第二話 パチモノ聖女と聖堂の天使(後)
廃棄された聖堂跡がそうであったように、聖堂というものは中央部に噴水を作ることになっている。この地方でもっとも重要な存在である水の女神。その女神の祝福を受けた水を使った噴水である。
噴水であるからして、周囲を濡らしてしまう。そのため、噴水のある部分が中庭になっているのは自然な流れと言えよう。
王都にある聖堂は、地下深くにある泉から汲み上げているそうで、廃棄された聖堂も、この聖堂も、もともとは同じところから汲んだ水ということだ。それは泉ではなくて地下水脈かなにかが通っているのではないかと思うのだが、そこまでは教わっていない。
女神の泉と呼ばれる天然の湧水は、この国に十二か所。そのすべてを回り、浄化することがわたしの『聖女もどき』としての役割である。すべて終わればわたしは日本に帰ることができる。
一つは王都にある聖堂であり、水魔による汚染は行われていない。そのため、残り十一か所。この三か月で回れたのはそのうち半分以下だった。
聖堂の中庭には小さな噴水がある。その噴水を囲む石台の上、天使が腰かけていた。
ふんわりと長い金色の髪。澄んだブルーの大きな瞳。
身に着けている服は特注なのか、水色と紺色を組み合わせたドレスの上に、浴衣に似た衣を上着代わりにしている。白く透けた衣の下からドレスの色が透けて、この上なく美しい。
愛らしい微笑みを浮かべた少女は、まだ幼児期を抜けていないだろう。
可愛らしい少女の隣には、これまた綺麗な侍女が佇んでいた。髪の色は鮮やかな赤。腰まである長い髪を三つ編みにしており、身に着けているロングドレスもまた、濃い目のワインレッドだった。スラッと背が高く、目鼻立ちがくっきりした、少々キツめの美人だ。年齢はおそらく二十歳前後。
彼女はバスケットの中に入っている小さな包みを天使に手渡し、それからレースのランチョンマットを取り出すと、石台の上に即席のティールームを作り上げる。まるで魔法みたいだ。
「ありがとう、サリサ」
天使の口から呟かれた可憐な声に、侍女の表情が微笑みに変わった。
かっ……。かわいい~~っっっっ!!!!
思わず声に出しそうになるのを必死で耐えつつ、わたしは思わず身悶えした。
いやはや、本当に。天使の羽がキラキラと輝いているのが見えるような気がした。
おそらくあれが、『聖女候補』だというお姫さまなんだろう。というか、もう候補は外して決定で良いんじゃないだろうか。その容姿だけで、十分聖女をやっていけると思う。
だが、あの天使に毒除去をさせようというのだろうか、この国の王は。鬼だな。
「ク、クライフさん、あれですか?あの方ですね?お姫さまって!」
目を輝かせて尋ねるわたしに、クライフさんが戸惑った表情を浮かべた。
「はい、そうです。国王陛下の末の姫、シャルロッテ様と、その侍女のサリサです」
「お姫様の聖堂修行だと、侍女さんもついてくるんですね?」
「何しろお若いので、最低限の身の回りの世話ができる者がいないといけませんし。それと、聖堂には男が多いため、その警戒ですね」
「あのっ。紹介してくれませんか、わたしのこと!」
「え」
「ほら、いきなりわたしから自己紹介するのは失礼じゃないですか。お姫さまですし。こう、アイドルのファンが突進してくるようなものですよ、それって!その点、クライフさんは隊長さんですし、わたしよりも慣れていらっしゃいますよね!」
「……紹介というのは、具体的にどうすれば?」
「ミスズという者が挨拶したいと申しておりますが、お許しいただけますかって伝えてください!」
「……聞こえていると思いますが、承知しました」
中庭に現れたわたしに気づいてか、侍女さんの方がハッと顔を上げた。とたんに警戒した表情に代わり、バスケットの中に片手を突っこみながらお姫さまを庇う。
まさかそのバスケット、武器まで入っているのではないだろうな?さすが王宮の侍女さん!
「……クライフ様?」
侍女さんは最大限の警戒をわたしに向けながら、クライフさんに気づいて動きを止めた。
「どうしてここに?……いえ、クライフ様がいらっしゃるということは、そちらの女性は」
「ええ、こちらミスズ・ニーガキ殿です。シャルロッテ様にご挨拶なさりたいということで」
「……ご挨拶?」
侍女さん――サリサさんの表情がますます険しくなる。
「はい!新垣水涼と……。あ、いや、ミスズ・ニイガキと申します!
三か月ほど前に『聖女もどき』になりました。今はこちらのクライフさんの騎士隊でご厄介になっております。聖堂には時々体調管理のために訪問させていただいております。どうぞよろしくお願いします!」
一気にまくしたて、深々と頭を下げたわたしに、サリサさんからの返答はなかった。
代わりに聞こえたのは、サリサさんからクライフさんに向けられたと思われる、低~い声である。
「……なんですか、この女」
え、とおそるおそる視線を上げると、そこには凄味のある美人がいた。
いや、顔立ちは変わっていないんだけど、表情が。敵視するような視線が向けられているのだ。ズズズズズズ、と背景に危険なオーラまで立ち昇っている気がする。いや、クライフさんのものと違って見えないけど。わたし、何かやらかした?
「クライフ様、お分かりでしょう?今現在、シャルロッテ様がどれほど危うい立場か」
責めるような彼女の言葉に、クライフさんは静かに返した。
「……この聖堂は、国中でも防備の優れた場所の一つです。常に騎士隊が待機して警戒に当たっておりますし、出入りも厳重に管理されています。王女殿下が滞在される場所としては、王宮の次に安全かと」
「そういう話ではありません!小隊とは言え、騎士隊長ともあろう方が分かりませんか?本来シャルロッテ様は王女殿下です。聖堂修行なんて形ばかりの儀式に関わるのは最初の一年だけで済むはずだったんですよ。それが……なまじ才能がおありになるから!下手をすれば今後一生、聖堂所属で過ごすことになるかもしれないんです!」
「それがどうしました?」
「このうら若き美貌を!天使のような愛くるしい姿を!聖堂に閉じこめておけとおっしゃるんですよ、国王陛下は!人類の宝の損失ですよ!輝く宝石は周囲に見せてこそなのに隠そうとおっしゃってるんですよ!何を考えておいでなんですか、あの男は!」
「国王陛下の胸の内は、我々臣下には与り知れないものです……」
「そんな建前は要らないんです!」
キィイイイイ、とサリサさんの怒りは湯気のように立ち昇る。
若干ヒステリックな怒り方は、髪の毛が赤いこともあって炎のようだ。
「聖女って、御簾の後ろが定位置じゃないですか!あたしの姫様をもっと見せびらかしたいのに!素敵な衣装を着せても見てもらえないんですよー!?」
どうやらサリサさんの一番の不満は、そこにあるらしい。
ジロリと彼女は続いてわたしを睨んだ。
「あなた、あたしの大事な姫様に喧嘩でも売りにきたんですか?」
「え。ち、違……」
どちらかというと、真逆である。あまりに可愛いので仲良くなりたかったのだ。
「国唯一の聖女として、さぞやチヤホヤされていることでしょう。そもそも恋人にしたい騎士ランキングトップ3を常に争うクライフ様が護衛ですし、その立場に固執したくなる気持ちも分からないでもありません」
そんなランキングもあったんだ。わたしが知る騎士様ランキングはファニーさんから聞いた噂に限られるので、ヨハンくんがランキングされているものばかりなのだ。ヨハンくんはどうやら、恋人にしたい騎士ではトップ10に入らないんだろう。
「ですが!言っておきますけどね、シャルロッテ様はあなたのようなどこの馬の骨とも分からないようなボンクラじゃ太刀打ちできないような逸材なんですよ!そりゃあ、血統の方は少々頼りないです。何しろ父親がアレですし。凡人のくせに野心家で、まあまあ使い道のない国王陛下ですからね。ですが母親のマルガレーテ様はそりゃもう才色兼備。今のところ四人いる王子王女殿下もそこそこイケてますが、それもすべてマルガレーテ様の血筋のおかげってものですよ。ま、あたしのシャルロッテ様が一番ですけど!そうそう、この前もシャルロッテ様ときたら、あたしのお作りしたプリンを『美味しいvサリサ、また作ってv』なぁんておねだりしてくださったりして。うふふふふ。あんな天使の笑顔を見せられたら思わず作らずにはいられな……」
「サ、サリサ。やめて。はずかしい……」
立石に水。そんな感じに続いた侍女サリサさんのシャルロッテ姫自慢に制止を入れたのは、誰あろうお姫さま本人だった。どうやら彼女、これが平常運転なんだろう。悪い人ではなさそうだ。
それと王宮に仕えているはずなのに、国王に不満たらたらで大丈夫なんだろうか。不敬罪とかあったりしない?この国。
「あの、あなた、せいじょミスズさまなの?」
シャルロッテ姫は天使の顔で不思議そうに口を開いた。
五歳と聞いたが、若干幼い印象を受ける。単純にわたしの知っている五歳が生意気盛りな子が多かったせいかもしれない。
「聖女なんてとんでもない!『聖女もどき』です。様付けされるような立場じゃありません」
訂正を加えてから、わたしは彼女の目線に合わせつつ答えた。
「どんな噂をお聞きになられたか分かりませんが、そのミスズです。こうして聖堂でお会いしたのも何かの縁、今後はぜひ、仲良くしましょう?」
そう言ってサッと右手を差し出したわたしに、シャルロッテ姫は目をぱちくりとさせたが、やがてはにかんで微笑んだ。
「うれしい」
赤らめた手でわたしの握手に応え、彼女はちょこんとドレスの裾を摘まんだ。
「シャルロッテです。ミスズさまとおともだちになれるなんてこうえいです」
そう言って微笑んだ顔が、また、か・わ・い・い!!!!
「あぁあああん、姫様その笑顔最高ですぅっ!」
わたし以上に萌えていたサリサさんが噴水の石台をバンバン叩いている。
「サリサさん、気持ちはよーく分かります。こんな美少女を御簾の後ろに隠すなんてもったいないですよね」
「そうでしょう!?分かりますよねええ!?」
くわっと目を見開いたサリサさんは、涙を流さんばかりに喚いた。
「そもそも聖女って損な役なんですよ?民間人がなる分には、一年限りの話ですし、箔がつくから求婚者も増えていいって聞きますけど。王侯貴族がなると、とたんに求婚者が減るんです。聖女様がお相手だなんて畏れ多いって話です。それでも一年限りだから、王族ならお相手には困らないはずだったのに……っっ。
あなたがもう少しマトモな聖女だったらこんな話にはならなかったはずなのに!なんですか、『聖女もどき』って!情けない!自己紹介くらいもっとビシッと、『国唯一の聖女』ですくらい言ってみたらどうですか!」
なるほど、この愛くるしい容姿のシャルロッテ様が、一生独身になるかもしれないのか。王女付の侍女である彼女には耐えられない話らしい。いやいや、仮に聖女になったとしても、これだけ可愛いお姫さまは引く手あまただと思うけども。むしろ聖女になったらさらに求婚者は増すと思うけど。
「……サリサ、ほんとうに、もうやめてね?」
悔しげに叫び続けるサリサさんに止めを入れたシャルロッテ姫は、先ほどサリサさんから渡された小さな包みをわたしの前に差し出した。
「おともだちになったきねんに、ごいっしょしませんか?サリサがつくってくれたクッキーなんです」
天使はそう言って、一際可愛らしい声でわたしを誘った。
噴水を囲む石台に腰かけ、シャルロッテ姫と一緒にオヤツタイムである。
散々身悶えしていたわりに、バスケットを死守していたサリサさんは、レースのランチョンマットを広げた上に、ティーポットとティーカップを二つ並べた。サリサさん本人は、給仕役だから呑まないんだそうだ。
クライフさんは任務中だからといって辞退。少し離れたところで周囲警戒に向かってしまっている。女同士の会話に参加しづらいという事情もあったかもしれない。
サリサさん自作のクッキーは、アーモンドクリームをサンドしたソフトクッキーだった。めちゃめちゃ美味しい。上品な甘さといい、可愛らしい形といい、クリームをサンドしているあたりも、この世界に来てから一度も見たことがない完成度である。庶民の朝食は麦粥なのに、この差はなんなんだ。
「美味しいです!」
「サリサのクッキーは、おうきゅうでもひょうばんなんです。おうきゅうごようたしのリリベットにもまけません」
シャルロッテ姫が自慢するのに、サリサさんはパッと頬を赤らめた。自分が自慢する分にはいいが、自分が自慢されるのは照れるらしい。
「い、いやあ、そんな。褒めすぎですよぅ」
「にいさまも、これがまいにちたべられるならサリサとけっこんしたいって」
「いえ、シャルロッテ様、それは社交辞令なんですから。あまり他所には触れ回らないでください。父がその気になったら困ります」
「ちなみにその王子様、年齢は?」
「七歳です」
うむむむむ。サリサさんの見た目は、わたしよりも若干年上。ざっと見積もって歳の差十三歳の求婚者は、仮に王子様だとしても残念ながら対象外だろう。
オヤツタイムですっかり打ち解けたところで、わたしたちは世間話に花を咲かせた。
聖女候補が二人もいれば、どうしても話題はそちらの方に向かってしまう。
「ちなみに、サリサさんの周りに、他に聖女役をなさった方は?」
「あまりいませんね。王宮侍女というのは下級貴族の娘がほとんどなので。聖女になったりするとかえって嫁入り先が減る家が多いんです。バリバリ働く系の侍女は、恋愛相手は自分で見つけちゃいますから、身を清めないといけない聖女なんて嬉しくないですし。ほら、聖女なんてしている間に浮気されたら嫌でしょ?侍女の恋愛相手ってたいがい騎士様なので、見かけのわりに即物的なんです」
なんとまあ、生々しい理由。
「それで、恋人ランキングとかに詳しかったんですね」
「ああ、恋人にしたい騎士ランキングですね。他にも似たようなのはいろいろあるんですよ、王宮侍女ってのは、働き口と同時に結婚相手を探していることが多いので、どうしたってそういう話題にいきがちですから。
結婚したい騎士ランキングとか、部下にしたい騎士ランキングとか、弟にしたい騎士ランキングとか、不倫したい騎士ランキングとかね」
「え」
最後のやつはあまり良い響きじゃないんですが。
「ちなみにクライフ様は、恋人と結婚相手と部下ではトップ3入りの常連ですけど、まだお若いので結婚相手でトップになったことはありません。あと、弟だとランキング外ですね」
「不倫、は……?」
「トップ3に入ったり、入らなかったりです。不倫相手だと、もう少し性格が明るくて危険な魅力がある方が良いんじゃありません?ほら、クライフ様だと真面目でいらっしゃるので、一夜の夢だとか火遊びだとかで終わらないかもしれないでしょう」
「……」
思わず言葉を失ったわたしに、サリサさんはニコリと微笑んだ。
「で、ミスズ様はクライフ様とはどういう関係ですか?」
「……どういうも、こういうも……。護衛していただいていますが、それだけです」
「なんだ、残念」
コポコポコポ、とお代わりの紅茶を注ぎながら、サリサさんは意地の悪い顔をした。
「クライフ様が女性相手にどんな口説き方をされるのか、ご本人の前で聞いてみたかったんですけど」
「すみません、お役に立てそうにありません」
深々とわたしは頭を下げた。
仮に!仮にだが、仮にクライフさんの女性口説き方編を知っていたとしても、絶対口外するまいと心に誓う。本人の前で聞いてみたいなんて、悪趣味にも程がある。わたしだったら、昔書いたラブレターの内容は死んでも知られたくない!
「サリサさんは、恋人さんは……?」
「まあ、たまにいたりいなかったりです。あたしはシャルロッテ様にお仕えしている間は、そちらを優先したいので。すぐに結婚したがるような事情を抱えた騎士様とかは逆にお断りですね」
王宮侍女さんにも、いろいろな人がいるらしい。
すっかり仲良くなったところで、オヤツタイムは終了となった。
聖女修行中だというシャルロッテ姫は、一日一回、こうして聖堂にやってきて噴水周りで時間を過ごす必要があるんだそうだ。
この噴水は水魔から護られた清らかな水。その近くで過ごすことで身を清めるということらしい。おそらく王女でなければ水垢離修行をしろと言われるんだと思うのだが、五歳児にそんなことを言い出すような聖堂長でなくて良かった。
「またこんどおはなししましょう?」
「ええ、ぜひ!こちらこそよろしくお願いします」
シャルロッテ姫と再び握手をして別れる。
「サリサさんも、ご馳走様でした。いろいろお話できて楽しかったです。この国に来てから、あまり同世代の知り合いがいないので……」
出身について説明していいものかどうか分からないので若干口ごもりながら言うと、彼女は微笑んだ。
「こちらこそ。シャルロッテ様と対立しない間は、あなたは敵じゃありませんから」
「……」
仲良くなったつもりだったんだけど、まだわだかまりがあったんだろうか。
王宮に戻るという二人を見送り、噴水の周りにはわたしとクライフさんだけが残った。
「ようやく行きましたね」
ホッと息を吐いたクライフさんに、意外な気持ちがした。
「苦手ですか?もしかして……」
オヤツタイムに入ってこなかったのはそのせいなのだろうかと思って尋ねると、彼はわずかに苦笑いを浮かべた。
「いいえ。シャルロッテ様は国王陛下の末の姫としてご誕生の折から存じておりますし、苦手などとそんなことはありませんよ。サリサにしても……まあ……」
言葉を濁したクライフさんに、ふと思いついたことを口にする。
「もしかして、以前恋人同士だったとか」
「違います」
そちらはキッパリと否定してから、クライフさんは言った。
「彼女はエルヴィンの妹なので、昔から知っています。年上相手にも遠慮のない娘なので、敵も多いですが味方も多い。……ミスズ殿のご友人としては向いているのではないかと、以前から思っておりました」
さりげなく、クライフさんは付け加えた。
もしかしたら同世代の知り合いが少ないわたしのために、この機会を作ってくれたのかもしれないと思わせる。
というか、え?エルヴィンさんの妹?……そういえば、赤毛のあたりが似ているかも?
あれ、だとすると、エルヴィンさんも下級貴族出身なのか。
「お気づきにならなかったかもしれませんが、先ほどから噴水周りに誰も近づかなかったでしょう」
「えっ……」
言われてみれば、確かにそうだ。
この噴水は聖堂の中心部にあたるので、聖堂内で行き来する人はたいがいここを経由するはずなのに、シャルロッテ姫と話している間、誰ひとりとして通りかからなかった。
「不穏な気配が三つほど、こちらの様子を探っているようでした」
「そ、それ、シャルロッテ姫を狙って……?」
「分かりません。ただ、サリサも終始バスケットから手を離していなかったので、気づいていたでしょう。いざとなればアレが対処しますから、シャルロッテ様については心配いりません」
「そんなこと言って!教えてあげなくていいんですか!?だって、明日も来るんですよね?」
「……ミスズ殿」
クライフさんはため息をつくような顔でわたしを見下ろした。
「シャルロッテ様のことよりも、ご自分のことを心配してください。
この聖堂は比較的防備の優れた場所ですが、それでも不埒者が入りこむ余地はある、ということなのです。移動する時には自分か、せめて騎士隊の者を連れるようにしてください」
「は、はい……」
つい先日誘拐されたばかりなので、ここはおとなしくうなずいておく。
「……とはいえ、ずっと聖堂内では息が詰まるでしょうから、明日は街に出てみますか?
王宮への参上は日を改めるということで三日後の予定ですから、それまではミスズ殿には聖堂で過ごしていただくことになりますし」
「え?いいんですか?」
「はい。……俺は明日、非番なので」
目をぱちくりさせたわたしは、クライフさんの言葉を反芻してみた。
クライフさんは何しろ騎士隊長である。そのため、わたしの護衛以外にもやることは山積みであり、滅多なことでは休めない。
当然、非番なんて言葉は聞いたことがなかった。騎士隊の駐屯地から外に出ることがあっても、その時の同伴者はヨハンくんか他の隊員さんだったのだけど。
「ええと、それは、ご一緒してくださるという意味でしょうか」
念のため確認してみたわたしに、彼は答えた。
「そのつもりですが、伝わりませんでしたか?」
「い、いえいえいえ。ビックリしただけです。お忙しいのだとばかり思ってたんですが……」
「忙しくはありますが、サリサに次聞かれた時に、参考資料にくらいはなるでしょう」
クライフさんの言葉を聞いて、彼がどうしてこんなことを言い出したのかが分かった。
『クライフ様が女性相手にどんな口説き方をされるのか、ご本人の前で聞いてみたかったんですけど』
サリサさんがそう言ってた言葉、聞いていたんだな、この人。
「それは……。その、気遣っていただきまして」
嬉しいのか悲しいのか、よく分からない気分になりつつ、わたしは頭を下げた。
「ファニーさんのところにお詫びに行きたいと思っていたので、付き合っていただけるのでしたら嬉しいです。でも、本当にお忙しいようなら、休まれた方がいいと思いますよ?キャパオーバーで倒れたわたしが言うのもなんですけど、……隊長さんが倒れると、部下の方も大変ですから」
我ながら可愛くないことを言いながらも、わたしは明日のお出かけプランを練ることにした。わたしが倒れたせいでいろいろ予定が狂ってしまっているだろうに、本当にお出かけなんてしても大丈夫なんだろうか。ちょっと不安だ。
考え込みはじめたわたしの耳に、クライフさんの呟きが届く。それは、いつも通り苦笑いを含んだ声だった。
「……俺は、あなたを護ることができればそれでいいんですけどね」