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第九話 パチモノ聖女の慰問(後)

 観光名所になりそうな場所だった。旅行パンフレットに写真が載っていたら、「わぁスゴイ」と目を奪われたりするだろう。

 切り立った崖の上にこんもりと緑が茂り、その上に塔が建っているのだ。

 ヘリコプターとかで俯瞰するコースとかがあれば人気があると思う。間違っても、その切り立った崖を延々と登っていくコースではなく。


 馬車が近づけるのは切り立った崖の足元まで。そこから先は道が狭すぎるし、急すぎるので歩くしかない。これは皇子様であるキウラン殿下も同様で、彼はきちんと登山靴のような丈夫な靴を履いていらした。

 一方のわたしは、ロングスカートにロングカーディガン。足元はサンダル履きである。

「……せめて、騎士服。長いズボン……」

 がっくりときても当然だと思うが、どうか!?登山になるならそれなりの恰好してきたのにぃ!!

 肩を落としたわたしよりも、護衛をするクライフさんの方が機嫌が悪い。

 こんな山道をミスズ殿に歩かせる気か!みたいな表情だ。

 ユラッと怒りのオーラが漂うのを見て、わたしは慌てた。

「だ、大丈夫です!はは!イマドキ山ガールならこれくらい余裕ですよ!平気のへーちゃんってもんです!た、ただ、途中途中で休憩入れていただけると助かりますけど、ぜんぜんいけます!」

 力強く言って、わたしは先頭を歩き出そうとする。

「あ、一応真ん中歩いてよね、聖女ミスズ」

 キウラン殿下はそう言って、自分が前に立った。皇子様なのに、先頭行くのかと感心したが違う理由だった。

「あんたが足を滑らせた時、後ろで止めるやつが必要でしょ。騎士クレーメンスは後ろね。ああ、途中で魔物が出るようなら、対処は任せるから」

 ちなみに馬車を下りる時点で、クライフさんは再度変装をしている。

 

 山道は、基本的に一本道だった。

 迷う心配がないのはいいけど、ストッパーの少ない靴はズルズルと滑りがちで、かなり心臓に悪い。山の斜面に手をついて歩いてるんだけど、逆サイドに転げたらその時点でバッドエンドである。

 スパイクを切望する!いやむしろ普通に登山靴を!!

 ところがキウラン殿下とクライフさんは颯爽と歩いていくのだ。滑りやすい斜面だなんて少しも感じさせない。

「……はっ、はぅっ、はぁっ……」

 息が切れる。かなりキツイ。ロングスカートなんてもう嫌だ。歩きづらい。

 泣き言が浮かんできてしまうが、なんとか口から漏らさないように我慢する。わたしがそんなこと言い出せば、キウラン殿下には馬鹿にされ、クライフさんには申し訳なさそうにされてしまう。

「ミスズ殿、水を」

 少し進むごとに、そうやってクライフさんが水筒を差し出してくれる。いつから用意されていたのか分からないけど、本当に助かる。

 クライフさんは時折足を止めて、周囲を警戒している様子だった。細い山道なので魔物が現れても逃げられないからだろう。

 幸いにして、馬車を狙ってきた人物たちは魔物を避けるためにここまでは追ってきていないという話だし、この山道さえ登り切れば目的の場所につくはずだ。

   

 そうやって進むこと、三時間。空はすっかり夜の色である。

 人里からかなり離れているため、空は満天の星空。月がまだ昇っていないようで、本当に綺麗だ。

 このまま空を見上げていれば、疲れも吹き飛ぶような、そんな――。

「それじゃあ、さっそくやってもらおうか」

 休憩もなしに、キウラン殿下はそう続けた。


 もちろん、浄化をしにきたのだから、それは承知している。だけど、山道を歩いてクタクタなので少しくらい休憩が欲しかった。

 そう思いながら連れていかれたのは、塔である。

 聖女の供養塔というここは、――つまり、フォアン帝国の歴代聖女が納められている墓なのだ。

 聖女は、多かれ少なかれ毒を吸収する。その体質は子を産むを無くなるが、ハーブなどで毒抜きしない限り身体に蓄積された毒素は抜けない。そのため、ハーブによる毒抜きが研究される以前に亡くなった聖女たちは、その毒素を閉じこめるために一か所に葬られたのだという。

 フォアン帝国はアクアシュタット王国よりも歴史が古く、また、――聖女を量産する国柄なため、聖女の人数が多かった。

 こんな、お墓参りも難しい場所に葬られている聖女たちが気の毒でならない。


「どうすれば浄化できるんでしょう?ここにも泉があるんですか?」

 尋ねたわたしに、キウラン殿下は首を振った。

「供養塔の内部に原因があるはずだ。溜池とかね。そこに身を浸せば終わるはず」

「ある、はず?終わる、はず?どういうことですか?」

「僕も見たことはないよ。この塔は聖女が亡くなった時に葬られる以外には解放されない場所だから。ただねえ、供養塔っていうだけあって、ここは聖女たちの身体から毒素が漏れないような作りになってたはずなんだ。それが外に漏れてるってことは、……まあ、なんらかの理由がある。

 可能性が高いのは水漏れだねー。塔にヒビが入って雨漏りとかで中に水が溜まったとか。

 理由が分かればそれも報告して。建物に破損が出ていれば、修理業者を連れてくるし」

「そんないい加減な。中に入って原因が分からなかったらどうすれば?」

「その時は一度出てきてよ」

「……」

 思ったよりも無責任な言葉に後押しされ、わたしは入り口の鍵を受け取って塔へと向かった。

「ミスズ殿」

 クライフさんが苦い表情で見送ってくれる。

「行ってきます」

 


 供養塔の中は寒かった。

 ヒンヤリとした空気なのは、やはりお墓だからだろうか。お寺特有の空気というか……それとも、山道で汗をかいたのに、着替えもせずにいるせいかもしれない。放っておいたら風邪を引きそうだ。

 扉を開けると、中央に吹き抜け。塔の内縁に沿うような形で螺旋階段があり、それぞれの階へとつながっている。

 各階層には小さな棚があり、ずらりと石棺が置かれていた。おそらくこれが、聖女たちの亡骸が葬られている場所なのだろう。

 窓のない塔の中は、とにかく暗い。……そして、たまらなく気分が重かった。

「うぅ……」

 ぶるぶると身体を震わせて、わたしは自分の身体を抱きしめながら、奥歯を噛みしめる。

 正直に言うけど、お墓って苦手だ。だって怖い。好きな人はそもそもあまりいないと思うけど、幽霊だとかオバケだとか、そういうものは全般的に好きじゃない。

 これが、誰か一緒だというならまだしも、一人きり。土の下に埋められているお寺と違い、ここは石棺がむき出しである。

 しかも、時刻は夜で真っ暗なのだ。

 暗がりから何か出てきたらと思うと、怖くて足がすくんで歩けなくなりそう。

「うう、ダメダメ。怖いこと考えない!わたしは任されてきたんだからっ……」

 自分を奮い立たせようと口にしてみたけど、無駄なあがきだった。さすがに優等生意見では身体が動きそうにない。

 しばらく震えながら入り口に佇んでいたわたしは、やがて覚悟を決めるように上を見上げた。


 雨漏りなら、天井から水が漏れているだろう。もしくは床。あるいは壁。

 とにかくどこかにヒビが入って、そこから毒素が漏れ出しているはずだ。

「わたしも、ここに入るハメになるのかな……」

 もし、日本に帰ることができなかったら。十二の泉を浄化できなかったら。おそらくそうなる。アクアシュタット王国にはこういった施設があるとは聞かないので、下手をすれば死んだ後にフォアン帝国に運ばれてこちらに納められるってことになる。

 『聖女もどき』であって本物じゃないとはいえ、同様の能力なんだから、そうなるだろう。

  

「~~~~っっ!!」

 ぶんぶんと首を振って弱気な自分を吹き飛ばす。死んだ後のことなんて考えてどうする!?

 そうだ、何のためにここに来たのだ。山道をきっちり歩いてきたんだぞ。何度か手を貸そうとしてくれたクライフさんの手だって断った。(手をつなぐ方が危なかったからだけど!)女は度胸という言葉を忘れたか。 

「失礼しまーす!!」

 大声で挨拶をすると、少し気が晴れた。

 奥歯を噛みしめ、手を握り締めながら、わたしは階段を上がりながらヒビ割れを探して歩きはじめた。



 結論から言えば、ヒビ割れはなかった。 

 塔の最上階には空気を入れ替える用の扉があり、そこから出入りしている人間がいたという話だ。

 扉の前に細いワイヤーが張られていて、危うく引っかかるところだった。キラキラ光るそれは磨き上げられていて――真正面からぶつかったら、肉が裂けてしまっていたかもしれない。

 驚いて足を止めたわたしの目の前で扉が開く。

 そこにいた真っ黒い覆面をした女の人は、わたしを見て――たぶん笑った。

「ようこそ、聖女殿。あなたの命をいただきにきた」

 満天の星空を背景にした人影は、残念ながらわたしの味方ではなさそうだった。


 これは、ピンチである。

 あまりのことに驚いて、逃げ出すこともできないくらいだった。

 ズリズリと後ずさろうとした足が、塔の螺旋階段を危うく踏み外しそうになる。

「あ、あなたは……どちら様でしょうか?」

 ようやく口から出たのはそんな言葉である。

 黒い覆面をしている異様な風体から言って、まともな職業にも見えない。

 覆面の人はワイヤーを器用に避けて塔の中へと入ってくる。

「おや、聖女殿には私が女神に見えるとでも?」

「い、いえいえいえ。失礼ながら見えません!」

「くふふ、本当に失礼なお方だ」

 楽しそうに笑った彼女は、しゅるりと覆面を取り去った。


 覆面というのは、顔を隠すためにするものだろう。取り去っていいのだろうかという疑問がひそかに浮かぶ。

 だけど、その下に現れた顔を見て、彼女がわざわざ顔を晒した理由が分かった気がした。

 この顔は、日本人だ。そうでなかったとしても日系人。

 黒髪黒目をした、20代くらいの女性。かなり背が高いので、まるでモデルみたいに見える美人。ただ、頬にずいぶん大きな傷があるのがもったいない。

「あ、あなたは……もしかして……聖女?」

 尋ねたわたしに、彼女は笑みを濃くした。

「そのなり損ね。聖女の血は引いているが、国に拾われることはなかったから」

「日本人ではないと?」

「私は産まれも育ちもアクアシュタット」

 にんまりと彼女は笑った。

「名を、”闇梟”」

「やみ……ふくろうさん?」

「敬称はいらない」

「ど、どうしてわたしの命が欲しいんでしょうか!」

 わたしの問いに、彼女は再び覆面をしてから首をひねる。

「あなたがここで命を落としてくれれば、金になる」

「な、なぜです?」

 ジリジリと後ずさりしながら、わたしは聞いた。

「わ、わたし、聖女ってわりと重要な役職だと思います。この塔も浄化しないと魔物が出るって聞きました。ですから……」

「だから命乞いをすると?」

「はい!」

 キッパリと言い切ったわたしに、彼女は呆れた顔をした。

「聖女らしく潔く命を捧げればいいのに」

「遠慮します!」

 わたしは大慌てで階段を駆け下り始めた。


 決死の逃亡は、一瞬で終わった。

 なんとこの覆面女性、塔の一番上から吹き抜けを飛び降りたのだ。一階の中央に降り立った彼女は、わたしが大慌てで下りるのを楽しそうに見上げている。何メートルあるか知らないが、平然としているのが恐ろしい。

「金にならなかったとしても、――私は聖女が嫌い。それだけでも殺す意味がある」

 さらっと物騒なことも言う。

「助けを呼んでみる?ここには護衛の騎士も入ってこない」

 その通りだった。

 だが、彼女が飛び降りたことで距離はできた。わたしは今度は最上階に向かって駆けあがる。そこにあった空気取り用の窓を開いて――その高さに絶望するハメになった。

 高すぎる。足をかけるところが少しもない。むしろ彼女はどうやって上がってきたというのだ。

 そしてこのワイヤー、どうやって避けて出たらいい?

 足が止まってしまったわたしは、再び塔の下を見下ろして叫んだ。

「ど、どうしてアクアシュタット王国の方が、わたしを殺そうとするんですかっ?」

「ん?」

 逃げようと無駄なあがきをするわたしを追いつめるように、彼女はシュタン、タンと螺旋階段を跳び上がる。黒ずくめに覆面を着ている姿は、忍者みたいだ。

「依頼人の事情など、教えるはずもない」

 スラッと短い刃物を抜いて、彼女は覆面の下で口をもごもごと動かした。

「だがあの方にとって、能力のある聖女は邪魔なんだろう」

 わたしなんてパチモノ聖女に過ぎないんですけどね!


 逃亡ルートは、ただ一つ。

 空気取り用の窓から見下ろしてクライフさんを目で探す。塔の真下あたりにいたはず――だが、彼の姿を見つけるよりも先に、身軽に駆け上がる彼女が振るう刃物が翻る。

 

 ――ピシュッッ!!

 

 本能が悲鳴を上げて避けようとしたが、避けきれない。

 腕が熱い。

「っ!」

 斬りつけられた右腕から、ダラリと垂れ下がるのは――……真っ赤に染まった服だった。

 左手で右腕を支えたが、急激に失った血のために、目の前が暗くなっていく。

 痛みは鈍かった。それよりも熱い。右腕だけが高熱を発しているかのようだった。

「おや……よく避けたね。きちんと心臓を狙ったつもりだったのだけど」

 短い刃物の先が、テラテラと光る。用済みとばかりに刃物をポイと捨てると、彼女は言う。

「まあ、いい。かすり傷でも十分。誰も来ない絶望の中でゆっくり死ぬといい」

 笑みを深くした彼女は、そのままわたしの横を通り過ぎて窓へと通りぬけようとする。

「……待……」

 引き留める?馬鹿な。早く行ってもらって、対処を考えるべきだ。

 だが、口から出てきた言葉は逆だった。

「闇、梟さん」

 口元に、なぜだか笑みが浮かんでくるのが分かった。

 わたし、きっと悪い顔をしている。だからこそわたしは『聖女』ではなく『泉の魔女』なのだと、そう思った。

「あなたの、依頼人は、どう、……言ってました?わたしが死ぬ前に、その場を離れろと?」

「……?」

「その方がいい。できるだけ早く。逃げないと、あなた、――魔物になってしまうかもしれない」

 わたしの言葉に、彼女の身体がビクリと震えたのが分かった。

「死んだ聖女は、周囲に毒を撒く。

 わたしの中には泉一つ分の毒が溜まっているから。ここで死んだら、どこまで毒が広がるか分かりません。

 あなたはちゃんと逃げられます?

 生きながら魔物になるとどうなるのか、あなたはご存じですか?」

「……!聖女のくせに脅す気か」

「ええ」

 こくりとうなずいて、わたしは右腕をしっかり押さえ直した。

 斬られた場所を止血しているつもりなんだけど、ダラダラと流れる熱いものが手を濡らし、気分が悪い。

 足下がぐらぐらしているのはどうしてだろう。ああ、貧血症状が起きつつあるせいだ。こんな螺旋階段の上で倒れたら、そのまま下まで落下してしまう。

「わたしを下に降ろして。……それから外にいるクレーメンスさんを呼んでください」

 わたしの言葉に、刺客であったはずの彼女が怯むのが分かった。


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