第九話 パチモノ聖女の慰問(前)
フォアン帝国滞在二日目は、王宮見学だった。
図書館と聖女研究所を中心に、フォアン帝国がいかに文化的に進んだ国であるかを紹介された。残念ながらこの世界の文字が読めないわたしなんだけど、読めたらさぞ興味深かったと思う。薄暗い建物の中、天井まで続く本棚にズラッと本が並ぶ様子は壮観で、活字中毒の人なら二度と出てこないかもしれないってレベルである。
クライフさんをはじめとする護衛さんたちも引き連れてなので……観光ツアーみたい。
「うわー。僕、こういうの苦手なんですよねー……」
ヨハンくんはあまり書物が好きではないらしく、苦手そうな顔で本棚を見上げている。
「古い本てかび臭いですし」
まあ、確かにね。紙だけではなく、木簡をつなげた本も多いのだけど、どこか湿った空気のせいであまり保存状態は良くなさそう。これでも、フォアン帝国では一番管理されている場所らしいので、世界的なものかもしれない。……というより、現代日本の保存能力が高すぎるのかな?
「……」
「クライフさんはいかがですか?こういう本に対する興味とか」
「……自分も得意ではありませんね。仕事柄、書類を作ることも多いので、調べ物をすることはあるのですが」
騎士様って身体を動かす職業だから、活字は苦手なのかな?
「逆に、エルヴィンは得意ですよ。こういうのは」
「え、そうなんですか?」
むしろ彼の方が苦手そうだ、なんて失礼なことを思いながら尋ねると、クライフさんは小さく微笑んだ。
「副隊長任務とは関係ないですが。若い貴族子女向けの恋愛小説などが好きらしくて、よく読んでいます」
「え。れ、恋愛小説ですか!?」
「はい。内緒ですよ、似合わないと思っているらしくてものすごく恥ずかしがるので」
そ、そりゃそうだろうなあ。わたしが知って良かったんだろうか。
昼食後、帝国のお偉いさんたちとの歓談の場が設けられた。
これが、ある意味とても壮観だった。イケメンさんばかり揃えられているのである。武官らしき人が3名、文官らしき人が3名、皇帝陛下のお子さんらしい人が3名。そして、最後にリャンさんというわけだ。それぞれタイプの違うイケメンさんばかりで、年齢も様々。実に目の保養ではあったんだけど――。
すみません、一度に紹介されたので誰が誰だかよく分からない。リャンだとかイャンだとか、名前もなんとなく似ているせいで、ますますよく分からなかった。
とりあえず区別はできる。服の色が違うので。
赤系の服を着ているのが武官、青系の服を着ているのが文官、皇帝陛下のお子さん方は黄色、緑、紫とそれぞれ違い、リャンさんは白である。
「聖女様」
「聖女殿」
「ミスズ様」
「フォアン帝国はいかがです?」
「街中だけではなく外もご覧になりましたか」
「よろしければこの後馬でお連れいたしますよ」
「それよりも食事はいかがです」
「帝国は鉱石でも有名なんです。アクセサリーに興味などは」
「花をご用意いたしました」
右から左から一度に声をかけられても、聖徳太子でもあるまいし、とても聞き取ることができない。
積極的に話しかけてこない人もいて、そういう方々は遠目にこちらを見てくるのだけど、そちらについてはもはや何をしているのかも分からなかったりする。
わたしのことなんかそっちのけで、自由に話している人たちもいる。
「ミスズ様」
「お手をどうぞ」
「いやいや私が」
「とっておきの場所にご案内いたします」
右から左から手を引っ張られたりもするんだけど、どちらに行けばいいのかさっぱりである。
対応に困り果てて視線を向けると、リャンさんがやんわりと仲裁してくれるんだけど、次の瞬間にはまた同じことになる。
たぶん、口説かれているんだと思うんだ。もしくは接待されている。ただ、筆頭聖女様からこの国の事情を聞かされている現在、とても本気には聞こえないし、すでにリャンさんを知っていたので、これがフォアン帝国の標準なのかなという気もしてくる。
イケメンさんに囲まれているのに、これではまるで悪夢である。ぜんぜん嬉しくない。
クライフさんたちは、彼らが誰も彼も若く見えるので戸惑っているようだった。社会人の前に高校生がズラリと並んだようなイメージなんだろうか。クライフさんより年上も何人かいたんだけど気づいてなさそう。
一通り見学時間が終わった後、わたしはリャンさんに尋ねた。
「それで、あの……。わたしが依頼を受けているという、泉の浄化はいつごろ行くことになっているのでしょうか」
わざと他の方々がいる前で聞いたのは、筆頭聖女様の助言があったせいだった。
「浄化が必要ということは、お困りの方がいらっしゃるのだと思います。可能な限り早く……明日にでも出発できたらと思うのですが」
おずおずと、だが強引に話を振ると、リャンさんは少しばかり困り顔をして、それからにこやかに答えようとした。
「ええ、そちらにつきましては大使の館につきましてから改めて、明日以降の予定について説明をいたしますので――」
「そんなまどろっこしいことは止めにしない?リャン特使」
話に割って入ったのは、お偉いさんのうち一人だった。
癖の強いウェーブした髪を、ポニーテールにしている男の人である。年齢はおそらく20代後半だと思う。名前はちょっと思い出せないんだけど……。皇帝陛下のお子さんだ。服の色は黄色。
「殿下?」
不審そうに、リャンさんは男の人を見やった。
「アクアシュタットには聖女は一人しかいないと聞いてる。それが国許を離れてるんだ、そりゃ焦りも心配もするだろうさ。明日にでも用事を果たしてもらって、帰れるようにしてあげるのが正しい歓待の仕方だと、僕は思うよ」
「……殿下。しかしですね、これは――」
「リャン特使は親父殿にいろいろ言われてるんだろうけど。僕としてはさぁ、あの施設は早いところ浄化してもらった方がいいと思うからね」
「……」
「まっ、もちろん、施設管理者としてのエゴってもんかもしれないけど」
ニコニコニコと笑う男の人に、リャンさんは苦い笑みを浮かべた後、こう続けた。
「……そうですね、早い方が良いと思います。聖女殿にはご負担をかけてしまいますが、明日にでも手配いたします」
「ああ、頼むよ。明日は僕が迎えに来る。その方が早いだろう?リャン特使も忙しいだろうし、同伴はいらないよ」
「いえ、それは。聖女殿のご案内をするのが今の私の仕事ですから」
「そうなんだ?それじゃ仕方ないな。ああ、だけど、リャン特使のお付きは要らないからね。まさか僕の管理する施設が信用ならないなんてことはないよね?」
「……はい」
ニコニコとしながら、少しも笑っていない雰囲気で、彼は言った。
翌日、わたしたちを迎えにきた、件の殿下さん。名前はキウラン殿下というそうだ。立場は聖女研究所所長。若いのに所長さんということは、優秀な人なのに間違いはない。
とはいえ、紹介された時点では覚えられなかったので、改めて自己紹介することにした。
「ミスズです。どうぞよろしくお願いします」
深々と頭を下げたわたしに、彼はささやく。
「リャン特使の相手は面倒だったろ?今日は僕がいるから心配しなくていいよ」
「え、えと……」
「ああ、それで。聖女ミスズのお付きは誰がついてくるんだい?件の施設は狭いから、あまりぞろぞろ連れて歩きたくない。そうだなー、護衛を一人までは許可するけど」
一人だけとなると、やはりクライフさんになってしまう。
「では、自分が」
「騎士クレーメンスだね、いいよ」
「えぇええ!?せめて侍女もお連れくださいよ!っていうか、僕、留守番ですか!?」
思わず抗議するヨハンくん。素の顔が覗く姿に、キウラン殿下はにっこりと――でも笑ってない目で答えた。
「見苦しいよ?」
「ぅぐ!?」
殿下の冷たい目にヨハンくんが怯む。決定に抗議したことよりも、女装に対して言われたような気がして、ヨハンくんの顔が引きつった。
少し遠出になると言われたこともあって、今日はオレンジ色のロングワンピースの上に上着を着ている。これまたロングの、ニットカーディガンみたいな服である。暖かさの方は問題ないと思うのだけど、全体的にズラーッとした印象というか……。部屋着みたいになってしまっている。だらけて見えないといいんだけど。
「さて、リャン特使?」
殿下の乗ってきた馬車は、四人掛けだった。他の乗り物の立ち入りは禁止らしい。件の施設がどうこう言うよりも、この馬車の定員が四名だったので制限を受けたのかもしれない。
「はい」
年齢はリャンさんの方が上だと思うけど、皇帝陛下のお子さんということは、皇子様だ。立場はキウラン殿下の方が上らしい。彼が何か口にするたびに、リャンさんの背筋がまっすぐになる。
「僕は、男と並んで座るのは嫌なんだよね」
「……ええ、まあ、そうおっしゃると思っておりました」
席替えをするのかと思ったら、そうではない。なんと、キウラン殿下はそのままリャンさんを降ろしてしまったのだ。
「後から馬車で追いかけてきてもいいけど、施設には入ってこないでね」
そのまま悠々と、二人掛けの席に一人で座り、彼はにっこりと笑った。
「ね?大丈夫だったろ」
わたしにそう言う、キウラン殿下。もしかしてこれは、リャンさんの相手が面倒そうだからという彼なりの気遣いだったのだろうか。
「あ、あの……。別に、わたしはリャンさんが苦手というわけでは……」
「ん?」
おそるおそる言い訳しようとしたわたしに、キウラン殿下は笑ってない目で返してきた。
「いえ、なんでもありません」
この人、強い。
さすがに殿下と呼ばれる人の馬車だ。
馬車のガタガタが、今まで乗ったことのある馬車よりもずっと楽。座席のクッションが良いのかもしれない。
隣に座っているクライフさんは、なにやら難しい表情を浮かべながら、時折わたしの方をチラリと見る。
「……?」
どうされました?と視線で尋ねるが、返答はない。
そう言えば馬車で相乗りになったのははじめてなんだけど、クライフさんって馬車はあまりお得意ではないのだろうか。
「ところさー」
街を出発したころに、キウラン殿下が口を開いた。
「ラインホルトのことは知っている?」
「え?」
きょとんと目を丸くしたわたしに、キウラン殿下は楽しそうに笑った。
「ああ、知ってるね、その顔はさ。僕は留学中のあいつとは友達だったんだよ。どう?あいつ、元気にやってる?」
「は、はい。お世話になっています」
「ふうん?あいつ面白かったんだよねー。何かっちゃあ、得点つけて。やつに言わせるとフォアン帝国は総合六十点だってさ。学校卒業後はぜひウチ来いって言ったのに、結局国に帰るって行っちゃって、音沙汰なしなんだよね。ねえ、君からも僕に連絡するように言っといてよ」
「わ、分かりました……」
なおもぶつぶつと続けるキウラン殿下。どうやらラインホルトさんがお気に入りだったのに、就職を断れたのがよほど悔しかったらしい。
「ラインホルトさんが留学されてたのって、フォアン帝国だったんですね」
「んや、違う」
キッパリと否定してから、キウラン殿下は続けた。
「ラインホルトは全部で七か国くらい梯子してるから、そのうち一つってだけ。はじめて会ったのも別の国だよ。この国もわりと薬学には力を入れてるけど、あいつの興味には足りないんだろ。僕は何しろ皇子だからさ、別の国では就職できなかったんだよ。そうでなければあんたらの国に行くのも悪くなかったんだけどな」
そう言って口を尖らせたキウラン殿下は、ボリュームのあるポニーテールを揺らしながらクライフさんを見やった。
「で。ラインホルトの黒グラス借りてるそっちのあんたは、いつまでカツラしてんの?別にフォアン帝国が黒髪主体だからって、合わせなくたっていいんだけど」
不機嫌そうな物言いに、クライフさんは静かな視線を返した。
「馬車の中でくらい外しなよ。僕、騙されてる感って腹が立つ方なんだよね」
「……かしこまりました」
渋々と言った雰囲気で、クライフさんはカツラを外し、さらにサングラスをとった。
「なーんだ、色男じゃないか。隠すからよほど変な顔してんのかと思った」
クライフさんがすぐに従ったのでキウラン殿下の機嫌は直ったらしい。どっかりと座椅子に座り直すと、楽しそうな笑みで続ける。
「騎士クレーメンスってのは?偽名?」
「……いえ、ミドルネームなので偽りというわけでは」
「どうしてカツラしてたわけ?」
「……」
「あ、あの。キウラン殿下。もうそのくらいでお願いできませんか?その、クレーメンスさんは、護衛のためにこの恰好をされていて……」
クライフさんには答えられないはず。そう考えたわたしが口を挟むと、キウラン殿下は不機嫌そうな表情を浮かべた後、「ふうん」と笑った。
「聖女が心配なあまり変装して着いてきたってこと?馬鹿だねー」
ニヤニヤと笑いながら、だが彼は満足げだった。
「まあ、でも、正しいよ。フォアン帝国は登録聖女は多いけど、浄化できる”現役”はいないんだ。これってどういう意味だか分かる?」
「……え?」
「まだ若いってのに無理やり結婚させられちゃうんだよ、聖女はね。手当が出るもんだから本人たちも望んでそうしちゃうし。命じて数人くらい処女で残しとけばいいのに、そのせいで浄化能力を持ってる人材が残らなかったのさ」
笑いながら、キウラン殿下はクライフさんを見やった。
「僕に関しては気にしなくていいよ。親父殿はうるさいけど、僕はまだ誰とも結婚したくないんで。君に手を出す気もない」
そう言って、彼はどこか得意そうな笑みを浮かべた。
「それと、今から行くところは僕の管理している施設でね。こいつを浄化してもらえるまで、君に資格を失くされちゃ困るんだ。だからリャン特使からもガードしてあげるよ」
――ガタガタガタガタ……。
馬車は道の悪いところへと入っていったらしい。
ガタガタと揺れるたびに隣のクライフさんがそっと支えてくれるんだけど。ボックス席に並んでいる状態で支えられると、まるで抱き留められているみたいでドキドキしてしまう。
いやいや、そんな場合じゃないのだけども。
「ミスズ殿」
そっと耳元にささやくような声で、クライフさんが告げる。
「……気配がします。外から馬車を狙う輩がいるようです。いざという時には伏せていてください」
……やっぱり、そんな場合じゃなかったらしい。
少しばかりガッカリしたような気分を振り払い、わたしは表情を引き締める。
「わ、分かりました。伏せるだけで大丈夫ですか?」
「ええ。人数は多くないようなので」
そう言って馬車の幌あたりへと視線を上げるクライフさん。
キウラン殿下はその様子を楽しそうに見ていたが、やがて言った。
「それさあ、物騒な真似するって意味だよね。僕に許可とらなくていいわけ?」
「自分はミスズ殿をお守りするためにここにおりますので。……それと、殿下は腕に覚えがおありのようですから」
「へえ?」
「そちらにお座りになっていていただければ、幌が多少傷つく程度で終わります」
「自信があるんだね。いいよ、それなら大人しくしていてあげる」
どこまでも上から目線を崩さないキウラン殿下。だけど、それで二人の間では打ち合わせが終わったらしく、どっかりと座り直した殿下は、脇に置いてあった剣の柄から手を離した。
緊張が続いたのは、一時間くらい。
その間、声をひそめていたわたしたちなんだけど、ふっとクライフさんが視線の位置を変えたことで、変化が起きたことが分かった。
「……気配が離れた?」
「やっぱりかあ」
予想通りといった風に、キウラン殿下が天井を見上げる。
「今から僕らが行く施設はさ、聖女研究所にとって一番重要な施設なんだけど。困ったことに、魔物が住みついちゃったんだよね」
「……え?」
魔物。魔物というと、水魔のことだろうか。首をひねるわたしに、キウラン殿下は面倒くさそうな表情になった。
「違う違う。水魔のことじゃないよ。フォアン帝国の水魔は封印されてるから、それが解放されでもしなければ大丈夫。
そうじゃなくてねー」
やれやれ、と彼は口を開く。
「魔物が発生した理由については分かってるから、話を省くけど。そんなわけで、その魔物に遭遇する可能性があるんだよ。僕が少数で行きたいのもそれが理由。大人数になると逃げにくいだろう」
「倒したりはできないんですか?」
わたしが尋ねると、キウラン殿下は呆れた顔をした。
「人間が倒せるものは、魔物って言わない」
どうやらかなり的外れなことを言ってしまったらしいわたしに、クライフさんが口添えしてくれる。
「ミスズ殿」
「は、はい」
「ミスズ殿の国ではどうか分かりませんが、この地で魔物といった場合、それは人間が手出しできる相手ではありません。水魔を剣で倒すことができないように、人間は魔物を倒すことはできないのです。……もし、それができれば、ミスズ殿に負担をかけることもないのですが」
クライフさんの説明によれば、こういうことになる。
この世界は、女神の祝福によって成り立っている。
毒水によって汚染されていた場所に一人の女神が降り立ち、浄化したことで、生き物が住める世界になった。
ところが、前世界の神はこれを不服とし、女神の世界を汚そうと魔物を送りこんだ。これが水魔だ。
退役しているとはいえ神が送ってきた魔物なので、水魔を倒すことはできない。
切ろうとしても水なので通り抜けてしまう。また、切ったことでその場では追い払うことができるけど、毒水なので斬りつけた方は毒によって死んでしまうこともある。(即効性ではないので即死はしないけど)
聖女の浄化というのは、魔物を魔たらしめている要素を省くことなわけだ。
水魔であれば、魔が抜ければただの水になるので危険がなくなる。
水魔の毒は、浄化した聖女の中に蓄積される。これをハーブなどで毒抜きしないでおくと――どうなるか。
聖女が亡くなった後、周囲の生き物は毒に侵されて、死滅する。そればかりか、中には魔物化してしまうものがいるのだ。これは元が生き物なので、斬ることはできる。だけど、聖女が水を媒介にして毒素を吸収するのとは違って、斬ってもその場に毒が残る。残った毒はまた周囲を侵す――そんな悪循環。
この説明でいくと、聖女の方が恐ろしい生き物ではないだろうか。生きている間はいいが、死んだとたん、毒の塊扱いを受けるわけだ。
「……そうだったんですね」
偽物とはいえ能力のある『聖女もどき』であるわたしって、かなり重要人物である。クライフさんがピリピリするのもうなずける。
納得して感心するわたしに、キウラン殿下が呆れた感想を述べた。
「なんだよ、聖女なのにそんなことも知らないの?ウチの国に来る前に予習しといてよ。ラインホルトならそのあたり詳しかったはずだろ」
それと、とクライフさんは付け加えた。
「地域によっては雷鳥のことも魔物と呼んだりすることもあるようですが、そこは分けて考えてください。あれは雷を落とす怪鳥ですが、母と子がいたように、きちんとした生き物です」
わたしを気遣うような物言い。おそらく、この前助けた雷鳥は魔物じゃないから大丈夫ですよと安心させてくれようとしたんだろう。すみません、そんな危険性、そもそも考えもしなかったです。
臨時講義も終了となったころ、道はますます悪くなった。
「そろそろ着くね。ここからは馬車を下りるから。歩いてよ?女の子だからって疲れたは聞かないから」
そう言って、キウラン殿下は馬車を停める。
ほらあれ、と言われて指差された方角を向くと、そこには切り立った崖のようなものと、その上に立つ塔のようなものが霞んで見えた。
「あれは?」
「聖女の供養塔だよ」