37-始動
大社に戻る前に中央の大樹を見に行くことにした。今は、青々と葉を繁らせている。大樹の下には広場があり憩の場となっている。
「近くで見るとやっぱりでかいな…」
「満開の花を咲かせた時もとても美しいわよ」
梔子が近くの出店の主人と話して戻って来る。手には紙に包まれた物を抱えて
「やっぱ、ここ来たらこれ食べないとね~」
「クーありがとう、わたしも食べたかったの!葵くん甘いの平気よね?」
「うん、好きだよ。ありがとクー!これは?」
「ここの名物の花木蓮焼!」
紙の包みの中には、白焼のパンケーキのような生地に紫色のあんと黄色のあんが挟まれ、メープルシロップのようなシロップがかけられている。クレープのように巻かれていて、木蓮の花を模しているのだろう。葵はかぷりと頬張る。
「うまっ!」
食べてみると、紫色のあんは小豆のあんこと近い味で、黄色のあんはさつまいものような味がした。3人は近くに腰かけ大樹を見ながら、花木蓮焼を食べる。梔子が葵に尋ねる。
「さっき、葵は良く怒らなかったわね?ムカつかなかった?」
「そりゃ~頭にきたけど、言って聞くタイプでもないだろうし、結局、本人の問題だから、ずっとあのままか、自分を変えたいか…」
「信治は変われるかな?」
「別に良いんだよ変わらなくて…ただ、今の自分を認めることと、社会の中で自分が1人で生きてる訳じゃない事に気がつければ…きっかけは人それぞれだからね。何か信治が変わろうと思えば、おのずとまわりとのつきあい方も変わるでしょ?今のままを選べば、こっから先、好転しないのは、信治が一番わかっていると思うよ」
葵は食べていた花木蓮焼を口の中に押し込んで包みを丸める。今度はマノーリアが葵に尋ねる。
「葵くんにも信治くんみたいな頃があったの?私たちの世界と葵くん達の世界は少し違うようだから…あまり信治くんみたいな人とは接したことがないのよね…」
「まぁ~、信治みたいな鬱屈した感じじゃあないけどね。調子に乗ってた頃はあったよなぁ、で挫折して~みたいなやつ。」
俺のことは良いんだよと言って歩き始める。マノーリアは、おそらく剣道という剣術のことなんだろうと思った。葵は剣の稽古や訓練もハードとは言いながら、あまりに辛そうにはしていない、むしろ楽しそうにも見える。そんな葵が半端な理由で剣術を学ぶのを辞めたようには思えなかったからだ。3人は大社に戻り環に転移者の3人との面会の報告をする。環が少し呆れた感じで言葉を返す。
「葵さんでも、信治さんは難しいのですね?」
「まぁ~、信治は元々の性格というか日本での生活でも人づきあいには、おそらく苦労していたと思いますよ…」
「葵さんは、保護期間中に、どのようなことをしてあげれば、信治さんにとって自立支援になりますか?」
「そうだな~本人が挫折しない程度にいろいろやらせてみて、本人が興味持ったものからやらせるとかかなぁ?少しずつ、社会に馴染ませるとかですかね?本人から人と会うのは避けたがるだろうし、こちらの文化を覚えてもらうことを理由にいろんな人との交流はして良いと思いますよ。話した感じでは、今、自分達に起きていることは、現実としては認識しているので、異世界に来たからでなく、本人の性格の問題ですからね。いろいろ経験したら、何かしてみようとは思うと思いますよ。」
「そうですか、では、柊さんにも伝えておきましょう」
信治の自立支援の話をしているとデイトとあざみが部屋に入ってくる。
「ただいま戻りました。」
「デイト様お帰りなさい」
「デイト様とあざみさんはどちらに行かれていたんですか?」
マノーリアがふたりに尋ねる。あざみが返答する。
「わたしは今日神殿に戻りますので、こちらの神殿の神官にご挨拶とデイト様がこちらに滞在する旨を伝えてきたのです。」
「もう、戻られちゃんうんですね」
「ええ、デイト様がこちらに滞在されるとは言え、神殿を守るのもわたしのお役目ですから」
あざみが別れを告げてデイトの力で霊峰神殿へと帰っていった。デイトが戻って来るとデイトが小首を傾げる。その姿に環が尋ねる。
「デイト様どうかされましたか?」
「わたしのセンサーエラーとは思われるにですが、この街に来ると魔族の気配を感じるのですが…確証がないのです。」
「魔族の気配…ですか?警戒した方がよろしいでしょうか?」
「はっきりと言い切れないのがもどかしいのですが…」
マノーリアがふたりに尋ねる。
「しかし、都の結界に魔族が入りこめるのでしょうか?」
「確かにマニーの言うとおりだね。今までもここで魔族の騒ぎは起こってないしね。」
デイトがその答えを口にする。
「はい、なので、わたしのエラーの可能性もあり得るのですが、ひとつだけ可能性があるとすれば、悪魔の種子をご存知ですか?」
その場にいた皆が知らないと顔の表情で答える。デイトが話を続ける。
「何かしらの方法で、人が種子を植えつけられる事があります。植えつけられた者は、本人も気がつくことなく悪魔を成長させ、時が来た時に悪魔として変貌するのです。わたしセンサーで発見できない以上、今は、見つけることは困難でしょう。少なくともここにいる人ではないと思います。街の住人か旅人に紛れている可能性は否定できません。」
「デイト様が気配を感じる特定の時とかはありますか?」
「そこまで、特定はできませんが、この街にいると感じるのです。女神なら特定もできたかもしれませんが…」
「アマテウス様からのお告げも特にありませんし、見つけようがないものは仕方ありませんね。何が起きても良いように万全にしておきましょう」
話をしているとドアがノックされる。環が入室を許可すると、柊と信治が入ってくる。
「環様信治さんが要望あるとの事でお連れ致しました。」
環は、信治の方を向いて何かしらと微笑む。信治は女性への免疫がない為か敵視せず受け入れられると目が合わせられないようだ。下を向いてどもっている。
「信治さん?ご要望とは何かしら?私たちでできることなら、なんでも言って下さい!」
信治は、下を向きながらブツブツと言っているが、誰にも聞こえない。いきなり信治がバッと上を向き一歩前に出て叫ぶように環に懇願する。
「ぼ、ぼ、僕も葵くん達と一緒に旅に連れていって下さい!足手まといなのはわかってます!でも、このままじゃダメなんです…ぼ、僕も…た、旅に!連れていって下さい!」
信治が旅の同行を志願するという、予想しない出来事に一同面を食らう。信治の異世界での生活がやっと動き出すこととなった。
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冬童話2021投稿用に、連載中のSTRAIN HOLEの世界とキャラクターを使用して短編を書いてみました。
本編を読まなくても、完結するように書いておりますが、時期的なものや状況は本編とリンクさせておりますので、合わせてお読みいただければ、より楽しんでいただけるかもしれません。
【短編】姉妹のさがしもの
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