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閑話 パチモノ聖女のはじまり2


 お医者様のお手伝いは夜まで続いた。

 何しろ忙しく、次から次へと患者が運ばれてくる。お互いに名乗りあうタイミングさえなかった。(お医者様に名乗る気がなかったということもあるだろう)

 無心で働いていたかといえば、そうでもない。そういえばお昼抜きでした、とか、森に生えていたキノコとか齧ったけど美味しくなかった、とか、せめてお水を飲みたいのだけど、この水分けてもらっても良いでしょうか、とか……。

 すっかり夜が更けたころ、集まってくるのは全身甲冑を身に着けた人たちばかりになった。

 体力があるからか、村人と違って自分で歩いてくるのだが、甲冑の外に見える肌の色が悪い。土気色までいっている人はいないのだが、ところどころに紫色の斑点が浮かび、げっそりとしている風に見える。

 複数の人が集まってきたことで、わたしにはようやく彼らの正体が分かった。どうやら全身甲冑の人たちはゴルト騎士隊という一部隊の所属であり、この村を救援するためにわざわざやってきたらしい。彼らは普段、駐屯地という別の場所を拠点にしている。騎士隊の隊長はゴルトさんというが、ずっと巡回に出ているため救護スペースには来ていない。


 何人も集まっていれば、中にはこんな人もいる。

「ラインホルト様、アンタ正気ですかねェ?」

 嫌悪を露にしてわたしを睨みつける、騎士の一人。癖の強い濃い茶色の髪をした男性だ。年齢はたぶん二十歳前後。

 ラインホルトというのはお医者様の名前だろう、とわたしは頭に情報をインプットした。

 男性は救護スペースにいるわたしの姿を見るや否や、剣の柄に手を伸ばす。

「この村の娘じゃねえよなァ?人命救助の場所にどこの誰とも知れぬ人材を入れるなんざ、まともな判断とは思えねぇ。先に身元の証明を行い、しかるべき推挙がなければ採用するべきじゃ無えよ。もしこの娘が水魔の手先で、治療と見せかけて毒を盛る魔女であったらいかがします?」

 油断も隙もないとばかりな目つきでそう告げる。そのトゲトゲした言い方からは全身からわたしを疑う気配が感じられた。

「そいつはクライフの推挙だ」

「――隊長の?なら当然、どこの誰かは分かっているんでしょうね?」

「いいや?知らん」

「ハァアア?バッカじゃねえの。隊長の推挙なんて噓に決まっている。大方、アンタが忙しさにかまけてろくに調べもしないと分かっての行動だろォ」

 スラッと鞘から刃を引き抜き、彼は切っ先をわたしへ向けた。

「――ぇ」

「女ァ、何者だァ?」

 ごくりと唾を飲み込んで、わたしは彼を見返した。うわずった声が出た。落ち着け落ち着け、圧迫面接へは怯んだら負けである。目をそらしてもいけない。

「新垣水涼、です。高校を卒業したばかりの、――学生です」

「ンな格好で何をしていた」

 一歩近づいてくる。

「こ、これは、その……」

 学校の制服なので、と言って伝わるだろうかと迷うわたしへ、彼はますます嫌悪を露にした。

「胡散くせぇ。黒い髪に黒い目。顔立ちからしてフォアン帝国の女だろう。街中ならともかく、田舎村に用があるはずが無え」

 さらに一歩。

「……」

「目的を吐け。テメエはどこの所属で、騎士隊に近づいたのはなぜだァ」

 さらに一歩。

「……」

「口を割らねえなら、――いっそ斬った方が面倒が無えな。この状況なら村の病気に運悪く感染した民間人として処理できるしよォ?」

「痛ッ!」

 ぐいっと髪の毛を掴まれ、剣の刃を顔近くに寄せられた。

 ほんの少し手元が狂ってしまえば、そのまま顔を引き裂かれそうな位置でピタリと止まる。口元の歪みが彼の嫌悪を示していた。わたし一人斬ることに躊躇などないと物語る。

 返答しだいでは斬る。その意思を、この上なく分かりやすく示している。


 ……困った。

 彼の頭の中ではわたしの正体はかなり物騒なことになっている様子であり、わたしがこの場にいることは何か途方もない陰謀によるもの、という連想が働いているようだ。

 冷たい汗が背を伝う。

「わたしは、……迷子、……です」

 正直なところを答えたが、やはり、ダメだった。彼はおちょくられ侮辱されたと思ったようで、ますます険を強くした。乱暴に掴まれた髪が痛い。

「き、気が付いたら、森に、いて。道に迷っているところを、クライフさんという方に助けていただいて……」

 そういえば鉄仮面を落としてしまった。あれがあれば、クライフさんと面識があるという証拠にはなったかもしれないのに。

「目的は、家に帰ることです。昨日までは学生でしたけど、卒業してしまったので、所属はありません」

 ゆっくり、ゆっくり、わたしは答えた。

 目の前の人物の嫌悪が怖かったからでもあるし、焦るとうまく舌が回らず答えられないと思ったからでもあるし、心臓がバクバクいって落ち着かないのを鎮めるためでもあった。刃の怖さに顔を背けて目をつぶってしまいそうなのを抑えるためもあったかもしれない。

「騎士隊に近づいたのは。……人が倒れているのを見つけて、その人たちを助けてくれる人たちだと思ったからです」

 なるべく微笑んで見えるようにわたしは答えた。たぶん口元は引きつってた。


 濃い茶色の髪をした騎士は、カイという名前らしかった。

 彼はわたしの返答に満足せず、ますますイライラをつのらせたような顔をしていたが、お医者様の方はそうでもないらしかった。ニヤッと口元を歪ませて、「八十点」と小さく漏らした。

「カイ、尋問はこれまでだ。この娘は今のところ、治療に協力的かつ手際も良い。人材不足の現状ではこのまま働いてもらいたいところだ。幸い、当初懸念していたよりも村人たちの症状は軽い。死に至るような重傷者はいないし、一番軽症の者は明後日には回復できるだろう。体力を回復させるためにも食事を与えておきたい。そちらの手配を頼めるか」

「――……」

 不満!というのを露にしながら、カイさんはお医者様を見やった。

「……この娘については隊長に報告します。今日のところは良いですがねェ、明日もそうとは限らねえ。せめて監視を付けておくべきです」

「突っ立ってるばかりの邪魔なやつでなければ構わん」

「はン」

「それよりもおまえ、治療にきたんだろう。上半身裸になって座れ。モタモタするならその娘に手伝わせる」

「ケッ。冗談じゃねえ」

 吐き捨てるような声で答え、彼は乱暴に甲冑を脱ぎ捨てた。鎧を脱ぐのを手伝おうかと思ったけど、「触ンな」と目で拒絶されたので手伝わなかった。


 村人と騎士隊の患者さんたちを一通り診たところで、お医者様は休息を入れることにしたらしかった。ムッスリした顔をしたまま座っているカイさんへ視線を投げる。治療を受けた後、カイさんは早々に甲冑を身に着けなおしていた。

「クライフはどうした?」

 カイさんが答える。

「副隊長と一緒に村の周辺を回ってますよ。気になることがあるとのことで」

「明日の朝、顔を出すよう伝えろ」

「了解ですよォ」

 投げやりな返答をした後、彼は再び救護スペースを後にした。


「……大丈夫なんでしょうか」

 ぽつりと呟いてしまったわたしを聞きとがめたような目線。お医者様は言葉の先を促すように切れ長の目をさらに細める。

「え、あの。まだ治ってないのに、あんなに走ったりして、毒が回ったりしないんですか?」

 あの騎士さんが救護スペースに来たのは診察と治療のためだ。ほかの多くの村人はいまだにぐったり寝込んで起き上がれていないのに。あろうことか甲冑を着込んで飛び出したということは、まだお仕事をするってことだろう。

 たとえばわたしが村に着いて最初に見つけた数名は、スペースの端の方で寝かされている。一番肌色が悪かった子供に関してはここへ運ばれてきてから一度も意識が戻っていない。心臓は動いているし気絶しているような状況だとお医者様は言っていたけれど。

(なお、救護スペースは屋根がないので露天である。夏だからできる無茶だ、雨が降らなくてよかった。)

「――どうだかな」

 お医者様は考えながら答えた。

「悪くない指摘だ、加点してやろう」

「……?」

 お医者様は指先で眼鏡のフレームをスッと上げると、仮眠室へと消えていく。

「娘、おまえの部屋はヨハンが手配しているはずだ。いなければ誰かしら騎士に声をかけて案内してもらえ」

「え」

 わたしが答えるより先に、救護スペースには人が飛び込んできた。

「ご期待に応えてこんばんはー!って気配に気づいていたなら普通に呼んでくださいよ。恥ずかしいじゃないですかっ!」

 むくれたように口を尖らせた金髪巻毛の美少年は、改めてという風にわたしを見やる。今はもう甲冑は着ていない。お医者様のそれと似た制服を着ている。やはりこれが騎士隊の隊服なのかもしれない。

「こんな遅くまでお手伝いありがとうございます。隊長から指示がありましたので、ニーガキ・ミスズさんのお部屋は駐屯地の方にご用意させていただきました。明日はこちらでやりますのでごゆっくり休んでいてくださいね」



 ところが休むどころではなくなった。

 夜寝番の騎士を置いてお医者様が仮眠をとっていた夜半。

 

 騎士隊が用意していた水が、毒色に染まったのだ。



 ※ ※ ※



 騎士隊の駐屯地からほど近い場所にある村。

 そこで突如として奇妙な病気が流行した。


 肌は土気色になり、紫色の斑点が浮かぶ。吐血する者や腹痛や頭痛を訴える者もおり、――体力のない者から意識を失って倒れていく。

 幸い、まだ死者は出ていなかった。騎士隊の駐屯地に近かったのが幸いして、救援を呼ぶのが早かったのである。村には医者がいなかったが、騎士隊には専属の薬師――つまりお医者様――が常駐していることを村人たちは知っていた。


 薬師は症状が水魔の毒に侵された場合に酷似していることに気が付いた。そのため、同行した騎士たちを水汲み要員に任命して川の水を集めさせ、村の中に水魔の花が咲いている場所がないか調査することにした。

 報告を受けた騎士隊の隊長もまた、迅速に動く。

 村の水源である井戸は森にある《女神の泉》から流れる地下水を根源としている。泉が汚染された可能性を考慮し、隊長自ら調査へ向かった。

 そして、《女神の泉》の水に異常がないことをその目で確認したのだ。


 泉が無事であった以上、原因は水魔ではない。水魔以外の原因を探り出さない限り、この村は救われない。


 騎士隊の中にも同等の症状を訴える者が出始めていた。 

  


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