第1話 ここはどこだ
「貴様、何者だ、どこから現れた!」
俺は今、中世のヨーロッパにいそうな甲冑を身にまとった屈強そうな男数名に、剣を突き付けられていた。
「お待ちなさい」
するときれいなドレスに身を包み、かなり可愛い女の子が中世の兵士風の男たちを制した。
「姫様! いけません、危険です」
姫様と呼ばれたその少女は止めるのも聞かず俺に近づいてきた。
「この方はけがをしているではありませんか、すぐに医者をお呼びなさい」
「い、いや、しかし、こやつは……」
「さぁ、早く」
少女がそう強く言うと男の一人が急いで近くにある屋敷に向かって行った。
「おケガの具合はいかがでしょうか?」
そう少女は心配そうに俺の顔を覗き込んできた。
「えっ、あ、ああ、大丈夫、大したことないから、くっ」
そう言いながらも俺の表情は苦悶に満ちていた。なぜなら俺は高いところから落ちたのだった。たぶん着地の衝撃で足の骨を折ったと思う。
「足を折っておられるのですね、そこのあなた、すぐに運んでくだますか」
「はっ、し、しかし、よろしいのですか、この者は素性も知れぬ侵入者です」
「いいのです、この方からは邪悪さは感じられませんから」
「姫様がそうおっしゃるのでしたら、了解いたしました」
そう言って男の一人が俺を抱えて運び出した。
俺が運ばれたのは屋敷の中の小さな部屋でベッドが一つ置いてあるだけでそれ以外は何もなかった。
「このような粗末な部屋で申し訳ありません」
少女は申し訳なさそうにそう言った。
「いや、助けてもらっただけでもよかったよ」
俺は何やら夢を見てるような気がしていた。
そうこうしていると先ほどの男が医者を連れて中に入って来た。その後治療を受け、やはり足を骨折しているということだった。しばらくは安静にするように言われた。
「おケガが治るまではこちらで療養なさってください」
「あ、ありがとう、でも、ほんとにいいのかな、俺みたいなのが」
そう言う俺を少女は微笑んでくれたが後ろの男たちはにらんできていた。かなり怖い。
「はい、あ、ですが、お名前をうかがってもよろしいですか?」
「えっ、ああ、ごめん」
俺は名乗っていなかったことを思い出して誤った。
「俺は、松堂幸仁」
「ショウドウユキヒト殿」
「そう、まぁ、ユキでいいよ」
「そうですか、それでは、ユキ殿、あなたはなぜあのようなところに……」
少女は不思議そうに俺を見てきた。
「ああ、それなんだけど、俺にもよくわからないんだ」
俺がそう言うと少女は不思議そうな顔をした。
「どういうことですか?」
俺は少女に話すことにした。
「たぶん、信じられないことだけど、すべて事実だから、信じてほしい」
俺がそう言うと少女は不思議そうにしながらもうなずいてくれた。
「俺は、さっきまで街を歩いてたんだ……」
俺はことの顛末を話始めた。
日曜の朝、目が覚めた俺は今日、何をしようか考えていた。
「そう言えば、今日は文房具屋でセールしてたんだよな、暇だし言ってみるかな、ついでに電気屋にも行くか」
俺は支度をして早速出かけることにした。
玄関で靴を履いていると姉ちゃんが声をかけてきた。
「あら、出かけるの」
「ああ、ちょっと街まで」
「そう、気を付けて、いってらっしゃい」
「行ってきます」
俺もこれが別れになるとは思っていなくていつも通り振り返らず背中で別れた。
街に出かけて行きつけの店に行ったり、目的の文房具屋に寄った後、電気屋で買いものをしてから、最近見つけた近道を通って家路についていた。
「いやぁ、思ったより買っちゃったな、こりゃぁ、しばらくは何も買えないな」
そう、今日の買い物で俺の小遣いが尽きていた。
そんなとき、俺の目の前に突然強い光が飛び込んできた。
「うぉ、な、なんだ」
すると俺はその光に飲み込まれた。
「うわぁぁぁ」
「それで、気が付いたら、あの場所の上空で落ちたってわけ」
俺が離すと少女は本当に信じられないって顔をしていた。
「そ、そんなことが、とても信じられません」
「そうだろうな、俺だって、今この状況が夢であればって思うけど、実際、この足も痛いしな」
「……」
少女は絶句してしまっていた。
「ま、つまり、俺はこことは違う異世界から来たってことなんだけど、なぁ、この世界のこと聞かせてくれないかな、まったくわからないし、だからここがどこなのかもさっぱりなんだけど」
俺がそう言うと少女はハッとなった。
「あ、も、もしかしたら、その、私のことも……」
「ん、ああ、まぁ、そうだけど」
少女は恥ずかしそうに俺をまっすぐ見て答えた。
「申し訳ありません、この国の方なら私のことは知っているものとばかり、思ってしまいまして」
「い、いや、気にしなくていいよ」
すると少女は改めて身なりを整えてから言った。
「遅れましたが、私はトリタニア王国第二王女ソフィア・ドゥ・トリタニアと申します」
ソフィアはそう言ってスカートのすそを持ってお辞儀をした。
その後、今日は仕事がないため時間があるというソフィアにこの世界のことを聞いた。
それによるとどうやらこの世界は、剣と魔法のファンタジーの世界のようだった。俺はまさかそんな世界が存在するとは思わなかったことと、今まさにその場所に自分がいるというありえないことに唖然としていた。
「そ、それ本当なのか、あ、いや、本当なんですか?」
俺は王女という肩書に急に固くなって返事をした。
「うふふ、いいのですよ、今まで通りに話されても」
「そ、そう、それは助かるよ」
俺は少しほっとしていた。
「それにしても、これからどうするかな」
「行く当てもないですよね」
「そりゃぁね」
当たり前だった。
「……そうですね、あ、なら、ちょうど私の従者が先ごろ退職しまして、私の従者になりませんか?」
「ひ、姫様!」
今まで黙っていた騎士が声を荒げて反対した。
「姫様、そのような誰とも知れぬものを従者になど、危険です」
「心配は無用ですよ、この方は確かに素性はわかりません、ですが、この短時間でもこの方が誠実で優しい方だということはわかります。ですから、従者にと思ったのです」
「し、しかし……」
ソフィアの決意は固く一騎士にはそれを覆すことはできなかった。
「ありがたいけど、本当に、いいのか、俺なんかで……」
俺も念のため確認した。
「ええ、構いません」
「それは助かるよ、よろしく」
「はい、こちらこそよろしくお願いいたします」
俺とソフィアはお互いに頭を下げた。
「とにかく今はそのけがを治してください」
「そうさせてもらうよ」
俺はようやく一息をつくことができた。
「もしよろしければ、ユキ殿の世界のお話を聞かせていただけますか?」
「ああ、いいけど」
俺は何から話そうかと考えてから話を始めた。
「そうだな、じゃぁ、俺の国について話そうか」
「はい、お願いします」
ソフィアはなんだかおとぎ話を聞く子供のようにワクワクしていた。
「俺の国は、日本って言って小さな島国なんだ。昔は戦争とかしてたんだけど今は法律で戦争を禁止してる。だからここ、七十年は戦争をしてないんだ」
「七十年もですか、それは素晴らしい国ですね。我が国も見ならなければなりませんね」
ソフィアによるとこの世界では頻繁に戦争を行っているようだった。
「まぁね、でも、その分殺人事件とかそう言ういたたまれない事件が多いんだ」
「……そうですか、それは悲しいですね」
「ああ、そうだな、でもまぁ、俺の国はまだましなほうで、アメリカって国は銃社会だからな」
「ジュウシャカイ、ですか?」
ソフィアは不思議そうに聞いてきた。
「ああ、この世界には魔法があるから科学があまり発展してないだろ」
「ええ」
「俺の世界は魔法がないからどうしても科学を発展させなければならなかったんだ、それでできた武器が銃ってわけ、この世界にもあるだろ、ほら、そこの奴が持ってるし」
「ああ、はい、そうですね、でも、あれはあまり使われてないようですが」
「なぁ、そこの人、その銃見せてくれない」
俺がそう言うと騎士がためらいながらソフィアを見るとソフィアも出すように言ったので自らの手に取り見せてくれた。
「見せるだけだ」
「ああ、それでいい、この銃って単発だろ」
「当たり前だ」
騎士は面白くなさそうに俺にそうぶっきらぼうに答えた。
「それに一発一発、弾を込めなければならない」
「そうだ」
「俺の世界の銃は、火薬と弾が一体となってるから連続して撃つことができるんだ」
「バカな、そんなことできるわけないだろ」
「その銃の形は俺の世界では、大体二・三百年前のものだよ」
「なんだと」
「ふふ、それはすごいですね」
「ああ、その技術を応用したミサイルっていうのもあるんだ」
「ミサイル」
「そう、それを使えばあたり一面を焼け野原にもできるっていう兵器なんだ」
「そ、そんなものがあるのですか」
ソフィアは想像して少し青ざめた表情をした。
「ああ、さらにそれよりも強力な兵器で、原子力爆弾、通称原爆なんてものもある」
「ゲンバク? ですか、それはいったい」
ソフィアは青ざめながらもしっかと聞いていた。それを見た俺は、ああ、やっぱりソフィアは王女なんだなと思った。
「原爆っていうのは、俺も詳しくはわからないけど、俺の世界では最悪の発明品であり最強の兵器なんだ。戦争をしている国では力の誇示のためにこれを持っているんだ。っで、これを使うとそうだな、一つの町がすべて飲み込まれて消滅する」
俺がそこまで言うとソフィアは信じられないというように絶句していた。
また、近くにいた騎士ですら冷や汗をかいていた。
「この原爆の最悪なところはそれだけじゃないんだ」
「えっ、ま、まだ、あるのですが?」
ソフィアはさらに驚愕の声を上げた。
「ああ、爆発の時に放射能っていうものが放出されるんだけど、これが人体に入ると思い病気になったりするんだ。しかも、それは長年かけてようやく薄くなるってものなんだ。だから、爆発が起こった場所にはしばらく人が住めなくなるってものなんだ」
ソフィアはそれを聞くと蒼白となっていた。
「……そ、それは、ほ、本当のことなのですか?」
ソフィアは信じられないという感じで俺を見ていた。
「残念ながら、本当のことだよ、と言っても実際に投下されたのは過去二度、俺の国だよ」
「えっ?」
「そう、今から七十年前世界大戦があったんだ。その時最後に原爆が投下されて俺の国は負けたんだ。俺のばあちゃんも小さいとき被曝してる。まぁ、爆心地から離れてる上に室内にいたことで何とか最近まで生きてたけどな」
「そうだったのですか?」
ソフィアはそれ以上何も言えなくなった。
「でも、ま、七十年前に戦争に負けて以来俺の国は戦争をしてない、国の法律で戦争ができないようになったからね」
「ほ、本当ですか?」
ソフィアは光がさしたように明るくなった。
「まぁね、それに科学技術は何も戦争なんかに使う兵器ばかりを作っているわけじゃないよ、電気を使って生活を楽にするものがちゃんと作られてる、例えば、部屋の明かりとかは蛍光灯って言って電気で明るくなる仕組みでこんなランプは使ってない、だから夜でも昼みたいに明るいんだ」
「夜なのに昼みたいですか?」
ソフィアは明るい意味で信じられないという表情をした。
「そう、それ以外にもさ……」
俺はそのあとも長時間にわたって俺の世界についてソフィアに話して聞かせた。ソフィアは俺の話を聞いて顔をしかめてような反応をしたり楽しそうに笑ったりと表情をコロコロと変えながら聞いていた。
「ユキ殿の話は実に面白いですね」
「いやぁ、それほどでもないと思うけど、でもオレも楽しかったよ。俺の世界の人間なら当たり前のことだからな、だから改めてここは異世界なんだってわかったよ」
俺は少し寂しくなった。
「早く、もとの世界に帰れるといいですね」
「ありがとう」




