第一章 7 春 『麦酒天使』
「ちきしょうっ! あのポリ公どもめ! 僕が天界から降臨してきた偉大な天使だって全然信じてくれなかったんですよ! それどころか、コカインを所持しているアブナイ奴だって疑ってきて……」
「ハイハイ、それは大変だったね」
「桐島さぁん! 貴方だけだ! 僕のパートナーは貴方だけだよぉ!」
「ちょっ! 抱きついてくるなって!」
昼間からやけ酒を決めてベロベロに酔っ払ってしまったニコライを、適当に慰めながら。
俺もチビチビと缶ビールを味わう様にして飲んでいた。
今日はバイトが休みだ。
ニコライが来るまでは、休みは1日中布団の中で過ごしたり、はたまたゲームをしたりする日もあったけれど、今日はニコライの酒にとことん付き合う事にしたのだ。
いつまでも布団の中でメソメソ泣かれちゃ、こっちの気分も滅入ってくるし、こういう嫌な気分は全て酒のアルコールで流すのに限る。
ちなみに言うと、俺はお酒が大好きだ。
中学生だった頃、父親に頼んで一口飲ませて貰ったビールは不味すぎてすぐに吐き出した記憶があるが、20歳になって初めて飲んだビールの美味さと驚きは未だに忘れることが出来ない。
なんというか、日常にあった嫌な事とか、将来の不安とか、そういうネガティブな要素は全て酒が洗い流してくれる。
まぁ、それが必ずしも良い事とは限らないのだろうが。
天使のニコライもどうやら酒の素晴らしさに気が付いたようで、先ほどから
「もう一杯! 桐島さんもう一杯!」
と俺の袖を引っ張って催促してくる。
「フフフ、分かった分かった。ほら、飲め飲め」
新しい飲み仲間が出来たことに嬉しさを覚え、俺はニコライのグラスに並々とビールを注いでやる。
そのまましばらくは酒に集中し、時計の針が半周もしないうちにニコライはすっかり出したビール缶3本を飲み干してしまった。
「あぁ〜! 飲んだ飲んだ! 飲み過ぎて、体中の血液がビールになってしまったような気分ですよぉ」
「なんだそりゃ。まぁ、満足して貰ったみたいでよかったよ」
「えぇ、えぇ。下界まで降りてきて本当に良かったです! このビール缶、中身洗った方がいいですよね?」
ニコライは手早くビール缶のステイオンタブを取り外すと、水道水で中を充分に洗う。
「おっ、サンキュー。そのまま置いておいてくれ。後で捨てておくから」
「はーい。あっ、桐島さん。すみません、ニュース見てもいいですか?」
「ん? ニュース? 別にいいけど」
なんだ? ニコライのやつ。天使のくせに、下界のニュースなんて気になるのか? 変なヤツだな。
俺は疑問に思って一瞬、首を傾げたが、すぐにどうでも良くなって、テレビのリモコンをニコライに手渡した。
「ええと、ニュース……ニュースと……」
ニコライはリモコンを片手にチャンネルを回す。
俺はその間に、トイレに行く事にした。ビールの飲み過ぎたせいだ。明日、二日酔いで頭が痛くならない事をどうか祈りたい。
後で薬局まで行って二日酔いの薬を買いに行かなきゃな、と俺は思った。