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一月の出来事・②

 そして週末。清隆学園には土曜日の授業は無い。その代わり大学受験に向けた各科目の講習会などの自主的な時間や、単位の危ない者向けの補習、そして部活動の時間に当てられていた。出欠を取るホームルームも無いので、朝から九州までの移動時間に充てることができた。

 向こうまでの旅費は、悲しいことに自腹であった。いちおう委員会の予算から補填させるように計らうと、委員長である由美子から言われても、正美の懐が痛むことには変わりがなかった。

 美術部に所属するが、鉄道研究部にも顔を突っ込んでいるという大の鉄道マニアな正美は、時刻表と首っ引きで、新宿駅に八時ぐらいに集合し、山手線で品川駅へ移動。そこから『のぞみ一七号』で小倉駅まで行って、白膏学苑もより駅である門司駅までは鹿児島本線準快速を使用するという、全行程鉄道利用の案を練り上げた。

 そうすると午前中は授業があるらしい白膏学苑のスケジュールに合うように、午後一時半頃には着く計算になるからだ。

「ふう」

 正美はアンニュイに溜息をついた。

 二重硝子構造の小判型をした窓からは、山頂に白く雪を抱いた富士山が見えた。

「どうした? 権藤」

 着いてから着替える時間があるために、由美子はギンガムチェックのセーターと、黒いジャンパースカートを重ね、さらに冷気対策としてペールオレンジの七分丈パンツを重ねていた。足元だけは、いつものスニーカである。

 向かいに座る正美は、余分な荷物を嫌ってか、すでに清隆学園の制服に、ボマージャケットを着こんでいた。革製のソレは上野アメ横で購入したレプリカ品であるが、充分機能性も再現されていた。背中にはタイトドレスを着たブロンド美人が電話をしながら振り返っている姿がプリントまでしてあった。

「いや、ハイ・ソサエティって、時々嫌味だよね」

 日本一の頂を窓越しに見おろしながら正美は言った。

 二人はいま、由美子の父親が傘下にしている法人が所有しているビジネスジェットの中にいた。

 今回とはまるで違う別の事件で、正美も藤原家のジェット機に乗せてもらったことがあったが、すっかり忘れていたのだ。

 大体、普通の感覚では空路を使うにしても、各社の定期便を連想するのが一般的だろう。

 しかも前回と同じ機体すらでなかった。前は六人が乗れば狭さを感じさせる程の大きさであったが、今回は十人乗っても余裕が感じられそうな機体であった。機種の上ではビジネスジェットで変わりはないが、二機以上の機体を使えるとなると、ハリウッドスターでもそういないレベルの話である。

 もちろんこちらのジェット機も、名義は由美子の父が経営する会社に関連する法人の物だが、事実上は藤原家のプライベートプレーンであった。

「今回は墜落したりしないよね?」

 必要以上に肘掛けを握りしめた正美が、シートを少しだけ倒してリラックスしている様子の由美子に訊いた。

「墜落なンかしてないし」(不時着はしたけど)

 事実を口にし、そして事実を声に出さないで付け足した。

「大体アノ時は、みんな一緒だったでしょ」

 あの時は二人だけでなく、空楽や弘志、恵美子に花子と男女とも三人ずつの小旅行気分だった。その後に起こった事件を、あまり思い出したくないという事だけは、二人に共通するところだった。

「それでございますが、お嬢さま」

 由美子の隣の席には黒スーツを寸分の隙もなく着こなしている紳士が座っていた。

 彼女の父親が社長として経営する会社で、秘書室室長という肩書きを持つ成田という男である。

 偶然か故意か判らぬが、畏まった声を出している彼に九州出張があり、それに便乗させてもらった形なのだ。

「ご学友にですね…」

 成田の視線が、キャビン最後部にあるトイレやギャレーがある区画に向いた。

「危ない事を行わないよう、説得をお願いいたします」

「?」

 成田に釣られて視線を通路へ向けると、そこに猪首をしたガッシリとした体格の男が立っていた。見るからにボディガート風の男だが、彼は成田の元で色々なトラブルに対応する仕事をしていると聞かされていた。

 その筋肉男は成田の視線を受けて一つうなずくと、ギャレーの向こうにある手荷物用のカーゴスペースにあるハッチの閉塞を解除した。

「わああ」

 普段はちょっと贅沢な機内食用の食材が入れられるスペースから、ドサッと何かが床に落ちてきた。最初は大型犬か何かに見えたが、そうではなかった。

「あいてて」

 したたかに打ったらしい腰をさすりさすり、その人物は上半身を起こした。

「「コジロー!!」」

 由美子と正美は異口同音に驚き声を上げた。

「どういうこと?」

 機体の大きなジャンボではあるまいし、こういう小型機は離陸重量は厳密に計算される。余分な重量を積んでいると、機体挙動にも影響が出るし、なにより燃費にも関わる事になるからだ。

 海外では重量計算がいいかげんで墜落した事例すらある。

 こういった非合法的な事態に慣れているはずの成田がここにいて密航者がいるということは、彼も一枚噛んでいる可能性が高かった。

「最初は前脚の車輪格納室に潜り込もうとなさっていたようですが、予定された飛行高度を鑑みますと、凍傷や凍死の恐れもありました。佐々木さまの麗しい見目に傷がつくのは、お嬢さまが悲しむことは容易に想像がつきますし、なにより人類の損失にあたると思いましたので」

 犯罪者としてではなく、淑女に対する紳士といった態度で、恵美子は成田の部下に立たせてもらっていた。密航に備えてか、黒いセーターに黒いジーンズを合わせるという、靴や靴下まで真っ黒なファッションであった。

「それに、ご学友には昨年お世話になったご恩がありますゆえ、愚考いたしまして、協力を」

「あ、あは」

 愛想笑いをしながら恵美子が正美の横に席にやってきた。

「コジロー」と対面の席から由美子が睨むと、彼女は可愛く舌を出した。

「来ちゃった」(←煮え切らない三角関係で、ライバルよりも一歩先んじるために男のアパートに現れた女ふうに)

「まったくもう」

 プリプリと怒っている振りをしながらも、どこか由美子は安心していた。

 正美と二人きりというのは、どこか気まずい物があった。そりゃあ毎日のように司書室や図書室などで顔をあわせている間柄だが、どちらかというと直接的な接点は少ない。あえて言うなら、バカみたいなコントの末に殴り倒す側と、殴り倒される側だ。それ以上でも以下でもない。

 クラスも別なら趣味も全く違う、会話として成り立つ共通の話題は、新聞の見出しぐらいなものだ。

 離陸してしばらくしてから、その事に気がついた由美子は、ちょっとだけ後悔していたのだ。

 もしかしたら、そういった事まで折り込んで成田が気を効かせたのかもしれなかった。

「まさか、他にも潜り込んでるの?」

 後頭部でお団子にした髪を解いている恵美子に訊くと、彼女はニヤリと笑ってみせた。

「気になる?」

 言外に恵美子が言いたいことが判って、由美子は眉を顰めた。その美貌もスタイルも完璧な同級生には、唯一由美子が許せない事があった。何故だか知らないが、彼女は由美子と弘志が恋仲になるべきだと誤解していることだ。

 もちろん秩序を重んじる由美子と、天性の騒動屋である弘志では天敵同士の間柄であるから、向こうもそんな事態は願い下げ(のはず)だ。行動が突拍子で、何を考えているか判らない弘志の考えは置いておくとしても、少なくとも由美子は願い下げなのだ。

 余計なことを言うなと眼力で伝えると、いつもと違って恵美子は視線をずらして、それ以上の発言は控えた。

 もしかしたら由美子の隣に成田がいることに配慮したのかもしれない。

「それについてですが」

 成田が小さな機械を取りだした。見た目は携帯電話のようだが、どうやら電話ではなく小型通信機らしい。小さなダイヤルやら由美子には訳の分からないデジタル表示などが黒いボディについていた。

「もう一方に呼びかけていただけると、スムーズに事が運ぶのですが」

「まさか本当に、まだ他に潜り込ンでンの!?」

「佐々木さまが前脚室へ潜入を試みている間に、同時進行で機体後部にある補助動力装置スペースに、お一人」

「だれ?」

「私は知らないわよ」

 目を向けられて、慌てて恵美子が両手を振った。

「同じく昨年、暴漢どもの制圧に活躍された、不破さまでございます」

「空楽が?」

 正美がビックリした声を上げた。

「いちおう凍死などの恐れが無いように、現在この機体は補助動力装置を運転中でございます。余熱によって当該スペースの温度は保たれていると思われますが、なにぶん時代はエコロジー。無駄な燃料消費を抑える意味でも、キャビンに出てきていただく方が、何かとよろしいかと」

「完全にバレてーら」

 正美が呑気に言った。

「死ぬことは無いの?」

 由美子は成田が取りだした通信機を受け取りつつ訊いた。

「気胸などの病歴をお持ちの場合は、飛行高度が高いので、酸欠の恐れがあります。しかし、こちらで把握している不破さまの健康状態は、おおむね正常かと」

「肝臓も?」

 読書と居眠り、そしてなによりアルコールをこよなく愛する未成年という空楽の正体を知っている恵美子が訊いた。

 成田はその問いに、肩をすくめてみせただけだった。

「で? これは?」

「回線は当該スペースに繋がっております」

「不破くんだけなの?」

 恵美子が、何かを期待している様子で訊ねた。

「はい。おそらく不破さま、お一人かと」

 由美子は渡された通信機をじいっと見つめた。

「機体に対する問題は、燃費だけなの?」

「はい。もちろん常識として、燃料はフライト予定時間の倍以上を搭載しておりますので、いつぞやのように燃料切れの恐れはございません」

「あ、そ」

 そして由美子は通信機の電源をオフにした。


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