398-加護を授かった者の家族
「マニーは、前回来た時の謎の迷宮はあの後どうなったか聞いてる? 」
麻衣が話題を変えるようにマノーリアに声をかけた。ナズナの父親の話題もいい加減本人に申し訳ないとおもったようだ。マノーリアは首を横に振り口を開く。
「まったく情報ないわ、いきなり数日後扉が消えたそうよ。間違って扉を着けたって言っていたし修正したって事なんだろうけど」
「アルトがそんな事言っていたわね」
「本来であれば俺たちとアルトたちが遭遇することはなかったんだろうからな」
麻衣と葵が以前マジックシルクシティに来た時の出来事を思いだし言葉を返した。アルトとは謎の扉がマジックシルクシティの近くに現れたことで守星調査隊に調査依頼があり、葵たちが訪れた際に出会った青年のアルトノエルの事である。アルトはまた別の異世界に精神だけが転移した日本人サラリーマンであった。アルトたちの世界では冒険者のトレーニングの為に転移ダンジョンが商売として成り立っており、アルトは転移ダンジョンを経営する冒険者組合の社員だった。アルトは現地人とのトラブル回避の為に、葵たちに事情を説明する為に接触したつもりが、葵や麻衣が日本人であったことにより、話の内容は、元の世界に戻れるかどうかという話題がほとんどであった。
「もう一度くらいアルトに会いたかったよな? 」
葵が麻衣に含みのある声音で声をかける。
「葵は何を期待しているのかしら? 」
「別に新たに情報共有できればと…… 」
葵は素っ気ない麻衣の態度に期待はずれかと当たり障りのない返答で返す。葵が知る限り麻衣がこの世界に来てから、異性に対して照れるような態度をしたのはアルトともう一人だ。もう一人は自分で名を挙げると自意識過剰な気がするので曖昧にしておく。
「葵が思うほどあたしは見た目だけじゃ安売りしないわよ。それにアルトは別世界の人じゃない」
「じゃこの世界の男ならありえると? 」
「そうね。もとの世界に戻れそうにないし、元の世界じゃ恋愛どころじゃなかったから、この世界で情熱的な恋愛をしても良いかもしれないわね」
以前の麻衣ならこの世界で恋愛を前向きに言わなかった葵は思った。麻衣もこの世界で生きていくことの覚悟のように思えた。そこまで大袈裟なことではないのかもしれないが、葵にはそう思えた。
「マジックシルクシティが見えてきた」
梔子が窓の外に目をやってから皆に声をかける。
「ナズナのお父さんに会うのけっこう楽しみだな」
「葵お兄ちゃんどこかで時間潰していても良いよ。恥ずかしいから」
「ナズナそんなこと言うなよ。それにナズナのお父さんの工房には顔みておきたいヤツがもう一人いるからな」
「ヒロトさんですか? 」
「そうそう、ほとんど顔会わせてないからな」
ヒロトは転移者の一人だが転移後数週間で、魔装衣職人になりたいと申し出てロスビナスシティから離れ、ナズナの父親が面倒をみてくれることとなりマジックシルクシティで住み込みで修行中である。
「チャラチャラしてたけど案外真面目なようね彼」
麻衣が第一印象よりもヒロトの株を上げたのかその表情は好意的だ。
「ヒロトのあのキャラはチャラいというか、あえてそう見せている気もするけど」
葵はヒロトに最初から悪い印象のない相手だったので魔装衣職人を続けているヒロトに意外性はなかった。マノーリアがナズナに尋ねる。
「ナズナちゃんのお父様の工房はどの辺りにあるのかしら? 」
「ここが東門なのでちょうど逆になります。西門付近が職人街なので」
「確かに東門周辺は商人街のようね。お店や宿が多いわね」
「この街に訪れる人はほとんどがロスビナスシティ経由ですからね。それで東門に商人街ができたそうですよ。北側が行政区で南に魔蚕の養殖と生糸工房が多いです」
「ナズナあれは何? 」
東門から入り街中を馬車が走るとしめ縄のような巨大なミサンガのように編まれている物でいろいろな色の糸で編まれていて彩りも綺麗だ。店や民家の軒先に飾られている。ナズナが嬉しそうに答える。
「魔除けだったり、商売や家庭の繁栄を願う魔蚕の生糸で編んだマジックシルクシティ伝統の玄関飾りです」
「隣街なのにロスビナスシティには広まってないんだね」
「この街でも商人の方がやられている風習なんです。商人の方が始めたげんかつぎなのと、何年経っても色落ちや切れることのない魔蚕生糸の宣伝目的ですからね。でも、街が華やかになるのとあれを見るとマジックシルクシティに帰って来たって気持ちになります」
ナズナも数ヵ月ぶりに帰って来た故郷に嬉しそうだ。街の中央の広場を抜けて職人街に入るとナズナの言うとおり、玄関飾りをしている街並みはなくなり、建物の1階部分は店ではなく工房が軒を連ね工房からは機織りのリズミカルな音が各工房から聞こえてくる。ナズナが窓の外を指差し口を開く。
「こちらの左側5軒先の工房です」
馬車をナズナの指定する場所に止めて皆が馬車からおりる。工房中には数人の職人が機織りを行っている姿が見え奥を覗くとヒロトが機織りの前に座り、その横に40代の男性が何か指示をしている。ナズナが工房内に入ると
ベテランの職人たちが、かけよりナズナに声をかける。
「あら~ ナズナちゃんお帰り」
「また立派になった感じだな」
「立派というよりべっぴんさんになったよ! うちの息子と結婚させたいくらいだ」
「みなさんもお元気そうで父がお世話になってます」
「何他人行儀な事を言うんだい」
「ところで後ろの人たちは? 」
「守星調査隊のみなさんですよ。マノーリア騎士長に梔子斥候隊長と葵特務騎士と麻衣さんは騎士じゃないですね歌姫です」
ベテランの職人たちも葵たちの名は知っているようで一度驚く表情を見せた後で肩や背中をポンポンと葵も叩かれる。花道の力士の気持ちがなんとなくわかった気がするとどうでも良いことを考えるがやはり、葵が転移する前から騎士団の広告塔であるマノーリアと梔子の認知度は圧倒的だ拝んでいるおばあちゃん職人までいる。
「みなさんこんなところに足を運んでいただいてありがとうございます。ナズナ応接室へみなさんを案内しないか」
「ちーっす! みんな元気そうじゃん! 」
「ヒロトもな! 」
「ナズナさんのお父様お初にお目にかかります。騎士長の如月マノーリアです。今日はご報告と皇女と団長から口外解除をお伝えしに参りました。是非みなさんにもお聞きいただければと思います」
マノーリアがナズナの父親に声をかけると父親がカラダを硬直させてナズナに目を向ける。マノーリアがナズナに促すとナズナがコクりと頷き口を開く。
「お父さんみなさんこの度、植物創成の神である眷属神エーテル様の加護を授かる事ができました。簡単ですがご報告致します」
父親は知っていたものの本当に娘が加護を授かるとは信じられない様子でわなわなと震えている。ベテラン職人たちも今度はナズナを拝みはじめている。のんきなのはそれを聞いてベテラン職人の行動に苦笑するヒロトだけだ。そのヒロトが口を開く。
「親方~ ここは震えるだけじゃなくてナズナっちに渡すもんあるんじゃないですかね~ 加護持ちって葵とかと一緒ってことっしょ? 」
ヒロトの言葉にナズナの父親がドタドタと奥の部屋に走り去り戻ってくる。戻って来た父親のてには紙に包まれた魔装衣が入っている。父親は目に涙を潤ませてそれをナズナに手渡し声をかける。
「ナズナ眷属神様の加護を大切に人の為この星のために力を尽くしなさい。新しい魔装衣だ今の物よりも更に丈夫に仕立てた。お前の身を守ってくれるはずだ。みなさんナズナの事をよろしくお願いいたします」
ナズナの父親が皆に頭を下げる。マノーリアに習い葵たちも頭を下げ返す。今まで加護を授かる者が葵たちだったからこういった加護を授かった者との家族との交流がなかった分新鮮だ。ナズナの母親や兄弟も工房に集まり、涙ながらにナズナが加護を授かった事を喜んでいるようだ。やはり眷属神の加護授かる事の重みはこの世界の人たちにとってかなりの重役なのだと葵は再認識するのであった。
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