宝石の鱗粉
さあ、お話をしよう。
昔々、不思議な蝶が居た。
その蝶の鱗粉がふりかかると、どんな物でも宝石になる。
敵に襲われると鱗粉を振りまく。
そうすると敵が宝石になって固まるんだ。
敵の命の輝きによって、色々な宝石になる。
ダイヤモンド、ルビー、サファイア、ガーネット。
そしてね、そんな蝶を危ないのにいつも追いかけている……そんな女の人がいた。
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「結婚してください。クロエ嬢。あなたの為なら何でもできる!」
森に男の声が響いた。
蝶を追いかけていたクロエ伯爵令嬢は、手を止める。
男の方を振り返ると、芋虫のような男爵だった。
芋虫。可愛いかもしれない。
クロエはそう思って、にっこり笑った。
虫と宝石が好きなクロエは、人間の造作はよく分からない。
「じゃあ、自分にこの鱗粉を振りかけて下さい。そうしたら結婚します」
クロエのいつもの言葉が男爵に投げかけられた。
粉が入った瓶が掲げられる。
透明な水晶の瓶にきらめく粉が入っていた。
それを聞いて、付き従っていた助手の男も立ち止まる。
ため息をつき下を向いた。予定が狂った。
毎日のように蝶を追いかけているクロエ様だが、夢のように美しい。
森まで追いかけてきた男は男爵で99人目だった。
変人だが、とろけるような金髪に透き通る緑の目の美女だ。
度重なる求婚も仕方ない、と助手の男も思う。
度々の調査の中断も諦めていた。
「ちなみに、その鱗粉をかけると私はこうなったわ」
クロエは黒い手袋を脱いで、手を見せる。
人差し指の先が、透き通ったきらめくルビーになっていた。
第2関節くらいまで透明な石になっていた。
男爵がそれを見て真っ青になる。
現実だ、と分かったのだ。
「あまりにも美しい蝶だから、そっと触ったらこうなったの。後悔はしてないわ。この人差し指は動かないけれど」
クロエがまたにっこりと笑った。
助手の男は、クロエの微笑みが無邪気で可愛らしいと思う。
「そ、それは自分の体のどこかを失えという事か」
男爵がそう言ってブルブル震えている。
脂肪がたぷたぷと揺れている。
「あら、動かないけど指の感覚はあるわ。後、あなたがどんな宝石になるのか興味あるの」
さあ、とクロエは男爵に迫る。
「ねえ、かけるの?」
「ひっ!」
男爵は呆気なくまた元来た道を走っていった。
一目散に、後ろも振り返らない。
クロエと助手は、男爵が見えなくなるまで見送った。
「困ったわ。お父様に早く結婚するように言われているのに」
「はい」
「まだまだあなたと一緒ね。トンボみたいなあなた……」
助手の男は、男にしては目が大きめだ。澄んだ綺麗な目をしていた。まるで空を溶かし込んだような青色だ。
「きゃっ!」
突然、助手の男がクロエの持っていた瓶をひったくった。
クロエは衝撃で土の上に尻餅をつく。
助手の男は瓶を開けて顔に中身を被った、つもりだった。
「何をするの! やめて!」
助手の男は、被った粉の残りを振り払うように頭を振る。
中身が寄っていた為に、左目付近に粉を山盛りで被った。
失敗だ。
男は舌打ちをして瓶を捨てる。
粉を被ったマントや周りの木の葉が次々と宝石に変わる。ただ、マントと木の葉の色々はずいぶんとくすんでいる。
鱗粉は効力を発揮すると光になって消えた。
「俺と結婚しろ」
助手の男は、顔を上げてクロエを真っ直ぐに見た。
男の左目付近が、木漏れ日にきらめいた。
光が当たると青に、陰ると赤にキラキラと光を反射する。
生きている青い目と、ゆらゆらといろを変える宝石がクロエを見ていた。
「はい」
クロエは即答で結婚を了承した。
この助手の男は、子爵家の三男で婿入りの持参金もほとんど出せない。父親には反対されるかもしれない。
が、もう結婚相手は助手の男しか考えられなかった。
アレキサンドライトの目とトンボのような目がこちらを見ている。
しかも、いつも仕事とはいえクロエの虫取りに付き合ってくれているのだ。
いつも、空気のようにクロエに馴染む男は、恋の衝撃でクロエの心を貫いた。
「昨日、結婚はクロエ様の父親に許された。娘の結婚相手がいないよりマシだそうだ。だが、それじゃあ情けない。この宝石になった目を売れば良い持参金になる」
「はめといて」
「だが」
クロエは助手の男に近寄って抱きしめた。
「私の物よ」
歪な宝石同士が森の中、いつまでも抱きしめあっていた。
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「パパの目を見せて」
今まで話を聞いていた女の子は男にねだる。
大人しく話を聞いていて、寝る前の最後の儀式だ。
話をしていた男は眼帯を外した。
夜の灯りに、男の左目が赤くきらめいた。
「きれいね、私もパパが好き。結婚したい」
「だめだよ、パパはママと結婚してる」
「いやーん」
嫌、と言いながら女の子は、目をつぶった。
「おやすみなさい」
「おやすみ、良い夢を」




