第一章 10 春 『寒い夜の散歩』
その翌日の夜。
俺とニコライは2人、また部屋の外へ出ていた。まだニコライは、犯人確保を諦めていないらしい。
「依然、犯人は逃亡中で…………」
という夜のニュース報道に対し、
「よし!」
とガッツポーズしたニコライのことだ。きっと止めてもきかないだろう。
俺も無理やり付き合わされ、裏路地を一緒に見て回っていた。
ひょっとして、俺はこれから毎日、犯人が捕まるまでこれに付き合わされるのだろうか?
ニコライに1人で行けと突き放したら、貴方が一緒じゃなきゃ善行ポイントにならないでしょうが!、と逆に怒られたのだが。
「もう、今日はこの辺でいいだろ。こんだけ探しても見つからないんだ。とっくに街から逃げたんだって」
俺は遠回しに諦めよう、とニコライに促した。
しかし、ニコライは首を振る。
「いいえ! 街の出口には必ず警察官が立って、犯人を逃さぬよう検問が実施されています。犯人の立場になって考えたら、検問を突破して逃げるまでのリスクは負いたくないはず。従って、まだこの街に犯人は隠れてます。絶対、います」
「分かった分かった、分かったよ。……でも、なんで夜なんだ? 夜は冷え込んで寒いし。昼に探せばいいじゃないか」
「駄目なのです。昼は警察官が街に溢れる時間帯。お前コソコソして怪しいなと言われ、また職務質問されてしまいます」
「…………今サラッと聞き流しそうになったんだけど。えっ? お前、俺に黙って昼も犯人探しに行ってるのか?」
「行ってません」
「『また』ってさっき言ったろ」
「言ってません」
「ウソつけっ! 言っただろ!?」
「言ってません! 本当ですっ! 信じて下さい! 僕、今までの人生で1度もウソついた事ないですから!」
「それは絶対ウソだろ」
…………ややあって夜もふけ、寒さも増してきた。このままじゃ風邪をひきそうだ。鼻水も出てきたし、くしゃみも止まらない。寒い……寒過ぎるっ!
「もう我慢ならん! 俺は帰るぞ! 馬鹿らしい! 後は勝手に犯人探しでも何でもやっとけ!」
「あっ、ちょっと! 桐島さん! 捜索の途中でそれはないですよ! 全部ほっぽり出して逃げるなんて、あなた自己中ですか!?」
「お前だけには言われたくないっ! 勝手に人をこんなところにまで連れてきやがって! 俺を凍死させる気かっ!」
それから俺は両手を擦り合わせながら、家に向かって猛ダッシュだと言わんばかりに足を踏み出したその刹那、
「おわっ!?」
足元に破砕音が走り、驚きでバランスを崩した。そしてそのまま地面に顔を打ち付ける。
「ごふっ!」
自分を置いて走り去ろうとした俺の転んだ姿に、きっとニコライは心の底から驚いている事だろう。
少し場所がズレてれば、歩道の縁石に顔面を打ち付けていたところだ。
それこそきっと
「ごふっ!」
じゃ済まなかっただろう。
「ちょ、ちょっと! 大丈夫ですか!?」
テテテと駆け付けてきたニコライに慌てて助け起こされる。
「痛たっ……。な、なんだ!? 何が起こっ……」
俺は、最後まで言葉を続ける事が出来なかった。
「ひぃっ!?」
足元からの破裂音と共に、ニコライの悲鳴が聞こえた。
見ると、横断歩道の手前を示す点字ブロックに小さな窪みが出来ていて、僅か3センチでもズレていれば自分の足に穴があいていたところだった。
割れた点字ブロックの破片が地面に降り注ぐ音を聞きながら、顔を見合わせる俺たち。
「まさか、俺たち…………」
「…………撃たれてる?」
その疑問の答えは突然、そばの裏路地の暗闇から姿を現した。