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一月の出来事・⑧

「あれ? シマコさんは?」

 成田がまわしてくれたワンボックスで図書館の二階に戻ってきた一同が椅子を温めていると、お茶の準備をしてくれたノブヨが声をあげた。

「向こうは直接帰ったみたいだよ」

 車椅子対応の軽自動車で警察署を出たはずの縞子の姿は、この部屋には無かった。

「やっぱり気が変わって、荷物は明日以降に回収するんだそうな」

 由彦が自分の携帯をコートのポケットから出して、画面を確認した。どうやら向こうのグループからメールが着信したらしい。

「国道に出たところで、逆方向へ曲がってたものな」

「ええと、それで」

 清隆学園の三人分と、由彦の益子焼き、それに自分のお茶を並べたお盆を、大きな木製のテーブルに置いたノブヨは、一同の顔を確認した。

「今日はどうするんだっけ」

「これからか?」

 気怠そうに自分の湯飲みを受け取った由彦は、唇を湿らせてから由美子を見た。

「とりあえず、不破くんだったか? もう一人の事情聴取が終わるのを待たなければならないでしょう」

「そうですね」

 由美子もうなずいた。

「それと今夜泊まるところをどうするか」

 委員長である由彦の自宅にホームスティの予定だった正美はいいとして、由美子が予定していた副委員長の和世は、事件のショックで寝込んでしまったらしい。そんなお宅に泊めてもらうのも、配慮が浅いと思われた。

 校門前の狭い行き止まりに、苦労して停めたワンボックスで待機している成田のことが頭をよぎった。

 彼ならば四人分の宿をこれから用意することは可能であろう。連絡するための電話番号やアドレスは携帯に登録してあった。

「じゃあ、あたしんチ来る?」

 急須をテーブルに置いたノブヨが明るく言った。

「確かに本山の所なら、四人どころか四十人でも可能だろうけど…」

「四十人?」

 恵美子が不思議そうに彼女を振り返った。

「ほら、あたしんチは道場があるから。フトンを敷き詰めるとたくさん泊まれるの」

「でも、風邪ひかない?」

 寒稽古など冬の道場にはいい印象が無いらしい恵美子が、眉を顰めた声を出した。

「あたしのお父さんがギャングの連中を泊めることもあるから、大丈夫だと思うよ」

「ギャング?」

 正美が銀縁眼鏡を鼻に上へ押し上げながら聞き返した。

「ギャング…」

 由美子と恵美子は顔を見合わせてしまった。すると由彦が心底楽しそうに笑い始めた。

「ちゃ、ちゃんと説明しないと、判らないと思うぞ」

 笑いながら言うので、声にスタッカートがかかっていた。

「?」

 キョトンとしたノブヨは、不安そうに自分を見る清隆学園の三人を見て、ポンと手を打った。

「あたしのお父さん、ギャングのボスなんだ」

「えっ…」

 さらに三人は引いてしまった。

「こらこら」

 とりあえず真面目な顔を取り戻した由彦が、手をのばしてノブヨのオデコにコツンと拳を当てた。

「余計混乱させてどうする」

「?」

 話が分からないと言った顔で由彦を見るノブヨ。仕方がないので由彦が一つ咳払いをしてから説明を始めた。

「彼女の親御さんは、港で働いているんだ。港では町で使う言葉と意味の違う物があってね。まあ今様に言えば業界用語ってやつかな? ギャングというのは船の係留や荷役に従事する人たちのグループのことを指すんだ。だからギャングのボスっていうのは、労務者の班長程度の意味なんだよ」

「あ、なあんだ」

 白膏学苑は屋上へ上ると、国道二本に挟まれた鹿児島本線の向こうに海が見える立地である。反対側の南へ行き鹿喰峠を越えれば新門司港もあった。よって港湾関係に就労している保護者も多かった。

「わかってくれた?」

 自分が説明不足だったせいなのに、ノブヨが首を傾げて訊ねた。

「まあ、だいたいは」

 それでも慎重な言葉を選んでしまう由美子。まだ説明されていないことがあるのではないかと勘ぐってしまった。

「そういえば」

 正美が眼鏡の位置を修正しながら由彦に訊いた。

「みなさん標準語で喋ってますね」

 その質問にキョトンとした由彦は、一旦ノブヨを見てから笑顔を取り戻した。

「別にそちらに合わせているわけではないんですよ。でも学校で標準語を使わないと、他県からやって来ている生徒もいることですし。お年寄りなんかは頑固に地元の言葉に拘っていたりしますけど。ほらテレビを見ていると、ドラマやニュースなんかは標準語でしょう」

「じゃあ、無理に僕らに合わせているというわけでは…」

「本山なんかは合わせているんじゃないかな? もともと僕は白膏学苑を狙って進学してきた『外様』だけど、本山は生粋の地元で『譜代』どころか『旗本』だしね」

「とざま? ふだい? はたもと?」

「ああ、ごめん」

 正美がキョトンとしているので、うっかりまた説明不足だったことに気がついた。

「『外様』っていうのは県外からウチの学校を受験した生徒を呼ぶ、呼び名なんだ。僕や縞子さんなんかがそうだな。『譜代』は県内、『旗本』っていうのは門司の中学校から進学したグループのことだ、ほら江戸幕府で大名を分類しただろ、あれになぞらえているんだよ」

「ああ」

 正美はポンと手をうった。

「清隆でも『留学組』『進学組』『受験組』って分類あります」

 ちなみに清隆学園の分類では『留学組』は他道府県から『進学組』は附属中学校から『受験組』は都内の中学校から進学したグループである。

 と、そこで図書委員会室に軽快な音楽が流れ始めた。恋人をTVのアイドルに例えて崇拝するといった内容の、一時期ドラマの主題歌でも有名になった曲であった。

「失礼」

 正美は懐から自分の携帯を取り出しながら立ち上がり、壁際に寄りながら通話を開始した。

「権藤くんの携帯だったのかぁ」

 いちおう自分の携帯をポケットの上から触って確認していた恵美子が、電話の向こうとなにやら会話を始めた正美へ視線をやりながら、安心した声を漏らした。

「てっきり、あいつの着信はアニソンオンリーと思ってたがな」

 由美子が思ったことを口にした。

「そうでもないよ」

 恵美子が反論する。

「権藤くん、色んな曲聞いているみたいだもん。この間もカラオケで…」

「カラオケ?」

 由美子が目をパチクリと大きく一回瞬かせた。その軽く驚いた表情に「あっ」とばかりに恵美子は口元へ手をやった。

「コジロー、権藤とカラオケ行くの?」

「い、い、い、いやいや。ほら、他の常連さんたちも一緒に、ね」

「ふーん」

 納得してない様子で由美子は軽く睨み付けた。ちなみに正美の歌唱力は壊滅的なほどダメなことは仲間内で有名であった。よって彼とカラオケに行くというのは娯楽というより忍耐力の修業に近かった。

 もちろん、そんな正美と進んでそんなイベントに参加する仲間内は、ほぼいないはずで…。

 そこまで思考が巡ったところで、正美が席に戻ってきた。

「空楽、終わったって。お巡りさんにコッチまで送ってもらう途中だってさ」

「そうか、ンじゃあ無事に合流はできそうだね」

 その報告に頭を切り換える由美子。

「こっちも、お母さん大丈夫だって」

 自分のスマホで誰かと文章のやり取りをしていたノブヨが顔を上げた。

「ちなみに今夜は『焼きカレー』か『もつ鍋』かの二択だって言うけど、どっちかダメな物ある?」

「焼きカレー?」

 訊かれて恵美子の目が点になった。

「なんか、喫茶店と居酒屋が同居しているようなメニューだね」

 横から正美が言った。

「?」

 今度はノブヨが目を点にする番だった。その軽い行き違いの様子に、横から由彦が口を挟んだ。

「『焼きカレー』も『もつ鍋』も、ここいらでは一般的な家庭料理ですよ。大阪のお好み焼きとか、鹿児島のつけ揚げ等と一緒」

「ああ〜」

 東京での常識でまだ考えていた三人が感心した声を漏らした。

「で僕の意見を言わせてもらうなら『焼きカレー』は無いと思うぞ」

「じゃやっぱり『もつ鍋』か。癖があるけど大丈夫?」

 確認してくるノブヨに、由美子以外の二人はうなずいた。

「もつ鍋ってどんなだっけ?」

「あれ? 王子は食べたこと無いの?」

 早口に囁かれて恵美子も同じ様子で聞き返した。うなずく彼女を見て、ちょっと小首を傾げて説明を考えた。

「焼肉のホルモンってあるでしょ、あの部分を使った鍋物よ。癖があるけど、コラーゲンたっぷりでお肌にいいんだから」

「お肌に…」

 由美子は自分の頬に右手を当ててみた。自然と恵美子の誰もがうらやむ肌へ視線が移った。

「ウチの方では『とんちゃん鍋』って言って、ちょっと作り方が違うんだ」

 由彦がなぜか自慢げに発言した。

「むう。もつ鍋には熱燗」

「オマエは黙ってろ」

 腕組みをして重々しい声で空楽が呟いた途端に、由美子はツッコミを返した。

「って! なンでオマエがココにいンだよ!」

「お巡りさんに送ってもらったからだが?」

 不思議そうに言い返してきた。

「え? 今さっきだよね? 電話したの?」

「何度もかけていて、繋がったのは門の所だったぞ」

 慌てて正美が自分の携帯を取りだして、着信履歴を確認した。

「だったら、そう言えばいいものを」

 由美子はいつものように必殺『アームストロングパンチ』で殴り倒したい衝動を抑えながら、憎々しげに空楽を睨んだ。

「じゃあ、これで全員が揃ったってこと?」

 恵美子が室内を見まわした。たしかに清隆学園の四人に加えて、白膏学苑側の由彦とノブヨの二人が居て、昼に一度ここに集まった顔が揃っていた。

「じゃあ、行こうか」

 ノブヨが部屋の入口に設けられているカウンターの下から、彼女の物とおぼしきバッグを取りだした。

 無事に放っておかれた由美子の荷物を空楽が、テーブルの上に置いておいた荷物を正美が持ち上げた。

「ノブヨちゃんは、なに通学?」

 恵美子が訊ねた。ノブヨの都合によっては、移動手段を考えなければならない。

「んと、バスだけど」

「じゃあ成田さんの車で送ってもらう?」

 恵美子は由美子に振り返って訊ねた。

「それでいいかもね」

 足の代わりぐらいはお世話になってもいいかと、由美子はスマホを取り出して、登録してある番号を呼び出した。


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