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一月の出来事・⑨

 本山ノブヨの家は、ちょっと山沿いに寄った住宅地の外れの高台にあった。

 一面に砕石を敷いた敷地に、平屋の建物が二棟建っていた。一方には「本山道場」の看板がかかっていた。そちらがノブヨの言った道場なのだろう。

「ほへー」

 送ってもらったワンボックスに手を振ってから振り返った正美が、気の抜けた声を漏らした。

「遠慮無く上がって」

 ノブヨが先頭に立って、住宅の方の玄関を開いた。

「ただいま!」

「おかえりー」

 ノブヨと同じくらい元気のいい声が返ってきた。なにか家事をしていたのか、エプロンで手を拭いながら出てきた中年の女性は、背格好といい、顔といい、そして特徴ある癖っ毛の頭といい、何から何までノブヨにそっくりな姿をしていた。

 玄関に膝をついて微笑んだ。

「これが、ウチんお母しゃん」

「ノブヨん母たい。今日は遠いところ、よく来よるね」

「こ、こちらこそ。突然押しかけてしまって」

 由美子が慌てて頭を下げた。

「東京んウチだっち思っち、気楽にせんね」

「そっくりだね」

 正美が横に立つ空楽に囁いた。

「一卵性親子という奴だな」

 荷物を肩にかけたまま空楽は腕組みして感想を口にした。

「東京から来ました藤原です。こちらの美人が佐々木さん。そっちのムサいのが不破で、細いのが権藤です」

 白膏学苑で縞子にしたときのように、由美子はそれぞれをノブヨの母に紹介した。

「東京ん人っち聞いとったから、線ん細かコの来んしゃーっち思っとったばってん、そーばってんなかんやね」

 主にガタイの良い空楽を見ながらノブヨの母は感想を述べた。

「ノブヨちゃん。道場ん方にレイジのおるから、後で呼んできんしゃい」

「OKわかったアイシー」

 そう言ってとって返そうとする娘の袖を掴んだ。

「そん前に、みなしゃんば部屋に案内せんね」

「部屋?」

「四人くらいやったら、子供部屋で雑魚寝したばい方の、ぬっかやろう」

「子供部屋?」

 顔を見合わせる清隆学園の四人に、安心させるように微笑んだノブヨの母は、説明をしてくれた。

「いま来んしゃーっち思うばってん、いっち弟んレイジのいるんちゃ。女の子はノブヨちゃんん部屋で、男の子はレイジん部屋で寝ればよかわちゃ」

「はあまあ」

 道場の固い床で寝る覚悟をしていた正美が、拍子抜けしたように曖昧な相づちをうった。

「お父しゃんな、今夜は抜けられんけん仕事のちゃて、帰っち来なかねら。いたらん気遣いは無用とよ。しゃ、上のっち上のっち」

 ノブヨの母は立ち上がって、急かすように腕を振った。

「それでは改めまして、よろしくお願いします」

「お願いします」

 由美子の音頭で一同は同時に頭を下げた。

「やい女の子はこっち」

 ノブヨがパック旅行の添乗員といった調子で、右手を上げて先導した。家に帰ってきて油断したのか、彼女まで言葉が地元の物になっていた。

「こっちの、あたしの部屋ばい」

 本山家は広めの四LDKといった間取りであった。玄関から廊下ですぐに居間に突き当たる。廊下の反対側に同じ大きさの部屋が二つあり、それぞれがノブヨ姉弟の部屋だった。

 さすがに女の子の部屋に入るのも失礼なので、空楽と正美はそれぞれの荷物を持ち主に返却した。

「こっちの、弟の部屋ばい」

 ノブヨが扉を開放して、二人に道を譲った。

「おや」

 窓際に勉強机があり、部屋の出入口に細身のクローゼットが立っているだけの、物が少ない部屋であった。

「生活感が乏しいな」

 空楽も同じ事を思ったようで、腕組みをして室内を見まわしていた。

「どげん?」

 背後から声がかかったので振り返ると、ノブヨが心配そうな顔で覗き込んでいた。

「そのレイジ君とかが普通の体格ならば、充分な広さがあるだろ」

 空楽が、壁に掛けられた目新しい制服一揃えに目を走らせて見積もりを出した。どこかの学校の男子用制服らしい黒色のブレザーから推測すると、正美とほぼ同じ体格であろう。部屋の中に荷物が少ないので、普通に横になることができそうだ。

「うん、よかよかじゃなかかいな」

 ノブヨの目が正美に移った。

「レイジこんぐらいやもん」

 どうやら空楽の推理は当たっているようである。事のついでとばかりに腕組みをしながら訊ねてみた。

「弟さんは中学生?」

「二年生ばい」

 ちょっと不安げな顔に戻ってノブヨは言葉を続けた。

「ばってん、こん前なんば考えとるかがとかんなくてね。もし気に入らなかったら、遠慮無く言いつけてくれてよかから」

「なにをいう」

 空楽は胸を張り、学習机に歩み寄りながら堂々と言った。

「健康な男子なら考えていることなど、一つだけ」

 言い切りながら机の裏に手を差し込んで、なにやらカラフルで薄い本を取り出した。

「エロに決まっておろう」

「ま」

 空楽が一発で取りだした冊子を見て、ノブヨの顔が真っ赤になった。

 彼の手に握られていたのは、必要な部分すら危ういほどの布地面積しかない水着姿のモデルが、あられもない姿で映っているという、いわゆる一八歳未満禁止の写真誌という奴だったのだ。

「という事は、不破くんもエロしか考えてないの?」

 いつの間にか現れていた恵美子が、身長差からノブヨの頭越しに訊いてきた。

「ふっ」と自分じゃニヒルと思っている嗤いを頬に浮かべた空楽は(エロ本を持ったまま)格好良く言い切った。

「忍びに色恋沙汰は不要」

「同じ事、ハナちゃんに言っておくから」

「?」

 なんでここで清隆学園図書委員会副委員長である岡花子の名前が出てくるのだろうと、本気で訝しむ顔になる空楽に、恵美子は本気の溜息をついた。

「どげんしたん? 楽しげに」

 恵美子のさらに背後から声がかかった。そう広い家ではないので、廊下で騒いでいれば居間まで筒抜けであった。

「い、お母しゃん。レイジったら、こぎゃん物ば…」

 ノブヨが空楽の手から冊子をひったくると、母に見せた。ノブヨの母は一筋も微笑みを揺らさず、彼女の手からソレを取り上げた。

「慈悲たい」

「?」

 一言だけだったので聞き取れなかったのか、ノブヨはキョトンとした顔になった。

「世ん中には慈悲ん心の必要なんちゃ。コレっち押入れ左ん『北欧の妖精』っち合わしぇて、慈悲たい」

 さすが年頃の息子を持つ母である。空楽にソレを渡すと顎で学習机を示して言った。

「判らんけんごと戻しとってーくれんね」

「はあ、まあ」

 毒気を抜かれた様子で、空楽は言われたとおりにした。

 そして、その場にいる全員の視線が、押し入れの扉に向けられた。

「なんや?」

 廊下から聞いたことのない声がした。

 振り返ると、丸坊主の頭に学校の名前が入ったジャージを着た少年が訝しげにそこに立っていた。

「お母しゃんもお姉ちゃんも、お客しゃん?」

「息子んレイジたい」

 ノブヨの母がレイジをみんなに紹介した。ノブヨの弟は空楽の推理通りの体格をした少年であった。

「東京からノブヨちゃんん学校に来よる皆さん。今夜はウチに泊まるこつになりよったから」

「え、泊まると?」

 寝耳に水でレイジが驚き顔になった。

「東京の清隆学園から来ました佐々木恵美子です」

 彼から見て一番手前にいた恵美子が挨拶すると、あからさまに彼の顔が赤くなった。

 なにせ清隆学園の『学園のマドンナ』である。清隆学園高等部男子に限定しても、彼女を崇拝している者は掃いて捨てるほど居た。

 彼も一瞬で彼女の美貌に目を奪われたことが、何も言わなくても判った。

「同じく不破空楽。よろしく北欧くん」

 と空楽がレイジの右肩を叩けば

「僕は権藤正美。よろしく妖精くん」

 と正美が左肩を叩いた。

 もちろんレイジは話の判らない顔になった。



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