79-人魚姫と歌姫
この部屋に閉じ込められて既に3週目となる。既に尾ひれを足に変える気力などない、水槽に浸かり気分を紛らわしているが常にだるく食欲もない。アネモネは深くため息をついて、独り言をはく。
「人種の人には、この水槽の水の濁りは感じないのかしら? 何故、元老院議長はこんなことをするのかしら? 多くの国民を惑わすようなこと…… 」
海洋人種は魔力を待たない、エルフ同様に、眷属神が創造した人種だからだ。魔法同等の力を水流術という水分に住む精霊から力を借りて使用する。しかし、水質が落ちると精霊が消えてしまう。アネモネのいる部屋の水槽は、既に精霊は消えている為に、アネモネは回復術を使えなくなっている。
「コホン、コホン、嫌な咳…… もうこんな生活…… 」
アネモネが自身のおかれている状況を嘆いていると部屋のドアが開く、少し騒がしい人種の女性が入ってくる。何か警護の兵ともめているようだ。
「なんで、アマナと会わせてくれないのよ! ちゃんと保護してくれるんじゃないの! 」
「良いから部屋に入れ! 」
「あたしはMAIよ! 世界中であたしの歌を待ってる人がいるのよ! 」
「わかった! わかった! ほら荷物だ! 」
兵士はその女性に荷物をわたしたすきに、女性を部屋に押し込みドアを締める。
「ちょっと! こんなことしてただで済むと思ってるの! 訴訟問題よ! たくっ! 文明レベルが低いわね!」
その女性が荷物をソファに投げるように置き椅子にどっかと座り、天井を眺めている。アネモネはその女性に興味が出て一番近くに寄る。水の音に気がついたのか、こちらを見る。
「誰? 」
「こんにちは、わたしはアネモネ、あなたは? 」
「に、人魚? あ、あたしは霜月麻衣よ麻衣って呼んで」
「麻衣ね、お願いがあるんだけど…… 」
「アネモネさんだっけ…… 何? 」
「ヒールかけてもらえる? 」
「ヒール……? あ、もしかして魔法? 」
「そう」
「ごめん、あたし魔法使えないの」
「えっ? 」
「日本人だからって言えば納得する? 」
「日本人…… 異世界からの転移者…… は、はじめまして」
「あたしも、本物の人魚は初めてよ! 」
「コホン、コホン…… 」
「大丈夫? 体調悪いの? もう、最悪ね、この国は! 」
「そんな事ないのよ! とても素晴らしい国…… コホン…… 海が綺麗で…… 人々もおおらかな人が多いし…… 少し元老院議長が間違ってるだけ…… コホン…… ところで」
アネモネはソファにある弦楽器を指差してにこりと笑う
「麻衣は歌が上手なの? 」
「まぁ、プロだからね! 」
「プロ? 」
「歌手ってこと! 人魚も歌はやっぱり好きなんでしょ? 」
「うん! 一緒に歌いましょ! 」
「うん! 」
麻衣とアネモネは、お互いの歌を披露して、ふたりともあ互いの歌に感動する。麻衣がアネモネの歌を聴いて呟く。
「人の歌を聴いて、感動するの久しぶり! 子供の時以来だわ! アネモネもっと歌って! 」
「次は、麻衣の番よ! 」
「そうだった! じゃ次は、ちょっと切ないラブソング歌おうかな? 」
「聴きたい! 」
ふたりは歌っている間は、全て嫌なことを忘れられる。出会って間もないのに、昔からの友人のように歌で通じ合ったのだ。麻衣が兵士に伝えて水槽の水は変えてもらえなかったが、回復ポーションを食事の時に受け取り、アネモネの体力が少しだけ回復した。
「元気になって良かった~ 」
「ありがとね、麻衣」
「別に、兵士に言っただけだから」
「麻衣はどうやってここまで来たの? 」
「あたしね、一週間前くらいにね、エルフの国で保護してもらって、騎士してるアマナって娘に連れてきてもらったの。本当はロスビナス? って国行く予定が、この国の元老院議長が助けてくれるって言うからここに来たら、アマナに会わせてくれないし、この部屋から出してくれないし、アネモネはなんでここにいるの?」
「フォレストダンジョンに麻衣はいたのね。わたしは眷属神サヨリ様の代行者をしているの。サヨリ様の力を与えていただいて、神事を毎日のお勤めにしてたのだけど、元老院議長が政治的方向性を変革するのにわたしは厄介者だったみたい…… 」
アネモネは少し悲しげな表情をしてうつむく。
「あの議長やっぱり悪人だわ! 」
「そう、悪く言わないであげて、元老院議長も国を導くのに必死なのよ」
「アネモネ、誰かを傷つける幸せなんてないよ! 」
「ありがとう…… 麻衣。わたし少し元気が出てきた。ちょっと待ってね」
アネモネは、そう言って水槽の縁に腰掛け自身の下半身に手を当てる。すると尾ひれが足と変わる。アネモネは、赤い尾ひれをしていたその色はグラデーションのように肌に残っているが、正真正銘の足に変わった。
「すごい! 」
「ずっとは無理だけど、これで麻衣と隣でごはん食べたり、お話したり、歌も歌えるわね! 」
「じゃ、上がる曲歌っちゃおう! 」
「うん! 」
ふたりは、1日のほとんどの時間を歌って過ごす。まるで、会話をするように歌で心を通わせたのだ。数日がたち、兵士がドアを開けて食事を手渡された時に、小さな黒い影が、食事を受け取ろうとした麻衣の足元をすり抜けた。
「きゃっ! 」
「どうした? 」
「いや、別に…… 」
兵士は気がついていないようて、ドアが閉められて部屋の中にいたのは黒猫だった。
「黒猫? 」
すると、黒猫から男性の声でふたりにしゃべりかける。
「オレは、守星連盟の諜報部所属のハリーだ。アネモネ姫それと日本人の麻衣って娘がいるかい? 」
「はい、あたしです」
「もう、しばらく待っててくれ! アマナも一緒だ」
それだけ言って声が消える。
「こっちの猫は喋るの? 」
「猫? ミニチュアサーベルに似てるけど、この子はたぶん支獣って生き物よ、わたしも見るのは初めてだけど」
「支獣? 」
「皇国の皇女様が人の精神とかで作れるんですって、皇国の騎士の方々の一部の人しか連れていないと聞くわ、コホン、コホン…… 」
「アネモネ平気? 」
「大丈夫! 」
ダニーがアネモネの側に行きヒールをかける。アネモネの体調が回復するものの、完治はしていない。アネモネは、1ヶ月近い軟禁生活を強いられたことによって、人魚特有の病気を発症しているが、それに気がつける者はここにはいない。アネモネの命の灯火が消える前に葵達は、救出はできるのだろうか…
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