35-根拠のないメッキの虚勢
施設とは言うものの、こちらの神殿や治療院のような、公的な建物でなく、3階建ての比較的大きな集合住宅のような建物で、3階まで吹き抜けになっており、室内に屋根の天窓から光が一階まで届けられている。1階には共有スペースがあり、大浴場と皆で談笑できる共有のリビングや、キッチンもあり、料理を皆で作ることもできそうだ。あちらの世界のシェアハウス的なレイアウトになっている。トイレとシャワーは各部屋にある。菅原の店や萌の働く商業組合よりも、一番大社に近い場所にあり、環もここを訪問し萌と信治の様子を自身で確認している。2階に当直の施設担当の宿直室2部屋と応接室と会議室があり、3階に転移者の各部屋が10部屋用意されているが、実際にここを使用しているのは、萌と信治の2人だけだ。環の側使えである柊がこの施設の責任者をしており、萌と信治のケアをしている。一通り施設の案内をされて、一階のリビングに通される。
「信治さんを呼んで参ります。」
柊が葵達に告げ3階に上がっていく、リビングにはシンプルな6人がけのダイニングテーブルとカジュアルな2人がけのソファ2脚と1人がけソファが2脚おかれていてコの字に配置されている。床に座って話せるように、角には畳のような物がひかれた場所もある。
「ずいぶんと日本人の待遇がいいね…… 無償でここに住まわせてもらえるんだから」
「そりゃ~ 異世界から来たわけだからね。葵は不満なの? 」
「いや、逆にここまでしてもらって良いのか? って、この国の人は、親切だなってほんとに思うよ」
「環さんは、必ず日本人の人が何かしらのカギになると考えているから、そうしているのよ。自立できるまでの2年間だからずっとではないしね」
「話し聞く限りでは、今から会う彼は2年で社会復帰できるか…… 」
階段を下りる足音が、2人分聞こえる。柊と信治が談話室に入る。
「よっ! 信治~ 元気ぃ? 」
「信治くんお久しぶり、彼が神無月葵くん日本人の転移した人よ」
「はじめまして、信治くん。神無月葵です。みんな下の名前で呼んでくれているから、信治くんも葵で呼んでくれ」
信治は、寝癖のまま目は少しうつろだ。背は160センチ位で、梔子と変わらないが猫背なのか小さく見える。少し小太りの少年だ。
「は、はじめまして…… 長月信治です…… 」
信治が葵の腰に下げたブロードソードを見ている。そしてゆっくりと葵を見る。
「葵くんは騎士とか勇者の職を選んだの? どうやったら選べるの? 僕よりも後にこの世界に転移したんでしょ? なんで、僕はなんのイベント始まらないのに、葵くんは始まってるの? 」
子供がズルいと言わんばかりの感じで信治は葵に質問をぶつける。
「落ち着け、おちーつーけ!とりあえず座ろう! イスが良い? ソファ? 」
葵は手で信治を静止して、指でテーブルとソファを示す。信治が1人がけのソファに座る。向かいの2人がけに葵とマノーリアが座り、そのとなりに梔子と柊が座る。
「俺も信治って呼んで良いか?馴れ馴れしいと思うならやめとくけど…… 」
「別に気にしない…… 」
「そっか、信治はこの世界をどう思う? 」
「よくある異世界テンプレだよね? でも、なんのイベントもチートな力とか魔法とかアイテムとかないし、レベルの上げ方もチュートリアルもないし、僕も転移したばかりはいろいろ試したんだよ! でも、なにも起きないし、平民職で魔法も使えないとかありえないでしょ! そんな事はどうでも良いから、葵くんはなんで、騎士とかなれたんだよ! 」
葵はそもそも現実を受け入れてないよね。と思いつつも大人になる。
「確かによくある異世界物だよな~ で、俺が騎士でいるのは俺が騎士になることを決めたからだ! 」
信治は葵を見て呆れた顔をする。
「はぁ? 葵くん自分で決めて騎士になれるなら、僕だってなれるよ! 」
「じゃあ、騎士になれば? ここに騎士長と斥候隊隊長もいるし話し早いよ! 」
「何言ってんの? 騎士になります。じゃあ、明日から訓練です! ついていけるわけないじゃん! 」
「まぁ~ そこそこ剣の稽古も訓練もハードだからな…… 」
「フツーさぁ僕たち転移してきたら、召還した人がいてとか、チートな能力を持っていてとか、伝説の勇者とかさぁ~とてつもない魔力量持ってるとかじゃない? それが、山田さんは商業組合で事務の仕事とか菅原さんは職人してるし、ありえなくない? 」
ありえないのは、現実を受け入れないお前だけどなと思いつつ、ひきつる顔に笑みを貼りつけ、葵は大人を続ける。
「そういう考えもあるか~な~、でも、それは誰かが作ったアニメや小説の話だろ? これは現実に起きていて、誰が俺達をこの世界に呼んだのかもわからない、いつまでこの世界にいるのか、一生生活するなら、自立して仕事するしかないよな? 」
正論を言われて信治は若干口を尖らせ反論する。
「僕だってやろうと思えば、普通の仕事ならできるんだよ! ただ、異世界来たのにあっちの世界と変わらないことしても仕方ないだろ! 」
「じゃあ、こっちでしかできない信治がやりたい仕事が見つかるまで、フツーの仕事すれば良いんじゃない? 」
「そ、それは…… 僕は今この世界を知る為に時間を使ってるから、仕事している暇がないんだ! 」
「なるほど…… でも生活の為だから両立しないとな、信治はなんかバイトしたことあるか? 」
信治が無言になる。葵が確認する。
「部活とかバイト禁止とかでやってないとか? 」
信治が首を横にふり答える。
「部活はやってない、バイトは、や、やったことあるよ…」
「なんだあるんじゃん! 高校生ならコンビニとかファミレスとか? どのくらいやった? 」
「ファミレスを3ヶ月…… 」
「3ヶ月か…… なんで辞めた? 」
「社員が偉そうだから…… 」
「まぁ~バイトより偉いだろ? 」
「あいつら、僕の事を何も知らないくせに…… あれやれこれやれって」
「それがバイトだろ…… 」
葵は部活もバイトもしないのに、自分はできると言っている信治は、これから社会の洗礼を受けるのだろう…… しかもこの異世界では少し厳しい気がする。葵は自分の妹達と同い年の信治は幼稚に見えるし、コミュニケーションスキルが圧倒的に低い、小学生と会話しているような感覚におちいる。隣で聞いていた梔子が少し苛立ちながら口を開く。
「ちょっと~! 信治ィ! 葵が話を聞いてくれているんだから、もう少し前向きに話できないの? なんか聞いてると選り好みしてるだけに聞こえるけど? 」
信治は梔子が苦手なのか目を伏せて反論する。
「ふ、文月さんは厳しいだよ! 全部僕の否定するし」
「あったりまえでしょー、あんたがあまっちょろいこと言っているからよ! 」
「僕だって、本当は秘められた力があって、この星を救えるかもしれないじゃないか~! 」
「星を救う前に、自分の生活をちゃんとしろって言ってんの! 」
信治と梔子の言い合いに柊が割って入る。
「梔子様その辺でお引き下さい、信治さんもおやめください!そうそう、信治さんでしたら、神無月様から加護のお話をお聞きになったらどうですか? 」
葵は、なんでこのタイミングでと思う。加護の話しをしたら信治は、さらにひがみ、すねるだけなのに、何故柊は、その話を振ったのか意味がわからない。
「葵くん加護をもう得たの? 」
「まぁ~ デイト・ア・ボットの加護ここに来る途中で…… 」
信治はふーんとアッサリと身を引いたと思ったら、やはりひがみモードに入った。
「葵くんが余裕なのは、既にチート能力持っているからじゃん。文月さんと如月さんみたいな美少女騎士と楽しく旅して、そりゃこの異世界が楽しいよねー」
さすがに葵もムカついてきた。大人を振る舞ったがあまり意味がない気がする。
「信治! お前な~! 」
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STRAIN HOLEの世界とキャラクターを使用して短編を書いてみました。
本編を読まなくても、完結するように書いておりますが、時期的なものや状況は本編とリンクさせておりますので、合わせてお読みいただければ、より楽しんでいただけるかもしれません。
【短編】姉妹のさがしもの
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