540-信じること
数珠繋ぎの魔艇後方で爆煙が西側の戦場からも見える。距離にして数キロ先での戦闘によるものだろう魔艇への直接攻撃なのか、それとも魔艇を防衛する魔族に対する攻撃なのかまでは不明だが、魔族たち行動をみれば後方が突破口を開いたのは間違いないだろう。ワァプラをはじめS級とされる邪神軍幹部が下がり、西側の戦場は、上位、中位魔族の軍勢に入れ代わった。騎士や兵と上位冒険者の猛者が主体の部隊でも対応できると判断した白檀は一度守星調査隊を下げさせた。
「マニーの容態はどうだ? 」
「傷は癒えており、呪いを含め精神汚染などの心配もありません。今は眠っているのでそっとしておきましょう」
白檀がマノーリアの横たわる簡易ベットのそばに来て環へと訪ねると環がマノーリアの頭を軽く撫でながら返答する。マノーリアのそばにはロゼッタと花もおり、治療師のふたりも環に同意するようにコクりと頷いたので、白檀も頷いて声を出すことなく外へと出ると、他の皆も前線を各部隊に引き継ぎができたようで下がってこれたようだ。梔子が白檀へと声をかける。
「マニーが負傷したって大丈夫? 」
「ああ問題ない治療も済んだから意味は寝かしている」
「良かったぁ」
梔子は白檀の言葉を聞いて深く安堵した様子だ。
「みんなもご苦労だった。少しの時間になるが休んでくれ」
「団長葵の捜索はしないの? 」
麻衣が皆への指示を手短に済ませようとした白檀へと尋ねると、白檀は一度目を伏せてから改めて口を開いた。
「まずはこの一帯の魔族を退けてからになる。今はS級の魔族があちらの都合で後方に引いたからオレたちも下がれただけだ。今は葵の捜索に人を割くことはできない…… なに、心配するなって葵なら大丈夫だ」
「でも…… 」
麻衣も白檀の言っていることは理解できるが、葵の安否は楽観できるものでもない。白檀も根拠のないことを言っている自覚はある。葵と共に谷へと落ちたのは新たに復活した四面魔神のひとりだ。サタナキア同等の強者と思って良いだろう。今度は信治が白檀に尋ねる。
「僕たちじゃなくても誰か行ってもらうとかできないんですか? 」
「葵だけじゃなく、サタナキア同等の四面魔神が一緒にいる可能性があるから、一般の兵士の人たちじゃ危険なんだよ。今はみんな我慢して…… 」
梔子が白檀を援護するように口を開いた。梔子も騎士団の幹部として皆を説得する。梔子も心情としては麻衣や信治と同じなのだとその表情から受け取れた。白檀が改めて皆に声をかける。
「今は食事と少しでも休め…… オレたちは前線を下げるわけにいかないんだ。それは理解してくれ…… 」
白檀の性格を考えれば葵を助けに行くと言ってもおかしくない。もし、守星調査隊だけでの行動であればそうしていたのかもしれないが、この戦場において守星調査隊への課せられた期待は大きい。麻衣や信治は納得できないものの白檀の指示にしたがった。皆は結界内に作られた簡易の休憩所で食事を取ることにした。
「東側にサタナキアたちは移動したみたいだけど、デイト様たち大丈夫かな? 」
萌が誰とはなしに口を開き梔子がそれに返答する。
「魔艇付近まで攻撃をしかけられてるってことは、南北の部隊が合流できている証拠だよ。こっち戦場よりも順調にいったんじゃないかな。デイト様たちがS級相手にしてくれている間にこっちも前線を引き上げないとね…… 」
梔子も推測でしかないが心配を助長するような発言をする必要はないが、皆も疲れているからかいつものような話題を提供できる者がいない。そこへ白檀とアイと環それに花が合流するとアイが皆の様子を見て口を開く。
「あらあらみんな湿った雰囲気出してるわね~ 」
その場の雰囲気を変えようとしていた梔子にとっては援軍は助かる。
「アイさん」
「マニーちゃんは大丈夫なんだし、葵ちゃんはあの葵ちゃんよ心配するよりも信じて待つのよ。それしかないが戦場よ。それ以外できないならささっと終わらせて葵ちゃん探しにいくわよ。環ちゃん精神高揚をみんなにかけた方が良いわね」
アイは諭すと言うよりも押しきるように言い放った。麻衣はむしろアイの率直な言葉に吹っ切れたようだった。
「そうね。アイさんの言うとおりよね。こんな時にいつもなら葵がバカなこと言ってるのってけっこう助かっていたのね。アイツはフツーとか言いそうだけど…… 」
「さっさと終わらせよ!」
「葵くんなら大丈夫! 」
みんなが口々に前を向けるように鼓舞する。環が皆に声をかける。
「この様子なら精神安定は不要そうですね」
葵の安否は気がかりだが、皆は前を向くことにした。そうすることが葵捜索への近道であると信じることにした。
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