482-束の間のデート
休息と準備の為に葵たちは束の間の休みをもらえることとなった。しかし、休みと言っても1日あるかないかだ。基本的には食事だけでなく、備品や日用品も支給される。最低限自分で用意しなければならない物は限られている。ミーティングが終了し、少ない余暇を皆がどうするかと話している中で、葵は前髪をつまみ、そのまま伸ばして長さを確認する。
「どうしたの? 葵くん」
マノーリアが葵に歩み寄り声をかける。葵はつまんだ前髪を離してマノーリアを見上げ返答する。
「いや、ロスビナスシティ出る時に髪切っておけば良かったかなって、なんとなくタイミング逃した的な? 」
「バタバタしてたしね」
「案外無頓着よね。葵は」
「そうか? 」
麻衣が葵とマノーリアの会話に加わり葵に声をかける。葵は気になり出してしまった前髪が煩わしいのか、視点は近距離の前髪に向け寄り目になりながら麻衣に返答する。それ以上に葵が気になる事を思い出したが、今まで聞くほどでもないと思っていたが、せっかく髪の話になったので葵は視線を麻衣に向けて直し改めて麻衣に尋ねる。
「そういや、麻衣ってこっちに来ても髪染めてるの? 」
「あ~ これ? 」
麻衣は髪の毛先をつまみ葵に見せながら尋ね返した。葵がそうそうと小さく頷くと麻衣が笑いながら答える。
「あたしの髪色がこっちだっとこの色になったみたいね。このくらいの長さになるとこの色に変わるのよ。だから染める必要もないのよね。そもそもこっちの茶色も地毛じゃないしね」
「あー やっぱ麻衣も地毛は黒なのか? 」
「そりゃそうよ。里菜ほど綺麗な黒髪ではかったけど、当然黒髪よ! 」
里菜は転移者の最年少ということもあり、最も幼い容姿をしている。まだ髪を染めるといった事はしていなかったのだろう、日本人らしい美しい黒髪だ。萌も黒髪とは言えない程度には深い茶色の髪色だ。麻衣はエルフたちが日本人転移者と思わなかった程度に髪色が明るく、茶色と言っても、金髪ではないが、黄土色に近い茶色で、毛先に向かってグラデーションのように赤毛になっており毛先はピンクに近い赤になっている。麻衣の言うとおり、染めているような毛色でなく自然で違和感がない。転移前の髪色がこちらに来てそのままの地毛となったようだ。
「髪を切りに行くのはかまわないけど、次いつ休みになるかわからないから、マニーとの時間つくりなさいよ! マニーも今日は葵にたっぷり甘えなさい! 」
「麻衣さん…… 」
「それは考えていたけどね」
麻衣が葵に釘を刺すように言うとマノーリアは頬を赤く染めているが、葵はそのつもりだったようで平然と返す。麻衣はそのまま手を振って梔子たちのもとへ合流し、皆が生暖かい目で、葵とマノーリアを見て部屋を出ていく、皆もふたりだけにとの配慮のようだ。葵が軽く息を吐いて席を立ってマノーリアに声をかける。
「じゃ せっかくのご厚意だからデートしよっか! 」
「デっ!? ……… ト…… 」
だいぶ慣れていたはずのマノーリアが、みんなの好意と久しぶりのデートの言葉に声がうわずって失敗したようだ。少しうつむきコクりと頷き、葵とマノーリアは城塞都市シルドビナスの街へと繰り出した。
葵の髪を切り、買い物をし、ランチをしてわずかなふたりだけの時間を満喫するが、普通のデートとはいかないのは仕方がない、何かあればすぐに対応できるように、ふたりとも戦闘服である魔装衣を着用し武器も装備している。さすがにマノーリアは薙刀でなくレイピアを装備している。葵とマノーリアは、ひとしきり街を散策したので、海と街並みが一望できる海岸沿いの城壁へと上がった。防衛強化のために更に海側に防壁をつくったが、この場所は防衛目的ではなく観光用に防壁を延伸させた場所なので、兵士や騎士はおらず市民たちの姿が多い。海から流れてくる湿った暖かい風がシルドビナスの初夏が来たことを伝える季節風だ。その風がマノーリアの髪を揺らす。マノーリアは、前髪の脇から垂らす触覚のような髪が顔にかからないよう指で好きながら、風を感じて思わず声が漏れる。
「ロスビナスシティでは感じられない風ね」
「魔族と戦っている間にもう夏か~ ロスビナスシティはあまり湿度ないもんな」
「そうね。ロスビナスシティ周辺は山脈からの乾いた風がこの時季に吹くからね」
シルドビナスの北西に位置し、内陸にあるロスビナスシティは、シルドビナスとは真逆の季節風によって大陸を縦断する山脈からの風が吹くことによって、湿度が低い夏となる。マノーリアが何か思い出したようで軽く大きな瞳を更に開いて葵に声をかける。
「そう言えば去年の夏はみんなで海で遊んだわね」
「あー あったねそんな事」
葵は白檀と女性陣の水着姿を堪能する為に画策したことを皆にばれた記憶しかないので話を広げてほしくない。
「みんなで楽しむのもいいけど…… 」
マノーリアがそう言って葵の手を握り指を絡める。常に一緒にいるマノーリアだが、デートらしいデートができていない現状はこの世界でも普通ではないと葵は思う。マノーリアは騎士団騎士長の要職をこの若さでこなしている。それは梔子にも言えることだが、魔族がいなければもう少し肩の荷を下ろせたのではないかと思う。葵は正義の為に戦うのでなく、この世界で助けられた皆のために戦うことを決めた。魔族がなぜこの星を滅ぼすことをするのかはしらないが、それはどんな理由があっても、許容できる話ではないのは葵も理解している。葵が魔族を倒す理由はなんでも良かったが、マノーリアとのデート回数が少ないことや普通のカップルのような日常が送れないことを八つ当たりだとわかっていながらも、魔族のせいだと変換し、葵はマノーリアに返答する。
「そうだな。一緒にいるのに一緒でいれないものな。魔族を必ず倒してフツーに生活したいよな」
「うん…… 」
「そだ! マニー手を出して」
「えっ…… 」
「さっきマニーに似合うと思って」
「ありがとう」
葵は買い物途中に見つけた髪飾りをマノーリアに手渡す。葵としては今日マノーリアに伝えようと思った思いがあったが、これから決戦に向かう時に伝えると死亡フラグになる気がしたので先送りにした。けしてヘタれなわけではないと自分にも言い聞かせたのは葵だけの秘め事だ。
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