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第十七話 パチモノ聖女とドワーフの里(1)

前後編でおさまらなかったので数字にしました。4回予定です。


 ハッと気が付いた。

 

 どうやら死んでいない、本当に丈夫だなこの身体。……と他人事のように思いながら目を開く。

 暗くてよく分からないが水たまりのような場所にいるようだった。身体が濡れている。


 誰かがのぞき込んでいるのが分かった。

 暗がりに人型のシルエットがぼんやりと見え、目が光って見えるのだ。

 誰だろうと思いながら目をぱちくりさせる。起き上がろうにもまだ身体は動かない。


「どうやら生きとるぞ」

「おぉ、しぶとい娘っこじゃな」

「女は丈夫に越したこたぁない。それより、これが別人てことは婆さんはどこじゃ?」

「ここにはおらんなあ」

 会話が聞こえる。この場には複数人いるらしい。

「ほれ、起きられるか、娘っこ」

 どうやらわたしのことだな、と理解して、わたしは身体を起こそうとした。

 だがしびれたように動かない。

 困った顔で首を振ろうとするが、それもできなかった。

「ふぅむ。できんようじゃな。仕方ないのぅ」

 そう、誰かが言った直後である。

 わたしの身体がふわっと浮かんだ。


 移動している。

 前後左右あちこちから――、具体的には両脚と腰、両肩後ろ、首といった場所が何かに支えられて、寝た姿勢のまま運ばれていくのだ。

 なんだろう、これ。担架?

 

 あまり揺れはしないのだが、地震の揺れを感じたばかりなのでどこか落ち着かない。なんとなく気持ち悪いような気がする。あと不自然に浮かんでいるのが怖いというか。

 などといろいろ考えていたのだけど、聞こえてくる会話に害意はないし、わたしはうまく声が出ないようなのでおとなしくしていると、少し明るい場所に着いた。


 洞窟の中のようだった。

 天井にはキラキラと光る素材の石があり、そのため今までの通路よりも明るいのだ。

 わたしは板のようなものの上に寝かされたようで、先ほどまでの水たまりの中よりはずっといい。服は濡れているが、身体はあまり冷えていない。

 ぱちぱちと瞬きしている間に、顔を動かすことができるようになってきた。


 洞窟の中の広めの空間。ちょこちょこと動いているのは小さな人影だった。

 身長はいずれも一メートル弱。幼稚園の年少さんくらいである。サイズは小さいのに不自然なほど腕が太い。猿のような動物かと思いはしたが、完全な二足歩行だし、服も着ているし会話もしているのでもっと知的な生き物らしい。小人さんだ。

「――あの」

 話しかけてみようと思ったが、彼らはどうやら忙しいようだった。

 聞こえてくる感じからすると、『婆さん』なる彼らの仲間のうち誰かが行方不明であり、洞窟のあちこちを探している途中のようだ。わたしはそのついでに発見され、見捨てるのもなという消極的な理由で助けられたようである。親切な人たちなんだな。

 ぱくぱくと口を動かしたり、首や指を動かしたりしながらリハビリに励む。

 なぜだかしびれたように動かなかったのだが、徐々に動かせるようになってきた。怪我をしているわけではないようだ。打ち身とかそのくらいはありそうだけど。

「――あ」

 できる。できそう。

 腕を高く上げることに成功したわたしは、今度こそ確信を持って身を起こした。


 さて改めて。

 ここは洞窟の中らしい。

 薄暗いし、ジメッとしているし、どこにもランプのような明かりがない岩天井。天井からはぴちょぴちょと雫が垂れて、広間の一か所には水たまりができている。ただ、湿度のわりに寒くないのは地熱ってやつだろうか。あるいは近くに沸いているであろう温泉のせいかな?

 広めの空間には三か所の穴があった。いずれの通路かは分からないけど、小人さんたちはおそらく『婆さん(せめておばあさんと呼びたい)』を探しに向かっているのだと思う。

 広間に残っている小人さんは三名だけ。暗がりなので顔はよく分からないのだけど、ジイィィィイイッと視線を向けてしまったせいか、そのうち一人が振り向いた。

 はぅっ。

 顔が目に入ってきたとたん、胸をずきゅんと撃ち抜かれるような気分だった。


 可愛い!!!!!!

 

 振り向いた小人さんは女の子のようだった。女顔の男の子って可能性もあるけど、着ているのがスカートだから女の子だろう。身長は言うまでもなく幼稚園の年少さんくらい――つまり三歳か四歳くらい。腕は他の小人さんと同様太いのだけど、ゴリラのようにムッキムキというわけではなく、ちょっとたくましいかな?程度。

 身に着けているのは黒っぽい素材のワンピースで、足元はサンダルだった。

「お目覚めになられたのですね」

 彼女の口から出てきたのは容姿に見合わぬ大人びた声だ。凛々しそうな表情と颯爽とした身のこなし。それもこれも小さな女の子がしていると思うと、賢そうで可愛い!の一言に尽きる。

「あ、あの……。わたしはミスズと言います。図書館にいたんですが……。ここは、どこでしょう?」

 わたしの質問へ、小人さんは少し驚いたような表情を浮かべた後、安心させるように落ち着いた声で説明を始めた。可愛い!

「位置としては、ヴァサヴァルト連合王国大図書館の地下にあたりますわ。地の揺れにより山の一部が崩壊したので、あなたは図書館が崩れるのと一緒に落ちてきてしまったのでしょう。骨折などはなさそうでしたが……お怪我はありませんか?」

「あ、っと、……ですね」

 もう一度手を動かしてみて、首を動かし、胸元や腰といった部分を触って骨折など痛みがないかどうか確認する。ぶつけて痛い程度はあるにせよ――……。

「なさそうです。お気遣いいただきましてありがとうございます」

 ぺこりと頭を下げたところ、小人さんは優しくにっこり微笑んだ。可愛い!

「もうすぐ仲間が戻って参りますので、そうしたら一度里へ引き返します。よろしければあなたもいかがですか?」

「え、いいんですか?ご迷惑じゃあ?」

「いえいえ。いずれにせよ外に出ないことには他の里にも行けませんわよ。ミスズさんのご無事を心配されている方も多いでしょうし、里に戻れば外に連絡もできますよ」

 彼女はそう言って、ふと思い返したように付け加えた。

「申し遅れました。

 わたくしはネイ。ヴァサヴァルト連合王国ドワーフ氏族の長の娘ですわ」

 なんとお姫様だった。



 探索は一度打ち切られたらしい。

 戻ってきた小人さんたちのリーダーはラオさんと言って、見事なお髭を生やした壮年顔の小人さんである。顔はおじさんなのに幼稚園サイズって、違和感……と思ったのだけど。白雪姫に出てくる七人の小人を思い返して納得した。なるほど、あれもドワーフだという説がある。

 ファンタジーな物語ではエルフやドワーフは亜人といって、人間種族とは別の、それでいて隣人的な種族として登場することが多い。この世界にもいたんだなあ。エルフとかもいるのかな?

「ダメだ、見つからん。爺さん連中は諦めていないが、一度引き返した方がいい」

 ラオさんはそう言って、広間に集まった小人さんたちを見回した。

「一隊だけ残して、残りは一度帰還してくれ。天井の崩壊で行き止まりになっている場所も多いからな。地の揺れがおさまったら地図を作り直しする必要もある。ネイ、おまえが中心になって報告をまとめてくれ」

「かしこまりました」

「待て、ラオ!おまえらだけには任せておけんぞ」

「そうじゃそうじゃ!」

「婆さんはわしらが見つけるんじゃ!」

「……探索隊の再編についてはネイを中心にして進めておいてくれ。こっちが一度戻ったら、再編メンバーで探索にあたる。それでいいだろう、爺さんたち」

「仕方ないのう」

「ったく若造が仕切りおって。リーダーじゃからと調子に乗るでないぞ」

「そうじゃそうじゃ」

 リーダーのラオさんは三人の仲間を連れて通路の一本へ入っていき、ネイちゃんが残りのメンバーを連れて戻ることになった。


 洞窟の通路は薄暗く、足元は濡れていて歩きづらい。ただ、ネイちゃんたちにはあまり関係ないらしい。岩天井の素材に含まれる微量のキラキラした成分の輝きだけで十分に見えるということだ。逆に明るいと眩しかったりするのかな?

 二時間くらい歩いただろうか。何度も何度も分かれ道があったので、もう元の場所に戻れと言われても自信がなくなったころ。ぽっかりと開いた空洞があった。

「ここが、ドワーフ氏族の里ですのよ」

 そこは広大なドームだった。

 

 岩天井はキラキラとしているだけではなく、補強用なのか太いワイヤーのようなものが張り巡らされていた。天井全体が半球形になっている。

 ステンドグラスみたいな色彩豊かなガラスタイルを使って、天井に絵を描いているのも興味深い。描かれているのは女性と小人たちが泉のそばにいる絵のようだ。

 それだけでは危ないからか、天井から床まで貫く太い柱が何本もある。先ほどの地震でも壊れた様子はなかった。

 里というだけあって、ドームの中には家がいくつもあった。ただ、ちょっと奇妙な感じがしたのは、一戸建てがいくつもあるというよりは、団地というか、アパートみたいな作りだということだ。狭いスペースに多くの人が住めるようにしているのかもしれない。住んでいるのが身長一メートル弱サイズの小人さんたちなので、部屋はかなり小さい。

 一戸建てももちろんある。だけど、これは居住用ではなく工房だそうで。

「ドワーフ氏族は物づくりが得意と言われておりまして。主に輸出用ですが、いろいろ作っておりますわよ。ミスズさんも何か欲しいものがありましたらご注文くださいませね」

「え、ええと。急に言われても困っちゃうんですが……」

「ふふ、そうですわね。まずは落ち着く場所にご案内します。身体が冷えてしまっているでしょう?」

 里には人間はいないらしく、人間サイズが寝泊まりできる施設はもちろんない。なにしろわたしはネイちゃんの二倍の身長がある巨人である。

 そこで案内されたのは里の中心、何もない広場である。街であれば市場などが開かれそうな場所だ。ネイちゃんは里の住民に指示を出し、そこに巨大な折り畳みテントを張ったのである。モンゴルの遊牧民のゲルを思わせる大きなもので、直径六メートルほどの広さ。わたしが『聖女もどき』活動の時使っているテントが一人用なのに比べると、数倍以上大きく、一家族が生活するくらいはできそうだ。人間のわたしが立っていても頭をぶつけることもない。

「各国の軍部からも注文される、里の特産品のひとつですわ」

 テントを張ったネイちゃんはちょっと得意そうに言った。

 さすがにテントなので鍵はかからないし耐久性もないけれど、非常時のプライベートスペース確保としては問題ない。ネイちゃんはさらに中に椅子と机、それに毛布を持ち込んだ。明かりがないのでちょっと暗いのが難点だ。

 テントを張り終えたメンバーは、そのままテントの外で探索結果のまとめをはじめた。ラオさんの指示ではネイちゃんが中心になって、とのことだったが、ネイちゃんの指示といえば、「では、先に始めといてください」だけである。それで動けるって凄い。

「申し訳ありませんが、大きな方の着替えの用意はなくて……。ただ、お仕立てならできます」

 そう言ってネイちゃんはいくつかの素材を見せてくれた。布ではなく、なめし革のようだ。

「いえ、そんな。わざわざ仕立てていただくわけにはいきませんよ。こうして部屋も用意してもらったわけですし、服なら乾くまで待ちますし」

「けれど、ミスズさんは女性でしょう?種族違いとはいえ、あられもない姿でいられては困るのですわ。ご理解いただけませんか?」

 そう言われると、こちらの方がすまない気がしてしまう。

 上着はテント内に陰干しして、わたしは水着姿になった。水たまりで寝っ転がっていたせいでびしょ濡れだと思われたわたしだが、水着の方はさすがに乾きも早い。身に着けていても気にならない。

 さっそくメジャーっぽいものを取り出してサイズを測るネイちゃん。わたしは膝立ちをするなどしてできるかぎり小さくなる。下準備が終わったらしいネイちゃんがなめし革を切ったり縫ったりし始める中、わたしは上着代わりに毛布を巻き付けて誤魔化すことにした。


 ドワーフ氏族は物づくりが得意という話だった。ネイちゃんもまた、ファニーさんを思わせる手際の良さだ。邪魔したら悪いと思って黙っていたわたしへ、ネイちゃんが口を開いた。

「その下着は、どちらでお作りになったんですの?」

「え?えっと、水着のことですね?これは街の仕立て屋さんで。水に濡れても使えるようにって考えていただいたんです」

「耐水性の布ですわよね?この糸はエルフ氏族のところで育てられている特殊な蜘蛛糸だと思います。今年になってから人魚氏族のところで大ブレイクして……。人間氏族の街でも取り扱いがあるとは存じませんでした」

「ああ、確かに。ファニーさんがわざわざ取り寄せてくださったって話でしたから、他の街のものだったのかもしれませんね」

「ファニー?」

 作業の手を止めたネイさんが顔を上げる。

「ファニーって、アクアシュタットの仕立て屋ですか?」

「?はい。ご存じなんですか?」

「……」

 ネイちゃんは難しい表情を浮かべた。だがそれも一瞬の間だけ。黙々と作業を再開し、やがて出来上がったなめし革のワンピースをわたしに提供してくれた。

「その下着――水着でしたっけ。それも乾かしてからの方が良いと思いますわ。良かったら、これを使ってください」

 そう言って手渡されたのはハンドタオルだ。ありがたく水着に残った水分をふき取っていると、ネイちゃんは複雑そうに口を開いた。

「驚かないんですね?」

「え?」

「その布。タオルと言いまして、ループ状の織り方が特徴なんですの。里で作っている特殊な織機を使わないと織れません。肌触りも良く吸水性も高くて、主に各国の王侯貴族向けに販売しております。今おっしゃったアクアシュタットのファニー女史。その夫君でおられる方からのご注文で、それがもう、ほんっとーに細かい注文で!お作りしまして!もともと布素材を取り扱う商人さんなんですがね、もう本当に!!別の地方の手織り技術で作られた織物を持ち込んできて、これを織機で再現してくれとか、無茶ぶりもいいところで!そりゃあもう、ドワーフ氏族の意地にかけてやり遂げましたが、一枚や二枚欲しいだけならその手織り技術の村とやらに行って買い付けしてくれば良いのに!!タオル工房はかなり大儲けさせていただきましたけどっ!!」

「あ、あの、ネイちゃん落ち着いて……」

「……こほん」

 ネイちゃんはわずかに顔を赤らめて咳払いをすると、続けた。

「そういうわけで、アクアシュタット王国でもごく一部の方しかご存じないはずなのですが、ミスズさんはやはりそちらの仕立て屋ルートでご存じだったのですか?」

「え、ええと。ごめんなさい、詳しいことは知らなくて。知り合いの持ち物だったんです。でもたぶん、そうなんでしょうね」

 こくこく、とうなずく。

 わたしはこの世界でもタオルを使っている。

 クライフさんが泉を浄化しにいく時に提供してくれたものであって、どこで購入されたものかは知らない。ただ、ファニーさんは騎士隊と付き合いの長い仕立て屋さんだし、そのツテで手に入れたというのは不自然ではないと思う。騎士隊の駐屯地でも同じタオルを使っているので、騎士隊全体で購入しているんではないだろうか。

 ネイちゃんは首をひねりながら答えるわたしの態度に、ふうとため息をついた。庶民のわたしがタオルを知っていることに違和感を覚えたがただの偶然だと気づいたのだろう。

「まぁ、良いですわ。ひとまずこちらの服をどうぞ。着替えが終わったら、お食事にいたしましょう。その間にあなたのことを知らせにやります」

「図書館に、連絡がつくんですか?」

「いえ、正しくは避難所へ、ですわね」

 なるほど、とわたしはうなずいた。

 地震の被災者が避難している場所があるんだろう。そこへ行けばはぐれている人とも合流できる。マリエさんと賢者さまの無事を祈りつつ、わたしは深々と頭を下げた。

「いろいろとありがとうございます」

 ちなみになめし革のワンピースはノースリーブのシンプルなデザインだった。地熱のせいで寒くはないんだけど、山の外は雪が降ってるのにノースリーブって寒々しいかもしれない。……それに高湿度だとカビるんじゃなかったっけ、革って。この土地で革製品って、大丈夫なんだろうか?

「さあ、食事に行きますよ、ミスズさん」

「は、はい!」

 こくこくとうなずいてネイちゃんの後に続く。今更だけど、彼女をちゃんづけして良いんだろうか。言動から考えても、たぶん見かけほど幼くはないんだろうからなあ。


 ドワーフ氏族の食事は肉だった。あとお酒。冬地方という土地柄からして野菜はほとんど他氏族からの交易品に頼っており、そのため野菜をメインに据えた料理はほとんどないらしい。濃い目の味付けと油を使って高火力で炒める料理というのが大半らしく、美味しいけど量は食べられない。

 あちらこちらの家で煮炊きをすると大変だということで、食堂は里に一か所だけ。身分や立場の上下も関係なくみんなでワイワイ食べるのがドワーフ氏族流らしい。なお、机も椅子もかなり小さいので、一人だけ巨人状態のわたしは肩身が狭い。

 誰もがお酒を飲んでいるせいで、空気までアルコールの臭いがする。この場にいるだけで酔っ払いそう。頭がぐらぐらしてきた。

「里には工房も多いですからね、排熱や排気には特に気を使っていまして。里の構造の素晴らしさに見学を希望する者も多いんですの」

「なるほど。天井の様子を見るだけでも凄いですもんね」

「ふふ、そうでしょう?あのステンドグラスはガラス職人たちの傑作ですのよ。女神がドワーフ氏族の住む土地に泉を与えた時の様子です。洞窟には日が入りませんが、朝と夕には採光を利用して輝くように調整してありまして。時計代わりにもなっているんですの」

 得意そうに語るネイちゃん。その手にはもちろんビールのような琥珀色の液体がなみなみと注がれたジョッキがある。……見かけ三歳!いや、仮に四歳だとしても!お酒は!ダメでしょう!本当にいくつなんですか、ネイちゃん!!

 あぁあああ、賢者さまが童女の見かけでお酒を飲んでいる様子にももやもやしたのに、こちらはもっと酷い!種族が違えば文化も違うだろうと思って口出しは控えているのだけど、黙って見ているだけで罪悪感がチクチクしてとんでもないことになっている。

 今更だけど賢者さまもドワーフ氏族なんだろうか。そうであればまだいいなあ……。

「飲まないんですか?」

「ご、ごめんなさい。わたしは、お酒は、ちょっと、その。たぶん、すごく弱いんです」

「ドワーフ氏族のお酒は女神の美禄ですわよ?飲めばどんな厄災も退け、身を清め、毒を消し、心の憂いもなくなる。誰もが陽気に楽しく、誰とでも仲良くなれ、気持ちよく眠りにつける秘密の薬ですの」

「その、あの。……そういえば、ドワーフ氏族の方は、おいくつから飲酒を嗜まれるんでしょう?」

「生まれた時から――と言いたいところですが、氏族年齢で成人してからですわね」

「で、では、ネイちゃんも成人されてるんですね?」

「ええ、もちろん」

 大人びた笑みでネイちゃんは言った。ちょっとホッとした。


「この食堂には里の全員がやってきますから。連絡をとるにはうってつけなんですよ」

 空っぽになったジョッキを机の上に置いたネイちゃんが片手をあげた。

 今しがた入口に入ってきた人物へ合図を送ったらしい。帽子をかぶった小人さんがせかせかと急ぎ足で駆け寄ってくるのが見える。赤い三角帽子!長い髭!白雪姫の七人の小人を実写化したかのようなその容貌にちょっと感動する。

「ネイ!テントにいるかと思ったっスよ!誰もいないからどうしようかと思ったじゃないスか」

「食事の時間ですからね」

「こっちは飯抜きで連絡とりに行かされたってのに、まったく平常運転スね」

「一杯奢りますわよ?」

「よっしゃ、さすがネイっス!」

「ふふ」

 楽しそうなやりとりを見るに、親しいお知り合いなのは間違いなさそう。わたしは彼の視線がこちらへ向くのに合わせて軽く会釈をする。

「こちらが、洞窟通路で倒れていたところを発見されたミスズさん。ミスズさん、彼はテクと言いまして、里での外交担当をしておりますわ。近隣の里や国へ工房の品を卸しに行ったりとかの商談も担当ですね。物づくりの才能がないので、銭勘定くらいはやってもらおうというわけでして」

「うわ、辛辣ッス」

「わたくしの――……ええと、友人です」

「友人っスか」

「友人でしょう。……今は」

「今だけっスよ?」

 にやにやと楽しそうに肩をすくめたテクさんは改めて挨拶してくれた。ネイちゃんはわずかに頬を赤らめてそっぽをむく。おやおや?

「テクっス。知ってるかと思いますがここ最近の地揺れと雪崩のせいでけっこうな人数が避難所にいるんスよ。お嬢さんの知り合いも――……」

「雪崩っ!?」

 悲鳴を上げたわたしへ、テクさんが驚いた顔をする。

「知らなかったっスか?」

「は、はい。雪崩、だなんて、そんな。雪山で雪崩なんて起きたら、とんでもない被害が起きてるんじゃ……」

「まあ、起きてないとは言えないっスね。巻き込まれた村がいくつか雪の下に埋もれてしまってますし。ただ、冬地方の雪山に村を構えるような連中だから、それでどうこうなるほどじゃあないんスけど……」

「……え?」

「とはいえ、しばらく村は使い物にならないっスからね。避難所の方に行ってるんス。地揺れで崩れた図書館にいた連中もそうっス。お嬢さんが知り合いと合流するのにはそちらへ行く方が早いと思うっス」

「は、はい」

「疲れているようなら明日の朝にでも、」

 そう、テクさんが言いかけた時である。


 食堂の入口から悲鳴が上がった。




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