀身が反り返った青竜刀のような短刀を手にして立っている。思わず葵は声が漏れる。
「何が起きてる?魔法か?」
「わたしにもわからない、さっき肩口に剣が入っていたわよね……? 」
マノーリアも何が起きているなかわからないようで、驚いている。他の3人もまとめて剣で斬りかかったが、3人も同様に倒れている。彼らも彼女に斬りかかった瞬間に、彼女が何かしらの攻撃を行い、冒険者達は倒れているのだ。近くにいた騎士達が男達を冒険者組合の夜営テントへ連行する。彼女が葵とマノーリアのところへやってきた。
「先程は失礼しました。わたしは、オーシャンガーディアン海洋国 海上騎士団 騎士長のリプレス・カトラスです。お見知りおきを」
「リプレス騎士長、はじめまして、ロスビナス皇国 騎士団 騎士長 守星調査隊 如月マノーリアです」
「はじめまして、ロスビナス皇国 騎士団 特務騎士 守星調査隊 神無月葵です」
「皇国守星調査隊の方…… 国を守っていただいてありがとうございます。お会いできて光栄です。如月騎士長と神無月特務騎士殿」
「わたし達の事を?」
「もちろんですよ、特におふたりは眷属神デイト・ア・ボット様の加護と助力を得た方として、我が国でもしれ渡っておりますよ」
葵は、やっぱり公表してほしくなかったなぁと考えていると、マノーリアがカトラスに尋ねる。
「リプレス騎士長、伺っても?」
「はい、なんなりと」
「先程、冒険者との立合いの時のあれは魔法とか海洋人種の方特有の術ですか?」
「あれは、わたし達の武術、幻流水精励術といいます」
カトラスは海洋人種である。肺呼吸とエラ呼吸ができる、良く見なければわからないがわからないが、アゴのエラ部分に呼吸口が耳の下辺りまであるが、ほとんど人種と変わりがない、あとは、髪の色が特徴的なくらいだ。濃い青い髪と瞳の色も海洋人種の特徴的と言われているが、人種も魔力の影響で似たような色になる者もいる。
「幻流水精励術?」
「はい、わたし達の武術は、自身を水である様に体を使うのです。力ではなく、体の構造で最も効果的な急所を突き、相手を屈伏させる技です」
カトラスの説明によると、基本は受け身技の多い武術で、相手が攻撃してくるところからの、受け流しや身の交わしから、攻撃体制に入ってもっとも防御体制にない相手が一番無防備であることから、発案された武術らしい、また、海洋人種は、人魚に比べると泳ぎが苦手なのと、水中での体力消費もあるので、水と一体化になるという思想で成り立っている。いろいろな型が考案され、発展したのが、現在の幻流水精励術であり、魔力を持たない海洋人種でも、他の人種でも修得可能なので、オーシャンガーディアンでは一般的な武術だ。
「一心壮傳流紫炎武術が動であれば、幻流水精励術は静と言われております」
「なるほど…確かに紫炎武術とは対極にある感じですね」
葵がそう答えると、後ろから男性の声がかかる。
「リュウシ師範!」
「葵とマノーリア、まだ、2ヶ月もたってないが、久しぶりな感じだな!それに、カトラスは本当に久しぶりだな!」
「ご無沙汰しております。リュウシ師範」
カトラスはリュウシに礼をする。葵とマノーリアが奥義紫炎を使えるようになるまでは、唯一の奥義紫炎を使えたのはリュウシただひとりであり、流派は違えど同じ武術の道を歩む者に対する敬意であろう。カトラスが尋ねる。
「リュウシ師範とおふたりもお知り合いだったのですね?」
「知り合いも何も紫炎武術を直接教えていただきました。後、眷属神の試練にも同行してもらいましたよ」
「たった、5日程度だったがな、カトラス、ふたりは奥義紫炎を使える者たちだ」
カトラスが目を丸くして驚く。どちらかというとクールな印象のカトラスだったが、その驚き様に可愛さを感じる。歳も葵達と変わらない様子だ。
「おふたりが奥義紫炎を…し、しかも5日で…」
マノーリアが補足する。
「わたしの魔力が紫炎との適性が高いそうです。そして、彼はわたしの魔力を提供して、彼も覚醒したので、短期間で修得できたのですよ」
カトラスはマノーリアの紫の瞳と髪色を見て確かに稀な色であると納得する。4人で会話をしていると咲きが葵とマノーリアを見つけて近寄って来る。
「あおーいさーん、マニーさーん! 探しましたよー! 環さんが各国の幹部が集まったから、ミーティングをするので来て下さいとのことです」
「うちの神殿長がついたのであろう」
「では、みなさんで行きましょうか」
葵達は本陣仮設テントへ向かうのであった。
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