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第十四話 パチモノ聖女と隠れ里(後)



 荒涼とした廃墟だった。


 ビュウビュウと冷たい風が吹き、雪が竜巻のように渦巻いている。先ほど紫色の両眼が見えたものと似ていて、ついびくびくしてしまったが、どうやらこちらは自然現象らしい。

 村らしきもの、その建物の残骸らしき場所に、枯れた木が何本も生えているのが見える。壊れた井戸や崩れた壁、村の境界だったらしい塀、そして畑があったと思われる広い雪原。

 崖から降りた場所には専用の門跡があり、どうやらこのショートカットは村人たちにとっては正規ルートのひとつだったんだろうと思われた、が。

「こ、これは、まさか」

 マイツェンさんが絶句している。

「村が、滅んでいる……?」

 そうだ、そう見える。

 村の荒廃は今日昨日のものには見えなかった。朽ちた跡など何十年も前の跡のように見える。その上雪が降り積もる地方となれば、石造りでなければ原型をとどめていることもなかっただろう。

 先に下りて行ったはずのフクさんの姿も見えず、まるで狐か狸に化かされたような気さえする。あるいは、浦島太郎が故郷に戻ってきた時の気分だろうか。

「違う村という可能性は?」

 わたしが尋ねると、マイツェンさんは判断付きかねるといった顔をした。そりゃあ、そうだ。案内役のフクさんがいない上、ショートカットした先なのだから、別の村に案内されていてもおかしくはない。

「先ほどの娘は、どこだ?」

 キョロキョロしながらマイツェンさんが疑問を口にする。わたしも釣られてキョロキョロしてみたが、やはり姿は見えない。何しろ忍者みたいな身体能力の人なので、姿を隠そうと思えばいくらでもできてしまう。

「そこの」

 ふいに、マイツェンさんが瓦礫の影を見て声を上げた。

 短い槍の鋭い切っ先を向けて、脅すように告げる。

「隠れているのが見えた。出てこい」

 わたしは気づかなかった人影。瓦礫の後ろからびくびくしながら出てきたのは、小さな女の子だった。


 白い服を着た十歳に満たないくらいの少女だ。長い黒髪を無造作に束ねている。そして胸に小さなウサギを抱いていた。

 雪兎の話を聞いていたマイツェンさんは当然警戒し、ますます鬼の形相になったが、どうやらそれは白い雪で出来た魔物ではなく、ただの野ウサギらしく、茶色かった。

 槍の切っ先を向けられた野ウサギは少女以上に怯えたらしく、腕の中から跳ねだして逃げてしまった。少女は「あぁ」と名残惜しそうに目で追いかけたが、足で追いかけることはしなかった。代わりに、興味津々といった顔と黒い瞳をこちらに向けてくる。

「あ、あの。おねえさんたち、だれ?」

 怯えを含んだ声音で、小さな女の子は尋ねる。

「……国の役人だ。そちらは?この村に大人はいないのか」

「オトナ?」

 コテッと首を傾けた後、女の子は口を開いた。

「いるよ。ルスにしてるけど」

「いつ戻る?」

「たぶん、そのうち」

 こくこくっとうなずいて、女の子は自慢げに両手を広げた。

「たまにね、こーんなにいっぱい、ごはんをもってくるの。ごはんのいえにおいといてくれるの。そしたらね、また、そのうちくるよって、いなくなるの」

 女の子の説明にマイツェンさんは顔をしかめた。意味がよく分からなかったのかもしれないし、意味を的確にとらえたからかもしれなかった。舌足らずというか、見かけの年齢のわりに幼いしゃべり方をする女の子だ。

「……ごはんの、家とは?」

「むこうだよ!みる?」

 パッと身を翻して女の子は駆けだした。驚くほど身軽だ。

 雪道に足跡も残さず駆ける後ろを追いかけて、マイツェンさんが速度を上げる。わたしの方を振り向きもしなかったのだけど、護送メンバーとしてよいのだろうか。わたしがここでこそっといなくなったりしたら問題になりそうだと思いながら、わたしも追いかけることにした。

 足元は走るのに向いていなかった。石畳の舗装された道とは違い、ここはおそらく土を固めただけの田舎道だと思われる。それも、日常的に使うのは小さな女の子ひとりだから、あまり踏み固められていない。

 女の子の案内でたどり着いたのはボロ家だった。屋根がある分、他の崩れた建物よりはマシというだけで、壁がひとつ崩れて風がぴゅうぴゅうと吹き込んでいる。木箱が乱雑に積まれていて、どうやらそれが食料の入った箱であるらしかった。乾燥野菜粥の他、干した魚や肉だとかだ。保存食なのは理解できた。

「おゆをわかしてね、これをふやかしてたべるの。あんまりおいしくないけど」

「……水はどうしているんだ?先ほど井戸があったが、壊れているようだったな」

「いずみがあるんだよ」

 女の子はそう言って、うすら寒いほどの笑顔を浮かべた。

「むらさきいろの」



 ザザザザザザザザザア…………



 雪が舞い上がる。

 女の子の周りには、いつのまに集まったのか白いウサギがたくさんいた。両眼を紫色に染めた真っ白いウサギだ。冬毛のように見えるのは雪そのものなのだろう。ウサギ自体から冷気のようなものが漂ってくるのが分かる。

 半分傾いた小屋の中にいるのはわたしとマイツェンさんの二人きり。

 女の子は小屋の外からウサギを従えながらこちらを見やる。


 一言ずつ、責めるように。


「くにのひとなんでしょう?」

  

「どうしてきてくれないの?」


「たすけてくれないの?」


「ごはんをとどけるだけで。むらのなかをみてもくれない」


「たべるひと、だれもいないのに」


「みんなしんじゃったよ」


「みんな」


「みんな」


「おかあさんも」


 ように、じゃない。責められている。

 声と一緒に冷気が放たれているのだ。冷気はわずかに毒素を含んだ紫色。靄とも霧とも瘴気ともつかない淡い紫色の混じった白いうねりがマイツェンさんを包み込んでいく。

 国の役人を名乗ったマイツェンさんは真っ青だった。恐怖に駆られて足がすくんでいるのが分かる。

 あどけなさを残す女の子の口から、国を代表するかのような恨み節を告げられて、まともに声も出せずにいるのが分かった。

「そこまでです」

 千切れたロープの先に炎を灯して、わたしは女の子を見据えた。



 火種は鞄に入れていたもの、千切れたロープは崖を下りた際に握りしめていた先だ。結局、落ちた際に切れてしまったらしく手の中に握りこんだままだった。

「マイツェンさん、下がってください」

 恐怖で顔色を失くしているマイツェンさんの前に出て、炎で雪兎を威嚇する。

 スッと雪兎との間に距離が開けば、紫色の瘴気は薄らいだ。霧状にして、雪の冷気に紛れて撒き散らしていたのだろう。

「火が消える前に、ランタンを」

 わたしが言うと、マイツェンさんは歯をガチガチ言わせながらも手にしていた灯りの蓋を開け、いつの間にか消えていたそれへ火を投下した。

 熱があれば雪兎は襲ってこれない。知識として知っているはずだが、マイツェンさんの目にはまだ恐怖が残っている。

「あなたは、誰です?水魔ではないようですね」

 わたしが尋ねると、白い服を着た黒い髪の女の子は「くふふ」と笑みを浮かべた。

 幻覚だと気づいて改めて目を凝らせば、そこにいるのは少女ではなかった。


 フクさんだ。


 村娘風の恰好が少しも似合っていない。彼女は覆面を外した”闇梟”だった時のまま、こちらを小馬鹿にする笑みを浮かべている。

「惜しい」

「あなたの罠ですか」

「違う」

 ゆっくりと彼女は首を振った。

「この地はアクアシュタット王国にとって都合が悪かった『聖女』たちの果ての地。女神のもとへ行けない、浮かばれない魂がいくつも漂っている。呪われた土地。雪の降る日には幻覚を見る者もいるだろう。そこな女がどういった幻覚を見たかは知らないが」

 くふふ、と彼女は笑った。

「泉があるって、言っていました。紫色の」

 わたしが口にしたのは、わたしが一番気になった点だった。

「ここには、《女神の泉》があるんですか」


 フクさんは機嫌を損ねた顔をした。くふふ笑みのうち、「く」の字もなくしたかのような無表情で答える。

「《女神の泉》ではない。ただの泉」

 地下水が流れ出る場所というだけということだろうか。納得のいかない顔をしたわたしへ、フクさんはしぶしぶと説明を加えた。

「《女神の泉》であれば、国はこんな場所に『聖女』を追いやらないはず。ここにあるのは本当に、ただの泉だった。少なくとも十年前までは」

「十年前?」

「そう」

 フクさんは忌々しげな顔をした。

「十年前、国に追われた『聖女』がこの地に来た。大変残念なことに、彼女は聖女の能力を持っていて、何度か浄化も経験していた。そのためその身には取り込んだ毒素が眠っていた――……」

 そして、と彼女は舌打ちをした。

「国を追われた絶望からか、彼女は泉に身を投げた」

「え」

 それは、フクさんにとってとてもとても忌々しい出来事だったに違いない。かつてないほど激しい勢いで彼女は吐き出した。

「彼女は死んだっ!村の生命線だった泉を毒に染めて!だ!死んだ彼女はそれでよいだろうが、残された者たちはどうなる!?国から追い出された『聖女』たちは国から支給される食べ物と自分たちで育てた作物で細々と暮らしていたというのに!今更他の土地に行くこともできないというのに!」

 泣いているのかと思った。

「『聖女』の血を引いて、浄化能力を持つ者もいた。彼女たちは村のために、命がけで泉を浄化した。国のためなんかではない、自分たちの仲間であり、家族であり、かけがえのない存在を守るために他の選択肢がなかったのだ。《女神の泉》などではないから、誰からも感謝はされないし、国の誰も知らないが、彼女たちはそうした。だが、細々と暮らしていた彼女たちが持っていた浄化能力などたかが知れている。そうでなくても、十年前に身を投げた『聖女』は、現役の『聖女』だった!浄化しきれずに何人もの女たちが倒れ、死んだのだ!!」

 憎々しげな声で彼女はわたしを睨む。

「おまえのような騎士たちに守られ愛されている『聖女候補』などには知られたくなかった。おまえのような、ぬくぬくと守られているばかりの女など!私は!大っ嫌いだっ!!」

 吠えるような、叫ぶような声でフクさんは漏らす。

 声に同調するかのように白いウサギたちが近づいてくるのが分かった。その両眼は紫色。魔物化した動物たち。もしかしたらもともとは、ただの野ウサギだったのかもしれない彼らは、その姿が雪になってしまっては、魔物化が解かれてももとには戻れないんだろうか。

「泉は、どこにあるんですか」

 わたしの問いに、フクさんは眉を跳ねさせる。後ろでマイツェンさんがギョッとしているのが分かった。

「……何をするつもりだ」

「浄化します」

 短く答えたわたしに、フクさんは今度こそ「正気か」という顔をした。

「わたしにできるのは、それだけなので」


 当代の聖女でなくたって、わたしにはまだ能力が残っているはずだ。



 ※ ※ ※


 

 それは雪の積もった木々の間にあった。

 もともとは日常的に使われている泉だったようで、水汲み用の桶や水汲み用の台座まであったが、手入れがされていないようで壊れている。

 周囲に積もった雪までがうっすら紫色に染まり、いつの間にか集まってきた雪兎たちが紫色の両眼でこちらを見つめてくるのが分かった。

 マイツェンさんは、少し離れたところで火を焚いている。雪兎の集団に近づくのを遠慮したいという理由だった。魔物だと考えれば納得だ。

 フクさんは疑りの目でわたしを見ていた。

 周囲を見回したが、《水魔の花》は咲いていなかった。雪の時期だからか、別の理由があるのかは分からない。

 ごくごくと熱いお茶を飲んでから、わたしはコートを脱いだ。肌に触れる部分が多いほど効果が高いとはいえ、この季節に浴衣一枚で水に浸かるというのはさすがに凍死してしまう。そのため、水汲み用の石畳の上に布を敷いて、その上に座り、足を浸すことにした。飲み水に素足をというのはよく考えると嫌かもしれないけど、今までの浄化だってそうだったので勘弁してもらいたい。

「一度には無理だと思います」

 わたしは最初にそう断った。両足だけでは、何時間もかかるかもしれないからだ。短時間なら寒いのも我慢するけれど、長時間となると何度か足を暖めてやり直す必要があると思う。

 すう、はあ、と深呼吸をしてから、ちゃぷんと足先を水に触れさせる。 



 一、二、三、――百、百一、百二、――三百二十八…………。



 なかなか、始まらない。焦れる気持ちを必死に抑えながら、目を閉じる。

 泉の周囲でこちらを見つめている雪兎たちも焦れているような気がする。

 


 五百七十二、五百七十三――……。



 そろそろ一度足を出した方がいいかもしれない。

 ふと、そんな気持ちになったころだった。

 泉の上空に浮かび上がるものがあった。



 それは確かに泉の中から現れた。

 すうっと音もなく浮かび上がり、空中で留まった。

 清らかなオーラに包まれている女の人だった。

 クライフさんの背後にたまににじんで見えるオーラとは違い、彼女の感情はそこに映し出されていない。

 白と金色が淡く交じり合った色で、どこか暖かい光の粒である。

 周囲の紫色に侵されず、そこだけはただ、オーラに包まれて守られている。

 彼女は目を閉じていた。胸の前で祈るように手を組んでいる。ふわふわと漂う茶色い髪の毛はセミロングくらいで、左右に二か所三つ編みしているのが見えた。

 服装は聖女の正装だ。素足で、浴衣に似た服一枚だというのに、寒々しい印象はまったく受けない。オーラに包まれているせいだろう。

 

 十年前に泉に身を投げたという聖女。フクさんの言葉が脳裏を過ぎる。


 だが、本当に?

 泉に身を投げて、泉を毒化した聖女が、こんなに清らかなオーラに包まれているものだろうか。今なおオーラに守られて、紫色に汚染されることもなく、十年の月日を全く感じさせない若々しい姿で。

 

 彼女が泉から離れると、効果は劇的に訪れた。

 紫色に染まっていた泉の周辺が一気に色を変える。同時に、大量の毒がわたしの体内に流れ込んでくるのが分かった。

「う、ぐ、ぐううううう」

 いかん、早すぎる!

 慌てて足を水から引き抜き、石畳の上に這いつくばる。吐き出しそうになるのを必死に堪え、流れ込んできた毒素と喧嘩する体内へと訴えかける。

 まだ、早い。

 もう少し、ゆっくり!少しずつ!

 言い聞かせるように、なだめるように、説得するように。冷静に、平静に、落ち着いて。

「う、うぐ、ぐ、ぐう……」

 拳を握りしめて目を閉じる。

 頭がガンガンする。熱が出ているかもしれない。ちょっと多すぎただろうか。効果がなかなか出なかったからと長時間過ぎたのがいけなかった?

「は、はぁっ、はぁっ。はぁっ……」

「せ、聖女ミスズ、火のそばに!」

 マイツェンさんの声がする。でも、ごめんなさい、しばらく動けない。

「あ、あ、あああ……」

 フクさんが動揺する声が聞こえた。

 

 オーラに包まれた聖女が瞳を開き、何事か呟いて、――消えたのだ。



 ※ ※ ※



 浄化の続きをしようと泉を再訪したのは三日後である。


 幸い高熱にうなされたわけではなかったが、いかんせん寒空の下冷たい水に足を入れていたのは問題で、体力が回復するまでは外に出られなかった。

 泉のそばでうずくまったわたしを里へ連れ帰ったのはマイツェンさんである。聖女の隠れ里(という名前が非公式名らしい)に唯一残っていた家で火を灯し、寝ずの看病をしてくれたというのだから頭が下がる。

 誰あろうフクさんの自宅である。

 十年前の事件により、隠れ里の人数は劇的に減った。子供だったフクさんを含め、生存者はわずか数名だったという。その数名も、毒化が残っている泉の水を飲んで暮らすことはできず、街道沿いの村にショートカットできる山道を使って他の村に紛れ込み、近隣の村人のふりをして出稼ぎして生活費を稼いでいたらしい。現在この村は完全に廃村であり、住んでいる者は誰もいない。

 フクさんは『聖女』と和解する気になったわけではないようで、自宅を提供してはくれたがそのままいなくなってしまったとのことだった。長年使っていない家を掃除して暖炉が使えるようにして、調理場で湯を沸かすことさえできるように整えたマイツェンさんには感謝しかない。

 どうやら彼女が火を灯し続けたのには、外をうろつく雪兎を寄せ付けないためというのと、もう幽霊らしきものを視たくないため、というのがあるらしい。口調といい、服装といい、中性的というよりも男性的でさえあるマイツェンさんだが、こんなところは意外とかわいい。

「泉を浄化する必要があるのか?」

「はい」

 わたしが頷くと、マイツェンさんは理解しかねるといった顔をした。

「あなたが向かうはずだった村は、すでに廃村だった。これは調べが足りなかった国の不手際だ。そもそも雪兎が大量発生している件も国は把握していなかったのだ。あなたに与えられた罪状が消えるわけではないだろうが、行く先については別のものが与えられるべき。一度王都に帰った方がいい」

「でも、泉の浄化はきっと今しかできません」

「……泉が浄化されたところで、その泉を使う者がいないということを指摘している。あの女も……この村出身のようだが、すでに村を捨てている様子だっただろう」

「マイツェンさんは、あのウサギさんたちを、どう思いました?」

「雪兎?」

 いぶかしげに返すマイツェンさん。

「どうもこうも、魔物だ。大量発生したのは、泉の毒化に影響されたものだろうが、雪兎は魔物の中でも対処が容易い。火を灯していれば人里には近づかないし……」

「その通りです」

 わたしは頷いた。

「泉を浄化すれば、魔物ではなくなるはずなんです」

 マイツェンさんはますます理解できぬという顔だった。



 村に到着してすぐ、幻覚を見た。

 最初に女の子に気づいたのはマイツェンさんだ。わたしではない。

 それは野ウサギを連れた女の子だった。

 周囲を雪兎に囲まれていても、まったく恐れる様子を見せていなかった。それはきっと、女の子と雪兎とは懇意だったからだろう。

 女の子は魔物ではなかった。マイツェンさんも幽霊の類だと思ったようだし、その根拠は彼女の両目は紫色ではなかったからだ。

 女の子の姿が消えた時、そこにいたのはフクさんだった。だから最初、わたしはそれを昔のフクさんの姿だと思った。十年前とすれば年齢もちょうど合う。もちろんただの幻覚だったのかもしれないけど。


 でもきっと、女の子が漏らした言葉は、フクさんたちがずっと伝えたかった言葉なのだ。


「誰かに助けてほしかったんです」


 今更だし、もう遅すぎるんだろうけど。

 でも、フクさんはまだ生きているから。



 それから三日間をかけて、少しずつ浄化を行った結果、泉は十年以上昔にそうであったはずの姿を取り戻した。

 浄化が進むごとに雪兎の姿が減っていくのを知ったマイツェンさんは、二日目からは近くで待機してくれるようになった。最後には壊れた水汲み用の桶ですくい上げた水を飲料用に持ち帰って、シチューを作ってくれさえしたのである。

 幻覚の女の子曰くご飯の家に残されていた乾燥野菜と乾燥肉を使っての代物である。感動。

「マイツェンさん、スゴイです。武器が使えて看守もできて山道も歩けて料理もできるって……騎士様としてもかなり万能選手なのでは?」

 尋ねたわたしに、彼女は苦笑いを浮かべる。

「アクアシュタットには、女性騎士はいない。私は看守ではあっても騎士ではないよ」

「違うんですか?」

「女の囚人の見張りには、女の看守でないと都合が悪いことがある。そのため、看守だけは特例として女でも就くことができる。看守の前は、城で召使いをしていたからな、料理の方はむしろ本職に近い」

「ぇっ……」

 マイツェンさんの召使い姿、すなわちロングワンピースの侍女服姿を想像して思わず絶句したわたしに、彼女は「くっ」と小さく笑った。

「まったく、素直な御仁だな。エルヴィンが言うとおりだ」

「…………え?」


「改めて名乗ろう。私の名は、マリエ・マイツェン。聖女ミスズ殿、あなたの護衛を務めていたゴルト騎士隊の副隊長、エルヴィンやその妹のサリサは私の友人だ。

 今回、あなたの護送メンバーに立候補したのは、彼らの言うところである聖女ミスズと、あなたの罪状とがあまりにそぐわなかったのでな、何事か陰謀の気配がするのを察した故だ」

「……」

 唖然とするわたしに、マイツェンさん――いや、マリエさんは続けた。

「シャルロッテ姫のお気に入りだったサリサを側近から外し、隣国への使者までこなした聖女ミスズを隠れ里に送り込んだ。勘のいい者なら、国王の行動がおかしいことに気づくはずだ。シャルロッテ姫を聖女に祀り上げることで、良からぬことを企む何者かがいる、とな」

 そしてそれは、とマリエさんは続けた。

「愛国者とは限らない」


 

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