38-決断
他者からみれば大したことではないのかもしれない、しかし、今まで人との関わりをできる限り避けてきた信治にとっては、大きな一歩だろう。本人としては、自身のいろいろな心情を乗り越えての行動なのだろうと葵は思う。だからこそ、本人の思いを聞くことにした。日本で旅に出るのとは、事情が違いすぎるからだ。観光をするのではなく、互いに命を預けることになる。
「信治、どうしてそう思えるようになったか教えてもらえるか?」
信治は葵の方を向いて強い眼光で自身の決心を皆の前で話す。
「さっき、如月さんに葵くんの事で怒られたし、葵くんにもとりあえず何かやったらって言われて…でも、やっぱり、フツーの事をやるのはなんか違うって言うか…そしたら、柊さんに葵くん達が3週間後に旅に出るって聞いて、なんか置いてきぼりになった気がして…だ、だから、僕も一緒に…」
「日本で観光地に旅行に行くわけではないことはわかっているよな?信治の命も一緒に行くみんなの命もお互い預けることになる。」
「わかってる!足手まといになるのも、お荷物になるのも!けど、じ、自分を変えたいんだ!お、お願いします!」
信治は深々と頭を下げる。葵は、信治の気持ちはなんとなくわかるが、信治の決断が通るかはまったく別の話だと思う。環も同様なのか困った表情で柊に尋ねる。
「信治さんのお気持ちはわかりました。柊さんあなたにお尋ねします。何故、信治さんに旅の事を?」
環の質問ももっともだ、何故、柊は旅の事を信治に話したのか、話さなければ知らずにことはすんだ。しかし、後で知れば、信治はそれはそれで疎外感を勝手に感じる可能性はあると葵は思った。柊が一歩前に出て返答する。
「環様、確かに信治さんにお伝えするべきでないと、一度はわたしも考えましたが、もし、神無月さんが旅に出ることを後で知れば、信治さんの心情は今よりも大きく傷つくと判断致しました。信治さんには旅の同行が許可されないことも、先程お伝えしております。もし、信治さんの旅の同行が許可されるのであれば、わたしも同行させていただきます。環様も旅に同行されますので、わたしが同行するのは問題ないかと思います。環様と共に信治さんの護衛もわたしが行います。日本人の方達の自立を支援するのは、環様も優先事項のはずです。信治さん以外の方は、ご自身で自立に向けた決断をされて行動されています。今、もっとも支援必要なのは信治さんですし、神無月さんも御一緒でしたら、文化の違いで理解に苦しむような事態があっても、神無月さんにも助言をいただけると思います。」
環がデイトに助けを求める。
「デイト様はどう思われますか?」
デイトが信治を見る。信治は少女の姿のデイトを見て目を反らす。
「本人の志願であれば同行を認めて良いのではないでしょうか。安全の保障がないことも本人が自覚されてますし、ただ、出発までに基礎体力向上の為にトレーニングは、された方が良いかと思います。」
「では、出発の日までの体力づくりの訓練、最低限の護身術と剣の扱いをしてください。信治さんできますか?」
「やります!死ぬ気でやります!」
「柊さんお願いします。マニーちゃん、クーちゃん、葵さんも交流も含めて明日より半日はお付き合いお願いします。」
「わかりました。」
葵が環に尋ねる。
「環さん、俺、信治が一緒に旅に出るなら、信治のいる施設の部屋に移って良いですか?そうすれば少しはお互い腹も割って話しができるだろうし」
「それは、構いませんが、葵さんは近衛騎士宿舎の部屋をご用意しようと思っていましたが…」
「近衛騎士隊は一時的な配属なら、転移者の施設で俺は構わないですよ。よろしくな信治!」
「あ、うん、よ、よろしく」
信治は葵と目を合わせず、下を向き返事をしたが、なんとなく嬉しそうな表情をしたように葵には思えた。葵がデイトに尋ねる。
「デイト様、信治に加護を与えるのはたぶん難しいと思うのですが、俺みたいに魔力を取り込めるようにはできないんですか?直哉さんのブレスレットも予備あるし」
葵の妙案に梔子がポン手を叩き口を開く。
「ナイスアイデア!葵頭良い!信治が魔法をある程度使えれば多少護衛も楽になるしね。」
デイトがマノーリアを見る。
「デイト様やっぱりわたしですか?」
「神無月さんと文月さんはひとつ重要な事を失念しています。魔力を分け与えられるのは、マルチパープルの魔力のみです。しかも、最低限テスト接続かプラグインが必要です」
葵と梔子が額に手を当て上を向く
「そーだった~!さすがにそれは無理だ!」
「無理だよね~それはいくらなんでもマニーに好きでもない人にしろとは言えないよね~」
マノーリアが顔真っ赤にしてあわせて口を開く
「絶対に無理!葵くんだからできたけど、誰にでもしてたら、わたしが変態みたいです!」
デイトが考えるような素振りをして小首を傾げながらフリーズしたように固まる。葵がデイトに声をかける。
「デイト様、デイト様!」
デイトが再起動したようにまばたきを数回して我に返る。
「他に方法がないか、検索していました。如月さんが長月さんと接続しなくても良い方法がありました。しかし、かなりの魔力量を使用するので、体調を万全にした方が良いのと、最終的にどなたかが長月さんとテスト接続が必要ですけど」
「どうすれば、信治が魔力取り込めるようになるんですか?」
「まず、如月さんのマルチパープルの魔力を環さんのディープマジックトレースビナススキルで環さんが預かり、デバイスに流し込みます。環さんは女神の代行者なので異性との接続が禁忌となるので、わたしがディストリビューションマジックで代行者に一時的に分け与え、長月さんに魔力を流し込めるようにします。これにより魔力を使用できるようになりますが、如月さんから直接でない為に代行者の魔法資質のみに限定されます。どなたが代行者になりますか?」
誰かが信治とテスト接続、要するに最低限キスをしなければならない。マノーリア同様に梔子もうら若き乙女好きでもない男とキスをするのは抵抗がある。すると柊が名乗り出る。
「わたしが信治さんに口づけをします。わたしが信治さんに旅の話をしたわけですから、これも職務です。」
環が柊に尋ねる。
「柊さん、あなたも女性です。信治さんにそのような行為をする事を強要はいたしません。職務の域を越えている行為ですので、良く考えてください。」
「環様、わたしは問題ありません。この行為で信治さんがこの世界で少しでも生きやすくなるなら、わたしはお手伝いがしたいのです」
「わかりました。決意は固いようですね」
準備が整いデイトが流れを再度確認する。
「環さんと如月さんは魔力を使いきる事になり、気を失うと思います。ゆっくりお休み下さい」
「わかりました」
「いつでも大丈夫です」
環がディープマジックトレースビナススキルを使い、マノーリアの魔力を回収し、信治の着けたブレスレットへと流し込む。環とマノーリアは、そこへ倒れ込み葵と梔子がふたりをソファで休ませる。デイトがディストリビュージョンマジックを柊にかけて、柊が信治に口づけをする。
柊は信治よりも5センチほど身長が高い、しかも柊は実年齢は22歳らしいが、もう少し上に見える大人の雰囲気のある女性だ、切れ長の目に姿勢良く真面目そうな美人に、おそらくいや間違いなくファーストキスを奪われた信治は、手のやり場に困っているのか、両手をグーパーを繰り返している。しかも、濃厚なキスを柊はしている。信治には数ステップとばした行為だ。梔子は見てて恥ずかしいのか、手で顔を覆っているが、指の隙から見ているお約束をしている。
「これで、一歩階段進めましたね。」
まるで、お姉さんがこれからもいろいろ教えてあげる的な発言だが、おそらくこの世界での一歩の事だろうと葵は思考をリセットする。デイトが信治に脳内に浮かぶ魔法を顕現させるように指示する。
「マジックペネトレイト!」
信治は柊お姉さんの濃厚なキスにより魔法を体内に取り込めるようになった。
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冬童話2021投稿用に、連載中のSTRAIN HOLEの世界とキャラクターを使用して短編を書いてみました。
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