第21話 国王と異世界
霧丸を取り戻すために俺たちは国王にすべてを話すことにした。権力者に話すことは危険極まりない行為だが、俺が見た国王の人柄、ソフィアの保証もあり、すべてを話すことにしたのだった。
しかし、そのためには国王にある程度の時間をもらう必要があった。それを得るためにソフィアに協力をしてもらったのだ。
それは、ソフィアが国王に時間をもらえるようにと願い出たらしい、といってもどうやって願い出たのかも何を言ったのかも俺にはわからなかった。
まぁ、とにかくその話をする日が今日だということだった。
「なんか、緊張してきたな」
「ふふ、大丈夫ですよ、うまくいきます」
「そうだといいけど」
俺は国王の執務室の前で深呼吸をしていた。
「さて、行くか」
「はい」
俺は意を決することにした。
それを見たソフィアが扉をノックした。
「入れ」
「失礼いたします」
「……」
俺は従者なので無言で会釈をしながら中に入った。
「ソフィア、よく来た、それで、話とは何だ」
「はい、実は話というのは、私の従者からなのです」
「なに、そのものか、たしか、ユキといったな」
「はい、覚えていただいて光栄です」
「うむ、よくソフィアから話が出ておるでな、して、何ようか」
国王は少し不機嫌そうだった。ソフィアのやついったいなんて言ったんだ。
「はい、実は、陛下にお願いしたいことがあります」
「お願いだって、き、君、従者の身分でありながら国王陛下にそのような恐れ多い」
そう怒鳴ったのは国王のそばで控えていた。国王の従者、ダルムルさんだ。
「ダルムル、かまわん」
「はっ」
その一言でダルムルさんは黙った。あれが本来の従者と主の関係なんだろうな、俺とソフィアはえらい違いだなと感心していた。
「すみません、では、お願いですか、霧丸、あっいえ、ここに、バルノール王国より友好の品として贈られた、デュランダルという剣があると聞き及んでおります」
「うむ、デュランダルか、よく存じておる、あれは実に美しい剣だ」
「はい、そして、その剣は、今から十数年前のバルノールとの戦において、バルノールの兵士、戦場の悪魔と恐れられた男が使っていた剣だということはご存知ですか?」
俺はそう尋ねた。戦場の悪魔という名は、ソフィアの騎士たちに聞いていた。
「いや、そうなのか」
どうやら知らなかったようだ。
「はい、その男の名は、虎作と言います」
「コサクか、それはまたずいぶんと変わった名だな。して、なぜおぬしがそれを知っておる」
当然の疑問がかかった。
「はい、私の家には古くから伝わる家宝がありました。しかし、今からおよそ百年前、ある人物とともに行くへ知れずとなっておりました。そして、それが、バルノールにあるとわかり、先ごろ休みをいただきその場所に向かいました。その場所こそ、虎作のところです」
「ほう、それで」
国王は少し興味を持ったようだった。
「はい、虎作の話を聞くと、我が家の家宝は領主に差し出すよう命じられたそうです。そこで、泣く泣く差し出すと、領主はその家宝にデュランダルと名付け、バルノール国王に献上しておりました」
そこまで言って国王も気が付いた。
「なに、それでは、デュランダルは、おぬしの家の家宝だというのか?」
「そうです、私はソフィア殿下の口添えでイリーナ王妃と会うことができ、イリーナ王妃が国王に尋ねていただきました。友好の品としてトリタニアに送ったと」
「姉上がそうか、姉上が」
そこで国王は妙な納得をした。
王家でもやっぱり弟は姉ちゃんに逆らえないのかなと思った。
「そうです。そこでお願いというのは、デュランダルを私に返却をしていただきたいのです」
「うーむ、確かにそれが本当ならばな、しかし、あれは我が国の宝剣としておる。おいそれと渡すわけにはいかん」
ある意味予想通りの答えだった。
そこで俺は、霧丸の過去を話すことにした。
「わかりました、では、少し私の話をお聞きください。デュランダルという名は、バルノール王国、先代のカスパル公爵が勝手に名付けた名で、本来の名は霧丸といいます」
「キリマル、それまた妙な名だな」
「確かにこの世界では変な名かもしれません」
「この世界、どういうことだ」
「はい、陛下は私がどこの出身かお分かりになりますか?」
俺はそう質問した。
「いや、おぬしの容姿は我が知るものではない、いったいどこの出身なのかわからぬ。どこなのだ」
「それなのにソフィア殿下の従者としていただいたことには感謝いたします。私の出身は日本という国です」
「ニホン、どこだ、聞いたことないが」
「それは当たり前です。なにせ、この世界ではなく、異世界なのですから」
「異世界、何を言っておるそのような絵空事」
「お父様、ユキ殿の言っていることは絵空事ではありません」
それまで黙っていたソフィアが助け舟を出してくれた。
「ソフィア! どういうことだ」
「ユキ殿は間違いなく異世界の方です。それは私が保証いたします」
そのときのソフィアは有無を言わせない様子だった。
「そうか、わかった、お前を信じよう」
「ありがとうございます」
それを聞いた俺は話を進めた。
「では続きを、霧丸は今からおよそ六百年前に作られました。作者は不明ですが、その切れ味は鋭く、いや、鋭すぎました。そのため誰にもその剣を扱うことができなかったのです。或る者は自らの体を斬り、或る者は大切な家族を失いました」
「どういうことだ」
国王は不思議に思った。当然だろうこの世界の剣は出来が悪くそんなことはありえないからだった。
「それを証明するために、陛下には訓練場に赴いていただき、霧丸を宝物庫から出していただく必要があります」
「……そうか、いいだろう」
そう言って国王は近くにいた従者に声をかけた。
訓練場に移動した俺たちは続いてやってきた霧丸をようやく見ることができた。
「あれが、霧丸、伝承の通りだな」
俺は感慨にふけっていた。
「さて、持ってきたがどうする」
「はい、では、霧丸をこちらへ」
「うむ」
国王がうなずくと霧丸を持った従者が前に出てきた。
「それでは、お見せしますが、その前に紹介したいものがおります、姉ちゃん」
俺が呼びかけると俺の背後から姉ちゃんが姿を現した。
「なっ、何やつ、どこから」
国王は予想通り驚いているようだった。
「ご安心ください、お父様、その方はサオリ様といってユキ殿のお姉さまです」
そこでソフィアが国王をなだめた。
「そ、そうか、しかし、いったい、どこから」
「初めまして陛下、弟がお世話になっております」
姉ちゃんは何食わぬ顔で挨拶をした。
「陛下、姉は最初から私の後ろにおりました。これは、我が松堂家の技で隠密というものです」
「オンミツ、それに、ショウドウだと、たしか、それは」
「はい、ソフィア工房で作った兵器の名です。これは姫様が私の名から名付けられたのです」
俺の言葉にソフィアがうなずいて見せた。
「う、うむ」
「陛下、霧丸を手に取ってよろしいですか」
一応姉ちゃんは陛下に許しを乞うた。
「かまわん」
「では」
姉ちゃんはそう言って従者から霧丸を受け取った。
受け取った霧丸をいとおしそうに見つめた後、姉ちゃんは再び陛下に尋ねた。
「それでは抜かせていただきます」
そういて姉ちゃんは霧丸を鞘から抜いた。
するとまばゆい光を放ちつつ美しい波紋を持った投信が姿を現した。
「おお、美しい」
「き、きれい」
そこで声を上げたのは陛下とソフィアだった。
「それでは陛下、こちらをご覧ください」
俺はそう言って一枚の紙を取り出した。
「それは、我が国の紙か」
「はい、ソフィア工房で作ったものです。これを、刃を上に向けた霧丸の上に乗せます。するとどうなる考えられますか」
俺はあえて尋ねた。
「どうもならん、ただ上に乗るだけだろう」
誰もがそう考えるだろうと俺は思っていただけにあえて尋ねたのだった。
「はい、普通の剣ならばそうでしょう、ですが、この霧丸は違います」
俺はそういうと紙を霧丸の上に置いた。
すると神は上に乗らずにそのまま真っ二つになった。
「なっ、なに」
「まさか」
これにも陛下とソフィアは驚愕していた。
「いかがですか、今この紙は自身の重さで霧丸に斬られたのです。これでお分かりいただけたかと思います」
「う、うむ、にわかには信じがたいが、その切れ味ならばありうることかもしれぬな」
「はい、そうです。そのため、この剣は妖刀斬丸といわれていました」
「ヨウトウ、なんだそれは」
「妖刀というのは、妖怪、つまり悪魔がとりついている剣という意味です。ですが、何も本当に悪魔がとりついているのではなく、それほどによく切れるという意味です。しかし、当時のものたちは相当に恐れておりました。そこで剣の達人でもあった私の先祖がこの剣を下賜されました。先祖はその期待に応え見事剣を扱いきり、名刀霧丸としたのです」
俺はそこで話を終えた。
「ほう、どれほどの達人か知らぬが面白い話であるな」
この世界では剣士はそれほど重要ではない、だから、陛下もそう思っていた。
「陛下、私の世界では魔法が存在しません。ですから、剣士が貴族のような立場となり、領地を治めていたのです」
「なんと、魔法がないと申しすか」
陛下は相当驚愕していた。
「はい、その代りに発展したのが科学なんですか、この話はまたいずれ興味があればお話しいたします」
その後俺たちは驚愕する陛下に様々なものを見せた。
その中でも陛下が驚愕したのはこの国で一番の剣の使い手で、陛下もその力を認めているムルダと姉ちゃんの立ち合いだった。
こうして、ようやく陛下は俺たちの実力を認めたことと、何よりもソフィアが最後に出した手紙が決定打となった。
それは、俺が持ち帰ったイリーナ王妃の手紙の中に入っていた陛下に向けた手紙だった。
そこには俺たちに協力をするようにと書かれていたらしく、そこで決断したようだった。
そして、霧丸は百年の月日を経てようやく、松堂本家である俺のもとに帰ってきた。




