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第二話 パチモノ聖女と聖堂の天使(前)

 目が覚めたのは見覚えのある一室だった。

 天井にもシミ一つない、石造りの建物。石材は白にこだわりがあるらしく、どこもかしこも白いのだが、アクセントに使っている黄色い石材は落ち着いた色で、これのおかげで建物に深みが出ているような気がする。

 どこからかハーブ系の香りが漂ってくる。

 聖堂の中に据えられた救護室である。元聖堂長によって連れていかれた聖堂跡ではなく、現在現役で稼働している方の聖堂だ。

「寝ていろ」

 命令するような声が降ってきて、わたしは起き上がろうとするのを止めた。

 起き上がる代わりに薄目を開けて確認すると、頭上から見下ろしているのは覚えのある人物だった。

 銀色の髪をした長身。細いフレームのメガネをしている、冷たそうな顔立ちのイケメンさんである。

 白衣が似合いそうなのだが、この世界には似ている服はあっても白衣のような使い方をする衣服はないらしく、彼が身に着けているのは略式の聖堂服だった。

 宮廷薬師、ラインホルトさんである。年齢はたぶん、クライフさんより上。二十代後半くらいだろうか。

 もっとも王宮に上がったことのないわたしは、こうして聖堂内か騎士隊でしか会ったことはない。


「お久しぶりです、ラインホルトさん」

「二十点だ。

 くれぐれも騎士隊の足を引っ張るような真似をするなと言ったはずだがな、マヌケ」

「……面目ないです」

「まあ、おかげで青ざめて死んだような顔をしたクライフを見られたので許してやろう。当の本人はぐっすり眠れて快調といった様子だな」

「はあ。おっしゃる通りです……」

「いい夢を見ただろう。そういうハーブを調合してやったからな」

 ラインホルトさんの口調に咎めるような響きはない。

 どうやら、毒を吸収しすぎてキャパシティオーバーしたんだろう。それを、クライフさんがここまで運んでくれたという展開が簡単に想像ついた。

「慣れない服装に浮かれたか?泉の浄化の後は、一度ここに来いと言っておいたはずだな」

「……すみません」

 わたしがおとなしく謝ったので、ラインホルトさんはそれ以上続けなかった。

 言い訳してくる人間を論破するのがお好きらしいラインホルトさん相手には、素直に、殊勝に謝るのが一番効果的なのだ。いくらイケメンさんでもお説教を長く受けたい人間はいないと思う。

「泥だらけだったので、服は着替えさせている。文句はないな」

「…………ありません」

 文句はあったが口にするのは止めておいた。

 せっかくファニーさんに作ってもらった服を、お披露目前に汚してしまったのは本当に心苦しい。

「……ああ、でも、まだ処分していなければ、回収させてください。汚れを落とせばまだ……」

「仕立て屋のファニー作だろう?彼女に渡るように手配しておいた」

「えぇえええええええ!?」

 わたしは思わず起き上がった。血の気が失せる。

 というか、よりにもよって作ってもらった当人に返すとか、なんてことをするんだ。

「ま、待ってください!なんでそんなことしたんですか!王宮に行く前に汚しちゃったこと、本人にバレちゃったじゃないですか!あぁあああ、ならばせめてわたしの手で、謝罪と一緒に伝えるべきだったのに!」

「遅かれ早かれ伝わる。おまえ、自分に何があったのか分かっていないのか」

「何が、って……」

「国王の命令で王宮に上がる、その寸前をかどわかされたんだ。捜索には騎士隊も動いている。すでに王都中に知られているぞ。『聖女候補』の娘が誘拐されたが、騎士クライフによって単身救出されたという筋書きでな」

「~~~~っっ」

 わたしは頭を抱えた。大騒ぎになっていたらしい。

「ファニーに服を返したのは、おまえの無事を伝えるためだ。泥だらけではあっても血痕はついていない。それを見れば彼女も安心できる」

「…………」

 分かりにくいが、彼なりの配慮をしてくれたということなんだろう。

 ファニーさんには後できっちり謝りに行こう。お詫びの品も持っていこう。ヨハンくんに聞けば、彼女の好みとかも分かるだろう。

「……ありがとうございます」

「さて、では本題だ」

 クイッとメガネのフレームに指をかけて、彼は目を細めた。


「クライフから説明があったが、水魔に狙われたらしいな?」

 ラインホルトさんの言葉に、わたしは首をひねった。

「どうなんでしょうか。誘拐犯は、わたしを聖女としてさらったみたいでしたけど……」 

「見る目のない男だ。どこから見てもただの小娘だというのに」

「……いや、まあ、否定しませんけど」

 聖女なんて柄じゃないのは知っている。『泉の魔女』という響きだって似合うわけではないと思う。素のわたしは、高校を卒業したばかりの未成年なのだ。

「黒幕が水魔だったのは確かみたいです。男は、その女の人を女神と呼んでいました。クライフさんは女神と水魔の区別もつかないのか、みたいなことを言ってましたけど……」

「どんな姿だった」

「紫色の髪をしてました。霧の中に投影されてて……その場にいるわけではないみたいでしたけど。はじめて見たので水魔と断定できるかと言われると微妙です」

「……ふむ?」

「ああ、それと。自分たちには時間がある。いずれ本物の聖女をいただく、みたいなことを」

「……ほお?」

 ピクリとラインホルトさんの口元が反応した。

「本物の聖女と言ったのか。おまえが偽物だと認識していたわけだな」

「そうなります」

 こくりとわたしはうなずいた。

「でも、本物の聖女なんているんですか?いたら、わたしが代理をする必要もないんじゃ……」

 わたしの言葉に、彼は少しの間黙っていた。

「……口外不要と約束できるならば教えてやろう。本物の聖女、かもしれない人物ならば、確かにいる」

「え」

「だが、その人物はまだ若く、修行中だ。そのため、森に踏み入って泉を浄化するような真似はできない。また、おまえがそうであるように、許容限界があると思われているからな、今の時点でうかつな試しはできないのだ」

「若いって……」

 わたしだって若いんですけどね、という気持ちを心ひそかに込めたのだが、ラインホルトさんはあっさりと言った。

「先日五歳になったばかりの幼姫だ」

 そりゃダメだわ。

 納得とともに諸手を上げたわたしの耳に、廊下を走る音が聞こえてきた。


 バタン!


 大きな音を立てて扉を開けた人物は、そのまま駆けこんでくるなりラインホルトさんへ罵声を飛ばした。

「ラインホルト!ミスズ殿が目を覚ましたなら、なぜ呼ばない!」

 クライフさんである。

「うるさいぞ。減点してやる」

「騒がしいくらいなんだ、目を覚ましたらすぐに呼ぶようにと言っておいただろう!」

「おまえがいては出来ない話もあったんでな」

「なっ……!」

 カァッとクライフさんの顔が赤くなる。怒っている――わけではないだろうが、カッと血の気が昇った感じの顔だった。

「な、何を話した?」

「それを言っては意味がない。なんなら、ミスズに聞いてみたらいいだろう。答えてくれるかどうかは分からないが」

 ニヤリとラインホルトさんが意味深な笑いを浮かべる。

「な……な……な……」

 口ごもったクライフさんの視線がわたしを向くが、わたしとしては首をひねらざるをえない。

「特に変わった話はしてないですよ?水魔の話くらいです」

「~~~~…………」

 ぐぐ、と小さくうめくように呟いた後、クライフさんはわずかに視線を外し――そして息を吐いていつもの彼に戻った。

「……ミスズ殿、体調はいかがですか」

「もう大丈夫です。ご迷惑をおかけしてしまってすみません」

 深々と頭を下げてから、わたしは尋ねる。

「わたし、どれくらいの間寝ていたんでしょう?王宮に行く途中だったのに、予定が変わってしまって……」

「そのようなこと、気にされる必要はありません。そもそも狙われる可能性があると分かっていながら、正式な参上をしろと命じてきた向こうの失点です。ミスズ殿と接点を持ちたいのであれば、極秘裏に聖堂を使うなど方法はいくらでもあったのに」

「まったくだな」

 クライフさんの意見に、ラインホルトさんも賛同する。

「だが、思わぬ収穫はあったようだ」

 ラインホルトさんはそう言って、メガネのフレームに触れた。

「クライフ、水魔の狙いは『本物の聖女』だそうだな?」

「は?」

「注視していなかったんだろう。おまえからの報告にはなかったフレーズだ。ミスズが聞いていなかったら、聞き逃すところだった」

 ラインホルトさんの責めるような声に、クライフさんは平然とした顔で返した。

「それがどうした。この国……いや近隣諸国を見回しても、ミスズ殿以上に聖女の能力を持っている人物はいない。

 そもそも『本物の聖女』とはなんだ?最初にいた聖女以外にそのような人物はかつて存在しなかった。今いる聖女のほとんどは、儀式のために選ばれた少女であって、能力など微塵もない者も多いだろう。我が国だって先代はそうだった」

「まあ、そうなんだがな」

 ラインホルトさんはうなずいた後、声をひそめた。

「だが、この国においては、そうではない。聖堂で修行中の末の姫を知っているだろう」

 クライフさんは意外そうな表情を浮かべる。

「……知ってはいるが、王女が聖堂で修行するのは形式のようなものだろう?」

 ラインホルトさんはメガネのフレームに指で触れると、静かに首を振って否定した。

「修行中、ミスズに似た能力の発現が認められている。

 国王としては、聖女の能力を持ちうる王女の存在は、どんな宝にも代えがたい価値がある。聖堂の警備を増やし、私を宮廷薬師に任命したのはそのためだ。

 つまり、王女が『聖女候補』に上がったのは、ここ三か月以内の話だ」

「……そうなのか」

「ああ。今はまだ修行中なうえ、幼いから秘匿されているが。いずれは大々的に『聖女の中の聖女』として触れ回る気でいるぞ、あれは」

「……」

 クライフさんは複雑そうに黙りこんだ。

「ミスズ殿ばかりか、五歳の娘にまであのような苦痛を味わわせる気なのか。我が国王は……」

 重苦しい空気になったのを見たラインホルトさんはふと表情を変えた。

「それにしてもミスズが起きたとよく気づいたな?私はまだ使者を出してないぞ」

「それは……。勘だ」

「五点の回答だな。忠義の犬もほどほどにしないと鬱陶しがられるぞ?」

「……っ」

 ニヤリと口元に笑みを浮かべ、ラインホルトさんはわたしを見た。

「ミスズ、動けるようなら聖堂の中庭に行ってみるがいい」

「え?」

 目を丸くしたわたしに、彼は続けた。

「噂よりも実物に会っておいた方が、おまえにはいい。いずれ、ライバルになるかもしれない相手だからな」

 まさか反対しないだろうな?そう、ラインホルトさんが言ったのに対して、クライフさんは少し考えた後、首を振った。

「むしろ賛成だ」



 ※ ※ ※



 ラインホルトさんのおすすめに従い、わたしは中庭に向かうことにした。

 別に五歳のお姫さまをライバル視したからってわけじゃない。そもそもわたしは、自分がパチモノの聖女であることを知っている。本物がいるなら、なるほどと納得するだけだ。

 単純に、ずっと寝ていると疲れるので歩きたかったのである。聖堂の救護室は清潔だけど、居心地の良い部屋というわけではないのだ。

 ドレスから着替えさせられた服装は、聖女の制服だったようで、例の浴衣に似た衣だった。この恰好であちこちを歩き回る気にはなれないので、いつも通り騎士隊の方々からもらったお古に着替え直す。カッチリしたデザインなので、シャキッと背筋が伸びる感じがするし、なによりズボンは歩きやすくていい。

 もちろん、着替えの間、クライフさんとラインホルトさんには部屋を出て行ってもらっている。いくら薬師――つまりお医者さんだからといって、ラインホルトさんに肌を見せて平気なわけじゃないし。クライフさん相手にはなおさらである。


 着慣れた騎士服(ただし、お古)姿を見て、部屋の外で待っていたクライフさんが、なにやら複雑そうな表情を浮かべた。

「どうしました?」

 首をかしげたわたしに、クライフさんは一言呟く。

「……少し、惜しいなと」

「え?」

 どういう意味だろうと首をひねったわたしに、クライフさんは苦笑いを浮かべた。

「ミスズ殿が希望されるのであれば、日常用にもう少し歩きやすい女性服を用意させますが、いかがしますか?」

「えー?いや、要らないですよ、そんな。お古を譲ってもらえてるおかげで、服代もかからずに済んでますし、森の中を歩くのにも暖かくて動きやすくて良いんです。この世界の女性服、スカート丈が長いので、できれば今のままでお願いします」

 わたしの返答に、彼は少しばかり残念そうに、それでいてホッとしたような顔をした。

「……そう言っていただけると助かります。あなたをお守りするのに、その恰好の方が都合が良いので」

「それはつまり?」

「聖女が男装しているなどと、普通の人間は考えません。あなたがその服装をしているだけで、襲撃は半分以下になる」

 なるほど、それで騎士服のお古だったんだな。

 双方にメリットのある、良い選択肢ではないか。



 やがて中庭にたどり着いたわたしは、そこに一人の天使を見た。 


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