36-理想と現実の自分のつきあい方
目の前の少年は、現実を受け入れず、異世界転移において、自分が何も優位的状況にないことに不満を言っている。しかも、未だに自分が何かしらの秘めたる力があるかもしれないと、自立の為に生計を立てる行動をすることもなく、この世界の人々の好意に、どっぷりと依存している。虚勢をはるなら、せめて自立心があるところは見せてほしいのだが、本人にそのつもりはなく、葵が神の加護を得たことをズルいと言わんばかりの態度をしている。大人でいるのもつかれる相手だ。環達が手を妬いているので、彼女達の力になろうと思っただけで、初対面の葵に彼を助けるだけの義理も情も今はない。同じ日本人という共通点しかない。しかし、ここでキレても、目の前の少年が、心を入れかえる事はないのはわかっている。不快感を上乗せさせるだけだ。相手にするだけ損をするのは葵の方だ。いずれ本人が気がつくしかない。葵は怒りを腹のそこにしまい込み、話を終わらせる方向にしようと思ったのだが、隣から凍るように熱い殺気を感じる。隣を恐る恐る見ると、今まで黙っていたマノーリアがワナワナと怒りを露にしている。梔子もあちゃーと口に手を当てる。
「聞き捨てならないわね!葵くんがこの世界に来て、加護を得た経緯を聞かずに、ただ羨むだけですか?あなたはこの2ヶ月何をしましたか?」
「だ、だから…ぼ、僕は」
マノーリアに睨まれた信治はうろたえる。
「あなたは、この世界に来てから、命の危険を感じたことがありましたか?わたしの記憶では、この街に転移してすぐに大樹の広場で保護されたと思います。違いますか?」
信治は、このロスビナスシティの中央にある大樹木蓮の近くに転移したので、転移者の中ではもっとも安全な状態で保護された。一番運が良いと言える。
「信治くん、あなたが誰かを羨み妬み自分の状況を嘆いて何もしないのは自由です。でも、だからと言って他の人を不快にして良いわけではない!葵くんは、この2週間、魔族と闘い一度は瀕死にまでなって知り合って間もない、わたし達の為に闘ってくれたの!厳しい稽古に耐えて、苦難の試練を受けて、あなたに同じ事ができるかしら?厳しい事を言うようだけど、わたしにはそうは見えないわ!でも、あなたが自分の為に行動を起こすなら、葵くんから学ぶことがあると思うわよ!」
信治は黙ってマノーリアを涙目で睨む。梔子がウンウンと頷いている。梔子もスイッチが入りそうだが、ここで総攻撃したら、信治は逃げ場がなくなり、殻に閉じ籠るだけだと葵は思う。事実を突きつけたマノーリアを嫌いになるだけで、何も変わらないだろう。そう思いながら葵は信治に尋ねる。
「そういえば、最近の異世界物って、追放とか裏切られて成り上がる的なのもあるよな~出ってたらチートスキルとか秘めた力とか手に入るとか?」
信治は今度は葵を睨み葵に文句を吐き捨てる
「僕に出ていけって言っているのか?」
葵は手を振り、違う違うとジェスチャーする
「信治があっちの世界の異世界物の話をするから、その辺をまだ試してないよな?って話。けど出て行ってそんな上手いことになる保証ないじゃん!リスクだけだよ」
信治が葵を睨みながら尋ねる。
「葵くんは何が言いたいんだよ!」
葵は腕を組ながら考える。
「うーん、どうせなら自分が納得行くようにしてみたらって話。例えば、騎士やってみる。稽古が辛いなら辞める。冒険してみる辛いなら辞めてみる。チートスキル得るまで旅してみるとか、まぁ引き込もるのも納得するまでやっても良いのかもしれないけど、さっき信治が言っていた、あっちの世界でもできることじゃない?だったら、納得できるまでやるしかないじゃん。どうするかは信治次第。回りが何を言っても変わらないだろ?ある程度やったら、その時の自分を認めるしかないんじゃない?信治はどうしたいんだ?」
信治は下を向きボソボソと答える。
「み、認めてもらいたい…自分はホントはもっと…できる…も…ぼ、僕が…世界を…」
信治は承認欲求が高く、あちらの世界で理想の自分と現実の自分の狭間にもがいていたのだろう。異世界に来て理想の自分を手にできると思っていたが、何も変わらなかった。しかし、認める訳にいかなかった。認めれば現実の自分を認めることになるからだ。
「異世界物の話的には、俺よりよっぽど信治の方が主人公っぽいな!」
「どうして?」
「プライドの高いとことか~承認欲求強いとか英雄願望があるとか、俺はそこまでないぞ!生き延びる為に行動したら結果的にこうなっただけだからな、俺の場合は」
「じゃあなんで騎士なんてやる気になったの?」
「異世界だよ~騎士できるならなるでしょ!でダメなら辞めてたよ。とりあえず、助けてもらった美少女2人に良いとこ見せたいし、この街までは来ないとまずかったしね」
「聞かなきゃ良かった…」
「人の動機なんて、基本本人にしかわからんよ、後、信治さ~自分の事好き?」
「好きなわけないよ、自分が嫌いだよ!ホントの自分はこんなはずじゃないのに…」
「なら、嫌いのままで良いから、その自分を認めてやることだな。俺ってこんなもんか~って!で、そっから理想に近づけてけば良くない?」
「嫌いのまま…認める…」
「そっ、で、理想に近づきたいか、辛いからあきらめるか、理想の自分が今の自分よりも、上にあるから目指すのが大変なんだろ?じゃあ辛くて当たり前じゃん?だから、嫌いな今の自分が辛いと思うのは、当然なんだなって認める。後は自分で考えれば良いじゃない?」
葵は最後にそう言って席を立つマノーリアと梔子も続き玄関まで柊が見送りに来る。柊が3人に深々と頭を下げる。
「皆さん、わたしが余計な事を言ってしまい申し訳ありませんでした。」
「柊さん頭を上げて下さい、信治くんはどちらにしても、あんな感じになったと思います。柊さんが悪いわけではないですよ」
マノーリアが柊に頭を上げるように言って柊を労う。葵は柊に信治のケアをお願いして3人で大社に戻る事にした。
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STRAIN HOLEの世界とキャラクターを使用して短編を書いてみました。
本編を読まなくても、完結するように書いておりますが、時期的なものや状況は本編とリンクさせておりますので、合わせてお読みいただければ、より楽しんでいただけるかもしれません。
【短編】姉妹のさがしもの
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