序章
僕は、工場の廊下を掃除しながら、いつ見たであろう一枚の写真を思い出していた。
一度顔を上げて辺りに人がいないことを確認すると 一人呟く。
(全ての形ある物は いつか終わりを迎え 崩れ去り 死に絶えるって事か)
それは、人間の記憶も同じなのかもしれないな…。
思い出すこともできない 。
記憶にもない 。
しかし思い出の写真にはしっかりと写されている。
僕と誰か。そして…たしかあれは、神宮花火大会だったような…。
今となっては知らない誰かの様に…。
その時は、当然であっても、その未来には思い出すことすら出来ない関係性や友情、その顔、そのしぐさ。
(数十年前…十年一昔だもんな…)
埃を被った記憶なんて、一尺玉の大花火の様に はっきりと現れては煙を残し消えてしまうもんだと思う。
空を切り裂き 炸裂した花火はどんな形で、どんな色だったのか…その時、誰といて何を話し…何を思ったのか…。
そんな事覚えていられるわけない!
でも…
あの写真の子…誰なんだっけな…。
どこかの野原で小さな僕と、小さな女の子が浴衣姿で写った一枚の写真…二人でカメラを持つ誰かに仲良くピースしている一枚の写真…そんな写真を見た気がする。
僕は時々思い出し、時々思いだそうとし、そして諦めるのだ。
ひゅるぅぅぅぅぅ、、、、……っバぁーン!!と打ち上げられた花火の光が、一瞬だけその子の横顔を美しく映し出した。
僕はその顔を見たはずなのに…全く思い出せない。背後の景色から、その子だけを切り取って捨ててしまったかのように黒く顔が塗りつぶされている。
(花火か…)
世界中の人間は花火を祭りや、儀式など特別な日に使うようになっていった…か。
※長い溜息※まあ…いいか。
まあ、ここまで花火花火と言っておいて申し訳ないのだが、花火の話はホントどうでも良いだ。
つまり僕が言いたい事は、人間とは終わりある物に美しさを感じる 不思議な生き物だという事だ。
(そう。それが言いたかっただけだ…)
全ての物に終わりがある…当然だが僕もいつかは必ず終わるし、今この瞬間に存在する全人類は、短ければ1秒後、長くても118年以内には 終わりを迎えるだろ?
人間とは、限りある時間があるからこそ美しく心を満たす何かを目指して、不完全な夢を…目標を常に探し求めている 。
いつかの終わりに間に合うように…
(急ぎ足で…)
人間は欲深い旅人なのだと俺は…いや僕は思う。
でもなぁ〜…いやぁ…、、、こいつが真実で、本当にコレがキッカケで全てが終わったとしたら…(本当に本当だったらだが…)美しいとも感じられないだろうし、むしろ、何故僕の人生で?何故このタイミングでなんだと150%俺…嫌!僕は思ってしまうよな…。
実はさっき、速報ニュースがスマホに送られてきた。(しかも信頼出来るサイトNHJからの正式な発表らしい)どうやらNHJの伝えたい事は…説明を聞くに、世界の時が止まったと言いたいらしいのだが…。
それを知った僕といえば、最初はアホか!?とか誤報か!?とか、とにかくイタズラや誤解だと思っていた。
(だって…ありえないだろ)
そんな独り言を言いながらホウキでササッと掃除していると事務所内の社員がテレビをつけたのが目に入る。
普段はテレビなんてつけていないのに何んだろか…。
そしてテレビに映る映像を見た時、掃除の手がピタっと止まってしまった。
その映像は、派遣先の事務所に設置されたテレビを廊下から覗き見ていた僕からもハッキリと見えていた。
テレビ画面の上に大きな文字で、(地球の時が止まった!?安藤総理大臣緊急記者会見!!)と書かれている。
映像には安藤新蔵総理大臣がフラッシュに叩かれながらモロマジ顔で、この嘘のようなネタ話しを国民に説明し始めたじゃないか!?
フムフム…なるほどね。(どんなに説明を聞いてもサッパリと内容は分からないし、そのフィクション映画でしか存在しない様な話しは、僕を半信半疑にさせるだけだった)
何故半信半疑にさせるのか?自分なりに考えたが、時が止まったと言う伝え方に違和感を感じたからだ。
だって、政府が言っている時が止まったは、僕が思うその時じゃない。
普通、時が止まったと言えば、マネキンのように動きを止めた人や物を想像するだろうが、そんなんじゃない。
じゃあなんだ!?って話だけど…ニュースでは小難しく説明されているが、僕的な解釈で話すと簡単な話だ…今から三時間前に地球が自転を辞めたって事らしい。
つまり、1日の朝昼晩が太陽や月では判別出来なくなったって事だ。
そんな注目度の高いニュース番組を僕が盗み見ていると、ハゲ…。いや、この会社の社長さんが作業場に入ってきた。
(はーい!皆さーん!お疲れ様ねー)
確か…三雲梱包会社、社長の田中さんだったっけな。
(今日は、派遣さん もう帰って良いよ〜!)
オイ!ハゲデブ!!まだ定時には早過ぎるぞ!?
まさか!仕事サボってテレビ見てたからか!?
やめてくれ〜!
派遣にとって早上がりとは、危険な言葉なのだ。満額支給されないのでは?!と皆んな顔を暗くするではないかぁー…。
そんな時、初めて見た派遣男A君がハゲ社長に勢い良く突っ込んだ!!
(すみません社長!!…早上がりだから…日当は…)
実にナイスゥなツッコミだ!俺たちは地球の自転より支払いの自転速度についていくのが大変なんだぞ!
(大丈夫大丈夫!全額支払いしてあげるからねー!)
おぉ!ナイスなハゲデブ社長じゃないか!お前は今日からハゲデブ無しのタダの田中社長に昇格だぞ!!
僕は、社長の返事を聴くなりゴム手袋を誰よりも早く取り、そして誰よりも早く発言した!
(あっ。お疲れ様でしたー)
以後省略。
僕は誰より早く日当6500円の茶封筒をポケットに詰め込み派遣先近くのコンビニにテクテクと歩いていく。
外は冷たい雨が横殴りに降り、錆が進んだビニール傘を容赦なくバサバサと叩きつけた。
店に入ると いつもの可愛い店員さんがいた。
(いらっしゃいませ〜)
キター!!山田りあんちゃーん!!
※注意※けして僕はストーカーでも、ど変態でもありません!ハイパー美少女の、りあんちゃーん!の名札がデコ名札でキラキラしていた為、目に入り記憶してしまっただけです!
…あ。えーっと…。
(あ。134番を二つと…塩やきとりを下さい)
(こちら常温ですが温めますか?)
ぐぅはぁ!温めてくれ〜!!頼む〜!!
(あ。いや…そのままで良いです…)
(あの、画面をタッチして下さい)
ん!?何処をタッチだって!?ヤベーェ!近距離注意だ!もんすげー可愛い!!
ピッ!
(袋、お分けしますか?)
いやいやいやいやー!お別れしないっしょ!!ないな〜い!
(あ。一緒でいいっす)
むしろ一緒になりたいっす!!
(ありがとうございました〜!)
こちらこそ…。
このコンビニは、また来よう…。
先月から 派遣で新たに飛ばされてから 僕は毎度このマミリーマートに来ている。
こんなストレス社会では、小さくとも細やかな癒しが必要だ。この店員さんに笑顔で挨拶をされるとテンション スコン!と上がるしな!
僕は、可愛い店員さんに軽く頭を下げて満足気に店を出た。
ちょっ!?stop!!オ〜イ!そんな目で僕を見ないでくれないか!!…君だって僕と同族なはずだ!
(ったく…誰に話してるんだろ…)
よし…話しを進めるぞ!
そういえば、以前、地球の自転速度が1700kmってコンビニの本棚に並べてあったのを立ち読みで見た気がしたけど…地球の自転が本当に止まったとして、今は普段の生活と何にも変わらないし、体に感じる衝撃もなんも感じなかった。
素人の発想では、自転が止まったら物凄い衝撃で建物や人も吹っ飛ぶと勝手に想像していたのだけど…
てか…こんなヤバイ レベルの出来事…いや、超常現象とかってさ、映画や小説だったら、なんかしら特別な現象が現れて、…津波が来たり…地震が起きたり…アメリカの映画ならUFO到来したり宇宙人とか襲来したり…とにかく物凄いことになってるでしょ?
こんな世界的にヤバそうな現象が発生したのに、世間は…いや、僕の目に入る町や人々はパニックすら起きていない。
日常そのものだ。
勿論、身の回りの人々が話す話題は自転停止の話題だし、皆んな時々空を見上げて様子を見ているようだけど…。
僕から見れば、、
めっちゃ…皆さん ふっつうに買い物してるし。
めっちゃコンビニやってるし。
駐車場でオッさん爆睡中だし(車ん中で)
皆んな普通に仕事してるし…
実感なさすぎて…自転停止のニュースとか信憑性すら怪しく思えるぞ。
(てか…本当に、地球の自転…止まったのかな…)
一人呟き、透明な傘を見上げ 僕は その先の空を見上げた。
空は夕暮れで雲がまばらに雨を降らせていた。
先程までの風は凪り、二羽のカラスがローマ字のXを描き頭上の空を切り裂いた。
そんな時、ポケットの中で細かい振動を感じた僕はスマホを取り出した。
速報
11/16 pm 16:23 に、アメリカのNAS宇宙観測センターが地球の自転が停止したと発表した件についてアメリカ国防省より先程会見が行われました。
国防省のジェームス氏は、地球の自転が停止した現象について、現段階で分かった事は何も無くアメリカ、日本、中国、ロシアの専門チームを発足し この現象を究明すると発表した。
トランス大統領は、、、
とかなんとかかんとか…って、エイプリルフールでもないし…やっぱ地球の自転は本当に止まったって事なんだろうな。
僕は、買い物袋からタバコを取り出すと残量の少ないライターで火をつけた。
煙を吐いたついでに空を見上げると、すでに雨は止んでいて綺麗な夕焼け空が雲を色付けている。
あれ…雨が…。
(雨上がるの…早いな)
さてと、暖かい我が家に帰るか!
たとえ、そう例え話だが もしも地球最後の日だとしても、きっと家族は素晴らしいものだ。玄関を開けばキット子供達が走って出迎えてくれるし、愛する妻がキット!優しく お帰りなさいと疲れ切った心を癒してくれる。
家族…それは本当に素晴らしいものなのだ。
こんな超常現象が起きた日なんて、そのネタを家族で話し合い、もしもに備えて作戦を練るんだ。
よし、家路を急ぎながら本日の議題を考えておこう。
まず…。
1.津波が来たら高台に避難する事。いや!ちなみに埼玉県だから高台は近くに無い…だから、ビルの上に避難するのだ…といっても我が家は住宅街だからビルがない…えっと…んーと…。
あ。、そうか…埼玉県そもそも…海が無いのか。
よし、この議題は後回しだ。
2.地震がおきたらどうするかだ。地震が起きたら…とにかく外に出るのだ、地震は物凄いエネルギーで家屋を倒壊させるはずだ。揺れたら外に出る!いや…揺れてからでは遅いだろうな…。やはり微振動を感じ取れる何かを考えないといけないだろう!微振動…か。
いや、微振動なんて感じられないし、感じられる装置など作れる脳を持ち合わせていないじゃないか!
…これも後回しだ!
3.UFOが地球にやってきたら!
…いや、これは無いだろう…多分。
4.宇宙人が攻めてきたら…
あぁ、もう馬鹿馬鹿しい!考えるのはやめよう。
そもそも家庭を持っていない僕には関係のない話しだし家庭を持ちたいとも思わない!
いや、少しだけ話しを誤魔化したかもしれない…家庭を持ちたく無いのではなくて…経済的にも、ルックス的にも…おそらく、その他諸々と僕には問題があって家庭を持ちたくても、持てないのだ。
僕は、正直言って寂しい一人暮らしの派遣登録社員だ。だから いつも家族がいる妄想をしながらポロポロアパートに帰るのが習慣となっているけど…だけど、だけど…そんな僕にだって愛する家族はいる。
その家族とは、人間でもないしペットでもない。
近所の野良猫だ。名前は花子さんという。名付け親は誰か分からないが、何故その名前がついたのかは誰が見ても分かるだろう。
花子さんは一見真っ白な猫なのだが、向かって右耳の下半分に綺麗な黒い花模様があるからその名がついたのだろう。
その花は6枚の花ビラで、少しだけ茎っぽい部分まで微かに見える。
あまりにも綺麗な猫で野良猫と感じる人は誰もいないだろうし、彼女はどんなに美味しい餌を与えられても特定の家に住むことは決してなかったらしい。
近所の商店街で昔から花子〜花子さん!って呼ばれている福猫ってわけだ。
そんな花子さんとの出会いは、今から11年前で 僕が30歳の頃、あれは雪の日で僕がコンビニ袋片手にアパートに戻った時だったかな…。
アパートの鉄骨階段の下に設置された洗濯機の上で寒そうにブルブル震えていた花子さんに、僕は塩焼き鳥を与えた。
花子さんは、僕の顔を見るとオッドアイの瞳をまん丸くとして、驚いた表情をした。猫にしてみれば好物だろう焼き鳥を花子さんは匂いも嗅ぐことなく食べなかった。
(ほら、食べな…。冷めちゃうぞ…ほら…)
寒い雪の降る中、花子さんは焼き鳥を食べずに ひたすら僕を見つめるものだから僕も困ってしまい一匹と一人しばらくそこに棒立ちとなった事を今でも覚えている。