表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/4

初恋の味

 次の日の朝、


「……よし」


 今日はしっかり起きれたぞ。

 学校に行くのにまだ若干の不安は残るが、それより今の僕の頭の中には、昨日からずっと彼女の事でいっぱいだった。


 僕は彼女が好きだ。彼女の全部が好きだ。

 くしゃっと笑った笑顔、自分の事より人の事を思いやれる優しさ、その全てが愛おしい。


 不思議なものだ。

 好きな人を想うだけで、どこからとなく活力がみなぎって来るのだ。白花さんに褒められたい、あの笑顔をまた僕に向けて欲しい、同じ時間を共に過ごしたい……


 不純な動機に、僕は自分自身に少し呆れたが、これが恋なのである。


 僕は高校生1年生にして、初めて恋というものを知った。


「行ってきます。」


 僕はいつも通りの時間に家の扉を開けて、空を見上げた。

 そこには雲一つない晴天が広がっていた。


 ……


 朝の学校はとても賑やかである。正直、この賑やかな空気に入っていくのは苦手である。

 僕はクラスの後ろから気配を消して入ると、僕を見たクラスメイトは、みんな一斉に静まり返った。


 僕は内心、怯えながらも平然を装い自分の席に着くと一限目の授業の支度をしてたら、クラスで人気者の男子英樹(ひでき)が、僕に話しかけてきた。


「おい、なんでお前昨日休んだんだよ。」


 まるで悪人を見るかのような、鋭い視線で僕を見てきた。

 僕は視線を教材に戻し何も答えなかった。僕なりの、せめての抵抗のつもりで……


 クラス中に殺伐とした雰囲気が流れる中、朝のチャイムが鳴り響き、先生がクラスに入ってきた。


  英樹は小さく舌打ちした後、僕に


「放課後、校舎裏こい。」


 そう一言、言って彼は自分の席に着いた。


 僕は気張った神経を解くように、小さく息を吐き、事の一部始終を見ていただろう白花さんの方を目の端で見たら、彼女の方も心配そうに、こちらをみていた。


 その後は何もなく1日が終わった。


 朝の僕なら、この時をいかに待ち望んでいたか……

 しかし今の僕は朝、彼に言われた一言のせいで悩んでいた。


 僕が彼の言う通りに校舎裏へ行ったら、恐らく校舎裏に居るのは、英樹だけではないだろう……そして行ったら必ず暴力を受ける……

 そして何より校舎裏に行ったら、彼女と出掛けに行くのは厳しくなる。


 しばらく考えた後、僕は大きく深呼吸し、昨日彼女と約束した待ち合わせ場所に向かった。

 そしてもうすでにその場所にいた彼女に


「白花さん、すぐ戻るから少し待っていてくれないかな?」


 僕はあまり彼女に、これからの事を勘付かれない様に少し笑顔を混ぜて言った。


 あぁ、僕は恋をして馬鹿になってしまったのかもしれない。好きな人を待たせて、殴られるとわかっている場所に自ら向かっていくのだから……


 だが、どんなに厳しい現状だとしても負けたくないもの、譲りたくないものは僕にだってある。

 僕は彼女を想う気持ちだけは誰にも負けたくないし譲りたくはない。


 僕が校舎裏に向かう理由はただそれだけだった。


 校舎裏には、やはり英樹以外にも4、5人チャラい感じの男子がいた。

 怖い……今すぐこの場から逃げ出したい……


 そう頭では考えてるのに、身体は一歩、また一歩と彼らに向かっていった。

 すると僕を見つけた彼らが、


「やっときたか……」


 そういうと彼らは、僕を校舎裏の壁側へ押しやり


「向日葵は俺の女だって言ったよな? 」


 英樹はいきなり僕にそう言ってきたが、彼女と彼は付き合っていないのだ。つまり、ただの友達なのである。

 僕が彼女から身を引かなければいけない理由は1つもない。


 僕は震える身体を、無理やり鼓舞し


「僕は彼女が好きだ。君と彼女が付き合ってるならまだしも、付き合ってもいないなら僕と彼女の関係には君は関係ないだろ。」


 僕は怒りをあらわにした彼の目を、一度も晒さずじっと見つめながら


「君達は一昨日、僕の事を散々言ってきたが、君達にあのセリフを言う度胸はあるのか?好きな人の為なら、どんなに怖い事にだって立ち向かえる程の勇気はあるのか?好きな人を、一生かけて幸せにしてやりたいという想いはあるのか?……僕にはある。そしてこの気持ちは相手が誰だろうと譲る気はない」


 その瞬間、鈍い音と同時に左頬に強い痛みが走った。

 僕の視点は、彼の目から地面に変わった。

 それは一瞬の出来事で、何が起こったのか僕には理解できなかったが、口の中に鉄の味が広がってきた時、初めてそれが殴られたものだと分かった。


 僕は頬の痛みの堪え、立ち上がり手も声も出さず静かに彼の目を睨んだ。彼はそんな僕にむかついたのか、もう一度拳を放ってきた。


 ……


「……はぁはぁ……勝手にしろ!」


 彼は一言そう吐き捨て、仲間と一緒に去っていった。


 綺麗な夕焼け空が照らす、誰もいなくなった校舎裏……

 もう痛みも感じないほどに殴られ、視界もボヤけている。立つことすらままならず、僕は地面にそのまま仰向けに倒れこんだ。


 僕は最後まで手を出さなかった。

 無様な姿だが、なぜか今の僕の心の中は清々しく、達成感で満ち溢れていた。



 僕はこの日初めて、自分自身に正直になれた。


 ただ1つ……心残りがあるとすれば、いくら彼女を想うが為にした事とはいえ、彼女には悪いことした。

 すぐ戻ると言ったのに待たせたまま、約束を破ってしまった。


「もう帰っちゃったよな……」


 日も沈みかけ、僕は痛む身体を起こし、淡い期待を背負いながら土で汚れたカバンを拾い上げ、彼女と待ち合わせしてた場所に向かった。

 しかし、もうすでにそこには彼女の姿はなかった。


「…………ははは……だよな」


 僕の初恋は終わった。悲しみのあまり流す涙もない。


 肩を落としながら帰り道を歩いてる途中、街灯がつき始めた。

 古い電柱なのか、あかりが点滅してる。


 家までの最後の曲がり角を曲がるところまで来た時、誰かが曲がり角の所に立っているのがわかった。


 そこには街灯に照らされた白花向日葵の姿があった。


 なぜ彼女がそこにいるのかわからず戸惑っていたら、彼女がこちらに気付いたらしく、小走りでこちらに向かってきた。そして僕の怪我を見た彼女は驚いた顔で


「智くん!? どうしたのその怪我!? 大丈

 夫!? 」


 彼女は、今日のデートの約束を破られたにも関わらず、まず第一に僕の心配をしてくれた。


 あれほど殴られても出なかった涙が、彼女を前にして溢れるほどに流れ落ちた。

 涙を止めたいが止まらない、好きな人の前で泣くなんて情けない……


 そんな僕の姿を見た彼女は何も言わず、土で汚れた僕の背中をさすってくれた。


 それからしばらく経ち、涙も落ち着いてきて話せる状況になった。


「今日はごめん……約束を破ってしまって……」

 

 僕は誠心誠意謝った。


「大丈夫、気にしてないよ。だって今こうやって2人きりになれたんだから」


 彼女はそういうと、ニコッと僕に微笑んでくれた。


 そうだ、僕は彼女この優しさと笑顔に惚れたんだ。

 僕はそっと彼女の頬に手を当て、口からこぼれるかのように


「君が好きだ。」


 その言葉は、優しく2人を包み込むように静かに響いた



  続く


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ