第十二話 パチモノ聖女と訪問者(前編)
お久しぶりの投稿です。
「おかえりなさい、ミスズさん!」
駐屯地に戻ってきたわたしを出迎えてくれたのはヨハンくんだった。
てっきりクライフさんがいるかと思ったのに、彼は王都に行っていて不在だという。なんだか拍子抜けしたような――残念な気分。
「あー、ミスズさん、ヒドイです」
「いえいえ、違うんだよ。コートのお礼をしたいと思ってたから……。これがなかったら確実に風邪をひいてたと思うし。お出迎えありがとう、ヨハンくん」
思わず言い訳すると、ヨハンくんは口を尖らせたまま、こう続けた。
「隊長は、ここのところ毎朝王都まで出向いて、昼前には戻って隊務に当たってますよ。おかげで早馬が何頭もバテてますから」
「そ、それは、大変……」
「というのも、何度か王都から使者が来てたんですよ。こっちには詳しく知らされてないですけど、隊長が応対してる時の感じだと……たぶんあれ、姫様との結婚話だと思います」
「……え?」
「どうして急に、とは思いますけどね」
「え、え、え?ヨハンくん、それ、どういう意味……」
困惑しているわたしをよそに、ヨハンくんはしみじみとした声で呟く。
「一番上の姫君なら年齢のつり合いも良いでしょうけど、確か近隣のどこかの国の王子と婚約中だったはずですし。そうするとおそらく末のシャルロッテ姫ですよ。さすがに五歳の姫君のお相手というのは国王陛下も無茶なことを言いますよねえ」
「そ、そうじゃなくて!……結婚話って、……誰と?」
わたしの問いに、ヨハンくんはきょとんと目を丸くしてから、答えた。
「隊長と、シャルロッテ王女との間の、です」
※ ※ ※
ラインホルトさんのおかげで、体調はすぐに回復した。
里に滞在していたのは合計二日間。その間、何度かガイさんがお見舞いに来てくれたのだけど、わたしは面会謝絶中ということで里の誰とも顔を合わせることはできなかった。
エルヴィンさん曰く「後でクライフに殺されるのは遠慮したい」とのことで……よく意味が分からない。けれど聖堂の聖女は人前に出ないものだ、と説得されて、納得しかねるものはありつつも迷惑をかけるのも嫌だったので引き下がることにした。
ただ、エルヴィンさんを通じて里の子供たちの病状と頭領さんの様子だけ、連絡してもらった。ラインホルトさんがやってきたことで劇的に症状は回復したらしい。《女神の泉》を浄化したことで、治療薬が身体に行き渡りやすくなっている、とのことだった。
彼らの病気の原因は、《女神の泉》の汚染だけではないようで、それについてはラインホルトさんと一緒にやってきた別の騎士隊が調べるそうだ。そもそも泉の汚染については里の人たちは気づいていなかったので――別の要因の方が、実際には大きいのかもしれない。
わたしを乗せた馬車は王都へと引き返した。
ラインホルトさんは患者の快癒を確認する必要があるということで、わたしとは別行動だ。
今回の《女神の泉》浄化を終えたことで、アクアシュタット王国に残る泉はあと四つ。クライフさんが以前言っていた計画としては、春になる前にすべて終えたいということだった。
春には、女神を祀る聖堂の一大イベントがあるんだそうだ。各地にいる聖女たちが大聖堂に集い、一斉に祈りを捧げるものらしい。
大聖堂というのは各国にある聖堂の総元締めみたいな場所。聖王国という、アクアシュタットの南西にある国の中に存在する。儀式を終えた聖女たちはそれぞれの国へ戻り、そちらの聖堂でさらにイベントを行う。女神の祝福が大聖堂に降り、それを各地に広めるといったイメージらしい。
聖女が不在の国でも、この日ばかりは代表が必要なので、この日用の聖女役が選抜される。民間人がなるには箔づけになるけど、貴族がなるには婚期が遅れるとサリサさんが言っていた、例の奴である。浄化をするわけではないので、能力は不問だ。
アクアシュタット王国には、シャルロッテ姫がいる。彼女をお披露目するには、このイベントはうってつけだ。それまでに国中の浄化が終われば、わたしは晴れてお役御免となり、彼女に役目を交代するという流れなんだと思う。浄化の前に聖女だと公表してしまえば、シャルロッテ姫が浄化を行わなくてはならなくなる。五歳のお姫さまに、毒を吸わせろというのである。鬼畜生の所業だとは思わんかね。断然許されないと思うわけだ!
とはいえ、本格的な冬が来るまであと二週間しか残っておらず、ちょっと厳しい、というのが現状だった。
※ ※ ※
しばらく、放心していたらしい。
ハッと気付いたら駐屯地の自分の部屋にいた。
聖堂のわたしの部屋は、ラインホルトさんに非難されるほど飾り気がない。だけど、駐屯地の方はもう少しカスタマイズされている。
具体的には、ファニーさんのところで分けてもらった端切れをパッチワーク風にした掛布団カバーや、布地屋さんで買ってきた布で作ったカーテン、ここでだけは靴を脱げるようにと敷いたカーペットが色を添えている。
聖女の制服とも言える浴衣もどきや、ファニーさんに作ってもらった水着っぽい服を干すのも室内なので……生活臭がしすぎて、いろんな意味で男性には入って欲しくない。ただ、室内干しについては、男ばかりの騎士隊で下着を外に干したくないというの、分かってもらえると思う。いかに彼らが騎士で、紳士で、わたしのような小娘は女の範疇に入れていないだろうと思われても、嫌なものは嫌なのだ。
部屋の特徴としては、この他に衣装を入れるタンスなんかが置かれている。
この世界の文字を勉強しようと借りた本もあるんだけど、これはローテーブルの上に置きっぱなし。……すみません、ミミズがのたくったような文字で、本当に難しいんだ、この世界の文字。そもそもどこからどこまでが一文字なのかが判別できない。表音文字でもあり、表意文字でもあるらしく……いやもうごめんなさい。頭の中がオーバーヒートしました。
ヨハンくんの衝撃発言を受けてから、しばらく頭が働かなかった。
一緒に帰ってきたエルヴィンさんも、三人の護衛さんもそばにはいない。駐屯地に到着してすぐに報告だかなんだかに行ってしまったからだ。
わたしはというと、旅の疲れがあるでしょう、と部屋に戻るよう促されて、そのまま。ふと気づけば昼ご飯も食べ損ねてしまっていた。
「クライフさんが、結婚するってことだよね……」
しかもシャルロッテ姫と。姫様がまだ五歳ということもあって、今ひとつ現実味を感じない。騎士隊長と王女様と考えるとありえなくもないんだろう。歳の差……17歳?それってこの世界だと普通なんだろうか?でもヨハンくんもどちらかというと否定的意見だったよね?
姫様のことは知っているし、天使のような美少女で、護ってあげたくなる可愛らしさに魅了されている。だから、素直に祝福してあげたい気持ちもあるんだけど……なんだか、もやもやする。
ぼんやりとしながら部屋で待機していたところ、駐屯地の入り口が騒々しくなるのが耳に入った。
一日の鍛錬が終わった騎士たちが戻ってきたのかもしれない。だとするとそろそろ夕飯かな?と思いながら窓から外を覗く。
すると、見慣れない馬車が停まっているのが見えた。どこか華奢で可愛らしいデザインで、シンデレラのカボチャの馬車みたい。キラキラした装飾が施されているところを見ても、女性が乗っているものだろうと想像がつく。……メルヘンチックで実用品に見えないくらいだ。
駐屯地で見かける馬車といえば、『聖女もどき』であるわたしが乗るシンプルな馬車か、王都からの使者が乗ってくる馬車のいずれか。とはいえ後者のケースはほとんどない。どちらかというと早馬が知らせを持ってきて、クライフさんかエルヴィンさんが王都へ用事を聞きに行くことの方が多いと思う。
「ミスズさん、いらっしゃいますかー?」
部屋をノックする音と同時に、ヨハンくんの声がした。
「あ、はーい!」
大声で返答をした後、わたしは慌てて部屋干し中の服を脇に寄せた。来客相手に見苦しくないよう、目隠し用の布も用意してあるのだ。
「お待たせしました!夕ご飯ですか?」
そう言いながら扉を開けたわたしに、ヨハンくんは嬉しそうににっこり笑った後――声をひそめた。
「ええ、そうなんですが……。実は今、ちょっと面倒なお客さんがいらしているので、しばらく部屋で待機していてください、とお願いしにきたんです」
「え?」
「夕ご飯は、部屋にお持ちいたしますから」
「分かりました。……お客さんって、あの?」
窓から見える馬車をチラッと指差しながら尋ねると、ヨハンくんは一瞬で顔を歪めた。
「うっわー、悪趣味……」
「えええ?可愛いですよ」
「実用品としては趣味が悪いです。だから悪趣味で合ってますよ。あんな馬車でねり歩いてたら、金持ちです!貴族です!って宣言してるようなもんじゃないですか。街中ならともかく、駐屯地までアレでくるなんて……。途中で山賊にでも襲われたらどうするんだか……」
重いため息をついたヨハンくんは、ぶんぶんと首を振ってから顔を上げ直した。
「隊長と副隊長が対応に当たってるので、そのうちお帰りになるとは思います。けれど、もしかしたら夕ご飯を一緒に召し上がる可能性もあるかな、と……」
「あれ、どなたの馬車なんですか?」
「うう……」
あまり聞いてほしくないものだったらしい。ヨハンくんは困ったように目線を外した後、しぶしぶといった風に続けた。
「シャルロッテ王女と、侍女の方です」
「???」
シャルロッテ姫とサリサさんなら、わたしが席を外す必要はないと思う。そう思いながら首をひねっているわたしに、彼は説明を加えた。
「一緒にいらしているのは、エルヴィン副隊長の妹さんとは違う侍女さんです。そうでなければ、こんな夕飯時なんて迷惑な時間にやってきたりしませんよ」
棘のある言い方に、ヨハンくんとしては不本意な相手なのだろうと思われた。
「でもご用があっていらしたのでしょう?だったら別に時間は……」
「用だなんて!婚約者になった隊長に、わざわざ挨拶に出向いてきたらしいですよ?駐屯地にわざわざ!来ませんよね、ふつー!?仕事場なんですよ、ここ!というか、隊長から挨拶に行くならともかく、女性の方から来るってのもおかしいんですよ!!」
「ちょ、ちょっと待ってヨハンくん、声、抑えて……」
ヒートアップするヨハンくんをなだめつつ、わたしは目をパチクリさせる。
「珍しいことなの?」
「珍しいっていうか……そもそも騎士隊の駐屯地は、隊員の家族も遊びに来ちゃいけない場所なんですよ」
ヨハンくんは言葉を濁らせながらそう言った。
「ミスズさんは、例外中の例外ですから」
騎士隊の駐屯地は、敷地の大部分が騎士隊の訓練施設。馬を走らせたり、剣の鍛錬をする場所がほとんどで、建物はほとんどない。そのわずかな建物は騎士たちの宿泊施設であり、食堂である。わたしの部屋があるのもここ。
二階建てで、一階は食堂と事務室、お風呂等々があり、二階は各人の部屋がある。
騎士の多くは独身だけど、家族のある人は本邸が他にあることになる。この建物は家族と一緒には住めないのだ。単身赴任中の騎士様は、一週間に一度程度ある休暇を楽しみにしながら毎日生活している。どうしても家族と一緒に暮らしたい人は、家族を近くの村に住まわせるらしいけど、これをやると多くの家庭は破綻する。騎士様の奥さんって、民間人じゃないことが多いので、村生活が肌に合わないみたいね。
つまり、この建物に住んでいる女性は、なんとわたし一人なのである。
男女は身体の構造が違うため、同じ施設だと何かと不便もある。お風呂とか、トイレとか。
ただ、駐屯地の建物には、貴人が騎士として入隊した時に備えての個室風呂と個室トイレが設置されていたので、わたしはそれを使っていいことになっている。
そこまで思い出して、わたしはなぜヨハンくんがわざわざやってきたのかが分かった。
「つまり、わたしがいると、『あの女がいるんだから、私がいて悪いわけはないでしょう!』となる、と?」
「ええ、そうです」
「いやでも、シャルロッテ姫ですよね?そんなこと言い出さないと思うけど……」
以前逢った時の、天使のごときシャルロッテ姫を思い出しながら、わたしは首をひねる。
「でも、了解しました。夕ご飯の間、こちらに大人しくしてますね。ご挨拶に伺わないと失礼とか、そういったことはないかな?」
「はい。顔を出さない方が良いと思います」
ヨハンくん相手だと、どうも口調が落ち着かないのは悪い癖だ。ピリピリしたヨハンくんの言葉に納得しかねるものを感じつつも、わたしは大人しく部屋に籠ることにした。
「すぐに夕ご飯をお持ちしますから。……あ、それと、僕もこちらで一緒に食べたいんですけど、いいですか?」
「?どうぞ」
わたしが了解すると、ヨハンくんは少しばかり顔を赤らめつつ、グッと拳を握りしめた。
自室で食事を終えたわたしとヨハンくんは、食器を下げるタイミングを計っていた。窓から見える馬車が帰ってくれれば一番なのだが、なかなか動かないのだ。ヨハンくんが二人分の食器を下げるという手もあったけど、それはそれで申し訳ない。
「もうしばらく待機……かな」
ヨハンくんはわたしの部屋に長く滞在したことがないためか、チラチラと興味深そうに室内を見回している。
「同じ作りなのに、男の部屋とは大違いですねー」
「あの、あまり見ないでね?一応隠してあるけど、いろいろあるから……」
具体的には室内干ししている服とかが!!
「え。たとえば何があるんです?」
興味津々で目を輝かせて尋ねるヨハンくん。しまった、かえって興味を誘ってしまった!?
たらりと冷や汗をかきつつも、わたしは何を隠しているかは説明しなかった。
「そ、それより、食器が遅いと迷惑かかっちゃうかもしれないし、ヨハンくんだけ先に戻ってもらってもいい?それで、食堂の人にわたしの分が遅くなる旨伝えてもらえたら……」
「えー。せっかくミスズさんと二人きりなのに」
「でもほら、迷惑かけるわけにもいかないでしょ?食堂の人もずっといるわけじゃないんだから」
駐屯地の料理長は、朝、昼、夜の食事を準備すると帰宅する、通い組らしいのだ。ってことはおそらく村に家がある、珍しい人である。
「むー。……まあ、いいですよ。ミスズさんも向こうの様子が気になるでしょうし、僕が偵察に行ってきます」
そう言って、ヨハンくんは空っぽになった食器を軽々と持って立ち上がる。
――だが、タイミング悪いことってあるものだ。
ヨハンくんが扉を開けた、その時。
一階から二階へと上がってくる声が聞こえてきた。
まず聞こえたのは可憐な少女の声だった。
「クライフさまのおへやはどちらですか?」
シャルロッテ姫の声である。
タンタンタンとリズムカルに階段を上がる音が、複数聞こえる。
わたしとヨハンくんは思わず顔を見合わせ、再び部屋に引っ込んだ。
扉を閉める音が聞こえないよう、そーっと動かし、わずかに開いたままの隙間からヨハンくんが様子を伺う。
階段を上り、廊下を進んでいるのは合計5名ほどのようだった。廊下を覗くヨハンくんが、左手でそっと五本指を立てたのでそうだろう。
「……自分の部屋は端ですが、姫君にお見せするような場所ではありません。ここは男ばかりが住む場所ですし、聖女候補である姫君が滞在するのにふさわしい場所でもありませんので、どうか見学はほどほどになさってください」
続いて聞こえてきたのはクライフさん。
ということは、クライフさんが見学希望のシャルロッテ姫を案内しているという状況らしい。二階は騎士様たちの個室ばかりが並んでいるので、わざわざ案内するような場所もないのだけど。
「あら、せいじょみすずさまはここにすんでいるのでしょ?」
「ミスズ殿は、各地を浄化されるのに必要があってこちらに滞在されることもある、というだけです。護衛は我が隊が担当しておりますので、その方が移動がスムーズに行えますゆえ。通常は王都の聖堂にお住まいです」
「そうだったかしら」
「クライフ様。シャルロッテ様は、聖女としての修業のため聖堂に滞在されることがありますが、その折に聖女ミスズ様にお会いしたことはない、あちらにお住まいでいらっしゃるというのは方便だろうとおっしゃっておいでですが、いかがでしょう?」
「この一か月ほどは距離のある場所へ浄化に向かわれていたので、そのためでしょう。姫君が本格的に修行が行えるよう、急いでおいでなのです」
「せいじょみすずさまは、どんなかた?」
「……確か、聖堂でお会いしたことがあると聞いておりますが」
「!……左様でございますか、姫様?」
「どうだったかしら。わすれちゃった」
「さもありなん。そうでございましょう。姫様は毎日たくさんの者と面会されておりますから、一度や二度逢っただけの相手のことなどお忘れでもおかしくはありません。……クライフ様、どうぞシャルロッテ様の質問にお答えください。聖女ミスズ様とはどのような方で?」
「誠実で、勤勉な方です。先日まで山岳地域に行かれておいででしたので、本日は休養をとっておられますが、近々王都の聖堂へ報告に参りますので、もしご希望でしたらその折にでも面会なさってはいかがでしょうか」
「まあ!ずいぶんとたくましい聖女様でいらっしゃいますねえ」
「ふうん」
自分から話題を振ったわりに、可憐な声の持ち主は『聖女ミスズ』には興味がないようだった。どうでもよさそうな声で相槌を打つと、再び楽しそうにこう続けた。
「それよりも!やっぱりクライフさまのおへやにいってみたいわ。ねえ、よいでしょう?」
「クライフ様、シャルロッテ様も是非にとおっしゃっておいでですし……」
「お断りいたします。
……元より個人の室内までは、見学を許可はしておりません。お二人とも、夜が更ける前に王都へお戻りください。護衛の者をお付けいたしますので」
「えええー……?どうしても?」
「はい。エルヴィン、手配を」
「ハッ」
バタバタと誰かが廊下を駆けおりていく音が響く。
変だ。
聞き耳を立てるなんてはしたないとは思うし、意図的ではなかったのに聞いてしまったのは申し訳ないと思う。
だけど、おかしい。
今のがシャルロッテ姫?本当に?
声は確かにシャルロッテ姫のものだった。かつて聞いた天使のようなそれと同じ。知り合いの部屋に遊びに行きたいというのだって、五歳の子供だと考えれば発想は自然だと思うのに。何か違和感を覚える。同じ声をした別人みたい。
侍女さんの声ははじめて聞いた。今日のお連れは確かにサリサさんではないらしい。
「……ほーっ。行きましたよ、ミスズさん。セーフでした。こちらには気づかれてないと思います」
廊下を伺っていたヨハンくんが報告してくれる。
「僕は王女様と直接お会いしたことはなかったんですけど。シャルロッテ王女があんなにワガママな王女様だったなんて、なんだかガッカリですよ」
ワガママ、というか。無邪気というか。
わたしはヨハンくんほどガッカリはしなかった。だけど、なんだろう、この胸騒ぎは?もやもやと、なんだか不安のようなものが湧き上がってくる。
シャルロッテ姫と侍女さんが帰ったのは、それから一時間ほどした後だった。夜道を護衛なしで帰るのは危険ということで、騎士隊のうち何名かが護衛としてついていくのが窓から見える。
ガラガラガラと大きな音を立てて進む華奢な馬車を、前方二頭、後方三頭の馬が囲んでいるのが見えた。
……まさか本当に護衛なしで来たんだろうか?五歳のお姫さまと侍女さんの二人だけで?無防備にも程がある。賊がいなくて本当に良かった。『聖女もどき』を務めている時の賊との遭遇率を思うと、まるで奇跡みたいな気がしてくる。
自室で食事を終えたわたしとヨハンくんは、食器を載せたトレイを持って食堂へと降りた。
食堂では、クライフさんとエルヴィンさんとが、真剣な顔で向き合っていた。
二人の前には会議用の木版が置かれている。
「あのう……?」
食器を載せたトレイを片づけた後、おそるおそる声をかける。
バッと顔を上げた二人は、わたしとヨハンくんとを同時に見やり、それからほーっと息を吐いた。
「ヨハン、ご苦労だったな」
「ミスズ殿も悪いね、急に――……」
「いえいえ。ミスズさんと二人っきりで食事なんてこんな機会でもなければできませんし!しかも部屋で!あんなお願いなら毎日でも聞きますよ!」
「……おまえには二度と頼まん」
「ええ、なんでですか!?」
どんよりとしたクライフさんがヨハンくんに告げた後、エルヴィンさんは大きく肩を回した。ポキパキと、まるで肩こりでもほぐしているかのようだ。
「いやでも、この件はミスズ殿の意見も欲しい。実際に見てもらった方が良かったんじゃないか?」
「…………」
渋い顔をするクライフさん。
「案外ミスズ殿なら平気かもしれねえぜ?」
エルヴィンさんはそのままわたしに話題を振ってきた。とはいえ――……。
「すみません、何についてか分からないので、コメントができません」
困り顔で返したわたしは、水の入ったコップしか置かれていないお二人のテーブルを見やって、こう続けた。
「それよりも、お二人とも夕ご飯がまだなのでは?まずは召し上がってお腹を満たしてからの方が良いアイディアが浮かぶと思いますよ」
お腹すくと、イライラするしね!そう思いながら言うと、彼らは顔を見合わせた後、エルヴィンさんだけが立ち上がる。
「自分は、この件が終わってからにします。エルヴィン、一食だけ取り置きしておいてもらえるよう、頼んでおいてくれ」
そう言って、クライフさんはわたしを見やった。
「ミスズ殿、ご相談があります」
クライフさんはそのままわたしを隊長執務室へと連れて行った。この場所を使うということは、食堂ではできないような内容ということになる。
ドキドキしながら相談内容に耳を傾けるわたしに、彼は真剣な目で次のように告げた。
「『泉の魔女』の能力で幽霊を見抜くことはできますか」