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宝石の鱗粉

掲載日:2018/10/01

 さあ、お話をしよう。

 昔々、不思議な蝶が居た。


 その蝶の鱗粉がふりかかると、どんな物でも宝石になる。

 敵に襲われると鱗粉を振りまく。

 そうすると敵が宝石になって固まるんだ。

 敵の命の輝きによって、色々な宝石になる。

 ダイヤモンド、ルビー、サファイア、ガーネット。


 そしてね、そんな蝶を危ないのにいつも追いかけている……そんな女の人がいた。


 +++++


「結婚してください。クロエ嬢。あなたの為なら何でもできる!」


 森に男の声が響いた。

 蝶を追いかけていたクロエ伯爵令嬢は、手を止める。

 男の方を振り返ると、芋虫のような男爵だった。

 芋虫。可愛いかもしれない。

 クロエはそう思って、にっこり笑った。

 虫と宝石が好きなクロエは、人間の造作はよく分からない。


「じゃあ、自分にこの鱗粉を振りかけて下さい。そうしたら結婚します」


 クロエのいつもの言葉が男爵に投げかけられた。

 粉が入った瓶が掲げられる。

 透明な水晶の瓶にきらめく粉が入っていた。


 それを聞いて、付き従っていた助手の男も立ち止まる。

 ため息をつき下を向いた。予定が狂った。

 毎日のように蝶を追いかけているクロエ様だが、夢のように美しい。

 森まで追いかけてきた男は男爵で99人目だった。

 変人だが、とろけるような金髪に透き通る緑の目の美女だ。

 度重なる求婚も仕方ない、と助手の男も思う。

 度々の調査の中断も諦めていた。


「ちなみに、その鱗粉をかけると私はこうなったわ」


 クロエは黒い手袋を脱いで、手を見せる。

 人差し指の先が、透き通ったきらめくルビーになっていた。

 第2関節くらいまで透明な石になっていた。


 男爵がそれを見て真っ青になる。

 現実だ、と分かったのだ。


「あまりにも美しい蝶だから、そっと触ったらこうなったの。後悔はしてないわ。この人差し指は動かないけれど」


 クロエがまたにっこりと笑った。

 助手の男は、クロエの微笑みが無邪気で可愛らしいと思う。


「そ、それは自分の体のどこかを失えという事か」


 男爵がそう言ってブルブル震えている。

 脂肪がたぷたぷと揺れている。


「あら、動かないけど指の感覚はあるわ。後、あなたがどんな宝石になるのか興味あるの」


 さあ、とクロエは男爵に迫る。


「ねえ、かけるの?」

「ひっ!」


 男爵は呆気なくまた元来た道を走っていった。

 一目散に、後ろも振り返らない。


 クロエと助手は、男爵が見えなくなるまで見送った。


「困ったわ。お父様に早く結婚するように言われているのに」

「はい」

「まだまだあなたと一緒ね。トンボみたいなあなた……」


 助手の男は、男にしては目が大きめだ。澄んだ綺麗な目をしていた。まるで空を溶かし込んだような青色だ。


「きゃっ!」


 突然、助手の男がクロエの持っていた瓶をひったくった。

 クロエは衝撃で土の上に尻餅をつく。


 助手の男は瓶を開けて顔に中身を被った、つもりだった。


「何をするの! やめて!」


 助手の男は、被った粉の残りを振り払うように頭を振る。

 中身が寄っていた為に、左目付近に粉を山盛りで被った。

 失敗だ。

 男は舌打ちをして瓶を捨てる。

 粉を被ったマントや周りの木の葉が次々と宝石に変わる。ただ、マントと木の葉の色々はずいぶんとくすんでいる。

 鱗粉は効力を発揮すると光になって消えた。


「俺と結婚しろ」


 助手の男は、顔を上げてクロエを真っ直ぐに見た。

 男の左目付近が、木漏れ日にきらめいた。

 光が当たると青に、陰ると赤にキラキラと光を反射する。

 生きている青い目と、ゆらゆらといろを変える宝石がクロエを見ていた。


「はい」


 クロエは即答で結婚を了承した。

 この助手の男は、子爵家の三男で婿入りの持参金もほとんど出せない。父親には反対されるかもしれない。


 が、もう結婚相手は助手の男しか考えられなかった。

 アレキサンドライトの目とトンボのような目がこちらを見ている。

 しかも、いつも仕事とはいえクロエの虫取りに付き合ってくれているのだ。

 いつも、空気のようにクロエに馴染む男は、恋の衝撃でクロエの心を貫いた。


「昨日、結婚はクロエ様の父親に許された。娘の結婚相手がいないよりマシだそうだ。だが、それじゃあ情けない。この宝石になった目を売れば良い持参金になる」

「はめといて」

「だが」


 クロエは助手の男に近寄って抱きしめた。


「私の物よ」


 歪な宝石同士が森の中、いつまでも抱きしめあっていた。


 +++++


「パパの目を見せて」


 今まで話を聞いていた女の子は男にねだる。

 大人しく話を聞いていて、寝る前の最後の儀式だ。


 話をしていた男は眼帯を外した。

 夜の灯りに、男の左目が赤くきらめいた。


「きれいね、私もパパが好き。結婚したい」

「だめだよ、パパはママと結婚してる」

「いやーん」


 嫌、と言いながら女の子は、目をつぶった。


「おやすみなさい」

「おやすみ、良い夢を」


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